出会ったのはロリババア?
なんだなんだ? 一体何がどうなっている?? なんでここに人がいる???
頭は大分混乱しているが、まず冷静に状況を確認しよう。
奥には俺がいつもここを出る時と同じ扉。ただ、それはすぐに消え去る。
そして目の前にいる一人の人間。性別は女性。だが、女性と言っていいのかどうかがわからなかった。
まず身長がめちゃくちゃ小さい。俺は165cmくらいしかないから、男子の中でもかなり低身長のほうだが、それよりもはるかに小さい。140cmくらいか?
顔つきもめちゃくちゃ子供っぽい。でも知的な雰囲気は帯びている。
そしてなによりもツッコミたいのはその服装。一言で言えば魔女。ハロウィンとかでよく見る魔女のコスプレそのものだった。ぶかっとした服に、円錐のとんがり帽子。この格好を魔女と言わずして何と呼ぶのか。ただし、魔法の杖だとかステッキみたいな物は持っていない。
とにかく何かツッコんでいいのか分からなくて困惑していた。
「……おい、貴様」
聞こえてきたのは凍てつく声。その声にゾッとした瞬間、世界は豹変した。
いつの間にか、この図書室は凍り付いていた。奥の樹の壁も、樹のはるか上までも氷漬け。そしてそれは、俺の足も同様だった。
「貴様、一体何やつじゃ。なぜこの場所に押し入った」
なんか喋り方まで魔女っぽい。
……いやいやいや今はそんなことを考えている場合じゃない。氷は足から少しずつ上がってきている。今はとにかくなんとかこの場を凌がねば。
「……貴様、なぜ魔術を使わぬ?」
「は?」
「わしの魔術展開の間になぜ貴様は魔術を使わなかったと聞いているのだ。わしの魔術への対策もずさん。まともに食らっておるのがその証拠じゃ」
「……生憎腕を負傷中で。しかも魔法・魔術の使用は禁止されているんで」
そもそもこの氷の世界に一切反応できなかった。瞬きの間に世界が豹変していたんだ。そんなものに対しての対策とか無理だ。魔法行使も絶対に間に合っていない。どっちにせよ、今の腕の状態じゃ魔法自体使えないだろうけど。
「魔術の使用が禁止? 一体何を言っているんじゃ? なればどうしてここに入ることができた?」
「それは樹に左手をくっつけて、魔法・魔術の本がある場所へって願ったらここに」
「……願う? お主、どこぞの間者か何かではないのか?」
「間者? 間者ってスパイのことですか? いや、俺は別にただの学生ですが?」
「学生?」
「ですが」
「?」
「?」
「「???」」
お互い見合って、首を傾げる。なんか話が噛み合っていない。
「むっ?」
そこで何か気づいたようにこちらに近づいてくる。
「この感じは……。いや、ありえぬ。この者が……? しかし……」
「あ、あの、何か……?」
「ふむ。調べる必要がある。……いや、まずはこの部屋を戻すところからじゃな」
今度は少し離れて、ほいっと掛け声と共に手拍子を一拍。すると途端に、氷は消えていき、元の春の陽気な気候がこの部屋に戻ってくる。俺の足の氷も消え去って、足が動くようになる。
「まじか……」
目まぐるしい世界の変化に、いまだに思考回路がついていけない。驚いて立ち竦む。
「ふむ、逃げんとはな。やはりお主、何かしらの敵対組織か何かではないということじゃな」
「……組織ってなんですか?」
「いや、気にするでない。それよりも、少しそこに立っておれ」
「は、はぁ」
その人は少し離れて、再び手拍子。今度は俺の足元に謎の魔方陣が浮かび上がる。
「な、なんっ!?」
「動くでない。別にお主に何かするつもりはない。だからじっとしておれ」
「……」
一体何が何だかさっぱりわからない。だが、俺から何か出来ることもない。だから入学式の時のように、その言葉を信じてじっと立つ。
「……いい判断じゃ。Universal Anaphora(万有の見極)」
魔方陣はあの時みたいに、俺の下から上へと上がっていく。その先にいる魔女っ子は目をつぶって何かを感じている。
そして、かなりゆっくりと魔方陣は俺のことを透過して行って、消えていく。
「……やはり」
一言呟いて、目にも止まらぬ速度で俺の元までやってくる。
「お主がなぜその力を持っておる! その力はあやつの……! なぜじゃ!」
「は、はぁ? 力? 一体何を?」
「……自覚がないのか」
「??」
力? なにかあるのか?
「……いや、それならいい。知らぬ方がお主の為になろう」
「は、はぁ」
一体何なんだろうか。訳がわからない。
「これはゆっくり話をする必要がありそうじゃな」
そう言って、ついてくるように促す。その後についていく。
人と関わりたくないという考えを持って今あの人に逆らったら命がないのはわかり切っている。だから、今はその考えを排除して、従順になっておくべきだ。
階段を少し登って少し奥まった場所にスペースがあり、そこに机と椅子があった。まだ最下層しか見回っていなかったから気づかなかった。
向かい合うように座る。彼女が指をパチンと鳴らすとどこからともなくティーポットとカップ、スコーンのようなものが盛られた皿が出てくる。ポットは勝手に斜めになって、カップに紅茶らしきものを注いでいく。
なんと便利な魔法? 魔術? こういう生活に役立つ便利な使い方は是非とも教えて欲しい。だが、この飲み物とか食べ物、本当に大丈夫だろうか?
「別に警戒せずとも、何も仕込んではおらんよ。見たところ、この学園の生徒のようじゃしな」
「は、はぁ……」
できればあの氷の世界を展開する前に気づいて欲しかったのだが……。思い出すたびにゾッとする。
で、まず何よりも聴きたいのは。
「あの、あなた一体誰なんですか?」
「わしのことか? わしはオティリエ、まぁこの図書館の司書と思ってくれれば良い」
「オティリエ……」
そう名乗った目の前のハロウィンコスプレ。いややっぱり、どう見たって。
「……ロリっ子?」
「なんじゃと! わしはロリっ子などではないわ! わしはお主の20倍は生きておるのじゃぞ!」
「20倍……20倍!?」
俺が今15歳だから。この人は300歳以上、だと……。
「そうじゃ。全く失礼なやつじゃ……」
とてもそうは見えない。容姿はどこからどう見たって子供なのだから。つまりこいつは。
「……ロリババア?」
「ロリババアじゃないわ!」
そう言って頬を膨らませて怒るコスプレ司書。
「そういう主の名はなんじゃ?」
「俺ですか? 俺は洗馬颯です」
「ふむ、洗馬颯じゃな。洗馬颯……洗馬!? お主、もしやあの渚と可奈の息子か!」
「は、はい。まぁ一応。……というか、うちの親ってそんなに有名なんですか?」
「有名じゃと? お主、自分の親なのに知らぬのか?」
「は、はい……。そもそも両親がこんなファンタジーなことに関わってるとは知らなかったですし。ここに来て初めて知ったので」
「……はぁ、なんと嘆かわしい。まさか親の功績を子が知らぬとは」
「功績?」
「お主の両親。渚と可奈は間違いなくお主の親の世代では最強の魔術師たちじゃった。WWWも制した天才魔術師たちじゃぞ?」
「WWW? なんですかそれ?」
ウェブサイトのアレだろうか?
「Worldly Wizard Waltz、世界魔術闘戦の略称じゃ」
「……なんかすごいんですか?」
「七賢者を除けば世界中の魔術師たちの頂点だということじゃ! お主の両親は!!」
「は、はぁ……」
そう言われても、正直ピンとこない。ただまぁ、ニュアンス的には世界大会とかオリンピックとかで優勝するのと同じようなものだろう。……確かにそれは凄いな。
「何よりも二人が天才的じゃったのは、魔術の精製じゃった。あの者たちは、常に予想を超える魔術を生み出す。それがいついかなる、どんな場においても」
「……それって凄いんですか?」
「……お主、本当にあの者たちの子供か? なんでそんなことも知らんのじゃ?」
そんなことを言われても、そもそもこのファンタジー世界に入ってまだ一ヶ月も経ってないんです。それでどうしろと?
「良いか? 魔術の精製というものは通常何十年とかかるものなのじゃ。それをあの者たちは、いとも簡単に行っていた。そのほとんどが戦いの場においてというのがまた驚くべきことじゃが。あの者らのイメージするものは、ついぞわしも分からなかった。そうじゃな、例えば」
本の方を向いてから、指をひょいひょい動かす。するとどこからか一冊の本が彼女の手元に。
「これが二人の成果の一つじゃ」
手渡された本を見ると、そこには確かに両親の名があった。中は製本された物というよりは、レポートのような感じだったが、確かに見たことのある字体だった。
「Box of Sanctuary?」
そこに書かれていたのは、守勢魔術と思しきものだった。発生のメカニズム、必要な条件、魔力量、発生後の図、効果。魔術に関するありとあらゆるものが書かれている。
「これを両親が……?」
「そうじゃ。本当に惜しい者たちを亡くしたな……」
物思いにふけるコスプレロリ。
これを見るだけでも、両親の価値が如何程のものかよく分かる。言うなれば、このファンタジー世界の申し子だったのだろう。俺とは違って。
「でじゃ。お主はどうしてこの場に踏み入ったのじゃ。その目的を教えてもらおうか」
先ほどまでと違って、真剣な眼差しで俺の顔を見据える。誰だって自室に勝手に押し入れられたら怒りもするだろう。
「ここに入った経緯についてはさっき言った通り。樹に願ったらいつの間にかこの場所に。入った理由は、魔法とかの本が読めればいいなと……」
嘘でもなんでもない。受願樹に願ったらここに入れるようになっただけなのだ。
「……受願樹め。本当に気まぐれじゃな」
「気まぐれ?」
「この樹の力は本物じゃよ。だがそれは、自身の気まぐれでしか発動しないんじゃ」
「はぁ。じゃあなんで俺の願いが? 聞き届けてくれてありがたい限りですけど」
「分からんよ。それはこの樹にしかな。……この者の力に守護りが? いや、それはわしの願いでもあったからか?」
「は?」
「なんでもない。しかしお主はまだこの学園の新入生じゃろうに。なぜ魔法・魔術について記載された本を読みたがる?」
「……単純な知識欲、というのもあります。もともと読書が好きなので、そういったことが記述された本を読んでみたかったというのはあります。ただ、それはあくまで半分の理由です」
「ほう。では残りの半分は?」
「……なぜ俺は守勢魔法を使えないのか。それが知りたかったんです」
ついさっきの戦いの時の魔術の失敗。あれは発動にあたって、手順を何かしら省略も間違えたわけでもない。戦いの最中も、例えばあの近衛騎士の剣を避けるだけだったのは、決して防御しようと思わなかったわけではない。
一週間前に、あのお嬢様に指摘されたこと。別に守勢魔法について練習しないつもりではなかった。
原因は一切不明。なぜか俺は魔術はおろか守勢魔法でさえも使えないのだ。
「……なんじゃ、そんな簡単なことか」
「……分かるんですか?」
「さっきお主のことを調べたじゃろう? その時すぐにわかったわ。」
「教えてください! お願いします!」
頭を下げる。その答えが知りたくてずっと奔走していたのだから。
「……ふむ、別に構わないぞ。そんなに難しいことではないからな」
だが、そこで彼女はなぜか深く息を吐く。なぜか彼女の発する空気は重い。
「答えは単純にして明解。だが、それは大いなる問題でもある。だからこそ、お主も知っておくべきことじゃ」
「どういう、ことですか?」
「お主が魔術、ひいては守勢魔法を使えない理由。それはそれを使うための力がないからじゃ」
「使うための力……?」
「要するに、お主は……」
「守勢魔力を一切持っておらんのじゃ」




