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入学した学校は。

4月8日、金曜日。


電車を使って約1時間、駅からさらにバスで50分くらい揺られる。


今までこれほどまで遠出したのは、学校の修学旅行くらいなもの。しかもそれはバスや新幹線で、かつ学年全員が一緒。


しかし今回は完全に一人だけでの行動。いつもよりも時間が長く、永遠に感じられたのはきっとそのせいだろう。


そんな永遠に続くと思われる一人旅も、意外と目的地に着いてしまえば、あっという間だったと思わされる。


「ここがハーシェル学園か」


今日からここが学び舎兼住処となる学園。低めの山のあたり一帯が学園の敷地であり、その中腹あたりにはバス通りが通っている。


フワッと吹く風で、満開になった桜の花びらが舞い散る。そんな桜吹雪の中を、まずは学園の校舎棟に向かって歩いていく。目の前は坂道で、その先に校舎らしき建物が見える。坂は少し億劫だが、新しい制服やローファーを慣らすには丁度いい。


「……しかし、本当に派手な制服だな」


改めて自身の姿を見て、ため息を一つつく。


白をベースに、袖や襟の部分等、所々に深めの蒼色が入ったジャケット。その蒼色はズボンとお揃い。中のワイシャツは普通だがネクタイは紺色で、一番下の部分には校章と思しきマークが縫い込まれている。


つい一ヶ月前まで着ていた全身黒の制服(学ラン)とは正反対。漫画とかアニメの世界でなければ、こんな真っ白な制服見ることはないと思っていたし、ましてやそれを自分が着ることなんてあり得ないと思っていた。


そんな制服を、同じように周りを歩く学生も同じ制服を着ていることにもまた驚かされる。彼らはこの制服に疑問を持たないのだろうか? 電車に乗っている時などは、乗り降りする者全てに一瞥されたからたまったものではなかったというのに。


そんなことを思いつつ、ゆったり5分ほど坂道を登ると、大きめの電子モニターが置かれていた。そこには『新入生入学おめでとう』の文字が表示されている。その下に、『全学生はホールに向かうように』という文字と、その下に現在位置からの地図が表示されていた。


その案内に沿って再び歩くと、すぐに先ほどからずっと見えていた建物が目の前にやってくる。だが目的地は校舎の中ではなく、そのさらに奥にあるホールのような建物のようだ。他の者も同じようにそちらに向かっているから、間違ってはいないだろう。


ホールの入り口には行列ができていた。その横の入り口から中に入っていく人も居たが、入り口前の案内には『新入生はこちらに並ぶこと』とある。つまり彼らは上級生ということのようだ。


案内に従って行列に並ぶ。先の方を覗くと何やら巨大なゲートのようなものがあり、そこで何らかの検査しているようだった。


行列に並ぶこと5分、ようやく自分の番が回ってくる。


「じゃあ荷物はそこに置いて、君はこのゲートに立ってくれ」


スーツを着た教員らしき若い女性の指示に従い、荷物をベルトコンベアに乗せてからゲートに立つ。


するとゲートからレーザーのようなものが発射され、全身をスキャニングしていく。さながら空港の保安検査場のよう。何か危険物のようなものを持っていないかの確認だろうか?


「スキャニング終了、洗馬颯(せんばはやて)を確認しました。……ですが先輩、ちょっと」


機械の横でPCの画面を見ていた女性が不思議そうに声を上げる。


「ん?」


「これ、この数値が……」


「……とりあえず問題ないだろう。最も、私も今見るまでは信じていなかったがな」


顔を顰める教員たち。何か問題でも起きたのだろうか?


「ごめんなさい、洗馬颯くん。項目チェック終了、オールコンプリートです」


「よし、もういいぞ。それと荷物はこちらで寮の部屋に運んでおくから置いていっていい。それじゃあ中に入ってくれ。次!」


何があったのか告げられることはなく、すぐ次の人に対応していく。何も言われなかったのならいいのだろう。気にはなるものの、そのまま指示に従ってゲートを出て建物の中に入っていくことにした。


中は薄暗いものの、歩くのに支障はない程度の明るさはある。加えて足元にも電灯があるため、ちゃんと気を付けていれば問題ない。


作りは小さめのコンサートホールといったような趣がある。そのステージには、『ハーシェル学園入学式』という巨大な文字と、その下に各学年の座席位置の指定があった。


指定に従って、ホール内の階段を降りていく。2、3年生の座席にはすでにそれなりの人数が座って、会話を弾ませていた。


対して新入生に座っている人の間にはほとんど会話はなく、隣同士に座る者はほんのわずかという状態だった。まだ誰もがお互いをよくわかっていない状態、それに新しい学校新しい環境に緊張しているのもある。当然といえば当然の状態だと言える。


人と関わり合いになりたくないから、席を見て最も人がいない最前列の左端の席に腰掛けることにした。


しばらくホールのあちらこちらを眺めていると、次第に座席は埋まっていく。全校生徒を入れようとしたら、シートの数に余裕はないのだろう。まもなく自身の隣にも人が座る。


「ねぇ君、名前は?」


と、右隣に座った男子が話しかけてきた。横目でその人物を確かめる。


髪色は茶色、雰囲気は少しチャラっとしている感じ。ただ式典なので制服は着崩すことなくちゃんと着ている。見たところ悪い感じのする人間ではなさそうだ。だが、それらは全て俺とっては関係のないこと。何故なら、極力人と関わることを避けたいから。


「……名前を聞くのなら、まず先に名乗るのが普通じゃないのか?」


これは、人と関わり合いになりたくない俺がたどり着いた処世術の一つ。これを言えば大概の人間は気分を害して、話そうとするのをやめる。最も、今まで俺ことを知って話しかけてくる人などほとんどいなかったが。


「あぁ、それもそうだよね。僕は贄川翔太(にえかわしょうた)。よろしく!」


しかし隣の男子は、俺の態度を一切気にせず自己紹介をしてきた。あの態度に物怖じしないとは実に珍しいタイプだと、逆に俺の方が狼狽してしまう。


しかもこうなっては、自己紹介を返すほかない。仕方なく口を開いて名乗る。


「洗馬颯」


「洗馬、颯……。もしかしてあの噂の?」


「!?」


目を見開いて彼の方を向く。まさかこんなところに()()()()()人間がいるとは思ってもみなかったからだ。だがすぐに落ち着きを取り戻して、冷静に対応する。


「……知っているみたいだな」


「僕は噂好きでね、まだまだ範囲は狭いんだけど。ただ、君のことはそこそこ有名な話だからね。へぇ〜、君がそうなんだ。顔は知らなかったけど、噂通り確かに愛想が悪そうな仏頂面だね。あぁいや、バカにしてるつもりはないよ。ただ、興味本位でね」


「……知っていて話しかけてくるなんて、お前はバカなのか?」


俺に関する真実を知っていて話しかけてくる人など今までは一人もいなかった。教員でさえ、滅多なことがなければ話しかけてこないどころか近づきもしなかったというのに。


「バカとは酷いな〜。僕はただ、噂が真実か確かめたいだけさ。それに、それを受け入れて、平然として何もしないでいる君自身にも興味があるんだよ」


「……。」


たしかに過去には、彼ように興味本位で話しかけてきた者もいた。ただ、そういう奴らは決まって、とあるごとに責任を全て押しつけてくる。正直に言えば迷惑だ。


「そこの二人」


と、すぐ前から声がする。二人で顔を上げると、いつの間にか先ほどゲートで見た女性が立っていた。


「そろそろ入学式が始まるから、静かにしていなさい」


「申し訳ありません」


「おっと、すみませんでした」


それほど大きな声で会話をしていたつもりはなかったものの、別の教員が既に登壇していてもうすぐ開会するという旨のアナウンスをしている。そのことに気づかなかったのは注意されてもおかしくない失態と言っていいだろう。


「……なるほど、噂は本当みたいだね」


と、彼は笑いながらそう呟いていた。


(……変なやつだ)


そんなことを考えながら前を向く。


『それでは、本年度のハーシェル学園入学式を執り行います』


入学式の開会が宣言される。その宣言を受けて、改めて意識を壇上に切り替える。


『学校長挨拶』


司会の声とともに、ステージの電子画面の表示も切り替わる。そのアナウンスと共に、一人の女性が登壇する。


「……まじか」


それは人物は、ゲートでチェックの対応をして、かつ今さっき自分たちに注意をした女性教員。まさかその人が学校長だなんて夢にも思っていなかった。


固唾を飲んで、その人の言葉を待つ。


「私が学校長……と言いたいところだが。残念ながら、私はただの職員。君たちの学年主任だ」


その言葉で新入生のほぼ全員がざわつく。学校長の挨拶のはずなのに、登壇したのはなぜか学年主任だと主張する女性職員なのだから当然の反応と言える。同時に自身の学校の入学式にもかかわらず、学校長は一体どこに行ったのかという疑問も生じさせる。


「気持ちはわかるが、まぁ落ち着け。ちゃんと事情は説明する」


その言葉で、全員が静まる。


「まず学校長だが、今日は緊急の案件で出席が叶わなくなってしまった。本当にすまないと思っている。申し訳ない」


と、頭を下げる女性教員。


「しかし、こんな時に出張だなんてありえないとお前たちも思うだろう? しかも普通は副校長とかに挨拶を委ねるはずなのに、なぜか伝言で『生徒たちに一番関わるだろうから、君に任せる。』とか言って……。挙げ句の果てには、『堅っ苦しい言葉なんて聞いても新入生たちにはつまらないだろうから自由によろしく。』と言って原稿の一つも置いていかなかったんだぞ……? お前らもおかしいと思わないか??」


愚痴を零す女性教員。それを聞かされるこの場の全員が反応に困る。いくら緊急の出張があったからって学年主任に挨拶を丸投げというのはいかがなものだろうとは思うが、ただそれを聞かされたところで自分たちにはどうしようもない。全員苦笑いするほかなかった。


「まぁ、一応これだけは言っておけと言われたよ。『入学おめでとう。わしの学校を楽しんでくれたまえ』」


「「「「「…………」」」」」


(((((随分ノリの軽い学校長だなぁ)))))


無言の中で新入生の考えが一致する。


(一人称が『わし』だなんて、一体どんな老人なのだろうか……?)


俺さえも、そんなことを考えていた。


「ゴホンッ!」


収集がつかなくなった状況を正すべく、司会が大きく咳払いする。学年主任も慌てて佇まいを正す。


「と、とにかく、改めて新入生の諸君、入学おめでとう。私は君たちの学年主任の日出夕海(ひでゆうみ)だ。よろしく」


学年主任の日出夕海が自己紹介と共に新入生へ祝いの挨拶をする。


「さてと、さっき経緯を話した通り、何を言ってもいいと学校長から太鼓判を押されたわけだが、学校長の言う通り堅っ苦しい話をしてもつまらんだろう」


その意見に全員が首を縦に振る。校長の話なんてただただ長いくせに、一つとして役に立たない無駄話ばかり。一種の拷問ではないかと俺も昔から思っていた。


「だから私から言うことはたった一つだ。この先何が起こったとしても、君たちの目の前で起こったことは真実だ。それを受け入れることが、君たちには最も大事なことだ。以上」


と、本当に一言で話を切り上げる。


それと同時に、会場には拍手喝采。それに漏れることなく俺も賞賛の拍手を送る。


「へぇ〜。いいこと言うね、あの先生」


隣のやつも同意していた。確かに心に残るいい言葉で、こういう挨拶こそ、生徒にかけられるべき言葉だろう。


『続きまして、生徒会長挨拶』


そのアナウンスで、二人の生徒が登壇する。その()()という人数に新入生は違和感を覚える。生徒会長とは一人だというのが一般的な見解。それが二人ということは、男女それぞれに生徒会長がいるのだろうか、それとも一人は何かのサポート要員だろうか?


そんな疑問は、女生徒の言葉で払拭されることになる。


「みなさんが疑問に思う理由はわかります。ですが、私も彼もちゃんと生徒会長です。別に男女別に会長がいるわけではありませんよ。私たちは、二人とも生徒会長なんです」


それがこの状況の答え。しかし、二人とも生徒会長とはどういうことなのだろうかという疑問は晴れない。


「改めて新入生の皆さん、入学おめでとうございます。私は学生会長の贄川美優(にえかわみゆう)です。それと、」


「同じく生徒会長の奈良井魁斗(ならいかいと)だ。君たちの入学を歓迎する」


と、自己紹介と祝いの言葉を述べる二人の生徒会長。


「贄川……。聞いたことがあるような……」


聞き覚えのある名前に頭を悩ます。その答えを教えてくれる人はすぐ隣にいた。


「アレは僕の姉貴なんだ。ウザいくらいに優秀なね」


「……そういうことか」


なるほど、姉弟ということか。


「今この学生ホールにいる生徒360名と、各教員の方々が、この学園の仲間です。全員が仲良く学園生活を楽しんで、充実したものとなることを願っています。また、私たち生徒会以下、全ての学生が素晴らしい学園となるよう努めていきます。新入生の皆さんも、協力して、この学園を素晴らしいものにしていきましょう」


と、学年主任とは打って変わって、定型的な挨拶をする女生徒会長。その言葉に、拍手が起こる。


「さて、新入生の諸君」


入れ替わって、奈良井と名乗った男子生徒会長の方が話し始める。


「君たちは疑問に思わないか? この学校の生徒数の少なさを」


話の流れが急に変わる。その変化に頭を傾げるものがちらほら見受けられる。


(……確かに)


この生徒会長の言うことに納得出来た。この学園に関する噂の一つに、入学生との異常な少なさがある。三学年合計で360人、一学年わずか120人しかいないとは、高校にしては少ないと言える。


「ここにいる生徒は全員、天王学園からの推薦でしか入学できないという噂くらいは聞いたことがあると思う。そしてそれは事実だ」


それもこの学園における有名な噂の一つ。だがまさかそれが真実だとは思ってもみなかったと、新入生の動揺は免れ得ない。


「そしてこの学園の設備についてもそうだ。先ほどのゲートと言い、電子モニターと言い、尋常ではない設備を。いくら国だとか企業の援助を受けているとしても、あまりにも金がかかりすぎている」


この学園における三つ目の噂。この学園は国や超一流企業のサポートを満遍なく受けているということ。先ほどまでの設備を見れば、それが事実だということは誰の目にも明らかだった。


「それは全て、君たちが普通の者とは違う存在で、なおかつこの学園がそんな者たちのために作られた学園だからだ」


「「「「「…………………」」」」」


動揺を通り越し、絶句状態に陥る新入生たち。俺もその例外ではなかった。ここにいる人が、普通とは違う? 何を言っているんだ?


「さて、それは何か。それは、君たちには、神秘を起こす力、魔力というものが強くその身に備わっていることだ!」


「…………は?」


耳を疑った。真面目な顔をして一体この生徒会長は何を言っているのだろうか。頭がおかしくなったのだろうか。そんなことをつい思ってしまうのも仕方ない。


「困惑するものもいるだろう。だが、これはれっきとした事実だ」


しかして後ろに座っている上級生たちは一切の動揺や焦燥を見せないし、そのことを聞いてもなんの疑問も示さない。むしろ自分たちも初めはそんな反応だったと笑ってすらいる。


「改めて歓迎しよう。ようこそ、ハーシェル()()()()()()()()()へ!」


頭のおかしいことを宣う場所に来てしまった、そう考えざるを得なかった。

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