コスプレ幼女(老女)はお見通し。
「見ていたぞ。お主が退学未遂をしたことはな」
「ぶっ……」
紅茶を吹きこぼしそうになった。まさかそんなことがバレているとは……。と言うか、見ていたとは何だ見ていたとは。
「この学園のことならなんでも知ることができるのじゃ。しかし、魔術が使えないからここをやめようとするとは、まったく根性のないやつじゃの。魔術が使えなくともなんとかしようとは思わんいのか?」
「……担任にも言われましたよ、それは」
「夕海じゃろう? あやつもなんとまぁ不器用なやつじゃて。」
「不器用?」
「いや、なんでもない。で、お主はどうするつもりなのじゃ?」
「……さぁ」
まず第一にここを出ていこうと思っても出ていけない。なんとか出て行ったとしてもなんか怪しげな機関に捕まってモルモットにされるのがオチ。かと言ってここにいても、落ちこぼれになっていくだけ。……どう考えても俺の人生詰み待ったなしだな。
「じゃがお主、少しは考えたようじゃな」
「は?」
今考えているのはどうやってこの学園から、ひいてはこのファンタジー世界から逃げるかということだけなんだが。
「エンラージメントのことじゃ。お主の魔法戦闘をこの通り見せてもらったぞ」
「あ、あぁ。……エンラージメント?」
それが話題に上がるとは思ってもみなかった。
「実に興味深い試合じゃった。ほれっ」
そう言ってコスプレ幼女が手をあげる。するとその上に、半透明の画面のようなものが出現した。そしてそこに映されていたのは、ありとあらゆる方向から映された俺の戦いの記録。
「機械は苦手じゃと言うのに、どんどん機械化が進んでおる。でーたべーすとやらに魔術で入り込むのにものすごく時間がかかったわ」
よく分からない愚痴をこぼしているコスプレ老女。
「初めてのタッグ戦闘にしては良くやった方じゃの。パートナーとの連携は一切できておらんかったが。大方全然会話もしていないと言った感じじゃな」
「……」
「図星のようじゃな。それに関しては向こうの方が見事と言えるな。お主からの初撃を防ぐ防御、魔道具を利用した剣、近距離と遠距離の連携攻撃、魔術の盾。どれを取っても初心者とは思えぬいい動きをしておる」
自身の戦闘の第三者目線での分析を聞くのは初めてだったが、大方俺と評価は同じ。確かにあの近衛騎士とそのパートナーの動きは見事としか言えない。
「それに対してお主はほぼ一人で戦おうとしておるの。じゃからお主から攻撃は一切できておらんかった。途中でお主のパートナーが剣の前に出て来て、それでようやく攻撃できた。しかしこの剣使いが突然攻撃をやめたのはなぜじゃろうか?」
「この騎士はうちのパートナーの近衛騎士なんです。使える主を攻撃するのはまぁ無理でしょう」
「なるほど、そういうことじゃったか。しかしそのおかげでお主は反転攻勢に出れた。そして、魔術の失敗。これについてはもう言わなくてもいいじゃろう」
「……」
「そして、魔術の盾を突破するためにLight Arrowにエンラージメントを使用した。それで見事に魔術の盾を突破したものの、それに怒った剣使いの封印解放術になす術がなく、また封印解放術も暴走。そこで戦闘は中止させられたと」
「……その通りです」
改めて見ても、力任せのぶつかり合いでしかない。もっとやりようがあったのではないか。
「他にも色々で来たんじゃないかと言った顔じゃな。じゃがしかし、そんなものはないぞ」
「えっ?」
「戦っているときは、その場で思いついたときに行ったことが、その時の全力で最善でもある。その時のお主は、その時なりにちゃんとよくやったと思うぞ。戦いを反省する時に思いついた後悔は、覚えておいて次に生かすことじゃ」
「……ありがとう、ございます」
後悔ばかりしていた戦いを、そんな風に評価してくれるとは。ほんの少しだけ、心が軽くなった。
「しっかし、魔法にエンラージメントを使うとは、お主なかなかやりおるの。しかもそれで魔術にも一応の対抗を見せておる。流石の魔力量じゃな」
映像を見ながら笑いを堪えようとしないロリっ子。しかしまさか褒められるとは思ってもいなかった。つい昨日まで、魔法には本来使えないとかなんとかで、怒られたというのに。それに、
「……使用を禁止されましたけどね。それに使うたびに腕に痺れが走りますし」
「魔術と違って、自身への守りが一切ないのだから、反動をそのまま受けておるしな。当然といえば当然じゃ」
「自身への守り? どういうことですか?」
「魔法が生み出された時。いや、魔力が二種類存在していることがわかった時に分かったことじゃ。魔術が二種類の魔力を使用していることは知っていおるの」
「はい。教科書にも書かれていることですし……」
「時の魔術師たちはそこで気づいたのじゃ。魔術に守勢魔力を必要とする理由がな」
「で、それは?」
「簡単なことじゃ。それは魔術の反動から自身を守るための防御じゃ」
「防御……?」
「エンラージメントを使えるお主ならなんとなく分かるかもしれんが、魔法も魔術も規模や強さが大きくなればなるほど、その分自身への反動も大きくなる。魔術自身の制御に加えてそう言った反動への対処のために、魔術師たちは無意識に守勢魔力を取り込んでいたんじゃ」
最初に保健室のお世話になった時にでそんなことを言っていた気がする。反動を受けたと。それに魔術を失敗した時も、その反動波をモロに喰らった。それらを考えれば、守勢魔力の重要性が理解できる。
「最も、そのことを意識しておる者は今の時代でもほとんどおらぬのじゃがな」
確かにそんな細かい理論を知らなくても、攻勢魔力と守勢魔力を放出して魔方陣を組み上げれば魔術は使える。
今訓練室で練習を重ねているクラスメイトたちもそうだ。きっと彼らは、教科書に書かれていない、日出先生にも教わっていないこんな理論のことは知らないだろう。
「魔術師に最も大事なのは理論なのじゃ。それを忘れてはならぬぞ」
「……はい」
勉強となんら変わるものじゃない。試験の時を除いて、大事なのは結論よりも、どうしてそうなったのかという理論だ。最も、別に深入りするつもりはないのだが。
「エンラージメントは攻勢魔力量を無理やり上昇させて、威力を高めようというものじゃ。守りのある魔術でもある程度の反動があるのに、それを一切の守りのない魔法で行えば当然反動が全て降りかかる。その結果がお主の今の腕の状態じゃ。その点で言えば、確かに禁止になっても仕方ないし、妥当な判断と言えるの」
「……」
大きすぎる力は、自身にも牙を剥くというやつか。
「魔法はその反動が来ない、必要最小限で攻撃を実行するために生み出された。守勢魔法も同様の理由でな。当時は使い勝手は良く使う魔力量も抑えられると重宝されたんじゃがな。しかし時が進んで、拡大性が低く、魔術より威力が劣るからと、結局あまり研究されなくなった。いつしか魔術を使えるようになるための練習材料というところに落ち着いた。それが魔法が生まれた歴史じゃ。魔法にエンラージメントを使うのはその考えに反しておる。そういう意味でも使うことを禁じたのじゃろう」
「ですが、それ無しでは炎の盾にも、魔術にも対抗できませんでした」
仕方のないことだ。あの時攻勢魔法しか使えない状況で、彼女の盾を突破する唯一の方法がそれだったのだ。選択肢があるのなら誰だって使う。
「そう。攻勢魔力しかないお主では、現状エンラージメント無しでは魔術突破は不可能。つまり、お主が落ちこぼれになっていくのは目に見えておるな」
「……煽ってるんですか?」
「まぁ落ち着け。ないものはないのじゃ、どう足掻いたって仕方がない。」
「……流石に怒りますよ?」
いくらなんでも人のことを馬鹿にしすぎだろう。
「じゃから、特別にわしがお主に色々と教えようと思う」
「……は?」
「本当の特別、出血大サービスで、わしが直々にお主に色々伝授してやろうと言っておるのじゃ。要するに、わしの弟子にしてやろうということじゃ」
「……少し、考えさせてください」
一体何を考えているのか。俺を育てて何かメリットでもあるのか?しかも口ぶりからすれば今まで弟子のような者はいないという感じだ。
「訝しんでおるようじゃから、一応行っておくぞ。わしは研究者たちみたいにお主を人体実験の材料にするつもりはないからな?……それはわしの願いでもあるしな」
「は?」
最後のほうが聞き取れなかった。
「気にするな。とにかく、わしは単にお主の力に興味があるだけじゃ。同時に、その力を正しく伸ばすために導く必要もな」
「別に犯罪者になるつもりも、力を悪用するつもりもないですが」
「そう思っていても、墜ちる時は簡単に堕ちるものじゃ。特に力が強い者はな」
「……」
想像できることではないし、想像したくもない。とりあえず置いておこう。
「まぁ、ゆっくり考えることじゃ。わしに教えを乞う理由を。戦うと決めた理由をな。ところで、紅茶のおかわりはいるか?」
「……いただきます」
そこから話は色々と変わっていった。両親について、俺の魔法を使用する時のイメージについてなどなど。他愛のない話もした。
……誰かとこんな風に話をするのはいつ以来だろうか?
「さて、今日はこれくらいにしておこう。そろそろ夕方じゃ。怪我はほとんど癒えておるみたいじゃが、治癒には体力を使うから早めに休むといい」
「意外といい時間ですね。では失礼します」
立ち上がって一礼。それを見たコスプレ魔女は昨日同様に扉を開ける。
扉を開けて外にでる。
「……なんだよ、これ?」
空は少しずつ茜色に染まり始めた時間。陽が沈み始めた証拠だ。昨日よりも時間は早い。
だが、俺を驚愕させたのは、一面に広がる草原の方。
見たことのない穴が所々に空いている。それはまるで、何かの攻撃があったような。
「―――!?」
右の林の遥か奥。ゾワっとした、何か冷たい力を感じた。地面にできた小さいクレーターの数々もそっちに続いている。
足が勝手にそちらに向けて走り出していた。こういう時の直感は信じるに値するものだ。
そうして暗くなり始めた森の中に入る。少し走ると奥の方で光の点滅が見えた。そこに向かって一直線に駆けていく。
「……お嬢様?」
そして俺が見つけたものは、数人に囲まれているパートナーの姿だった。




