修行の成果。
「Connecting Tree Library, Selection knowledge for their growth」
オティリエさんの宣言で、彼女の身体が光に包まれる。同時に図書館も同様の光を帯びる。
すると私たちの手元に、ゆっくりと本が数冊飛んできた。
「ふう。今お主たちが手にしておる本、それがお主たちを鍛えるのに必要な資料じゃ」
「あの、何をなさったんですか?」
「ん? 今のはわしとこの図書室をリンクさせて、わしの持つ知識を持ってこの図書室がお主たちに必要なものを選んだのじゃ。じゃから、それらを学ぶことがお主たちに必要なことなんじゃ」
そう言って持たされた本たち。それらをテーブルに置いて、一冊目を広げる。
「Dual Border(二重結界)、ですか?」
「そうじゃ、相手の魔術の侵入を防ぐために造られる結界式防御じゃ」
「これ、魔術ですよね……?」
「そうじゃな。じゃから、これをそのまま使うわけではない。ここにある知識を借りるのじゃ」
「魔術の考えを借りる、ですか?」
「借りると言うと?」
「Dual Borderという魔術は、結界の壁が二層に分かれてできておる。一層目が崩れても同じ力を持つ二層目で確実に処理する。二重構造で中にいる術者を守るためにという考え方をしておるんじゃ」
「はぁ……。で、それがどうしたんです?」
「察しの悪い奴じゃのう、お主は。つまりじゃ、この魔術を応用して、魔法で何重にも壁を重ねて防御しようということをやるということじゃ。魔法は確かに単体では魔術に勝てない。じゃがそれをいくつも集合させれば、それは不可能ではなくなる。お主たちのように魔力が圧倒的じゃからできることでもあるがな」
「何重にも層を作って、それで耐える……」
そんなこと、考えたこともなかった。防御とは高い魔力量でより硬いものを精製するのが当たり前のことだと思っていた。だから自然と防御壁は一枚としか考えずにいた。でも、弱い力でも、それを重ねてより強固にするというのは私に合っているかもしれない。
「でも、魔法が魔術に勝てないのは変わらない。層を重ねても、一層一層魔術に負けていくだけじゃないのか?」
「じゃからもう一工夫を入れるのじゃ。そのヒントが二冊目の本にある」
「二冊目ですか?」
言われて二冊目の本をテーブル広げる。
「クラッシャブル・ストラクチャー?」
「なんだそれ?」
私も颯も一度も聞いたことのないものだった。
「衝撃を受けたときに、わざとパーツを自壊させ衝撃の威力を中和することによって、内部にまで届かないようにする装甲技術、か。こんなものがあるのか……」
颯が概要を読み上げる。そんな防御方法があるなんて思いもよらなかった。
「そもそも防御用の魔術に攻勢魔法を混ぜる理由は、敵対魔術への対抗用じゃ。それができない、魔力量が少ない者がかつて考えついた防御壁の機構じゃ。つまり今のお主にピッタリな考え方ということじゃな。この走行の考え方は自動車かなんかの装甲にも使われているらしいが、まぁそんなことはどうでも良い。お主たちと同様の悩みを持っているものはかつて何人もいた。そしてその中で諦めなかった者も。じゃから、その先人たちの知恵を活かしていくんじゃ」
「「…………」」
俺確かに私たちが抱える悩みが私たちだけなんてあり得ない。そして、その状況に絶望せずに這い上がっていった人たちはいる。だから、私たちもそういう人たちに習って、負けるわけにはいかない。
これは私の願いを叶えるための戦いで、颯はそれを手伝ってくれているのだから。
「では初めようか。まずはハルネからじゃな」
「よろしくお願いします!」
そうしてオティリエさんのほぼつきっきりの教育で私が身につけた、私だけの守勢魔法Inviolable Field(侵入禁止エリア)。クラッシャブル・ストラクチャー装甲の防御壁を少しの間隔を開けて重ね、それによって魔術の威力を減衰し続けて最終的に私たちをガードする。
あえて壊れるようにする壁だから膨大な魔力は必要なくて、魔術を受け止めるわけでもなく減衰するのが主目的だから攻勢魔力も不要。何重にも防御壁を重ねる分、守勢魔力の消費量はある程度多いけれど、それは私の魔力量でカバーできている。
私の願いを叶えるために協力してくれている颯を守るためにも、知識を貸してくれているオティリエさんのためにも負けられない。
〜〜〜〜〜〜
「多分瑞浪は俺の初撃を防げる。その間に土岐が昨日と同じ魔術を組み上げて試合終了という算段をしているはずだ。俺たちが魔法しか使えないことを知っているから、わざわざ策を弄する必要はないって考えるだろう。そこに俺たちの勝機がある。土岐が魔術を組み上げている間に、こっちもInviolable Fieldを組み上げておくんだ。そうすればHP全損は無くなるはず。それさえ成功すれば、あとは俺がなんとかする」
颯が昨日言っていた作戦。ほぼその通りに事態が進んでいる。
「グッジョブ、お嬢様」
肩を叩いて労いの言葉を言う颯。
「でもまだ戦いは終わってない。会場はまた水浸しで、移動しながらの攻撃は難しいわ」
「その辺は安心してくれ、ちゃんと考えてる。だから一応次のために防御壁を組み上げててくれ」
颯はそう言って、二人の方を向く。それは間髪を入れない攻撃のため。
颯が身につけた一つ目の成果、ノンリサイト。魔法・魔術戦闘における重要な鍵の一つ、詠唱の長さを無視する力。颯は元々アノマリーリサイトを使えていたから、習得するのに大した労力はいらないだろうとオティリエさんは言っていたし、事実そうだった。私の時もそうであったように、オティリエさんとあの図書室の知識による私たちへのアドバイスは的確。
「Heat Circular Escutcheon!」
しかしそれは相手も同じ。瑞浪くんもアノマリーリサイトを使える。試合開始時と同じように、颯の矢は炎の盾に衝突して、爆発する。
「こんなショボい攻撃が通用すると……!?」
「思ってないねっ。だからアレは囮りだっ!!!」
颯はすでに、瑞浪くんの懐まで飛び込んでいた。力を込めた右の拳を振う。それは瑞浪くんのお腹を直撃する。魔力を使っていない、ただのパンチだけれど、瑞浪くんのところまで距離を詰めた勢いそのままのパンチ。瑞浪くんは数メートルくらい吹き飛ばされる。
「喰らっとけ、非リアの鉄拳制裁を!!」
……なんだか私怨が籠った攻撃だったけれど。
「バカな……。あの距離を……。この水があるのに……」
蹲ってお腹を押さえながら、辛うじて声を出しているという状態の瑞浪くん。
「Instantaneous Wind(瞬発風力)。ただの魔法だよ」
Instantaneous Wind。颯が身につけた二つ目の力。ジャンプしたり走ったりする時に、人は必ず地面を蹴る。その瞬間に足の下に風の魔法で小爆発を起こすことによって、通常よりも飛距離を飛躍的に上げようという魔法。要するに、人の瞬発力を補助するためのもの。ただ風の小爆発を起こすだけだからわざわざ両方の魔力を必要としないという利点がある。
颯は慣れるまで何度も壁にぶつかって、そのたびにオティリエさんに怒られていたけれど。今ではすっかり慣れたようで、着地もちゃんとできている。
「そんな……魔法……」
そのまま瑞浪くんは崩れ落ちる。
「成也くん!」
そこにすぐさま駆け寄ってくる土岐さん。そういえば二人はとても仲が良いと聞いた。そんなパートナーが倒れたら誰でも心配になる。
「大丈夫!? 成也くん!」
「だ、大丈夫……。いつつつ……」
「っ!」
キッと颯のことを睨みつける土岐さん。
「い、いやいや、これ戦いだし。だから仕方ないっていうか……。そんなこと言ったらこっちは全身ずぶ濡れになってるわけだし……」
土岐さんの予想外の豹変に驚きながらあれこれ弁明をする颯。
「はぁ……。分かってる。成也くんがいなかったら勝てないし、私たちは降参するわ」
土岐さんの降参宣言で、私たちのWinner表示が浮かび上がる。私もすぐに三人の元に駆け寄る。
「瑞浪くん、大丈夫?」
「ハルネさんに心配してもらえるとは光栄だね……。まぁ大丈夫さ、いつつ……」
流石に大丈夫そうではないけれど、意識があるならひとまずは安心。
「とりあえず瑞浪は保健室へ直行だな。真由美、頼めるか?」
「任せてください!」
審判の日出先生がやってきて、観客席にいた真由美先生もすぐにここにやってくる。真由美先生の魔術で、瑞浪くんはタンカーに乗せられて、そのタンカーごと運ばれていく。土岐さんももちろんそれに同行。
「さて、お前たちとんでもないことをしてくれたものだ、全く……」
「「???」」
とんでもないこととは何だろうか? 私はもちろん、颯も分からずに二人で首を傾げるのみ。
「……まぁこれの全日程が終わってから話を聞くとしよう。お前たちもシャワーを浴びないと風邪ひくだろう。早く寮に戻った方がいい」
「分かりました」
そんな指示で寮への帰路に着くことになる。
「お嬢様!」
観客席に戻ると、一番にエルが駆け寄ってくる。
「こちらをお使いください。こういう事態を想定して持参しました」
「ありがとう、エル」
おかげで髪などについた水分を拭くことができた。
「颯も」
「俺はいいよ、先に戻ってる。あー、さっぶ」
駆け足で戻っていく颯。
「それにしてもお嬢様、いったいどのようにあの滝を防いだのですか? あれを使ったわけではないようですが……」
「それは……、まだヒミツね。明後日、エルたちと戦ったら教えてあげるわ。」
「……分かりました。それまでお待ちしております」
手の内はまだ明かせない。エルに隠し事をするのは申し訳ないけれど、この後に戦うのだから。
「ハルネさんも早く戻った方がいいよ。髪とかは拭けても、制服はまだ濡れているんだから」
「そうね。早く戻りましょう」
〜〜〜〜〜〜
寮に戻ってシャワーを浴びて、制服を干す。そのあと、颯と二人でいつものところへ赴いていた。
「何じゃお主、その服は」
「は?」
颯の着ている服。エル曰く「日本の中学生には、運動用の服装としてああいったものが支給されるようです。」という格好。運動用ということは動きやすいし、魔法・魔術の訓練には最適なのは分かる。でも颯は部屋着にもしているみたいで、これと制服以外他の服を着ているところを見たことがない。どうしてだろうか?
「まぁそれは置いていて。いい試合じゃったな、お主たち。特にハルネ、よくやったぞ」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃが問題は明日じゃな。颯、お主は感じたか?」
「……はい」
「?」
私にはわからないけれど、オティリエさんと颯は通じ合っているみたいだ。
「明日の戦い、このままじゃとちと厳しくなりそうじゃな」
「……」
「ど、どういうことですか?」
二人だけで話が進行していて、私は全くついていけない。
でも、問題はそれだけではなかった。颯が今まで見たことのない重苦しい顔をしている。そして、颯が告げた言葉は、確かにその雰囲気に合っている、衝撃的な言葉だった。
「……明日の試合。もしかしたら勝てないかもしれない」
「えっ……?」




