力と力のぶつかり合い。
この一週間で俺が行っていたことは二つ。
一つ目。今の自分の力を高めておくこと。魔法・魔術に関するあの大量の書籍の中から必要なものを見つけ出すだけでも一苦労なのだが。
二つ目、あの大樹の図書室(勝手にそう名付けた)の存在を知られないこと。知識の源泉を誰にも知られたくないのは当然だ。
それに、才能の力を信じ切っているクラスメイトたちは、影でそんな努力をしているだなんて思いもしない。だからそんな奴らといずれ戦う時のために備えておく。
そうして、大樹の図書室の総蔵書数の、恐らくは一万分の一もまだ読めていないが、一週間の引きこもりで少しわかってきたことがある。それは、魔術の記述がほとんどで、魔法に関して書かれたものがほとんど存在していないということ。魔法について記述された本は、一冊ようやく見つけたという程度だった。
そもそも魔法とは、魔術が使えるようになるための通過点、魔力になれるための練習材料に過ぎないという考えらしく、一定数開発されてからほとんど研究されていないらしい。魔術の汎用性や利便性を考えれば、魔法がそれに大きく劣っていると考えて使わないという選択肢がは妥当というものだ。
そうしてやっとの思いで見つけた本にあったのが、彼女の剣を受け止めた空属性の光の短剣Light Blade。古めの本なのに、魔法の形状や魔方陣等も図表付きでかなり詳しく書かれていたおかげで、すんなり覚えることができた。
そして、つい一昨日見つけたもう一冊。タイトルは『魔法・魔術発動に関する技術考察』。それに書かれた本が、色々な技術を教えてくれた。
そして知り得た魔法・魔術発動技術の一つがアノマリーリサイト(変則詠唱)だった。
魔法・魔術における詠唱は、魔力を世界に流し、それによって出現する魔法陣と密に関係している。その言葉や長さに至るまで細かく決まっていて、変わることのないものだ。
だが、それでは詠唱の長い魔術は戦闘時には使い勝手が悪すぎる。その改善のために、魔法陣に紐づけられた文章を短く分かりやすく、使い勝手が良いものに変えてしまおうというのがアノマリーリサイトだ。
要するに魔方陣に関連している言葉一つ一つを、脳内イメージで新しく作り変えてしまおうということ。
例えば、たった今見せたLight Arrowのマルチアクト。マルチアクトの詠唱は本来一つ目の魔法・魔術の詠唱後に、“Multiple Activation”という文言を唱え、そこから次の魔法・魔術の詠唱を行う。これをアノマリーリサイトと組み合わせることによって可能にしたのが、あの詠唱と発動速度だ。最も、魔力を指から送るというイメージはそのままだから、最大数は五つのままではあるのだが。
だがそれは、彼女たちを驚嘆させるのには十分。彼女たちからしたらあり得ない魔法発動速度なのだから。
〜〜〜〜〜〜
「……この程度で!」
鍔迫り合いの続く俺と近衛騎士。確かに少しばかり驚かせたとはいえ、彼女に一切の隙はない。それに剣の勝負に持ち込んだとしても、近衛騎士の彼女に勝てる見込みはない。だからこちらは絡め手を使うのみだ。
「Light Blade!」
詠唱と同時に右の脚を振り上げる。その爪先には、手に持つものと同じように光の鋒。
「なっ!?」
彼女が後ろによろける。
これは彼女を本当の意味で驚かせたようだ。流石の彼女といえども、魔法を手以外の場所から使うというのは見たことがなかったようだ。
“魔法は手から使うもの”という固定観念がある。だが、魔力回路は血管と同じように、攻勢魔力なら右半身、守勢魔力なら左半身全てに巡っているものらしい。俺がマルチアクトの時、指から魔力を送れたのもそれが理由。
つまりイメージさえちゃんとできていれば、全身どこからでも魔法は使用可能。それが『魔法・魔術発動に関する技術考察』を読んで知り得たもう一つの知識。
彼女のよろけを逃すことなく矢で追撃。防御も間に合わず、矢をマトモに食らった近衛騎士は一度距離を取る。そこに彼女のパートナーも駆け寄る。
これはチャンスだ。この状況なら一挙に二人を倒せる。
「世界を照らす光。その輝きは力となる。」
両手を二人の方に伸ばし、その先に魔法陣が描かれ始める。それに反応した近衛騎士のパートナーも同じように両手を伸ばして詠唱を開始する。
「この手に集まる炎は円を描いて、我が身を守る盾となる。その熱さで向かい来るものを焼き切れ!」
「力は指向性を得て歯向かうものを消し去らん。Radiance……っ!?」
「Heat Circular Escutcheon! ……って、えっ?」
お互いが鍵言を唱えるだけの段階に来た瞬間だった。俺の魔方陣が飛び散って、その衝撃波によって俺自身も吹き飛ばされたのは。もちろん衝撃は向こうのパートナーとお嬢様にも及ぶが、唱えていた炎の盾、お嬢様はいつもの防御でこれを防ぐ。
「何、なんなの……?」「一体何が起こった……?」「洗馬が魔術を使おうとして……」「失敗した……?」
観客席からも困惑の声が上がる。向こうのパートナーも、今までにない事態に動けないでいる。
「颯!」
いち早く反応したのはパートナーのお嬢様。吹き飛ばされた俺のもとに駆け寄ってくる。
「大丈夫、颯!?」
「やっぱり……」
「やっぱり……?」
「……いや」
やはり俺は……。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。立ち上がってすぐに魔法の発射態勢を整える。
「Light Arrow×5!Trigger!」
「っ! まだ盾は継続中なんだから!」
いち早く反応したのは騎士ではなくそのパートナー。まだ展開中の盾を全面に押し出して矢を防ぐ。
「やっぱり魔法じゃ魔術を撃ち抜けないか。だが手ならある!」
魔力量も少なくなってきた俺には、最終手段になる。
「Light Arrow、Enlargement Maximal Might×3!」
魔術発動技術エンラージメント。あの炎の盾を突破する方法はこれしか残されていない。
「Trigger!っ!」
発射と同時に腕に痛みが走る。片膝をつくが、視線は肥大化した矢から離さない。
盾との衝突と同時に二本は爆発。だが、残り一本はその爆発を越えていく。
「うそっ!? きゃあぁぁ!!」
上がる叫び声によって、着弾の結果が分かる。炎の盾と矢が衝突してできた煙が引いていくと、そこには二人の姿が。ただし、そのうちの一人のHPゲージは無くなっていた。近衛騎士の腕の中にいた。
「残り一人……!」
あとはあの近衛騎士だけ。
「……」
抱きかかえたパートナーを地面に寝かせて、両手で剣を握りしめる。
「Mae'r anghenfil sydd wedi'i selio yn y cleddyf bellach yn cael ei ryddhau yma. Ei enw yw Afanc, cythraul y llifogydd.」
「エル!」
近衛騎士の小さな詠唱と、それを聞いたお嬢様の叫び声。
同時に、彼女の持つ剣の刃が膨れ上がる。周囲から水が集まって、一つの巨大な生き物へと姿を変えていく。
「な、なんだよこれ……」
何メートルかもわからない。とにかく巨大な動物の姿をしている。水が集まったその身体は青黒く、ビーバーのような姿。
「アヴァンク……」
あの巨大生物が、アヴァンク……?
「Ewch, Afanc!」
その一言で、巨大生物がこちらに突進してくる。あの大きさでは、もう避ける時間もない。
片膝立ちのまま痺れ続けている手を上げて、もう一度。
「Light Arrow、Enlargement Maximal Might×5!」
最大威力の五つの矢。これ以外にあの巨大動物をなんとかする手は残っていない。
「はやく、もっとはやく完成しろ……!」
さっきの無茶で魔力の伝達がかなり遅れている。これでは間に合わない……。
「二人とも! もうやめて!」
「お嬢様っ!?」
「バカっ! 危ないからどいてろ!!」
「ううん、もう颯に魔法は使わせない。だからエルも引いて!」
「しかしっ! くっ!」
あまりにも無謀なタイミングで出てきたから、あの巨大生物への命令を変更しきれない近衛騎士。
「一週間じゃまだ足りないかもだけど……!」
首にかけたペンダントと取って、前に突き出す。
「Dyma warcheidiaeth lwyr……」
前に一度だけ聞いたあの言語を唱え始める。だが、あの詠唱の長さでは間に合わない。
ビュオオオォォォォ!!!!
その瞬間に、轟音と共に起こったのは、巨大生物よりも大きい竜巻。
「なっ!?」
「なんだ!?」
そこからの風に壁際まで吹き飛ばされて、俺もお嬢様も身動きが取れなくなる。構築済みだった俺の魔法はその予想外の出来事によって崩壊して、彼女の詠唱も中断。
水の巨大生物は竜巻に突進する。だが竜巻の暴風によって、生物は姿を保てなくなり、身体を構築していた水は竜巻に飲まれていく。巨大生物が全て飲み込まれたところで竜巻も止んでいく。
空中に残った、元巨大生物を構築していた水分が滝のような雨に変わりフィールドに降り注ぐ。
「馬鹿者ども!!!」
その一瞬の豪雨が止んでから、俺たちを叱る声がする。
「洗馬、エンラージメントは禁止だと言ったはずだ! なぜまた使おうとする。エル、魔術は一つだと言っただろう! 我が物にできていない封印解放魔術まで使うな!」
「っ……」
「申し訳、ありません……」
あの竜巻と降り注いだ雨で、ようやく頭が冷える。
「全員、今日の授業は終わりだ。先に教室に戻っていなさい。真由美、誘導を頼む」
「は、はい! それじゃあみんなは上に上がって……!」
今の戦いを見て動けない残りのクラスメイトたちの誘導が始まる。
「結界解除。フィールドを一時使用停止に」
音も立てずに貼られていた結界が消失していく。
「まずは洗馬と福島を保健室に運ぶところからだな。それっ!」
先ほど見たものとは遥かに小さい竜巻によって、身体が地面から浮く。俺と近衛騎士のパートナーがそれによって運ばれる。
「じっとしていろよ? 地面に叩き落としたくはないからな」
「「……はい」」
運ばれる俺たちはそんな返事しかできなかった。




