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パートナーの意味。

「……それで、何でそんなにずぶ濡れなのかしら?」


保健室に着くなり、雨の中を走ったせいでずぶ濡れになった理由を問い詰められる。


「えーっと、日向ぼっこしていたら寝てしまって、気がついたら雨に打たれてました……。樹の側だったのが幸いでしたね」


真実を言ったら間違いなく怒られるだろうから、100%の嘘で塗り固める。


「遅刻の理由は?」


「寝過ごしました」


これも100%嘘。


「ふ―ん……。まぁいいわ、右腕を出して」


疑われつつも、これ以上追求する気はないといった様子。


ぐるぐる巻きにされた包帯がようやく外される。同時に治癒魔術をかけると言われ、包帯の取れた右腕に、彼女が手のひらに起こした淡い光を当てていく。外傷がないためその効果を目視することはできないが、先ほどよりも腕が軽くなった感じはする。


「はい、コレでおしまい。もう無茶しないこと、いいわね?」


「……はい」


ひとまずその場は同意しておく。


「それじゃあ早く帰りなさい。もう陽も落ちたしね」


「そうですね、ありがとうございました」


一礼して保健室を後にする。


「あっ、颯!」


「は?」


保健室を出て、昇降口に向かうと声がした。


「18:00に保健室だって言ってたもんね。良かった、ちゃんと居てくれて」


一人で語っていくお嬢様。


「いや……何故ここにいる?」


一番聞きたいのはそこだ。なぜ日の沈んだこの時間に校舎棟にいるのか。


「雨が降ってきたから。颯、傘持ってなかったから濡れちゃうかなって」


「お目付役は?」


「エルはお留守番よ。ちょうど福島さんと何かお話の真っ最中だったようだしね」


「……」


護衛の近衛騎士の姿もなく、たったそれだけのためにやってくるなんて思ってもみなかった。


「……それにしては濡れてないか?」


ここまで来るのに傘を使ったはずなのに、服や髪の濡れ方がおかしい。


「ば、バレちゃったかしら? えーっとね、さっき水たまりを飛び越えようとしたら転んじゃって……。でも怪我とはしてないから、心配しなくても大丈夫よ!」


「……はぁ」


彼女は一歩間違えたら大きな怪我に繋がりかねないことを本気で分かっているのだろうか?


「……傘を持ってきてくれたことには感謝するよ。ただ、俺が最初に行ったことを忘れたのか? もう一度言っておく、あんたは俺に関わるべきじゃない。それはあんたのところの騎士さまも言ってただろう? だからとっとと先に帰った」


俺にできる最大限の譲歩。これ以上は責任を持つことはできない。あの近衛騎士の言うことは全くもって正しい。だから口調も強めに、突き放すつもりで言ったつもりだ。


だが、返ってきた言葉は、予想と異なるもの。


「……嫌」


「は?」


「嫌よ!」


「はぁ?」


「だって私は、颯のパートナーだもの!」


「……別にパートナーは本来魔法とか使う時の時限定のものだろう? その時以外まで一緒にいる必要なんてないだろ!」


「私は颯のことをもっと知りたいの。それに颯にも私のことを知ってほしい」


「……必要ないだろ。いくらパートナー制度だからって」


そう、必要ない。さっき読んだあのレポートみたいなものに書かれていたのは、魔法・魔術における危機に対処するためにこの制度が採用されたということ。つまりは魔法・魔術の授業の時以外でパートナーと関わる必要はないということだ。寮の部屋を一緒にしたり、どこに行くにしても常に一緒だとか、わざわざプライベートまで共有する必要がどこにあるというのか。生徒も教員もこの制度を過大解釈している。


「でも私は……」


「いい加減にしろ。あんたと俺は、パートナーなんて制度で呼ばれていても、結局は赤の他人なんだ。一体俺の何を気にしてるのかは知らないけど、そのお節介とかお人好しを嫌がってるってそろそろ気づけよ」


「そ、それは……」


そこでようやく黙り込む。自分がお節介とかお人好しだという自覚は、それを俺が迷惑に思っているという自覚はあるのだろう。


「お嬢様!」


さらに後ろ、たった今昇降口に姿を見せた人から声がかかる。予想通り、近づいてくるのは彼女専属の騎士さま。そういえば姿を見えなかったな。


「エル、どうしてここに? 福島さんとの話はどうしたのかしら?」


「それでしたらもう終わりました。お嬢様を一人で行かせてしまい誠に申し訳ございませんでした。帰りが遅かったので迎えにきたのですが。……洗馬颯と何か?」


「……ううん、何もないわ」


「そうですか。そろそろ夕食のお時間ですから、早く戻りましょう」


「……。えぇ」


騎士さんの言うことにすこしためらいつつも同意して、その場を離れる。あの近衛騎士がきたおかげで、話半ばに終われそうだ。彼女の乱入に感謝しなければな。


「あっ、ちょっと待ってエル」


「お嬢様?」


「これ渡すの忘れてたから」


「ならば私が届けます」


「いえ、これは私が……」


「これ以上お嬢様のお手を煩わせるわけには。おい、洗馬颯」


「?」


名前を呼ばれるのと同時に、お嬢様が手にしていた傘を投げてくる。


「お嬢様がわざわざご用意してくれたのだ。ありがたく使え」


「エル、それじゃあ渡したことに……」


「この者にはこれくらいでいいのです。行きましょうお嬢様」


そのまま引っ張られていくお嬢様。


届けると言いつつ投げつけてくるのはいかがなものかと思うが、あの騎士が現れてくれたおかげで話をうやむやにできたのだから、今は感謝しておこう。


あと、目的地が同じだからすぐに向かおうとすると色々と面倒なことになりかねないから、少し時間を開けた方が良さそうだ。


魔法に関しては今日1日は使用禁止。樹の図書館から本も持ち出していない。完全に暇だ。


「仕方ない。教室で適当に読書でもするか」


端末は持ち運びできる分いつどこでも読めるという利点がある反面、画面が小さくて少々読みにくい。だが教室か部屋の机と一体になったPCに接続すれば大きな画面で見ることができる。


元々読書好き、久しぶりにゆっくり本でも読むとしようか。



〜〜〜〜〜〜



「あれ、誰かいるんですか? って、洗馬くん?」


教室で読書していたところ、出入り口から声がかかる。顔を上げた先にいたのは藪原先生。


「何でこんなところにいるですか? もう20:00を過ぎていますよ?」


「いつの間に?」


PCを見ると、20:09を表示していた。1時間半くらい読書に没頭していたらしい。


「なんでこんなところにいたんですか、洗馬くん」


少し疑いながら聞いてくる。


「単に読書していたら時間を忘れただけです」


「読書なら自分の部屋ですればいいんじゃない?」


「保健室に呼ばれていたので」


「それなら部屋に戻ったらよかったのでは?」


「部屋はお嬢様が運んだ荷物のお片付け中のようでしたし」


これは適当なでっち上げ。朝イチに運ばれた荷物の整理を、あの自分に厳しくてお嬢様に甘そうな騎士もいて、この時間まで終わっていない訳がない。


「そういう洗馬くんは、荷物の整理はしたの?」


なんとかでっち上げは効いたようだ。話が別の方向に逸れる。


「俺、運ばれてくる荷物なんてありませんから」


「あっ……」


すこし気まずそうにする。この人も教師陣の一人、俺の境遇のことは知っているのだろう。この隙にさっさと撤退してしまおう。


「もう質問はありませんか」


「……」


「では失礼します、藪原先生」


横を通って教室を出ようとする。


「ちょっと待ちなさい、洗馬くん」


「はい……って、え!?」


振り返ったほう、教室は電気をつけて明るいはずなのに暗黒のオーラが漂っている。発信元はもちろん藪原先生。


「私、ちゃんと真由美先生って呼んでって言いましたよね? なんで呼んでくれないんですか……?」


「は? いや、なんでそんな、どうでもいいでしょう……」


「どうでもよくないです! 私は名前で呼ばれたいんです!!」


なんか悲痛な叫びが響き渡る。


「はぁ? いや、言ってる意味がわからないんですけど???」


「だって、『藪原』なんて名前……。昔それで色々弄られたりもして……。私だって……、私だって……!」


ヘロヘロとしゃがみながら悲痛な声を上げる。ほんとなんなんだ……。


「何やってるんだ……って、洗馬と真由美? 何がどうなってる?」


「……それは俺が聞きたいです」


やってきたのは日出先生。


「はぁ、まぁなんとなく状況はわかった。あいつのことを苗字で呼ぶなと言っただろうに……。こうなるから」


「はぁ……」


まさかこんな風になるとは思ってなかったんです。


「とにかく 真由美のことは私が見るから、洗馬は早く帰れ」


「……分かりました」


この場は従っておくべきだな。


「……というか、自分の苗字を嫌うなんてどうしようもないですね」


「……えっ?」


「自分の親から、そのはるか昔から自分に受け継がれている苗字にケチをつけるなんて子供っぽいってことです。最も、自分がどうしようもできない、それを持つ者の責任ではない部分を苗字を軽蔑する人たちは、もっと子供ですけれどね」


「え、え?」


「失礼します」


そのままさっさと寮に向かって歩き出した。

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