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俺たちは落ちこぼれ、でも二人でなら最高の魔法使い  作者: 広河恵/ぴろめぐ
第一章第五節:颯とハルネ、二人の真実
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善意と悪意。

「……Hölle Feuerwerk(地獄の火炎花)。死の世界の火花を受けては、マトモにたってはいまい。所詮は口先だけの愚民だ」


「……Box of Sanctuary」


「は?」


爆煙のせいで視界不良だが、容易に想像ができる。攻撃を命令して、爆発を見て、高笑いしていたその顔が俺の声によって歪んでいくのを。


「……魔法・魔術には人の感情が強く反映される、か。両親に感謝しなきゃな」


やがて煙が収まると、半透明の壁の向こうに、ようやく彼らの喫驚に染まった顔が見える。


「なに、これ……?」


俺と一緒にいるお嬢様も何が起きたのか分からず、周りをキョロキョロしながら困惑を隠さない。


「集中していろ。お前の魔力が少しでも弱くなったら、一瞬で消え去るんだから」


「う、うん……」


その言葉で、より一層手を握る力が強くなる。彼女の力も強く感じれるようになってきた。魔力量が1:1になるように、自分もより力を込める。


「そんな薄っぺらい壁!」


ムキになった彼らは続け様に魔術を撃ち放ってくる。しかしそれら全て、この魔術の前では無意味だ。


「な、なんだこの魔術は!」


「Box of Sanctuary(聖域の箱)。悪意によって染まった魔術は全て、この正六面体の聖域に入り込めない。いくら魔術を撃ち込もうとも、あんたらじゃ突破は不可能だ」


両親が作り上げた魔術、Box of Sanctuary(聖域の箱)。


魔法・魔術には、術者の感情が強く反映される。術者が悪意を持って魔法・魔術を発動したら、その魔法・魔術には悪意が強く反映されることになる。この魔術は、そんな悪意を孕んだ魔法・魔術をすべて弾き返す結界型防御魔術。術者を中心に、2の階乗立方メートルの空間を形成し、外壁が俺たちを守護する。


彼らには明確に、俺たちを傷付けようという悪意があった。その感情は当然彼らの魔術にも反映されている。これはそんな魔術に対して絶対の防御となる、この状況を唯一打開できる手段だった。あのコスプレ老婆に両親の残した資料を見せてもらって本当によかった。


ただし、守勢魔力のない俺では当然この魔術は組み上げられない。このお嬢様の力を借りてようやくできている。彼女がこの場にいてくれたことには感謝しかない。


「どういうことだ、こいつらは魔術が使えないはずじゃ……」「そんな魔術聞いたことがないぞ」「どうする、これじゃあ……」


当然彼らはうろたえて動けない。


「このっ、落ちこぼれどもが……」


ついさっきまで涼しい顔をしていたオールバックも、頭に血を昇らせている。


「お前ら! 何をやっている!!」


突然のフラッシュライトと共に叫び声。しかも、それはよく知っている声。


そちらを向けば、日出先生を筆頭に教員が二、三人ほどいた。


「裏山で魔力反応があると思って来てみれば。こんなところで何を……」


俺たち二人を視界に収めた瞬間、固まって動かない。


「Box of Sanctuaryだと……? これは渚と可奈の……」


教員が来たからもう大丈夫だろうと術を解除する。そうして消えていく魔術を見続ける日出先生。


「先輩、大丈夫ですか?」


「っ、あ、あぁ。大丈夫だ」


少し後ろにいた藪原先生の声で我を取り戻す。


「それで、これは一体どういう状況だ?」


双方に睨みを利かせる。


「……彼女が追われていたのを見つけたら、魔術を打ち込まれそうになったので防御しただけですが」


「ほう?」


俺の言を聞いた日出先生の眼光は彼らの方に。


「誤解ですよ。僕らは彼女同意の上でちょっとしたゲームをしていただけです。それを勘違いした彼が介入して来て、彼の先制攻撃を受けたので驚いてこちらも応戦を。罰するべきは彼の方ですよ」


こういう状況での猫被りも天下一品だな。


「そうなのか洗馬」


「先制攻撃、ではないでしょう。彼女は壁に追い込まれて、彼らの手には魔法だか魔術だかの光があった。この状況においては先制攻撃とは言わないでしょう?」


こちらも脚色しつつ応戦する。


「だ、そうだが?」


「おかしいですね。彼が出て来た時は別に、彼女を囲んでいただけですし、特に何もしていなかったと記憶していますが? みんなもそうだよな?」


「えぇ」「そうです」「別に何もしちゃいません」「証拠もないんですし」


「それよりも、罰則を破った彼の処分をするべきでは? 彼は禁じられていたのにも関わらず魔法・魔術を使用したんですから」


俺が魔法を使ってはいけない、この部分を強調する。なるほど、こいつの狙いはその部分にあったわけだ。


「少し黙っていろ小僧。それはお前には関係ないことだ」


「……なんだと? 三流教師のくせに、この学園一の出資者のヴァルモーデン家の跡取りに楯突くつもりか?」


よくもまぁ、このおっかない先生に噛みつくものだ。


「まぁまぁ、日出先生。ガロスヴォルド君も」


そのタイミングで、暗闇から突然現れる黒コートの男。


「……シュリンムライト先生」


「うちのクラスの生徒をそう脅さんでやってくださいな。今回は喧嘩両成敗、各生徒の処罰はそれぞれの担任が決めるというのはどうでしょう?」


「……」


少し思案する日出先生。こいつがこのオールバックの担任か。この問題児を黙らせるとは、一体どんな力を持っているんだ?


「……いいでしょう。ただし、我々はそちらの生徒たちの処分が決まってから処分を決めますがよろしいですか?」


「分かりました、ではその条件で。それにしても……」


その目が不意にこちらに俺に向く。


「いいものを見せてもらいました。Box of Sanctuary。まさかその魔術の使い手が再び現れるとはね。……なるほど、血は争えないということですか」


そう言って俺に近づいてくる中年黒コート。そのまま卑しい笑いを近づけて一言。


「いやはや、ぜひ君のことを研究してみたいですね。洗馬颯くん?」


「!?」


ゾッとした。得体のしれない恐怖が身体を駆け巡って、全身が硬直した。一体なんだ、この恐怖は?


「……さぁ、いくよ君たち」


それを見ながら微笑んで、彼らの方に振り向く。そしてその一言に、彼ら全員が従う。本当に何者なんだろうか、あの先生。


姿が見えなくなってから、こちらを振り返る。


「はぁ。さて、何から言えばいいのやら……」


「なら、何も言わなくていいです」


「黙っていろ颯。私の質問以外で口を開くな」


「……はい」


完全な独裁じゃないか。


「まぁでも、ハルネを助けたことについては褒めるべきだな。よくやった」


「……どうも」


「ハルネも大丈夫か?」


「は、はい。大丈夫です。……申し訳ありませんでした。私の身のことで」


「別にいいさ。私はお前の味方側だしな。それに私はアイツら一党が大っ嫌いなんだ」


既に彼らが消え去った暗闇に向かって再度睨みを利かせる。


「とりあえず、二人はもう寮に戻りなさい。寄り道するなよ?」


「「……はい」」


その態度に呆気に取られたまま、二人同時に返事をする。


「あ、その前にひとつ聞かせろ」


「?」


「Box of Sanctuary。どうしてアレを知っていた?」


「あ〜っと……」


図書室で知りました、なんて言えない。どうしようか?


「……まぁいい。久しぶりにあの魔術が見れて私も嬉しかった。渚と可奈の魔術をな」


「先生……」


「それにしてもお前ら二人、手を繋ぐほど仲良くなっていたとはな。いつの間にだ?」


「は?」


「へっ?」


そうして顔を下に向ける。さっき魔術を発動するために彼女の力を借りようとして、それで確か彼女が手を握って来て……。


「「〜〜〜!?」」


パッと手を離す。


「なんだ、もう離すのか。せっかくだから颯、そのまま寮までエスコートしてやればいいのに」


「そんなことしません!」


「なーんだ、つまんないなぁ。まぁいい、さっさと帰った帰った。特にハルネ。お前のお目付役が待ってるぞ」


「……」


なんとなく、この後の想像がついた。……面倒くせぇ。


「はい。では失礼します」


「……失礼します」


とは言え、帰らない訳にもいかないので、一礼してその場を後にする。


少し歩くと、元の山道に出ることができた。そのまま道なりに15分くらいで寮にたどり着く。


「お嬢様あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


エントランスホールに入るなり、駆け寄ってくるのは近衛騎士。それに遅れて女性陣、男性陣すら寄ってくる。


「申し訳ございませんお嬢様!お一人で行かせてしまったばっかりに……。誠に申し訳ございませんでした!!」


ピシッと土下座する近衛騎士。……俺は今までこれほど綺麗なスライディング土下座を見たことがない。


「え、エル! みんなが見てるから!」


「で、ですが……」


「一人で行きたいって言ったのは私なんだから。エルは悪くないわ。それに颯が守ってくれたから大丈夫よ」


「……洗馬颯が」


その一声で、全員の目が俺に向く。しかし向けられた目は今までの憎悪を孕んだ目とはまるで違う。後ろめたさ、心疚しさを抱えている。彼ら全員、すべてを知ってしまったのだから。


「……だから一番最初に言っただろう? 幸せになりたかったら俺に関わるなって。俺はなんら間違ったこと言った覚えはないぞ?」


最初に言っておいたはずだ。


「で、僕らもパートナーのハルネさんすら遠ざける。一人でいれば誰も巻き込まない。幸せになれる。ただ一人、颯自身を除いて。颯、君は本当にそれでいいのか?」


声を上げたのは、階段半ばにいた贄川翔太。確かあいつは以前から俺のことを知っていたな。だから他の人たちよりも驚きが少ないのか。


「いいも悪いもないさ。みんなにとってはいいことじゃないか。この世に不幸になりたいなんて思っている奴なんていない。だから不幸を呼ぶなんてやつには近寄りたくないだろう? そしてそいつ自身が関わらないように気をつけてくれている。なによりじゃないか」


「そうじゃない。颯は……?」


「別に問題ないさ。俺は一人の方が好きだし、煩わしくなくていい。元々天涯孤独の身だ、独りでいることにももう慣れたさ。もういいか? 俺は疲れたしお腹も空いた。先に着替えたいしシャワーも浴びたいから通してくれ」


部屋への歩みを再開する。彼らは何も言わずに道を開けていく。


「ちょ、ちょっと待って颯! 私も行く!」


その後ろをついてくるお嬢様。その後ろには近衛騎士。この騎士が何も言わないのは意外なことだ。


「……何をするにしても、まずあんたは風呂に入って来た方がいい。山の中を走り回ったようだし、怪我はしてないみたいだが泥だらけだ」


「えぇ、そうするわ」


満面の笑みで俺の会話に応えるお嬢様。そのまま部屋に戻って、二人とも荷物を持って大浴場へ向かった。

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