リベンジマッチ、VS近衛騎士・福島。
クラス内戦四日目、最終日。
ようやくここまで登り詰めてきた。あとは、あの近衛騎士とそのパートナーにリベンジするだけだ。
「さて、クラス内戦も最終日だ。今何か言うのはむしろ無粋だろう。ただ全力での戦いを望むのみだ。ではエル・イングラム&福島夕陽ペアと洗馬颯&ハルネ・グリフィスの決勝戦を開始する!」
日出先生の号令で一礼と握手。
「負けないわよ、エル。福島さんも」
「もちろんです、お嬢様。御命令通り、私も全力を尽くします」
「うん、私も負けないよ!」
仲のいい三人がほんの少し会話する。だが今だけは、友情を超える闘志が三人の中にはある。
「洗馬颯」
それを眺めるにとどまっていると、近衛騎士から声がかかる。
「まさかお嬢様が勝ち上がってくるとは思っていなかった。そして、お前自身もだ」
「その意見には同意するよ。でも、このお嬢様が望んだことだしな、ほんの少し頑張ってみた」
ほんの少しどころではなかったけれど。
「だからこそ、私はお前を絶対に倒す。お嬢様にふさわしい近衛騎士であるために」
「そうか。まぁこっちも前回コテンパンにやられたリベンジがかかってるし、負けるつもりは毛頭無い」
そんな前哨戦を繰り広げて、俺たちは距離を取る。
相手の場所、距離、自分たちの位置。それを目算して目を瞑る。
「それでは……開始!!」
「っ!」
開幕と同時にノンリサイト&マルチアクトの先制。
しかし流石に5度目、かつ彼女たちはそれを既に一度経験している。だからこそ対処は容易。別の魔術を準備しつつ、矢の軌道からそれぞれが左右に飛んで外れる。
だがそれは予想済み。着地点目掛けて、今度は福島だけに矢を放つ。
「Heat Circular Escutcheon!」
鍵言のみで炎の盾を発動する。
前回戦った時に彼女が使っていた魔術。瑞浪もそうだったが、彼女もこの魔術はすでにアノマリーリサイトできているらしい。
「はぁぁぁぁ!!」
声を頼りに上を向くと、近衛騎士が剣の間合いまで距離を詰めてきていた。俺が福島への攻撃に集中しているのを見て蒼の剣を精製し、攻撃の隙だと考えたのだろう。
「Multiple Border、Inviolable Field Restrict Wall!」
その攻撃は俺と近衛騎士の間に出てきたお嬢様が受け止める。
お嬢様は結界型魔法であるのInviolable Fieldの一部分を壁と見立てて、限定的に展開できるようにずっと練習していた。その成果は出ているようだ。
だが相手は飛び降りてくる勢いと剣を振り下ろす勢いの二つが重なった攻撃。クラッシャブル・ストラクチャー構造の一層二層では衝撃を緩和しきれず、四層でようやく受け止め、弾き返す。
「お嬢様……!」
「一度に四層も……さすがはエル。でも、ようやく本気のエルの剣を受け切れたわ」
自信満々に、従者に向き合う雇い主。
「Rockstone Ring Bit!」
その間、俺の正面にいる福島が攻防一体の必殺の魔術を発動する。無数の鋭く尖った岩石が、彼女の周りを高速で周回する。
「Bit、Assault!」
間髪入れず、鋭岩石による攻撃を開始する。
だがそれの対抗策はすでにイメージまで完成させている。その実行のために腕を振り上げて、イメージの具現化を図る。
「Light Arrow+Light Arrow、Superimpose。Raining Carpet Shooting!」
重統魔法による矢の雨。昨日贄川たちに使ったときとは違い、今度は俺と福島の間を埋め尽くす絨毯爆撃。彼女の岩石は自由誘導。だから隙間なく、避ける場を与えない攻撃ならばほぼ全てを相殺できる。
「くっ!」
苦悶の声が聞こえてくる。いくら自由に操ることができても、鋭岩石の全てというのは不可能だ。だから絨毯爆撃するのがこの場合最適解だった。
「Mae'r blodyn gwyrthiol, y rhosyn glas, yn blodeuo'n hyfryd hyd yn oed pan fydd ar wasgar.(奇跡の花、青薔薇は散り際も美しく咲き誇る)」
背後から日本語でも英語でもない詠唱が聞こえてくる。この詠唱は間違いなくあの近衛騎士のもの。そちらの方をチラ見する。
彼女が天に突き出している先に完成しているのは一輪の花。彼女の剣から水を吸い取って咲き誇っている青薔薇だった。
「Cododd Dŵr Glas(青水薔薇)!」
最後の宣言がなされると、水でできた一枚一枚が舞いながら散っていく。その花弁は列を成して、俺たちの元へ飛んでくる。
「Bit、Assault!」
ほぼ同時に福島からも再度鋭岩石が飛んでくる。
「チッ!」
この同時攻撃は受けきれない。そう判断した俺はすぐさまお嬢様を抱える。
「ちょ、ちょっと颯!?」
「Instantaneous Wind!」
お嬢様の戸惑いには構わず、瞬発風力で地面を蹴る。一瞬の後、俺たちのいた場所では水の花弁と岩石が衝突する。
「逃がさないっ!」
鋭岩石は移動している俺たちをさらに追ってくる。
「Multiple Border、Inviolable Field、Restrict Wall!」
俺に抱えられたお嬢様は飛翔してくる岩石をシールドで受ける。その間に俺は地面に着地して、お嬢様を下ろす。
「ありがとう、颯」
「だからお礼を言うのは早いっつに。それにまだ、1/3も削れてない。さっきので結構行ったと思ったが、結構温存してたか。まだまだ残ってる……」
試合時間を見ればまだ5分も経っていない。もっとずっと経っていると思っていた。にもかかわらず、こまで息が上がるとは……。
だがそれは向こうも同様らしい。追撃がないところを見ればもちろんだが、向こうも息を整えつつ寄って何か話し合っている。
「……昨日までロリ老女と試してたアレ、今できるか?」
「大丈夫よ。ただ、魔力量を考えると、二回が限界だって」
「オーケー。その一回はここで使う。彼女の動きを封じて、矢の雨で一挙に倒す。動きは昨日話した通りだ」
「分かったわ」
「よし、行くぞ!」
手に攻勢魔力を込めて魔法を発動させる。
「とりゃあ!」
彼女たち目掛けて投げたのは、ちょうど野球ボールサイズの黄色い球。
「そんな虚仮威し!」
一本の鋭岩石が俺の投げた球を貫かんと発射される。
(かかった!)
急ぎポケットからあるものを取り出す。それはお嬢様も同様。
鋭岩石はボールを撃ち抜く。その瞬間、
カッ!!!
「なにっ!?」
「キャッ!?」
閃光が会場を支配する。
「今だ、お嬢様!」
眩しい光に視界を奪われた彼女たちに仕掛けるには今しかない。
「Multiple Border、Inviolable Field、Expansion!!」
彼女の宣言が響く。
「な、なに……ッ!?!?」
「なん……くっ!?」
まだ視界が回復していない二人に衝撃が襲う。
お嬢様がInviolable Fieldを拡張展開し、その拡張する結界の壁の勢いをそのまま喰らう。加えて、勢いよく二人にぶつかり、それによってInviolable Fieldの第一層が弾け散り、その衝撃も彼女たちに向けられる。この二つの衝撃が合わさったことによって、二人は一気に壁際まで押し飛ばされる。
予期していない閃光と衝撃で、福島はもちろん近衛騎士ですらなにもできずにいる。
「崩れたっ!」
この瞬間を待っていた。
「Light Arrow+Light Arrow、Superimpose。Raining、Coordinate specify Shooting!」
重統魔法、矢の雨が指定した場所に降り注ぐ。
「キャアァァァァ!?」
視界が回復してない中に衝撃を受けて壁際まで一気に押し飛ばされて、挙げ句の果てに矢の雨を受けるなんて踏んだり蹴ったりもいいところだろう。
「まぁでも戦いなんだし、許してくれよ福島さん」
矢の雨が降り止む頃には、福島のHPゲージはゼロとなった。サングラスを外してそのことを確認する。
〜〜〜〜〜〜
「はぁ〜〜〜……」
紅茶を飲みながら、ため息をつく。
「なんじゃお主、辛気臭いのう」
「ため息をつくと、幸せを逃すのよ?」
「ため息一つで幸せが逃げてたら、今頃全人類不幸になってるっつうに」
どちらかと言えば、俺はため息以上に不幸を撒き散らす方なんだけれど。
「しかしため息もつきたくなるさね。なんだよあの福島の無敵魔術。チートにも程があるっての……」
鋭岩石が彼女の周りを回るあの魔術。攻防一体で、しかも岩石は自由誘導できると来た。
「重統魔法で矢を撃ち続けても崩せる気がしない……」
「あれを打ち崩そうなんて時間と魔力の無駄じゃよ」
「ですよねー」
ロリ老女に肯定されるとは……。むしろそこは否定して欲しかったんだけれど。
「まぁ待て、あの魔術にも弱点はあるぞ?」
「弱点、ですか?」
「うむ。どんな魔法・魔術であっても必ず弱点は存在するものじゃからな」
ドヤ顔で語り始めるロリ老女。
この数日間修行を受けて分かったことがある。このロリ老女、めちゃくちゃ話し好きで、しかも魔法・魔術の話は特に大好きらしい。そのせいで1時間くらい話が止まらなかった時もあった。
「さて、“Rockstone Ring Bit”じゃな。アレを使うとはなかなか面白いやつじゃのう」
「でしょうね。あんな無敵魔術、使われたらどうしようもないでしょうに」
「いや、むしろその逆じゃ。アレを作り出した者は、一度使ってからはほとんどあの魔術を使ってはおらん」
「は?」
あんなチート魔術を使わないなんて、どういう神経してるんだよ創始者。
「どうしてですか?」
「まずあの魔術は、使用する魔力量がかなり多いのじゃ。魔力精製炉を持っていた創始者ですら大幅に削られていたからの、福島という女子では一回しか使えんし、その一回で出した岩石をさらに増やすことは間違いなく不可能じゃろう」
「なるほど……」
戦いにおいて魔力量は生死を分ける最も大事なキーだ。大切に使ってナンボだろう。
「そしてあの魔術にはかなりの集中力がいるのじゃ。岩石を操るためにも、維持するためにも」
「そういえば福島さん、あの魔術を使っている間一言も喋っていませんでした」
「言葉を出す余裕もないんじゃ、それにすら気を回せんくらいにあの魔術の意地は大変なのじゃ。そしてそれだけの集中が必要ということは」
「他の魔術が使えない」
「その通りじゃ」
そういうことことか。アレを使ったら他の魔術を使えないというのはかなり大きいデメリットだ。だからこそあの魔術の創始者は使うのを辞めたのか。
「じゃがその分、攻防一体のあの魔術は強力じゃ。少なくとも、お主たちの戦闘で真っ向から挑めば無敵を誇れるの」
「真っ向からね……」
「……やれやれ、そういう部分では頭が働くのじゃな。腹黒いやつじゃ」
「腹黒いっていうなこのロリ老女」
「なんじゃとー!?」
「そ、それで! どうやって戦えばいいんですか!!」
軽い言い争いをお嬢様が止める。
「オホンッ! あの魔術の突破方法は大きく分けて二つ。一つは岩石が追加されないということは、アレを全部破壊してしまえばいい」
「じゃが、アレを全て破壊するには大規模な魔術が必要じゃ。じゃがお主たちの場合その案は採用できない。そして重統魔法でも撃ち抜くには相当な攻勢魔力が必要。つまり魔力の無駄遣い、やるだけ無駄だということじゃな」
「だから、俺たちが採用するのはもう一つの方法」
「もう一つ?」
「あの魔術はめちゃくちゃ集中してなきゃ使えないってことだから……」
「その集中を、乱すってことね?」
「正解だ。まぁ、どうやって集中を乱すのかを考えなきゃいけないんだが。それもあの近衛騎士の攻撃を掻い潜ってだ」
そうして小一時間ほど考えた結果。
「……なんも思いついかない」
戦いの真っ最中に集中を乱すなんて無理だ。お嬢様も考えてはいるものの、こういうずる賢い考え方はできないようでちっともアイデアが浮かんでいなかった。
「アイデアが出ないのなら少し身体を動かした方がいいぞ。なにぶん時間もない、それにお主たちはまだアレができておらんのじゃから」
「ですね〜……」
「特にハルネ、そなたはまだ限定展開と拡張展開がまだ完全ではないんじゃから、そっちを先にやるぞ!」
「そうですね……。特にアイデア出しにはあまり貢献できていませんし、少しでも自分の技を高めないと……!」
「というわけで、お主も行くぞ!」
「はいはい……っと」
立ち上がる際に、机においてあった本に手をぶつけて落としてしまう。
「おっとっと……ん?」
落ちた表紙にめくれたページ。
「……閃光手榴弾。野球ボール大の球に破壊衝撃が加わった時、うちに秘められた閃光が走る、か。これも魔力だけで使えるみたいだけど、流石にひっからないな。それに衝撃が加わらないと爆発しないっていうのも使いづらい」
「なにをしている、早く来ぬか!」
「はいはい!」
ど、そうして訓練を再開してしばらく様子を見ていたときに気づいた。
「なぁ、もし……」
〜〜〜〜〜〜
そうして思いついた、福島の集中を乱す方法がこれだった。
あの魔術を発動した状態で閃光手榴弾を投げつければ、戦いに集中した向こうは必ずそれを破壊してくれる。その閃光によって視界を奪い、さらにお嬢様の結界で押し飛ばせば、彼女の集中は間違いなく乱れる。そこに攻撃を加えてHPを吹っ飛ばす。
こちらの閃光対策は、ポケットにサングラスを仕込んでおけば完了だ。サングラスはロリ老女の特別性だから、閃光の影響は絶対に受けない。
「くっ、何が……?」
ようやく戻ってきた視界で、状況を精査する近衛騎士。
「……福島さんがやられている? なにをした、洗馬颯!」
「何って、ただフラッシュで目眩しして、お嬢様の魔法で壁際まで吹っ飛ばして、俺の魔法でHPゲージを吹っ飛ばしたんだよ」
「馬鹿な、ロックストーンリングは健在だったはず……」
「急な閃光と衝撃で集中を乱した。あの無敵魔術を俺たちが破れる唯一の方法がこれだ。さて……」
ここまでやって、ようやく彼女の願いの半分。だから、
「ここからが俺たちの本番だ」




