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願いを受け入れる樹。

この学園に入学して初めて迎える日曜日。


結局俺とお嬢様は、


「そんなに無茶をした二人をこのまま寮に戻すのはねぇ〜」


という保健室担当の養護教諭の上松先生の威圧によって保健室で一夜を明かし、朝になってようやく解放された。


右腕の包帯はぐるぐる巻きのまま。1日ちゃんと休めば包帯は取れるらしいが、「絶対に魔法は使わないように」と釘を刺されて、保健室を退出した。


お嬢様は俺が包帯を取り替えている間に、先に寮へと戻った。なにやら荷物が届くとかなんとか。


ひとまず俺も寮に戻るために、校舎を出て坂を降りていく。すると寮には大量のトラックが止まっていた。


一体何事かと思って様子を見ると、クラスメイトが段ボールを運んでいる。


「あっ、颯!」


と、外にいた俺に気づいて近づいてくるお嬢様。


「……一体なんなんだ、これは」


昨日のことがあって、後ろめたさがあり、無視することもできなかった。ひとまず気になったことを質問をする。


「忘れたの? 今日はみんなの荷物が届く日だよ!」


「荷物? ……あぁ、そういえば」


予定表にあった。今日は手荷物に入りきらない、段ボール詰めの荷物が一斉に届く日だった。


「私の荷物はもうエルが運んでくれたのだけれど、颯の荷物は?」


「……そんなものはない。」


「えっ?」


施設出身ということもあり、元々荷物は初日に持ってきたバッグに入っているものしかない。


「荷物の整理の邪魔をするつもりはないから、それじゃあ」


「ちょ、ちょっと颯? どこへ行くの?」


その言葉には手だけ振って応える。行きたい場所があったから丁度いい。



〜〜〜〜〜〜



向かった先は、校舎棟の職員室。


「失礼します。日出先生はいらっしゃいますか?」


「ん、なんらへんは(なんだ洗馬)」


奥の方に座っていた日出先生が振り返ると、ソーセージのようなものを咥えていた。


「……なにしてるんですか?」


「ん、ちと小腹が空いて。日曜は自由出勤だし、これくらいゆるくても怒られはしないのさ」


それでいいのだろうか。いや、他に教員はだれもいないし、別に怒られたりしていないんだからいいんだろうが。


「それより何か用か?」


「……一つ質問が」


「ほう、なんだ? 言っておくが、お前の魔法・魔術使用は……」


「分かっています。今回は別件です」


別に今日は魔法・魔術に関する質問をしにきたわけではない。いや、厳密には関わっているのだが、それはあくまで半分。


「この学園。なんで図書室がないんですか?」


そう、それが昨日一昨日で学校を巡って気づいたこと。この学園、なぜか図書室やそれに類する場所が存在していない。


「別に必要ないからだよ。本が読みたきゃ端末から図書アプリケーションにアクセスすれば良い。なんでもかんでもというわけではないが、割と幅広くいろんな本を貸し出してるぞ」


「いえ、そうではなくて……」


そんなことはとっくに知っている。教科書をダウンロードしているアプリの他に“ライブラリアン”というアプリがあり、そこで二週間本を貸し出しという名のダウンロードが出来て、閲覧できる。さすがはハイテク学校と言わざるを得ない。しかし、そうなると紙の本も恋しくなるのだが。


ただそのアプリ、蔵書数が半端じゃないしその種類もかなり幅広い。普通の参考書や自叙伝、自己啓発本に加えて、果ては漫画まで存在する。『漫画から得られる知識も存在するのだから、それを得る機会を無くす理由はない』ということらしい。しかも毎月しっかり新刊等も更新してくれるから、ほぼほぼ読みたい本が見つからないなんてことはない。


それらは魅力的だし積極的に利用するつもりだが、俺が読みたい本はそれだけじゃないのだ。


「はぁ……。ハッキリ言ったらどうだ? “魔法・魔術に関する本はどこで読めるのか”と」


「そ、そんなことは……」


「図星か」


「っ……」


俺が本当に読みたい本、それは魔法・魔術に関する書籍だ。今のところどこを探してもそれらを掲載している本は、教科書ただ一冊のみ。ライブラリアンでどれだけ探しても出てこなかったのだ。


「なぜ魔法・魔術に関する書籍が読めないのか教えてやろう。それは颯、お前のような奴が現れるからだ」


「……どういうことですか?」


「お前のように、力に固執する者だよ。そういうものは自ずと道を外れていく。そういう奴らを無くすためにパートナー制が導入されたのと同時に、そういった本を安易に読ませることを封じたんだ」


「いや、別に力に固執してはいませんが……」


「いいや、固執しているよ。昨日のエンラージメントがその証拠じゃないのか?」


「……」


「だから今のお前がそれら触れることはできないし許されない。最も、それらに触れたところで、颯、お前は()()()()()()()?」


「っ!」


「慌てるな颯。お前は少し周りを見ることを覚えろ。昨日それを少しは学んだと思ったんだがな……」


「……失礼します」


一礼して職員室を後にする。



〜〜〜〜〜〜



「……ここは?」


行くあてもなく、ただぼーっと歩いていたら、いつの間にか山道の中にいた。


「まぁいいか。どうせ寮にいても邪魔になるだろうし」


寮では新入生は荷物の整理中。無論、同室のお嬢様もだろう。なら、それがない俺がいても邪魔になるだけだ。


歩いて約五分で山頂に着く。ここは相変わらず誰もいなくて、風と草木の営みだけが聞こえる空間。


樹の根に腰をかけて、幹に身体を預ける。相変わらず春風が心地よく吹く。草木が揺れる音だけがする。自然と頭の中が空っぽになり、気分が落ち着いていく。


「……そういえば」


思い出した。立ち上がって看板のあるところまで行く。


「受願樹。願いを受け入れる樹か。なら……」


幹に左手を当てて、目を瞑りながら願う。


「俺を図書室……いや、魔法・魔術の書籍のある場所へ」


しかし、何の変化も起こらない。


「……ま、こんなものだろう」


伝説というのは、あくまで人がそうであるように願った思い込みに過ぎない。そう思った矢先だった。


ヒュオォ!


少し強めの風が吹く。その風で樹が不気味に揺れる。その不気味さに鳥肌が立つ。


刹那、


「っ!?」


幹に手をついた左手が、幹に飲み込まれていく。


「ちょ、は!? な、なんだこれ!!??」


飲み込まれた腕を引っ張ろうとしても無駄だった。そのまま腕、身体の順に全身が飲み込まれていく。


「うわぁあぁぁ!? いっ!?!?」


全身が樹の幹に飲まれたところで見えたのは緑色。その数瞬あとには景色は真っ暗。


「〜〜〜! いててて、ほんとなんなんだよ……」


地面に顔面から衝突しにいった。突然の出来事に受け身など取れるはずもなかった。


「いつつつ……。……なんだここ」


顔を上げて、ようやく開けた目で周りを確認する。


そこは樹の中という表現が正しいだろうか。周りには樹の幹らしき壁がある。しかし、さっきまで見ていた受願樹の大きさとは比べ物にならない広さ。樹の中に空洞があったとしても、全く大きさが釣り合わない。しかも奥には階段もあって、上は何階建てか分からないほど。足元は綺麗に整備された芝生で一面覆われている。


なんとも言えない不思議な空間が広がっている。


そして何よりも驚いたのは、その樹が本棚のようになっていて、下から上までビッシリと本が詰まっていること。


「本当になんだここ、というかどこだ?」


軽く歩き回ってみるものの、ちっとも場所を示すようなものが見当たらない。気になって端末の地図を開いても、位置情報はあの願受樹を刺しっぱなし。


「やっぱりあの樹の中、ってことでいいんだよな……?」


地図上の位置はそう指し示しているし、実際に俺は気に飲み込まれた。そしてしたこの場所の特徴からはそうとしか説明のしようがない。しかし、この空間の広さは異常だ。


「……人はいないみたいだが」


辺りを見回しても、司書のような人どころか人っ子一人見当たらない。完全な無人らしい。


「ん?」


空間の真ん中にある切り株のようなもの。そこに紙が散乱しているのを見つける。何枚か落ちてしまっていた紙を拾い上げて内容を読み上げる。


「『魔法使いにおけるパートナー制度の経過報告』……。これ、あのクソ厄介な制度についてのか?」


紙を順番に並べて中身を検める。



『魔法使いにおけるパートナー制度の経過報告(仮)


魔法使い及び魔術師は、自身を高位の存在に引き上げるために存在する。それは現代においても何ら変わるものではない。


しかしながらかつての魔法使い及び魔術師は、個の力を追求し過ぎる傾向にあった。それは周りと常に比較される環境に身を置かれ、それによる優劣を常に大事にされてきたからだ。だから他者より劣っている者ほど、力に囚われていった。


その結果が、幾度となく生まれ出てしまった外道魔術師たちであった。その外道魔術師は、魔法・魔術の世界の枠を超えて一般の世界にも影響を与えるようなことをしばしば行っていった。


かつての魔法・魔術統治省はそれに対して何ら解決の手段を見出せず、ただ生まれた外道魔術師を排除することのみに従事してきた。それは魔法・魔術の信頼度を人々から失わせる一因ともなった。


故に、科学が世界進歩のための技術の主役に立つべきものだという認識が強くなっていったとも言える。それによって魔法・魔術は世界の裏側へとその姿を消していくほかなかった。


当然魔法・魔術の世界はそれの脱却を目指すものの、その方法はより力に固執するという方法であった。その結果が、100年前に『The Seventh Avidity(道を外れし七人の魔術師)』を生んでしまうことに繋がった。


これら7人は魔法・魔術を使いあらゆる殺戮を繰り返した。当然鎮圧に世界中の魔術師たちが動いたが、多数に被害を出し、最終的にはその7人は生死不明の行方不明という結果だけが残った。


これを恥じた『Accurate Sophia of Seven(正しき道を歩む七賢者)』は新たある施策を提唱。それが今日まで渡る“魔法使いにおけるパートナー制度”である。


これにより、魔術師になる家庭の魔法使いは全て二人組以上での行動が大原則となった。それによって魔法使いには必ず味方がいるという状況が生まれ、それによって道を外れるものはほぼ現れることがなくなった。


さらに、副次的効果ではあるものの、魔術師の減少の抑制にも成功している。それはパートナー同士が生涯を共にすることや、人生の友として助け合いをより大切にするようになっていることに起因する。』



ちゃんと書かれた部分はこんな感じの内容。それとその先に何か書き殴られた文字がある。


「『しかし弱点も存在する。それはかつての魔術師ほどの強さを持つものがいなくなってしまったこと。全体として魔法使い及び魔術師の弱体化が見られる。もしThe Seventh Avidity(7人の道を外れし魔術師)が復活した時、それに対抗できる者はほとんどいない。彼らは間違いなく生きている。その鼓動は決して途切れてはいない。それらに対抗するために最も期待されていた洗馬ペアも』」


文章は途中で途切れているが、最後の部分は間違いなく俺の両親のことだろう。こんなものにも名前が出てくるとは、二人が死んだことは本当に衝撃的なことだったらしい。


しかし、この文章に書かれたことが本当なら……。


「さて……」


紙を整えて置き直し、ようやく本題に入る。


「色々と読み漁りますか」


ここにきたのは全くの偶然だが、探し物は見つかったのだ。まずは適当に一冊とって読み始める。



〜〜〜〜〜〜



『ブブブ』


「ん?」

端末を開くと17:55。いつの間にか、また昼食を忘れて没頭していたらしい。


「そうか、保健室行く時間か」


18:00に、右腕に巻かれた包帯を取る約束をしていたのだった。一応のために端末にアラームを設定しておいたのだ。


「……って、どうやってここから出ればいいんだよ!?」


ここに来たのは偶然、樹に飲まれたから。なら脱出は一体どうすればいいのか、皆目検討がつかない。



フォン。



「え?」


絶望モードに陥りかけた時、唐突に扉が目の前に出てくる。


「……出口、なのか?」


恐る恐る扉を開いて外に出る。すると、そこは樹の外。通ってきた扉はすぐに消えていく。


「雨?」


ひとまず外に出れたはいいが、外は生憎の雨。まだ日の入りまでは30分くらいあるはずだが、かなり暗かった。それは空を覆っている厚い雲とそこから降り注ぐ雨によるもの。


「おいおい、午前中は晴れてただろうに……」


しかし傘などはない。時刻も17:57。


「仕方ない」


雨の中に勢いよく飛び出して、校舎へ駆けていった。

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