決着の時は刻一刻と。
三回戦の戦いは近衛騎士の魔術から幕を開けた。
「Gwn peiriant dŵr!」
手に浮かべた魔方陣の回転から、マシンガン同様に水弾が発射される。
「Multiple Border、Inviolable Field Restrict Wall!」
正面から来るそれを、お嬢様の盾が受ける。
「Light Arrow+Light Arrow、Superimpose。Raining Indiscriminate Shooting!」
だがそれを受けるには何層あっても足りない。その援護のためにこちらも重統魔法を撃ち放つ。
それを見た近衛騎士は、水弾による攻撃を終え、剣で矢を斬り払う。そのままこちらに向かって突出する。
「Light Blade!」
短刀を作り出し、突進の勢いそのままの剣を受ける。
「グッ!」
勢いの乗った剣はそう簡単には受け止められない。片膝をつく事になる。
「はぁっ!」
そこに彼女は蹴りを入れてくる。
「!?」
予想外の攻撃で身体はグラつく。そんな分かりやすい隙を作り出した彼女は、さらに剣を振るう。
「やらせないっ!」
その剣は、お嬢様の盾が受け止める。だが水弾を受けた残りの盾では長く持たない。
「っ、Instantaneous Wind!」
盾が割れるすんでのところで無理矢理立ち上がり、彼女を抱きかかえて横に飛ぶ。身体ごと横っ飛びをしたため、まともな着地ができるはずなく地面に打ち付けられる。
「いつつ……、!?」
顔を上げた瞬間に見えたのは、三輪の青薔薇。
「Cododd Dŵr Glas!」
その声に応じ、薔薇の花弁は散りながらこちらに飛んでくる。
「Light Arrow+Light Arrow、Superimpose。Raining Concentrate Shooting!」
今大事なのは起き上がる彼女を守る事。矢の発射位置を自分たちの場所に集中させて、薔薇の花を全て受ける。
「もらった!」
左上から彼女が剣を振り下ろしにかかってきた。薔薇に気を取られている間に回り込んだのか。
「颯っ!」
今度は立ち上がったお嬢様によって腕を引っ張られる。一瞬遅れて、俺が元いた場に近衛騎士の剣戟が刺さる。
「すまん、助かった。」
「ううん、私も助けられたから。これでおあいこ」
〜〜〜〜〜〜
「……近衛騎士と戦いたい?」
それは彼女の願いを考えれば当然の事だった。近衛騎士に自分の力を示すこと。それこそが彼女の望むことなのだから。
「気持ちはわかるけど、正直本気で勝つつもりならこの作戦で倒すのは近衛騎士の方がいい。福島なら他にも崩しようがあるかもしれないが、正直近衛騎士の方は二人がかりでも倒せる気がしないぞ? そもそも力的には、俺たちは二人ででやっとあの近衛騎士と対等だけれど」
はっきり言って、難しすぎる。
今までの三回の戦いは、贄川の降参を除いてほぼこちらの思惑通りに試合が運んだ結果勝てている。だがあの近衛騎士だけは違う。閃光手榴弾から始まる奇策以外では、少なくとも正面先頭では絶対に崩せない。それだけの強さが彼女にはある。このお嬢様を守るために鍛え続けた力を、パッと出の俺が太刀打ちできるわけがない。
「そうでもないわ。エルは抜刀している時、あまり魔術を使わないの。元々エルは剣一筋で戦う訓練をしてきたのと、その剣に魔力をそれなりの量つぎ込んでいるから。だからエルの使う攻勢魔術は、三つに絞ることができるわ。一つ目は青水薔薇、二つ目は水機関銃、三つ目は惑星水。それを警戒して対処していれば、必ずどこかで隙が生まれるはず……!」
「……分かったよ。そもそも俺はあんたに協力することが大前提だ。やるだけやってみるか」
〜〜〜〜〜〜
なんて言ったことを、早くも後悔している自分がいる。
福島を倒して以降の近衛騎士の動きはあまりにも変貌しすぎだ。パートナーなんていない方が遥かに強い。いや、パートナーのことを考えなければいけない分、動きに制約があったのかもしれない。だがそれがなくなり一人で自由に立ち回れるから、好き勝手に戦えるのだろう。
少なくとも、このお嬢様を気にして戦っていれらる余裕はない。
「次は俺一人で戦う」
「颯?」
「あんたはいざって時に拡張防御の準備だけしててくれ。それ以外は少し距離を取って見てるだけだ」
「どうして、私も……」
「あの近衛騎士と戦うのに、あんたのことを気にかける余裕がない。だから一度好き勝手に動く。あんたも自分の判断で防御壁を頼む」
「…………分かったわ」
完璧に納得したとは言い難いが、俺の言い分は理解できているらしい。
一度深呼吸してから、近衛騎士の前に立つ。
「今度はお前一人だけなのか?」
「あぁ。どうかお手柔らかに頼むよ」
「それは無理な注文だなっ!」
言葉が終わる瞬間に、再び飛び込んでくる。こっちも瞬発風力と短剣で応戦する。
「ふっ!」
剣都県がぶつかり合い、鍔迫り合いになったところで今度はこちらが足を振り上げる。だがそれはいとも簡単に避けられる。
「その手はもう知っている!」
「Instantaneous Wind!」
そんなことは百も承知。以前の戦いで俺が使って、たった今さっき彼女が使った手。
だから足を振り上げたのは剣を突き刺すためではない。風魔法の小爆発を彼女に当てるためだ。
「なっ!?」
今まで移動のみに使っていた魔法をこんな形で使うなんて思っていなかったのか、対処できずに飛ばされる近衛騎士。俺自身も反動で吹き飛ばされるがすぐに体制を整える。俺たちの間に再び距離が作られる。
「ならばっ! Gwn peiriant dŵr!」
次は遠距離戦を仕掛けてくる。
「Light Arrow+Light Arrow、Superimpose。Raining Indiscriminate Shooting!」
水弾と矢が衝突し、爆霧が俺たちを埋め尽くす。
「視界が……。霧の外に!」
瞬発風力でジャンプして、霧の上に出る。
「Cododd Dŵr Glas!」
「青水薔薇!?」
霧の上、俺が跳んだ場所の少し先にいくつもの薔薇が咲き乱れていた。
「舞い散れ! 青薔薇たち!」
一斉に薔薇たちは花弁を散らし、その全てが俺に向かってくる。
「ッ! Indiscriminate Shooting!」
普通に詠唱をしていたのでは間に合わない。ノンリサイトで魔方陣構築まですっ飛ばす。二つの魔方陣が融合し出来上がる魔方陣から、再び矢が無差別に発射される。
衝突した場所で再び霧が起こるが、そこからまだいくつもの花弁が突き抜けてくる。矢の数が足りていなかったのか。これではやられ……。
「Multiple Border、Inviolable Field、Expansion!!」
花弁と俺のほんのわずかな空間に、何層もの壁が現れる。その壁は残りの花弁を全て受け止め、俺のことを守る。
その間に、体制を立て直して地面に着地、すぐにその壁の術者の元へ。
「……すまない、助かった」
「どういたしまして。でもお礼はいらないわ、だって私たちはパートナーなのだから」
彼女はこんな時でも微笑みかけてくる。
「はぁ……っと」
少し身体がぐらつく。頭も少し痛いし、身体がだるい。
「大丈夫、颯?」
「……多分、そろそろ魔力が。重統魔術はもう使えなそうだ」
身体の内に感じる熱量がほぼなくなっている。
重統魔法は普通の魔術に使う攻勢魔力、守勢魔力の総量と同等以上の魔力を全て攻勢魔法だけで補っている。さらに瞬発風力も多用しているから魔力の減りは尋常ではない。つまり、魔力の消費量が激しすぎて魔力量が限界に近いということだ。
「だけど、それは……」
顔を上げた向こう、近衛騎士も大分息が上がっている。
「あの近衛騎士だって、俺に比べたら元々の魔力は遥かに少ない。あの剣に魔力使って、さらに青水薔薇を大量に咲かせて、水機関銃も使えばそろそろ限界が来るはずだ」
確かにあの近衛騎士のいう通り、彼女を正面戦闘で倒せるなんて全く思っていない。だからこそ俺の狙いは魔力切れによるルール上での勝利。これが唯一、彼女を確実に仕留められる方法。
「……なるほどな。どこまでも計算し尽くしているというわけか。だが、その前に私がお前のことを倒してしまえばいいだろう。だから今の私の持つ最強魔術で、お前を沈めてやる」
……来るか。このお嬢様の言っていた三つ目に警戒するべき魔術。今現在の彼女の、最大にして最強の魔術。それを証明するように、彼女は剣を突き上げて、聞いたことがない言語を唱え始める。
「颯」
右横にお嬢様は立つ。
「膨れがある水球に対抗するにはもう、アレを使う以外にはなさそうだ」
「大丈夫だよ。私達なら必ず成功できる!」
「……そうだな、俺はありったけの魔力を使う。だから、今ある俺たちの全てを使って、あの近衛騎士に勝つ」
「! ……分かったわ!」
そう言って俺は右手を差し出す。彼女は迷うことなくその手を握ってくる。
握り締めた手を前に出し、それぞれの魔力を込める。
「空に広がる青。世界で唯一絶対平等の青。その青を持って羽ばたくのは、世界に幸せを運ぶ鳥」
それは青空が見える場所でのみ使える魔術。この会場が、この戦いが四方を壁に囲まれていても天井を解放するからこそ、この魔術は使える。
ロリ老女が提案して、ここまで温存し続けてきた切り札の一つ。その魔術の名は。
「The Blue Bird」




