彼女の思いに応えるために。
昨日、一昨日と同じように指を鳴らすだけでお茶菓子とティーポットが自動的に動いて用意をしてくれる。それを見たお嬢様は目を輝かせていた。
そうして準備が整い、全員が紅茶に一口つけたところで、コスプレ老女が話を始める。
「ハルネが魔術、ひいては攻勢魔法を使うことができない理由は、そなたの魔力量にある」
「はい、それは知っています」
「誤魔化さずに言うが、お主の攻勢魔力量は一般の者のそれとほとんど変わらないのじゃ。魔法に変換するにはギリギリの量じゃ」
「そんなに、だったんですか……」
流石の彼女も、具体的な魔力量までは知らなかったらしい。昨日もただ少ないとだけしか言っていなかった。
「守勢魔力が完全にゼロなこやつよりかはマシじゃがの」
「うるさいロリ老女」
「まぁそれは良い。じゃが問題は他にもある」
「ほかにも、ですか?」
「その首にかかっているものじゃ。それはラピスラズリじゃな?」
「! はい、そうです」
言い当てられたことに驚いてる。
「ラピスラズリ? ラピスラズリって言えば、誕生石とか装飾品使われるあの?」
宝石類とか装飾品については全然詳しくないし興味もないから、その程度の知識しかない。
「ラピスラズリ。自然に精製される鉱石の中では、最も賢者の石に近いとされるものなのじゃ」
「賢者の石って……、卑金属を金に変えたり、永遠の命を持てるとか言われてるやつですよね? それに最も近いって……ヤバくないですか? 街中行けばそんなのつけてる人いっぱいいるでしょうに」
「安心せい、超高純度のラピスしかその力を持つことはできない。なおかつ魔力の力を強く受けて初めてその力が発現するのじゃ。それに超高純度のラピス自体、自然精製以外に生み出すことはできぬ上に滅多に産出されることのない超希少品じゃから、一般の者が身につけておるラピスは何でもない、ただの石じゃよ」
「そ、そうですか……」
一瞬恐ろしい想像をしたが、心配には及ばないようだ。
「ハルネが首に下げておるラピスラズリには、二つの力が込められておる。一つはグリフィス家の秘術じゃな」
「……はい」
二人の言っている秘術、もしかしなくてもあの青白い光のことだろう。
「そしてもう一つは、そなたから攻勢魔力を吸い上げ貯めておく力じゃ。毎日一定量の魔力をそのたから吸い上げるようになっておる」
「……そういえばそんなこと言ってたな」
昨晩にも聞いた。その小さな石は魔力を貯めておくものだと。
「じゃがそれが問題なのじゃ。ただでさえ少ない魔力をこの石が吸い込んだら、当然ハルネの身体に残る魔力量では攻勢魔法を発動することはできない。それがハルネが攻勢魔法、ひいては魔術を使えない二つめの理由じゃ」
「「……」」
二人とも無言で、彼女が胸元から取り出したペンダントを注視する。彼女はここまで全て知っている風だったが、俺には瞠目させるべきことだった。あの小さい石にそんな強大な力が備わっているとは思えなかった。
「ん? その石が魔力を吸い上げてるなら、それを外して魔力がちゃんと元通りになれば攻勢魔法も魔術も使えるのでは?」
少ない魔力をこの石に吸われなければ、魔力は元通りでギリギリでも魔法・魔術が使えるのではないか。
「……無理ではないじゃろう。じゃが、勧める事はできないな」
「どうしてですか?」
「言ったじゃろう? 元の状態でもギリギリじゃと。攻勢魔法や魔術の発動ができたとしても、魔力量の少なさからそう何回も発現できない。それでは実戦ではほとんど役に立たない、かえって窮地を招きかねん。じゃから初めから守りに徹するほうがハルネには合っているじゃろう。グリフィス家は守勢魔法・守勢魔術に秀でているのじゃから。それにそのラピスに込められた魔術はハルネの最終防衛手段。尚更手離すべきではない」
「なるほど……」
実質、彼女も俺と似たような境遇にいるという事だ。攻勢魔法しか使えない俺と守勢魔法しか使えないこのお嬢様。
魔力相性が99%の俺たちが組み合わされた理由は、あの金髪が言うように本当に落ちこぼれ同士、しかも同じ悩みを抱える者を組み合わせただけなのかもしれないな。
「じゃがわしはそれで良いと思っている。何せ、そなたのパートナーは攻撃に秀でているのじゃから。攻撃と防御、この二つをそれぞれが分担して極めれば、いいチームになるとわしは思う」
「俺たちが?」
「いいチームに、ですか?」
またこの人は俺たちとは逆の考えをしている。
どちらかに注力してそれを極める。それがお互いの穴を埋められるなら確かにそれはいいチームにはなるだろう。だが、
「俺たちは二人とも魔術を使えないのに、どうやってそれに対抗するんですか? 攻勢魔法では守勢魔術を突破できないし、守勢魔法では攻勢魔術に対抗できません」
「お主の理屈は分かるぞ。じゃあお主たちは、二人でいれば魔術を発動できるではないか」
「……」
「見ておったぞ、昨日のお主たちの大立ち回りを。まさかほんの少し見せただけの聖域の箱を扱えるとは。流石は渚と可奈の息子じゃの」
「見てたんなら助けてくださいよ……」
「あの程度、わしの出る幕じゃないの。それに、あんな芸当は、お主たちじゃから出来るんじゃ。その辺は自信を持って良いぞ」
「どういうことですか?」
それに食いついたのはお嬢様のほう。
「エルも……私のそば付きの言っていたのですが、他人の魔力を扱うことは不可能だと。私もそう思います。それなのにどうして颯にはそれができたんですか?」
「ふむ……」
だがロリ老女はすぐには語ろうとしなかった。目を瞑って何かを考えている。
「……説明してやっても良い。じゃが、その前にひとつ聞かせて欲しい」
「なんでしょうか?」
「お主はどうしてそれが知りたいのじゃ? それを知ってどうするのじゃ?」
「それは……」
「お主が力を求める理由はなんじゃ?」
「……」
その威厳と圧に圧倒されて、黙り込んでしまう。俺も昨日言われたな、戦う理由だとかなんとか。俺の理由は察したようだけど。
「……俺も知りたい」
「颯?」
「クラス委員長を決める話が上がった時、あんたは唯一手を上げた。それにその後あの近衛騎士と戦うことになっても、俺たち四人の中で唯一一人だけすんなりと戦うことを決意した。そうまでしてクラス委員長になりたい理由を、その真意を俺も知りたい」
彼女も一度目を瞑る。再度その目が開かれた時には、決意が浮かんでいた。
「……二人にはあまり面白みのない話かもしれません。ですがお話しします」
俺とコスプレ幼女はその言葉に無言で頷く。それを見て、彼女は一回深呼吸してから話を始めた。
「私には兄や姉が何人かいて、私は一番の末っ子なんです。一番上の兄は既に魔法・魔術統治省で働いて、いくつも実績を上げています」
「あぁ、知っておるよ」
「他の兄や姉も、相応に実力があって、色々な場所から声がかかっています。ですがそれに対して私はその人たちと比べても、いいえ、魔法・魔術の世界においても落ちこぼれです。昔から魔法・魔術に携わってきた家の子なのにと、母や兄姉からはそう蔑まれました」
「……」
それは古くからある家だから生まれてしまう、一種の選民意識のようなものなのだろう。魔法・魔術が使えることが大前提、それがうまく使えないのは落ちこぼれだと。
「そんな私のことを見てくれたのは、父とエルだけでした。特にエルはいつもそばにいてくれて、私のことを考えてくれています。ですが、いつまでも二人に甘えているだけではいけない、自分の力でちゃんとしなくちゃいけないと、ずっと考えていたんです」
「つまりは、そなたを蔑んできた者たちを見返したいと?」
「そういう気持ちもないわけではありません。ですが、一番は父やエルに証明したいんです。私も、守られるだけではないんだと」
「あの近衛騎士は過保護すぎるしな」
「それも私のせいだから、仕方がないことではあるの。でも、ずっとこのままでいいとは思ってもいないから、少しでも私がちゃんとしているところを見せたいと思ったの」
「……」
言葉を選ばずに言えば、彼女の願いは彼女自身のコンプレックスの解消だということだ。魔法・魔術を柔然に使いこなせない、そんな自分のイメージを払拭したい。要するにカッコつけたいということだ。
「でもそのために、私の個人的な事に颯を巻き込もうとしてる。だから颯、無理して私に付き合うことはないわ。颯が自分のことがあって、誰にも近づきたくないという気持ちもわかるの。だから……」
「やれやれ、あんたも結構勝手だな」
「えっ……?」
「昨日はあんなことを言っておいて、今日は無理して付き合わなくていいとか……。言ってることがめちゃくちゃだ」
「?」
頭に疑問符を浮かべている。
「いいか。俺は昨日言われた事に感動した。自分がもたらす不幸以上に相手を幸福にしろって。だがそんなこと、正直出来る自信はない。でも、俺はあんたを巻き込んで色々な目に合わせちまった。俺はそれに対してちゃんと責任を取りたいと思った。だからまず最初にそれを実行する相手はハルネ・グリフィス。あんたじゃなきゃダメなんだよ、それを教えてくれたあんたじゃなきゃ。だから俺は、あんたが願うならその手助けをする。そう決めてここに連れて来たんだ。それなのに言い出しっぺのお前が折れそうになるなよ」
「颯……?」
彼女は俺が他の人のことを考えていると言った。だが俺にそんな自覚はない。それと同じように、彼女にも自覚がないんだ。彼女こそ誰よりも、自分の周りにいる人たちのことを考えていると。
その分、自分は自分の願いを言ってはいけないと、わがままを言ってはいけないと思っているんだ。それは彼女の性格のせいでもあり、環境のせいでもある。
俺は天涯孤独の身だったからなんでも自由にできるが、彼女はそうではない。だからそれを壊してやることが、彼女を少しでも自由にすることが、俺が彼女にしてやれる事だ。
「あんたの父親とあの近衛騎士にカッコつけたい。いいじゃん。人間誰だってカッコつけたいし、カッコつけてるものさ。生まれた時に持つ力なんて、本人にはどうしようもないじゃないか。それはあんたも俺も同じだ。それで人の評価が決まるなら、俺なんてあんたよりももっと酷いだろう? だから、それで全てを決めつける奴らを見返してやろうじゃないか。昨日の金髪郎党も、あんたの兄姉も、地位のためにあんたを投げ捨てようとするあんたの母親も、それら全員を。生まれ持った力じゃない、努力して、成長した、今の自分を、生まれ持った力だけで評価を下す奴ら全員に!」
「颯……」
「だから自分のわがままでも、ただカッコつけたいだけでも……?」
その時見たのは、彼女の目から雫がこぼれ落ちていくところ。拭っても拭っても止まらない。
「ちょ、え?」
今度は俺も困惑するが、それでも泣き止むことはない。
それはきっと、彼女がずっとため込んできたものだと思う。いつも笑顔でいる彼女が裏で抱え続けていた気持ち。
今の俺には、それを全て背負うだなんて口が裂けても言えない。だが、それをほんの少し解消するくらいはしなければならないだろ。それが俺が彼女に果たすべき責任だ。
「颯……ありがとう、颯……」
「な、泣くなって。それにお礼もまだ早いっての」
「うん……、うん!」
そうして見せた笑顔。この笑顔を見たのはいつ以来だっただろうか。俺が今戦う理由は、ひとまずはこの笑顔のためという事になりそうだ。
「……わし、お邪魔じゃったか?」
申し訳なさそうに、小さく声を上げるコスプレ幼女。
「じゃ、邪魔だなんてとんでもありません! 大丈夫です!」
顔を真っ赤にしているお嬢様。
「いやはや、二人がそういった関係じゃとはな……」
「そういった関係ってなんですか?」
さっぱり分からない。
「まぁ良い。じゃが、お主たちの戦う理由はよく分かった。十分すぎるほどにな。そしてそれは、正道を行く、真っ直ぐで純粋な願いじゃ。二人とも、それを忘れぬようにな」
「「はい」」
「じゃからその気持ちに、わしも応えよう。確かクラス内戦は月曜からじゃったな。まずはそれまでの期間、お主たちを鍛えよう」
「「よろしくお願いします!!」」
この日初めて、俺たちが出会って初めて、二人の息が一つとなった。




