颯を知る者達の思惑。
「……すごいな」
この戦いに素直に感心してしまう。
エルと福島、二人はクラス内でもトップクラスに優秀な二人。その二人が放つ魔術は、上級生と比較しても遜色ない。エルの指導を基に、自身の真面目さも相まって福島の成長速度は尋常ではない。ロックストーンリングも、デメリットは多いが一度発動してしまえば、そう簡単には突破されない魔術。
今年は例年と比べ上級生の指導が手厚く、彼女の嘆願と成長速度を信じた上級生が彼らが見れる魔法・魔術のデータベース内から、その魔術を教えたそうだ。もし例年通りのクラス内戦だったら、エルがいなくても一人で圧勝してしまうくらい強力な魔術だ。
もちろんそれには十二分に驚いているし感心もしている。しかし、それを遥かに超える驚嘆をあの二人から受けている。
入学前から二人のことは話題に上がっていた。一人は守勢魔力が通常の二倍近くで、その力を自覚して使いこうなそうと努力している女の子。
しかし攻勢魔力量の少なさによって、魔術がうまく扱えないという欠点を背負ってしまった、ハルネ・グリフィス。その点から冷遇されることもしばしばだったそうだ。そういったところから逃げるために、祖母の故郷である日本に来たという噂も存在している。
最も、それを追ってあのヴァルモーデン家の長男もこの学園に入学してきたため、その面を払拭できずにいるのかもしれない。
にもかかわらず、その彼女は誰にも優しく、いつも笑顔でいる。近衛騎士として付き従うエルにも優しく、友達であるかの様に。自分の負の感情は心の奥底に仕舞い込んで、決して表に出さない。そんな強さを持った、まだたった15歳の女の子。
もう一人は、この魔法・魔術の世界に彗星の如く現れ、瞬く間に最強の名を欲しいままにしながら、私が頼んだ仕事中に原因不明の事故によって命を落とした、洗馬渚と大曽根可奈の一人息子。
両親を亡くし、親族にも見放され、周りは彼の曰くを忌み嫌い、天涯孤独になってしまった男の子。しかしそれを嘆くわけでもなく、正道を外れるでもなく、一人でいることを受け入れた洗馬颯。
自分の曰くを自覚し、それに巻き込まない様に他人を遠ざけようとする、本当は心優しい少年。だがそれを決して表にはしようとせず、自身に敵対心を向けさせようと立ち回り、そうしてクラスを団結させようと、思いやりというものを自身の不器用さから間違って使ってしまっている。
そんな颯が、攻勢魔力量が常人の魔術師の三倍以上であるのにもかかわらず、守勢魔力がゼロという驚愕するべき事実を知ったとき、この世界は颯をどれだけ呪えば気が済むのだろうかと思った。
だからこそ颯にはこの場所で、何か一つでも幸せが訪れるように願っていた。それは渚と可奈の墓標に誓ったことでもあるし、颯と再会して改めて思ったことだ。
そんな二人がパートナー同士になったのは、運命だったと思う。二人は出会って、パートナー同士になって、そのどちらにも間違いなく化学変化は訪れた。
ハルネには、心の奥底に仕舞い込んでいた気持ちを露わにし始めると言う形で。今エルと面と向かって戦っているのは、間違いなく彼女自身の願いだろう。周りに合わせ、守られるだけだったハルネが、自分の力で羽ばたこうとしている。
颯には、両親が亡くなって以来、ようやく自分のことを受け入れてくれる存在が現れた。不幸を呼ぶと言われ続け、それに怯える周りから遠ざかり続けた颯に踏み込んでくれる女の子が。だからそれに報いようと、今颯は彼女のために自身の全てを尽くしている。
そんな二人が、魔法しか使うことができない二人が、この決勝の場でこんな戦いを繰り広げているなんて誰が想像できただろうか。
ハルネはよく知られている魔術をベースにして、全く新しく作り直した魔法を携えている。この数十年魔法は進歩を見せずにいたが、その膠着状況を打ち壊すことになった。
そして颯も、これまた見たことのない魔法を携えてきた。魔法と魔法を融合して新しい魔法を生み出すなんてことを、魔法と魔法を混ぜるなんてありえない、不可能だと思われていたことを実行している。それを見るまでは信じられなかったし今でもまだ何がどうなっているのか理解できていない。昨日ありとあらゆる方法で調べ尽くすと、100年以上も昔にたった一人だけそれを行った人がいるらしい。だが、それは他の誰も再現ができずにすぐに忘れ去られて行ったため、通常のデータベースにはその魔法の情報は存在すらしていなかった。
どこからどうやってこれらの魔法を身につけたのか。夕海先輩には心当たりがある様だが、私には分からなかった。
そんな二人が、魔術と対等に渡り合っている。他にも様々な魔法を駆使して、魔術に対抗して見せている。それは第一回戦からそうだった。こんな戦いを見ることになるなんて、思ってもみなかった。
だがそれだけではない。第一回戦のノンリサイトも、第二回戦のハルネの魔法も、第三回戦の颯の魔法も使い所を間違うことなく、確実に仕留められるタイミングでそれを行なっている。あの二人が綿密に作戦を立てているからこそ、これらの勝利は得られている。
しかし、普段は滅多に人と関わらないあの人が二人を手助けしているとは思わなかった。二人には何か思い入れがあるのだろうか? それはともかくとして、あの二人の異常な成長はあの人の指導のおかげではあるものの、それをきちんと受け入れた二人の努力の成果でもある。
「しかし……」
今の行動はどうにも腑に落ちない。
もちろん作戦としては褒めるところはあっても貶す部分はない。閃光手榴弾によって相手の視界を奪い、それに加えてハルネの結界防御を拡大させ攻撃に転用させた行動。それによって福島の集中を乱し、ロックストーンリングを崩したところに颯の言う重統魔法を打ち込んでHPを奪う。
奇策や奇略といった部類ではあるし、騙し討ちと言われても仕方のない作戦ではある。だがそれは颯とハルネのチームの最も得意とする戦術であり、それを使うと思わせない初手のノンリサイトと1度目の攻防。だから“二回目の攻防も正面戦闘を仕掛けてくるはず”という固定観念をエルと福島は勝手に作ってしまい、そこにつけ込まれてしまった。
なら何で颯は……。
〜〜〜〜〜〜
なぜ洗馬颯は私を倒さなかった? あの好機になぜ私ではなく福島さんを倒したのだ? 一体何を考えているのだ? どうにも奴の考えが読めない。
……思えばこいつは何を考えているのか全く分からない奴だった。最初からこいつはおかしな奴だった。
入学式のステージで見たときは、ただ緊張しているだけだと思っていた。しかしクラスに移動して対面した時、彼はただ人が嫌いなだけだと知った。
その後、パートナーの変更ができないと知るやいなや、すぐに彼について調査を開始した。すると彼に関する一つの噂があることを知った。それ即ち、『彼に関わろうとしたものには、尽く不幸が訪れる』
しかもそれは、実例を伴ったものであった。例えば、日直というものに洗馬颯と選ばれた女生徒が、その日の部活動で骨折をしたそうだ。他にもカウンセラーと話をしている時に、その人が大事にしていたコップが割れただとか。どれも仕方のないものだが、その他のどの実例についても、あまりにもリアリティがすぎた。そして何よりも、自己紹介の際の態度と台詞が、その噂を信じさせるに至った。
その瞬間、私はお嬢様のお側にこの様な者を近づけてはいけないと思い至った。幸いにも、彼は私の思惑通りに動いてくれた。自己紹介での宣言通り、彼自身からはお嬢様に近づこうとはしなかった。不幸の元凶であることを自覚し、それに見合った対応を自身で行うことは良い心がけであるし、そうしてくれることは非常にありがたかった。
しかし、そんな態度の洗馬颯をお嬢様の方が気にかけ続けるという予想外の展開が待っていた。彼の噂など気にも留めず、洗馬颯のことを気にし続けていた。守勢魔法しか使えないにも関わらず、彼と戦うことも選んで。
確かにお嬢様はお優しい方だ。常に周りを気にして、周りために自分がどうあるべきかを考え続けていらっしゃった。日本に来ることも最後まで反対していたのは、お嬢様だった。お嬢様のお父上と私の説得に最後は折れていただいたものの、かのガロスヴォルド・フォン・ヴァルモーデンも追ってたため、結局半分は無為に終わってしまったが。
だがそんなことは望んでいない。ご自分の身を危険に晒してまで、あの洗馬颯に肩入れする必要がどこにあるのか。
結局二人の中は余計に離れていくだけで近づくことはない、はずだった。
事態は私の予測しうる方向へと進んでいった。一つは私たちとの戦いの後、洗馬颯が自身の失態を認めたことにある。敗北とそれに対する責任から、これまでの一切関わらないという方針を変え始めてしまった。
そしてもう一つは、ガロスヴォルド・フォン・ヴァルモーデンの介入。正直お嬢様をあの者から守ってもらったことには感謝している。だが、それが二人の仲を急速に近づける結果を招いてしまった。
洗馬颯の抱える二つの秘密。一つは不幸を呼び込む人間であること。そしてもう一つは、お嬢様と同質の悩み、魔術を扱えないという問題。
それを知った時、私は自身を恥じた。自分のしていることはお嬢様を蔑ろにする母君、兄姉たちと、かのガロスヴォルド・フォン・ヴァルモーデンとなんら変わらないと。魔力に関しては知らなかったことではあるものの、人の弱みにつけ込み、それを受け入れまいとする彼らと何一つ変わらないと。
お嬢様ただ一人が、そんな彼のの味方であり続けた。だから洗馬颯は、目の前に現れた、自分を受け入れてくれるお嬢様に心を許し始めたのだ。彼は、お嬢様に出会ったことにより間違いなく変わった。
そして二人は今私の前に立っている。第一回戦のノンリサイト、第二回戦のお嬢様による防御魔法、第三回戦の洗馬颯の未知の魔法、そして今は福島さんが発動した、攻防一体の魔術すら打ち破って。
どこでどうやってあんな力を手にしたのか。瑞浪・土岐ペアと戦っている時に漏らした『森のコスプレロリ老女』なる人物がそのヒントなのだろうが、正直意味は理解できなかった。
元々洗馬颯には戦いのセンスがあった。それは前回戦った時に確信している。そしてお嬢様もまた、新たな力を携えて成長されている。それは同じ悩みを抱える洗馬颯に感化されてのことなのか。どちらにしても、洗馬颯との出会いは、お嬢様自身も変えるものだったと言わざるを得ない。
お互いが高め合う存在になること。それがこのパートナー制度の意義の一つ。それに照らせば二人は間違いなく最適なパートナー同士だろう。
「……認めよう、洗馬颯」
「は?」
「お前は変わった。今のお前は、確かにお嬢様のパートナーたるべき存在だ」
「……?」
向こうは何を言っているのかわからないといった顔つきをしているが別に構わない。これは私自身のための言葉、私がお前を一人の好敵手として認めるための言葉なのだから。
「だからこそ、私はお嬢様のお側にいるために、お嬢様の近衛騎士として、お前に負けるわけにはいかない」
「……こっちもただで負ける気はないな。さっきも言ったが、こちらはリベンジマッチ。2度も負けるもんかよ」
「なら一つ失敗を教えてやる。それはさっきの攻撃で私を倒さなかったことだ。お前は少し私を舐めすぎだ」
「……舐めてなんかいないさ。俺たちだって、ここからが本番のつもりだ」
「そうか。では行くぞ!」
私は私の信念に基づいて、この者を倒すために。




