魔法・魔術の実演。
そんなことを思い出している間にも、生徒会長の話は進む。
当然周りにも似たようなざわつきが起こる。いきなり想像上の存在を信じろと言われたのだから、誰もが困惑の渦中にいるだろう。無論俺もそのうちの一人だ。
「確かに納得できない者もいるだろう」
それを黙らせる生徒会長の一声。
「魔法・魔術なんてものは物語、フィクションでしかないと、そう思っている者がほとんどだろう。俺も君たちと同じだ、最初はそのなかの一人だった」
つまりこの生徒会長もここに来てそんな与太話を信じたと言うこと。よほど衝撃的なことがあったのか、果ては洗脳されたのだろうか、そんな不安が頭によぎる。
「しかし、魔法・魔術というのははるか昔から受け継がれ続けている技術の一つだ。今では科学という技術の発展により、世界の裏側に追いやられてしまったものだがな」
「世界の裏側、ねぇ……」
そんな主張に、小声で悪態をついてしまう。
かつてのイギリスには『魔女術禁止法』という法が存在して、魔法や魔術の類を禁じていた。最近だとカナダで魔術を使ったと謳う女性が逮捕されたなんて珍事件があった。実際カナダでは未だに魔法・魔術の使用を刑法上で即決有罪としている。最もその女性は、魔法を使ったと見せかけただけで、本当に使ったわけではないということであった。
日本でも占い師だとか霊媒師だとか色々いるが、どれもペテン師とか詐欺師、もしくは心理学を利用したトリックでしかない。
魔法とか魔術なんて存在しないというのが、抗いようのない一般常識だ。
そんな空想を信じろだなんて、なにかの宗教か、はたまた詐欺か。そうとしか考えようがない。
「まぁ、言葉だけで信じろとは言わない。今から魔法・魔術の存在を証明しようと思う」
と、その生徒会長が自信ありげに宣言する。確かに論より証拠、見たほうが誰しも信じることができる。
ただ、ここで火だとか水だとかを出してもなんらかの装置の存在を疑われるだけだし、協力者を出すにしても結局八百長を疑われるのがオチだ。だからこそ生徒会長もそれを見越して言葉を続ける。
「先に宣言しておこう。これからやる魔術は、君たちも聞いたことがあるだろう、透明化の魔術だ。そしてそれを受ける者は、君たち新入生から選ぼう」
そんな、誰しもがするであろう疑いを吹き飛ばすように、生徒会長は自信満々に宣言した。
同時にその言葉で、会場の新入生は完全に再び大きくざわつく。期待半分困惑半分といったところ。空想の力のなかで透明化はトップクラスに有名な力で、説得力はある。だがそんなことが本当に可能なのかと。
「さて、その選抜者だが、この場において一番我々を疑っている君にしようか」
そうして生徒会長は新入生の一人を指差す。それは、
「……俺、ですか?」
「そうだ。目の前の階段でステージまで上がってこい」
「ちなみに拒否権は?」
「なくはない。が、直に魔法を体験できる最初で、かつ唯一の機会を逃すことになるぞ?」
「…………」
その挑発じみた言葉に、暗に断るなという意味を孕んでいるということくらいはすぐに理解できた。それを言われてもし断れば、臆病の誹りを免れ得ないことも分かる。
要するに選択の余地はないということだ。だから仕方なく座席から立ち上がって、目の前に置かれた階段で壇上へ上がる。
「一つ確認しますけど。消えるというのは、爆発四散とかではないですよね?」
「安心しろ。貴重な新入生をそんなことするわけないだろう?」
「そうですか。ならどうぞ」
「潔し。では美優、頼む」
「えぇ」
そう言って女生徒会長の方が颯の前に立つ。両手を伸ばし、両手の平をこちらに向ける。
「かのものは姿を悟らせず、悟られず。何人たりともその姿を目視せず。Lost of Visibility」
呪文のような言葉を唱えると、手のひらに青く光るサークルのようなものが浮かび上がる。それは同時に、俺の足元にも浮かび上がる。三角や四角に星。わけのわからない文字が描かれたそれが俺の身体を下から上に上がっていく。
「おおぉ!」
会場全体が歓声に包まれる。
確かに何もなかった空間に魔法陣が現れて、それが適当に位置取った足元にも浮かんで、それが身体を通過していった時点で驚くべきことだろう。
しかし、俺には身体が消えたという感覚はなく、自身の身体は鮮明に見えている。魔術自体は失敗したということだろうか? さっきの魔法陣も何かしらの機械仕掛けのようだ。やはり魔法だとか魔術だとかは信じるに値するものではないということか。
「使われた本人にはその感覚がないっていうのが難点よね。でもほら、これを見てみたらわかるわ」
取り出されたのは少し大きめな手鏡。それが彼に向けられた時、写っているはずの俺の姿は、存在していなかった。
「なんっ……」
ようやく事態を理解して動揺する。
「座席にいるみんなにはもちろん、あなたの姿が見えてない。あなたの姿が見えているのはあなた自身と、術者である私だけなの」
「……」
改めて観客席の方を見ると、新入生のほぼ半数が立ち上がるか、座って動けないかだった。そのどちらにも共通して言えるのが、目を見張っていて驚嘆を隠せていないということ。
そしてどこにいるのかを認識できていないといった様子。確かに彼らっも俺の姿を認識できていない。姿が消える、今自身が透明人間になっているのだというのは事実だと思い知らされる。
「なんだ……?」
しかし、俺が気になったのは別のところ。
それは、その新入生の残り半数の生徒が驚きとは違う目をしていることだ。消えたことを至極当然のように見つめる目か、賞賛の眼差しか、はてはそれを検めるような目をしている者もいる。
全員が同じ立場だと思っていた。それは『魔法・魔術とかいう空想の力の存在を知らない』という共通点を持つ者同士。しかしそれは勘違いだったのか。もしかして、ここにいる新入生の約半数は、魔法・魔術の実在を信じているのか。そんな思考が次々と浮かんでくる。
「さて、そろそろ戻してあげなくちゃね」
そんな事を考えている間に、生徒会長は一度だけ手を叩く。しかしなんの変化も感じられない。
「ちゃんと元に戻ってるわよ。ほら」
再度手鏡を向けてくる。今度はちゃんと姿が写っている。
「もちろんこの鏡にもなんの仕掛けもないわよ。確かめてみるかしら?」
「……いえ、必要ないです」
「随分と落ち着いているな」
「別にちゃんと驚いてはいますが。ただ、『見たことは真実だ』という先ほどの学年主任の言葉は正しいように思いますから」
「ふむ、良い心がけだ。名前は?」
「……洗馬颯です」
「覚えておこう。みんな、彼と美優に拍手を」
その一声で、会場は盛大な拍手に包まれる。その中階段を降りて元の席に戻る。
「初めて魔法をかけられた感想はどうだい?」
席に着いた途端に、話しかけてくる隣の人物。その目は感想と期待の二つを含んでいるよう。
「……なるほど。あんたはそっち側の人物ってわけだ」
姉がこの学校の生徒会長で、かつさっきの実験にも驚いた様子がない。つまり彼は元々魔法・魔術だとかいうオカルトチックな力を知っている存在だということはすぐに理解できた。
「まぁ流石にわかるよね。その通り、僕は元々知っている側の人間だよ」
『新入生代表の挨拶』
「おっと、話は後でね」
話をしている最中も、入学式は進行していく。また怒られるような自体はお互い避けるべきだと、ひとまず話は後にしてステージに意識を向けた。
『新入生代表、ハルネ・グリフィス』
「はいっ!」
司会の声に元気に答えた人物が立ち上がる。俺と真反対側、一番右端に座ってた女の子がステージに上がっていく。
「柔らかく暖かな風に舞う桜とともに、私たちは今日、この天王学園の門をくぐりました。咲き誇る桜の花々は、まるで私たちの入学を歓迎しているかのようです」
名前を聞いた感じ、その容姿もどう見ても外国人でありながら、なかなかどうして日本語が流暢だ。
しかし、そんなことはどうでもよかった。俺を含め、ほぼ全員がその子に目を奪われていた。
腰近くまで伸びた長い金髪、大きな目を筆頭に整った顔の各パーツ。身体つきも、過度に主張しない程度に出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。
ありていに言えば超美形。でもどこか幼さというか可愛さもちゃんとある。どんだけ混雑した街中でも彼女は光り輝く、そんな容姿をしていると思わせる。
「新入生代表、ハルネ・グリフィス」
短く典型的な文章で締めくくられた新入生代表の言葉。それと共に巻き起こる拍手喝采。
「やっぱり、彼女もうちの学校に入るんだ。噂は本当だったんだね」
拍手を送りながら隣のやつはそんな独り言を呟く。
「颯、見とれてる?」
「……そんなことはない」
ようやく我を取り戻す。我ながら情けないと思いながらも、まだ脳裏には彼女の姿が焼き付いていた。
そんな余計なことを考えている間に、閉会宣言とともに入学式は終わりを告げていた。