颯とハルネ、二人の真実。
「……ようやく来たか」
「?」
取り囲んでいる連中の後ろにいるやつがよくわからないことを言う。こちらは2mないくらいの段差を飛び降りて、片手片膝を突きながら着地する。
「は、颯!? なんでここに!? って言うか、どこにいたの!」
突然現れたことに驚いているお嬢様。足には泥が跳ねていて、制服にはいくつか切れている部分がある。状況は一瞬で理解できた。
「まずはこの状況をどうにかするのが先だ、説明はあと」
「う、うん……」
ひとまず動転しかかっているお嬢様を落ち着かせ、取り囲んでいる連中の方を向く。
「……この学園、あんたらみたいなのもいるんだな」
「あ?」
「女子一人に寄ってたかるような不良だよ。今まさに俺の目の前にいる誰かさんたちみたいなね」
「……んだって?」「なんだと?」「舐めるなよ、このっ……」
「まぁ待て、お前たち」
今にも飛びかかってきそうな連中を黙らせて、後ろにいたやつが前に出てくる。
「……あんたか親玉か。まぁなんとも悪人面で」
神は金髪でオールバック。全身から自分は悪いヤツですオーラが出ているが、特に顔からが酷い。本当に高校生かと思うレベルだ。制服のネクタイは俺らと同じ紺色。……こいつ本当に同じ学年か?
「初めまして洗馬颯。僕はガロスヴォルド・フォン・ヴァルモーデン」
ガロ……なんて? 長すぎてさっぱり覚えられそうにない。
「君のことはよーく知っているよ洗馬颯。……いや、不幸の根源とでも呼ぶべきかな? 不幸を呼ぶ少年くん」
「!?」
まさかここで、その名前を呼ばれるとは思ってもみなかった。
「……なんでそれを?」
「有名な話らしいじゃないか。関わったもの全ての人間を不幸にする悪魔の子。そのせいで学校でも養護施設でも忌避され畏怖の対象だった、生きている価値もなく生きていること自体が迷惑な存在だってね」
「……」
「そんなやつが、かの有名な洗馬ペアの子供だって言うからもう笑うしかないよね。所詮は下民の子、下賤な存在なのは当然か。だからみんな、あまり近づくなよ」
「だな、ひひひ」「生きてる価値ないなほんと」「傑作だなそりゃ」「そりゃ近づいちゃいけないわね、あっはははっ」
仲間共々俺のことを笑い蔑む。
「颯はっ……!」
前に出ようとしたお嬢様を右腕で止める。
この程度の罵詈雑言は今までも言われ続けてきたし、そんな目は今までも向けられ続けてきた。その程度で今更怒ったりしない。
「……で、それを知ってるくせに、俺にいったい何の用だ?」
さっきこの親玉は『ようやく来た』と言った。つまり狙いは最初から俺だったと言うことだ。このお嬢様を襲ったのは、それで俺が出てくると踏んだからだろうか。
「いやなに、今日は君に警告しようと思ってね。そこにいる彼女は、いずれ僕のものになる子でね」
「にしては、集団でこのお嬢様を追い回しているように見えたけどな」
「これは彼女も同意の上さ。それに将来僕のものになる子にどうしようと僕の勝手だ」
「……なるほどな」
「でだ。問題は彼女に君が関わろうとしていることだ。彼女が君と関わることによって、彼女に禍が降りかかるのが許せなくてね。だから君にはこれ以上彼女に関わらないでもらいたいのさ」
「これ以上もなにも、現時点でほとんど関わっていないんだが?」
「知っているよ。でも彼女はそうじゃない。むしろ君に積極的に関わりたいと思っている。彼女のお人好しは美点ではあるけど、万が一ということがある。だから君には即刻ここからいなくなってほしいのさ。ちょうど君をモルモットとして引き取ってくれる場所はたくさんあるみたいだしね」
「……」
こいつ、俺の魔力のことまで知っているのか。一学生のくせに、どこでどうやって知り得たんだ?
「モルモット……? どういうこと?」
「おや、知らなかったのかい? 仮とは言え自身のパートナーのことなのに」
卑しい笑いを浮かべるオールバック。それは後ろの取り巻きたちも同様だ。
「今年この学園には生まれながらにしての落ちこぼれが二人入学した」
「「二人?」」
俺とお嬢様の声が重なる。
「一人はそこの、任務中にパートナー共々おっ死んだ下民の子供、洗馬颯。そいつには、あるべき守勢魔力が一切存在しない。人間が本来持っているはずのものを持っていないんだよ彼は。君、本当に人間? 猿かなんかの間違いじゃないのかな?」
それは確かに事実だ。人間が本来持っている守勢魔力が存在しないのだから。彼らからすれば傑作だ。
「あひゃひゃひゃ、ちげえねぇ」「そりゃ人間じゃねぇや」「英才教育を受けた猿ってか?ウキー!」「猿が学園に入学するなんて間違ってるわね。いやだいやだ、道理で獣臭いのね」「そりゃ実験動物としては引く手数多だわな」
取り巻きたちも笑い転げる。
「颯が……?」
一方、それを聞いたお嬢様は驚きの目でこちらを見ていた。そりゃそんな事実に驚かない奴なんていない。俺だっってそうだった。
「……で、二人目ってのは?」
「あはははっ……ん? あぁ、それは君の後ろにいる女の子だよ。ハルネ・グリフィス。彼女は攻勢魔法もまともに使えない、これまた生まれながらの劣等生さ」
「!?」
今度はこちらが驚愕の目を彼女に向けていた。攻勢魔法が使えない? 彼女も攻勢魔術がない? だから昨日の戦いで防戦一方だったのか? いや、でもそれじゃあ俺と戦った時のあの魔術は?
「颯……」
申し訳なさそうに俯くお嬢様。その態度で、少なくともあのオールバックが言っていることが真実だと理解できた。
「全く、魔力相性99%とはよく言ったもんだ。そりゃ相性抜群だわな。かたや守勢魔力がゼロで、かたや攻勢魔法が使えない。劣等生は劣等生同士で組ませて、傷を舐め合わせるようにしたんだろう」
「そりゃお似合いだわ」「傑作だなそりゃ」「劣等生同士、恥さらしのペアだなぁ」
よくもまぁそんなに罵詈雑言が出てくる。人に文句をつけることに関しては天下一品だ。
「あぁそうだ、もう一つ言っておかなければいけないことがあったよ」
「……?」
「今君たちに話したこと、あまりにも面白かったから、さっき学園の全生徒にリークしちゃった」
「!?」
「!!?」
学園中に知られた? 俺の魔力のことも? 彼女の魔法のことも? 誰かを不幸にさせ続けて来たことも?
「その顔が見たかったのさ。絶望に歪むその顔がね。そんな顔は下民にしかできない。本当に最高な顔だと思わないか?」
「……」
「まぁそんなわけで、君みたいなのが彼女の近くにいたら彼女の価値がもっと下がってしまう。だから、君はこれ以上彼女に関わらないでくれないかな?」
「……」
今までの会話で、こいつがこのお嬢様のことを一個の道具としか見てないということがわかった。それに選民思想があるらしくて、俺みたいな身分の低い奴はいるだけで迷惑だということらしい。一体何時代を生きてるんだか……。
「……元々関わるつもりはないって本人にも口酸っぱく言ってるつもりなんだが。それに、俺はこのお嬢様がどんな奴と結婚しようが、あんたがどんな奴を娶ろうが死ぬほど興味ない。だがなるほど。あんたのことはよーく分かったよ。こりゃこのお嬢様をあんたのところに置いておくよか、俺の追っかけをやってる方がまだ不幸にはならなそうだ」
「……なんだって?」
「それに、だ」
下げていた腕を、彼らに向けて一直線。
「Light Arrow×5。Trigger」
マルチアクトでできる五本の矢を即時発射。矢は金髪オールバックの後ろ、取り巻きの連中の足元に突き刺さる。
「俺の憩いの場を散っ々に荒らしてくれた事が一番ムカついてる。だからあんたの言うことなんて聞きたくもないね」
あの自然に満ちた心休まる場所を台なしにした責任は取って貰わないと気が済まない。あとは、こいつらの言といい態度といい、勝手に俺の抱える秘密をバラしてくれたことにも、いい加減にムカついた。
「へぇ、自ら魔法を使ってくれるとは、こいつは好都合。違反に違反を重ねてくれるとは、こりゃ退学確定だ。……だが、お前のその目はムカつくなぁ。おいお前ら、遠慮はいらない。最大火力で焼いてやれ」
「待ってました!」
サイコパス女の声と同時に、後ろ6人全員が詠唱を開始する。喧嘩を売ったはいいが、この6人全員の魔術を、俺一人で受けるのはまず不可能。
「颯……魔法……」
後ろのお嬢様は絶望顔。恐らくは禁止期間中に魔法を使った事に慨しているのだろう。
「命が危険の時は使っていいって言われただろう。そんなことよか、お前の魔力を貸せ!」
「えっ?」
「いいから、あんたの守勢魔力を貸してくれっていってるんだ。早くしろ!」
「う、うん!」
彼女は迷うことなく俺の左手を握る。
「!?」
その迷いのない動きに戸惑ったが、今はそんな場合ではない。
彼女が目を瞑ると同時に、その手から温かな熱が流れてくるのがわかる。
これが彼女のもつ守勢魔力か。……彼女の性格のまま、優しい力だ。
左手からはそのまま彼女の力を、右手からは自身の魔力を流し、詠唱で無理やり固定化させに行く。
「我を守りしは不可侵の箱。その域に悪の意向は立ち入ることかなわない。」
「「「「「「Hölle Feuerwerk!」」」」」」
「その名は―――」




