洗馬颯は落ちこぼれ。
「守勢魔力が、ない……?」
「そうじゃ、お主からは一切の守勢魔力が感じられない。魔力がなければ魔法・魔術が使えないのは当然のことじゃ」
「……」
「自覚がないわけではなさそうじゃな」
……心当たりがなかったわけじゃない。
初の魔法・魔術の授業の時とその前日に一人でやった、魔力を自覚するための一連の動作の時。光は右側だけに集中していて、左側には一切なかった。
守勢魔法を使おうとしても、攻勢魔法の時に感じる何かしらの力の対流も、それによって感じる熱も一切感じない。
その状況を見て、行き着く答えはたった一つ。だが、それを信じることができずにいた。
「じゃが反対に攻勢魔力量は半端ではないなお主。魔力精製炉なしではわし以上じゃ。それは誇ってもよいことじゃぞ。同時に、渚と可奈に感謝するべきじゃな。お主に残してくれた数少ないものじゃて」
「……」
「ショックか?」
「……いえ」
別に使えないからどうということではない。そもそも俺は、このファンタジー世界に深入りするつもりはなかったはずだ。それをほんのちょっと他の人よりうまく扱えたから調子に乗っていた。日出先生が俺を“力に囚われている”と言ったのも納得だ。別にこんな力はなくたって生きていける。
そう、生きていけるんだ。
「もうすぐ日が暮れる。今日はもう帰るんじゃな。また明日ここにきなさい。話の続きをしよう」
そう言って、彼女は扉を出してくれる。
「……わかりました」
生返事を返して。カップの紅茶を一気に飲み干す。
「ありがとうございました。失礼します」
立ち上がって礼を言って、その扉口から外に出ていく。
空はすっかり茜色に染まっていた。あのロリババアが言った通り、すぐに暗くなる。来た道をゆっくり歩きだす。
その間に、考え事を一つ。すぐに腹は決まって、必要なことを調べ始める。
〜〜〜〜〜〜
「なんだこれは?」
翌朝8:00前。朝食の後すぐに校舎棟の職員室に赴いた。デスクでため息混じりにキーボードを操作していた日出先生と、その隣にいた藪原先生を見つけて、一つの封筒を提出した。
「見ての通り退学届ですが」
退学届。昨日の帰り道に決心した一つのことがそれだった。
必要な書類は全て端末と部屋のPCケーブル経由で揃えることができた。ハイテク学校の割に、こういったものが紙なのは疑問だったが、いくつか直筆が必要だったからというのが理由だろう。
「『私洗馬颯は、一身上の都合により退学いたします。』だと? ふざけているのか? 流石の私も、こんな冗談には黙っていないぞ?」
「冗談で退学届なんて出しません。俺は本気です」
「理由を聞こうか」
「守勢魔法がゼロ。先生は当然知ってますよね?」
「……颯、お前どこでそれを?」
「そんなことはどうでもいいことです。それを黙っていたことがまず一つです」
「……それは、時期を見て話すつもりではあった。少なくともクラス内戦の前にはな」
「ですがその前にあなたは俺を戦わせましたよね。俺は魔術を使えないのに、魔術を使っていいという条件で」
「……」
「まぁそれは別にいいです。俺は別に気にしていません。問題は俺に守勢魔力がないことです。守勢魔法は当然使えないし、すなわち魔術を使うこともできない。この学園は魔術師を育てるのが目的なんですよね? なら魔術を使えない俺がここにいる必要はない。落ちこぼれるのは確実、劣等生であることが決まりきっているのに、この学校にいるつもりはありません」
「……なるほどな」
顎に手を合ってて考える日出先生。一方の藪原先生は驚きすぎて声が出せないまま、俺たちの会話を聞くことに徹していた。
「まずは謝罪しよう。お前がそこまで気づいているとは思ってもみなかった。……いや、渚と可奈の息子なら当然か。とにかく私はお前のことを見縊っていたよ。本当にすまなかった」
頭を下げる。
「指摘の通り、確かにお前にはなぜかあるはずの守勢魔力が全く存在ない。だから魔術は使えないし、守勢魔法すら使えない。これだけを見れば落ちこぼれだというのも事実だな」
「それをわかっておいでなら……」
「だからそれを知ったうえであえて言おう。お前は馬鹿か」
そのセリフと同時に、退学届の一式を真っ二つに破って地面に放り投げる。そこに全自動掃除機がやってきて、破れた紙を吸い取ってしまう。
「なっ、何するんですか!」
「守勢魔力がない、そんなことはどうでもいいんだよ。お前はすでに圧倒的な力を持っている。それだけでも、お前はここにいる理由になる。落ちこぼれがなんだ、そんなもの跳ね除けるくらいの気概を見せたらどうだ?」
「……。」
「それに、守勢魔力が存在しないというお前のことは研究所の方でも話題に上がっている。本来人間にあるはずの力が存在しないのだから、それについて研究対象にしようという声も上がっている」
「……流石に解剖実験のモルモットにされるのはゴメン被りたいのですが?」
「だろう? だが、お前がここを出ていけば問答無用で奴らは研究対象としてお前を捕らえようとする。ここにいれば、私がそんなことはさせないと誓おう」
「……」
「まぁそれ以前に、退学の書類には保護者の同意も必須。そして今お前の保護者は私だ。つまり私があの書類にサインすることはあり得ないということだ。分かったらとっとと教室に戻るんだ。いいな」
「……失礼します」
一礼して踵を返す。
「颯」
後ろから呼び止められる。
「私はお前は守り抜くと渚と可奈の墓前に誓った。だから私がお前のことを手放すことはない。それは覚えておいてくれ」
「……失礼します」
そのまま職員室を後にする。
「……教室行きたくねぇ」
何もかもが面倒だ。授業も真面目に受けられる気がしないし受けたくもない。
だが、それで授業をバックれたとしても、間違いなくあの遠征は俺のことを見つけにくるだろう。ならこの敷地を出ようと思っても、さっき言っていた研究者がいるやも知れん。捕まってモルモットにされるのはゴメンだ。
結局のところ、俺には選択肢がないのだ。
「まぁ授業を聞かないで、ぼーっとしてるだけでいいか」
眠くなったら寝てしまえばいい。子守唄代わりの催眠導入BGMにはなるだろう。
溜息まじりに階段を上がっていく。
〜〜〜〜〜〜
「んぁ……?」
目を覚ますと、クラスメイトたちが和気藹々と活動していた。
「何時だ……?」
机に繋ぎっぱなしの端末の画面を表示する。時刻は15:30を指している。
「……15:30?」
15:30と言ったら、6限目の授業が終わって放課後になったばかりの時間。
「……おいおい、まさか」
一限目の授業がやけに眠くて、そのままウトウトしていた部分までは覚えてるが、そこからの記憶がない。
「……やっちまった?」
顔から血の気が引いていくのがわかる。もしかしなくても、丸一日寝過ごしたということだろう。
まだぼーっとする頭で周りを見回すと、大体の人が教室の向かいの訓練室へ向かっていくのがわかる。今日も魔法・魔術の訓練に勤しむのだろう。その中に、お嬢様の姿も見える。周りには女性陣が壁になって、パーフェクトにガードされている。警戒は相変わらずらしい。昨日の話の続きをしたかったのだが仕方ない。
そう言ってる間に、教室には俺一人だけが取り残されてしまった。
「……見てみるか?」
彼らが日頃どういった練習をしているのか気になった。
立ち上がって教室向かいの扉を開錠する。
そこでは、みんないくつかのグループに分かれて話し合いながら魔術を編んでいる。時には笑って、時には真剣な顔持ちで一人一人が作業をしていた。
しかも驚くべきは、練習に上級生が混じっていることだった。各々が先輩たちに何かを聞いて学んでいる。たしかに全員が、この一週間で魔法が使えるようになっていた。マルチアクト以外は俺となんら遜色ないレベル。その理由がこれなのだろう。彼らは彼らなりに必死に練習しているんだ。
「驚いたかい?」
階段を登りながらこちらに近づいてくる二人組。見覚えがある。入学初日にここと寮の訓練室で話しかけてきた先輩たち。
「前の月曜日からずっとこんな感じだよ。魔法・魔術についてお願いされた時は僕らも驚いたんだけどね。知っているかい? 彼らが僕らになんてお願いしたか。『君に負けたくない』だよ」
「俺に?」
「うん、そうだよ、洗馬颯くん」
まさか彼らが、そんなことを思っているとは思わなかった。あの時は誰もが才能を理由にして恨み節だったのに。
「今年の一年生はやる気に満ち溢れてる。たった一人、お前を除いて」
「っ」
「気持ちは様々だろうが、彼らはお前のことを受け入れている。クラスメイトを受け入れていないのはたった一人、お前だけだ。いい加減にクラスメイトを、お前のパートナーを受け入れたらどうだ?」
「……」
視界奥、先輩二人の先に、彼女はいた。
―――笑っている。
同じ女性陣に囲まれて、何か話をしていた。そして、そんな会話と一緒に常に笑顔でいた。
彼女が笑っているを見るのはいつ以来だろうか。入学式の時の挨拶。初めて隣の席に来た時。それ以外で彼女の笑った顔を俺は見ていない。
お嬢様がふと顔を上げた。その表紙に、俺が上から見ていることに気づいた。同時に、笑顔だった表情は、後ろめたい表情へと変わる。
ああ言った表情をさせてしまう理由。それは俺と関わってしまったから。あの時魅入った笑顔ができなかったのは、俺という人間に関わってしまったせい。
やはり、俺と彼女ではいるべき場所が違う。
「……俺はあの和の中には入れませんよ。それは俺に課せられた役割とは違う」
「役割?」
「誰だって持っているものでしょう。ですので、僕は失礼します」
そのまま背を向け、端末で扉を再度開けて、廊下へ出る。
「ん?」
出たところは、見たことある景色。ただしそれは、思い描いていた景色ではなかった。
「遅いぞお主」
目の前には、昨日出会ったハロウィンコスプレのロリババア。
「仕方なく扉を開けてやったんじゃ、感謝せい」
そう言いながら階段に向かって歩いていく。
どうにも俺は学校、研究員よりもこのロリババアから逃げられそうにないらしい。




