クラスメイトたちの戦い。
この一戦については俺も注目していた。もしお互いが順調に勝ち上がった場合、彼は決勝に上がる前に、近衛騎士と戦う前に立ちはだかる存在なのだから。
同時に上級生たちにも注目の一戦だった。なにせ贄川は生徒会長の弟。実力者の弟がどんな戦いをするのかは誰だって気になる。
そして何よりも注目されているのは、あいつが持つ能力そのもの。彼の家にしかない秘術、透明化。まだ魔法・魔術を消したりすることはできないらしいが、どんな立ち回りをするのかが気になる。
「それでは開始!」
戦いの火蓋は切って落とされる。
開始直後。彼は指を鳴らして姿を消す。自分だけ消えるというのはどうにも卑怯な気がするが。
ただ、パートナーである紺野は、近衛騎士のパートナー福島に次いで実力をつけている。授業で見た魔法・魔術の発動はかなりの出来だった。その分簡単にはやられないと信頼しているのだろうか。
おそらく狙いは、一回戦の落合のように裏をとって挟撃なのだろう。ただ、彼女のような移動速度はないから、それまで二人の攻撃を紺野一人で耐えなければいけない。果たして間に合うのだろうか。
だが、戦いはそんな単純には進まなかった。
「そこねっ!」
神領が姿の見えない贄川の位置を的確に当てたのだ。明後日の方向に魔術を連射したと思ったら、その位置に贄川が現れて防御する。
確か贄川は透明化の最中には他の魔法を使えないと言っていた。それはまだ改善できていないらしい。躱すこともできない連射量と範囲、仕方なく姿を表して防御に徹する。
「……?」
だが、どうして神領は姿の見えない贄川の位置を正確に当てることができたのか。それが理解できない。それを訝しんでいると、助け舟はお嬢様が出してくれる。
「神領さんは、音に関係した魔術が得意だって聞いたわ。覚えているかしら、先週の木曜日の夜に、私たちの会話が筒抜けだった原因になってたあの魔術は、神領さんが仕掛けたみたいなの。」
「そういえば……、思い出した」
あの時、ドアになんかの魔術を仕掛けてくれたおかげで俺たちの部屋の会話が筒抜けになっていた。
神領の得意魔術が音に関するものなら、まさにその時に使った聴覚の強化系の魔術で、透明化した贄川の足音か何かを捉えたのだろう。姿は消せても音までは消すことができない。もしかしたら彼女は贄川にとって天敵と呼べる相手なのかもしれない。
「う〜ん、これはマズいね〜……」
そう言って贄川は急ぎ紺野のいる場所まで戻る。
「あなたの透明化は私には効かないわ。さぁ、どうするの?」
強気な神領。確かに透明化の魔術を封じ込めたのは大きなアドバンテージだ。
だが、贄川が本当にこれで終わるのだろうか? あいつは入学式の時点で俺のことを知っていた。その他を鑑みても相当な情報通な人間。そんなやつが神領のことを知らないはずがない。
「じゃあ、プランBだね!」
そう言って、彼は紺野の後ろにつく。
「何をするのか知らないけどっ!」
再び攻撃に入る高蔵と神領。だが二人の攻撃を、紺野が防御壁を展開し、防御を削られながらもなんとか防いでいく。その間に、贄川は魔術を組み上げ始める。
「こ、これって!」
完成されゆく魔術を見て焦り出す神領。出来上がりつつある、彼らの身の丈を超える魔方陣を見れば誰でも焦る。だが、そんな状態で撃つ魔術は効果を最大限発揮できない。彼女たちの攻撃は紺野の根気強い守りに防がれる。
「お待たせ! 下がっていいよ!」
贄川の合図で、今度は二人の位置関係が逆転する。
「Press of Maximum Wind Speed(台風の圧)!」
最後の一言を発すると、魔法陣から暴風が吹き荒れる。その風圧によって、神領と高蔵は立っていることができない。風圧によって、今にも飛ばされかねない。
「こ、これは……生徒会長の……」
「流石にバレるよね。うちの姉貴と同じだしね。ただ姉貴と違って僕は残念ながらその真価を発揮できないんだけど」
会場一帯にこんな暴風を吹かせているだけでもすごいのに、この魔術にはまだ上があるというのか。
「……生徒会長たちは焔を巡らし、暴風がそれをさらに加速させる。そんな話を聞いたわ。贄川生徒会長、贄川くんのお姉さんは暴風の操り手だって」
「暴風……」
これがあいつの隠し球だったというわけか。透明化を見せびらかしていたのも、知られているこの力を使えないと錯覚させるための演技だったというわけだ。贄川翔太、とんだ食わせ者だ。
神領も、この風の中で唯一使える空属性の魔術を放って抵抗してみせるが、それらは防御担当の紺野にやはり防がれてしまう。
手の出しようがなく、風圧に壁際まで吹き飛ばされて、そのまま神領と高蔵はダウンした。
「勝者は贄川・紺野ペア!」
完璧な戦いだった。近衛騎士チームを倒すために、まずこのペアを倒さなければならないのか……。
「……」
同様の焦りと心配は隣のお嬢様も感じている。
「どうだった、颯?」
戻ってきた贄川の第一声がそれだった。
「……性格の悪いやつだなと思った」
「ひ、ひどくない!?」
戯けて見せる。だが、それがこいつの演技であることはもう分かった。こいつにはもう一切の油断も隙も見せない。
「……でもそうだね。是非戦えることを楽しみにしているよ。だから勝ち上がってきてよ?」
「お前こそ、次があるだろうに。足元を掬われるなよ?」
「あっはっは。だね〜」
などと言って席に戻る。他のクラスメイトからの評価も上々。普段チャラっとしている分、株が爆上がりしている。
「次だ! 武並謙信・釜戸恭一ペアvs春日莉子・勝川泰子ペアだ。降りてきて準備しろ!」
第五試合の準備を告げる日出先生。
そのまま戦いは幕を開けた。しかしこの戦いもいろいろな意味で異質な戦いだった。
「やはりダメだ!!」
大声を上げるのは武並。彼は魔術師の家系でもかなり特殊な、武闘魔術の使い手らしい。魔術を込めた拳で戦うというスタイルなのだか。
「やはり俺には! 女性を殴ることなどできん!!」
と言って、全然攻撃しなかった。曰く武士道やら仁義に反するだとかなんだとか。
そのスタイルに観客も対戦相手の二人も困惑。ペアの魔法・魔術戦初心者釜戸も当然大困惑。何がなんだかわからないまま、結局春日・勝川ペアの勝利となった。
「……組み合わせが悪かったのか、あいつの心積りが悪かったのか」
なんとも言えない戦い(?)だった。
ちなみに武並は、反省会パートで日出先生に頭を思い切りぶん殴られていた。
「はぁ……。次だ次! 瑞浪成也・土岐由奈ペアと宮越英一・原野宏輝ペアの第六試合!」
呆れ果ててアナウンスが少し投げやりになっている。呼ばれた四人は戦場へ降りて行く。
「「「頑張って!! 宮越くん!!」」」
「は?」
「「「瑞浪くん〜! 応援してるよ〜!!」」」
「は??」
「「「原野くんも負けないで〜!!」」」
「は???」
なんか上下左右から黄色い声が聞こえてくる。しかもその謎の声援に前の三人は応えてるし。しかもそんな様子を見て土岐は瑞浪に怒っている。ついでにそれを聞いた左右上下の男子勢は嫉妬の黒いオーラを放ち始めた。なんだこれ? どういうことだ?
「颯、端末を見て」
隣のお嬢様がちょんちょっと肩を叩いて、小声で指示してくる。何事かは分からないが、その指示に従って端末を開くと、彼女からメッセージが飛んできていた。
(女子の女子による女子のためのアンケート?)
メッセージによると、どうにもこの土日に、そんなタイトルでA組の女子のみに送られていたアンケートがあったらしい。
その質問内容の一つに、「クラスのイケメンランキング」なるものがあったようで、そのアンケートの結果、イケメンランキングトップ3が宮越、原野、瑞浪らしい。しかもその順位と女子陣の好感については、なんとなく男子勢も分かっているようで、それ故にこんなことになっているらしい。
(彼らに送られた声援の理由がわかった。イケメン死すべし慈悲はない。)
なんてことを思う。それらを第一回戦で戦わせてくれでどうもありがとう日出先生。
さらに追加情報で、瑞浪と土岐は出会って間もないくせにいい雰囲気だそうだ。
(なにそれ。リア充死すべし慈悲はない。)
とまぁそんな事らしい。
ちなみにそのアンケート、俺は一票だけ獲得して第四位。トップ三人に表が集中して、ほぼ全員は表をもらえなかったそうだ。俺なんかに投票する物好きがいる事には大層驚いたが、誰だか知らないけどどうもありがとう。
そうこうしているうちに、第六試合は始まっていた。
目を見張ったのは、瑞浪の守勢魔術。宮越、原野のフルアタックを一ミリたりとも通さない。しかも先ほどの紺野とは違い、一切シールドが削れていないから驚きだ。元から魔法・魔術を知っていた人はやはり強い。
「大丈夫、由奈のことはちゃんと守るから、教えた通りに魔術を実行して」
「成也くん……!」
なーんてリア充な会話をする余裕すらある。
「うっわぁ……」
リア充なんて爆発してしまえばいいのに。
遠い目でフィールドを決めていると、何故か少しずつ暗くなる。雲でも出てきたかと思って俺も観客も、フィールドで戦っている者たちでさえも気にしてはいなかったが、それは大いなる油断であった。
「来たれ滝水! 流れ落ちる大瀑布!!」
土岐のそんな叫び声。
「……まさか」
最初に気づいたのはフィールドにいる宮越。それに釣られて観客席も全員顔を空に向ける。そして見たのは、大量の水が滝のようになって彼らに降りかかる光景であった。
「……水責めかよ」
結構えげつない作戦を考えるものだ。
直上からの大瀑布に固まって反応できない宮越・波乱ペア。そのまま水圧でダウンさせられる。
コート場にも水が溢れかえり、その波は自分たちにも降りかかることになるが、そこは瑞浪がちゃんとガードする。
「……勝者、瑞浪・土岐ペア。だがこれは、一時試合中断だな……」
フールドは完全に膝下くらいまで水に浸かってしまった。
「加減できなかったのか、土岐」
「ご、ごめんなさい……」
「僕が手加減なしにやっていいと言ったんです。だから由奈は悪くありません」
「まぁ初心者だから致し方なし、か。さて」
じゃぶじゃぶと水の中を進んで、観客席近くまでやってくる。
「守山、この水の処理を頼めるか?」
「……仕方ありませんね」
後ろの方で立ち上がる一人の女生徒。メガネをかけて髪型はお下げ、見ただけで超怖い、お堅い性格なのがわかる。
「邪魔なので全員観客席に上がってください」
メガネをクイッと上げてから、それだけを告げて階段を降りていく。
「四人とも、言われた通りにするんだ」
そう指示を出して先に観客席に上がる。勝った2人は自分の足で、水圧でまだ意識が若干耄碌している2人は以前俺と福島を持ち上げた先生の魔術で観客席まで搬出する。
「これでよし。それじゃあ頼む」
「はぁ……。面倒臭い。貸しひとつですよ?」
「今度美味しい飯でも奢るよ、もちろんパフェ付きで」
「……分かりました」
そうして彼女は両手を水につける。その両手を光らせると、水は一滴も余すことなく浮上していく。
「!?」
一年生はそれをみて全員が驚愕。そんなことを一切気にしない術者は、頭上あたりで一度浮上を止める。
「この水は?」
「適当に外に流しちゃっていいぞ」
「分かりました」
そう言った彼女は、今度は水を球体に変化させる。それはそのまま浮上を続け、屋根の部分を超えてたところでどこかに飛んでいってしまった。
「終わりました」
「さっすが守山。お早いお仕事で」
「これくらい、 先生もできるでしょう? どうして私が……」
「少しくらい後輩に実力を見せておくことも必要さ。ほれ、全員ちゃんと驚いてる」
「まぁいいです。私にこんなことをさせて、次の試合はちゃんと面白いんですよね?」
「まぁつまらなくはないだろうな。期待しない程度に期待しててくれ」
「……そうですか」
そのまま守山という女性とは元の席に戻るべく階段を上がっていく。
「……すげぇ」「マジかよ」「流石は三年生」「カッコいい……!」
小声ながらそんな声がクラス内に上がる。俺も同じような気持ちだ。あれだけの水をああも簡単に扱えるとは、実力は底知れない。
「さて、良い余興を見れたところで今日の最終戦、ハルネ・グリフィスと洗馬颯ペア、大桑守と野尻圭人ペアの第七試合。戦いの場に降りてこい。」
とうとう俺たちの名前が呼ばれる。




