魔法と魔術と思いと。
正直、思いつきに任せた軽い気持ちだったという点は否めなかった。
颯の魔法を見たとき、確かに受け切れるという確信はあった。エンラージメントという技術は初めて聞いたし、彼の魔法が強くなったのにも驚いたけれど、それでもなお出来ると思った。決して油断していたわけではない。
私の中で唯一無二の力、守勢魔法の力で、颯のことをもっと知りたいと、そう願った。
でも、颯の力、思いは私の予想よりもはるかに上だった。
『いいかい、ハルネ。魔法・魔術は人の感情や思いに左右されるものなんだ』
私が初めて魔法に触れた時にお父様から言われたこと。魔法・魔術に正しい気持ちを込めれば、魔法・魔術はその思いに応えて、普通以上の力を与えてくれると。
だから今颯が使う魔法にある感情はちゃんと本物。でもそれを支えているのは、颯の奥底にある何か。
『人と関わるつもりはない』
颯はそう言っていた。でも、もしそれがただ人を拒絶しているだけなら、颯の魔法はこんなにも強く美しく光り輝かない。
(颯が人を避けるのには、ちゃんと理由がある)
それを確信できるからこそ、この戦いに勝って、彼の気持ちを聞き出さなければならない。彼が苦しんでいる本当の理由を。
だから、今は。
「力を貸して」
首から下げていたペンダントを取る。目を開く先には、颯の思いが込められた魔力で肥大化した光の矢。その矢にペンダントを向ける。
「Dyma warcheidiaeth lwyr y rhai sy'n credu yn eu pŵer. Mae'r rhai sy'n gwybod ystyr pŵer, yn dinistrio eu gelynion gyda'u gwarcheidwaid.(己が力を過信する者よ、これは下される絶対の守護。力の意味を知る者、その守護りによって敵を打ち砕かん)」
彼の思いが彼の魔法を強くしたのなら、私の中にある力、私の思いに応えて!
「Gwarchodwr yn y pen draw!!」
瞬間、光がペンダントから溢れ出る。
「な、なんっ!?」
颯からは驚きの声。しかし、光の眩さには抗えず、その表情は見えない。
ほんの少しだけ開いた薄目から見えるものは、青白い輝き。それが私の全てを包み込んでいく。温かくて優しい光。その力は、矢からも爆発からも私を守護ってくれる。
しかしその光は長く続かない。爆発の収まりとともにすぐに消えていった。
「っ……」
クラっとして、すぐに両の膝をついてしまう。
一方の彼も息は上がって右腕を左手で抑えてはいるものの、ちゃんと自分の足で立っている。
「……私の負けね」
魔法使いの戦いは、守勢魔力か攻勢魔力のどちらかが尽きるか、試合の続行ができなくなったら終わり。私の攻勢魔力はもう空っぽ。既に判定もそれを表示している。
「お嬢様!」
判定がついて、結界が解けたのかすぐさま私のところに駆け寄ってきてくれるエル。
「大丈夫ですか、お嬢様!」
「大丈夫よ、ちょっと攻勢魔力が空っぽになっちゃっただけだから」
「無茶のしすぎです。お嬢様は……」
「それよりも、颯は?」
「は、洗馬颯ですか。奴は……?」
エルが顔を上げた先、そこに立っているはずの颯はいなかった。同時に人の倒れる音。
「颯……?」
「なんだ……?」
一体何が起きたのだろうか。
「エル、私はもう大丈夫だから颯のところに行って!」
「は……? い、いえ、しかし……」
「わ、私が行くよ!」
と、ようやくこちらに来た、エルとペアを組んでいる夕陽が颯の元に向かう。
「おいなんだ、今の爆発音は!?」
と、後ろから声がする。振り向くと入り口に、上級生の先輩方が何人か来ていた。
「人が倒れてる……? おい、みんな、タンカー!」
状況を一瞬で把握して、すぐに対応を始めてくれる。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫です。私はちょっと魔力を使い過ぎただけですから。それよりも颯を……」
「大丈夫だ。向こうの彼もすぐに運ぶ準備が整う。だから安心して君も休んでいなさい」
見ると颯は既に何人かのタンカーで運ばれていっている。息はあるようだし、意識もちゃんとあるようだから安心だ。
「……はい」
「お運びします、お嬢様」
颯と同じように、私もタンカーに乗せられて運び出されていく。
〜〜〜〜〜〜
運ばれた先は校舎棟の保健室。寮にも簡易的な診療室はあるみたいだが、ここまでの状況では対応しきれないとのこと。
颯も私もベッドで寝かされて、診断されていく。
「ハルネさんは大丈夫。ただの魔力欠損だから、すこし休めばすぐに元気になるわ」
「ありがとうございます」
「ただ、問題はあなたの相方の方ね」
「…………」
隣のベッドで寝ている颯を見る。ここに運び込まれる間に意識を失ってしまっていた。ただ、寝息は一定で苦しむ様子もない。大事には至っていないだろう。
「魔力欠損は同じだけど、右腕へのダメージがとんでもないわ。特に魔力の伝達回路がズタズタ。彼も新入生よね? 入学二日目で、一体どんな魔法を使ったらこうなるのかしら」
「それは……」
どう説明したものか。
「大丈夫か、颯!」
と、勢いよく入り口を開けて、日出先生が入ってくる。
「日出先生、もっと落ち着いて入ってきてください! というか静かにしてください!」
「あ、ああ。なんだ、奈々もいたのか。それにハルネとエルも」
「いたのかって……私、保健の先生なんだけど? それに奈々って呼ばないで、今はちゃんと先生なの!」
「はいはい、分かった分かった」
そんな会話ですこし落ち着く先生。
「あの、先生」
「なんだ?」
「先生も颯のこと、名前で呼んでいらっしゃったのは……」
「あぁ、聞かれていたか。まぁ、お前らには話してもいいだろう」
髪をくしゃっとしてから、口を開く。
「あいつには両親がいないんだ。そんでもってあいつの親戚は全員親権を放棄して、あっという間に天涯孤独の独り身になっちまった。一方私は、あいつの両親と親友でな。昔から颯のことも知っていた。色々あって、今は私があいつの保護者なんだ。そんなわけだ」
「……そうだったんですか」
初めて知った。颯がそんな境遇だったとは。……私は自分のペアのことを、何も知らなさすぎる。
「まぁそんなことはどうでもいい。一体何があった」
「それは……」
「私から説明させていただきます」
説明役を買って出たのはエル。
「お嬢様はお休みください。あとは私が」
「……お願い、エル」
エルの厚意を無碍にすることもない。説明役を任せる。
エルは、事の顛末を第三者目線から余す事なく話した。一切の偽りなく、中立の立場で。同時に先生は、訓練室に残されたログも確認していた。
「マルチアクトにエンラージメントまで。そういうことか」
「なるほどね。彼の腕へのダメージはそういう事なのね」
教職員のお二人は、それで全てを理解したようだ。
「どういうことですか。いえ、それ以前になんで颯はあんなに魔法を使いこなせているんですか? 颯は魔法・魔術を知らなかったのですよね?」
「……仕方ない、か」
畳み掛けた私の質問に、諦めたように呟く。
「エルと福島。すまないが君たちは少し外してくれないか?」
「えっ?」
「は? いえ、しかし!」
困惑する夕陽と抵抗を見せるエル。
「悪いがパートナー同士だから聞ける話だ。よって二人には聞かせられない」
「「……」」
無言の二人。ただその表情は真逆。ある程度納得した夕陽と、未だ納得できないエル。
「エル、大丈夫よ。今は先生方もいらっしゃるし。だから少しの間、ね?」
「……はい」
エルも理解は出来ている。なら後は私が少し背中を押すだけで十分。
「では一度失礼いたします。何かあったらすぐにお呼びください、お嬢様」
「もちろんよ」
「失礼します」
そうしてエルと夕陽は部屋を出ていった。
「さてと、ハルネの質問に答えた方が説明する手間が省けるだろうから、それでいこうか」
「お願いします」
「まずは、颯がどうして魔法を使えるかから。これはあいつの持つ魔力量が関係している」
「颯の魔力量、ですか?」
「あぁ。ハルネも言われてきたことだろう? お前の守勢魔力は絶大だと」
「はい」
初めて魔法に触れた時からそうだった。私の守勢魔力の量は、普通の魔法使い・魔術師よりも遥かに優れていると。誰しもがそれを褒め称えてきた。
「颯も同じようなものだ。一般人の七倍以上。一般的な魔術師平均の三倍以上の攻勢魔力を秘めている。自身の肉体性能だけで言えば、七賢者クラスだな」
「そ、そんなにですか!?」
そんなことが、私と同じ歳の少年で本当にあり得るのだろうか?
「颯は天才とか才能とかが嫌いみたいだが、残念ながら颯が天部の才能を与えられたのは事実だ」
「そう、ですね……」
「それだけ魔力が強ければ、あっという間に魔法なんぞ使えるようになる。制服の多少は効果もあるだろうが、流石に一日二日であのレベルとは驚いたけれどな。いや、でも……」
「先生?」
「いや、なんでもない。ハルネもそうだろう? 一週間で魔法を使えるようになるなんて普通じゃないって言われたことあろうだろう?」
「……あります」
今日の授業。圧倒的な力を見せつけられたクラスメイトの、颯に向けられた目は冷たいものだった。それは誰しもが持っている嫉妬心に起因することだから仕方ないことではある。私もそうだった。颯に向けられたあの目を私も知っている。
「そしてマルチアクトにエンラージメント。まぁこの二つも、颯の魔力量の問題だろう。しかし、マルチアクトはともかく、エンラージメントは普通使えるはずがないんだがな」
「……どういう、ことですか?」
唐突に颯が寝かされたベッドから声がする。全員でそちらを見ると、颯は目を覚まして身体を起こしていた。
「意識は戻ったか。自分がどうなったかの記憶はあるか?」
「……日出先生?」
「いいから答えろ」
「……訓練室でそこのお嬢様と訓練戦闘を行って、勝ったはいいけど右腕がひどく痛んで、そのまま倒れて、運ばれてるうちに意識が飛んだ……?」
「記憶の混濁などはないようね。なら、あとは休んでいれば大丈夫そうね」
「休んでって、俺はもう……っっ」
右腕を抑える。既に彼の手には包帯が巻かれていて、怪我の治癒もされていた。
「治癒は施しても、まだ完全ではないの。今日は絶対安静よ。明日も基本は大人しくいてなくちゃ」
「どっちにしてもお前は明日1日魔法・魔術の使用禁止の処分の予定だ。ちょうどいいじゃないか」
「……っ」
下を向いて、悔しそうな表情を浮かべる颯。一体何が彼をそれほどまでに駆り立てるのだろうか。
「さて、洗馬。お前が他よりも圧倒的に早く成長しているのはわかる。しかしなんでエンラージメントを使った」
「……それは」
静かな怒りを声に乗せる先生。心当たりがあるのか、颯は黙り込む。
「先生、どういう事ですか?」
それがイマイチわからない私は、それを聞く。私にとってエンラージメントは、使ったこともなければ聞いたこともなかった技術だった。
「エンラージメントは、本来魔術の威力向上のための魔術発動技術だ。攻勢魔法に使おうなんてバカなことする奴は見たことがない」
「つまり、魔術専用だということですか?」
「そうだ。だが、エンラージメントは技術としてあるというだけで、今は使う者はほとんどいない」
「いない? どういうことですか? 教科書にも書かれていますし、私も有用な技術だと思いましたが?」
「そもそもエンラージメントは、相当昔に攻勢魔術が保有できる魔力量をオーバーさせて威力を強めるという、はっきり言って廃れた技術だ。あの教科書には魔法・魔術の歴史の勉強のために、参考程度に記述があるがな。だがそんなことをしなくても、魔術の研究が圧倒的に進んだ現在では、より強い威力を持つ魔術を編み出せばいいという考えになる」
「なるほど……」
確かに、魔術も進化し続けている。その中で威力もどんどん上がっているのだろう。エンラージメントは、まだ魔術の種類がまだ今ほど多彩ではない時代に生み出された技術、今はもう使われない技術という事のようだ。
「強い力は時として自身にも牙を向く。攻勢魔法でエンラージメントを使った反動がそれだ。というわけで洗馬颯。明日一日の終わりまで魔法・魔術の使用禁止と、魔術発動技術“エンラージメント”の使用を禁止する」
「っ、ですが!」
「魔法使って毎回怪我したら意味ないだろう。それに謹慎処分じゃないだけマシだ。しかし、譲歩は今回までだ。次回からは容赦しない。分かったな」
「……」
颯は何も言わなかったけれど、右腕を抑えながら納得はしたようだ。
「では奈々……じゃなくて上松先生。あとはよろしくお願いします」
「……はい、日出先生」
そう言って日出先生はさっさと退出していった。
「ちゃんと日出ちゃんの言う事、聞いてあげなさい?」
今度は上松先生が話し始める。
「日出ちゃんがあんなに心配するところなんて珍しいわ。あなたのことが大事なのね。親友の子供だから。それを失くしたのが……」
「別に聞かないとは言っていません。どちらにしても腕が動かないのでは休む他ありませんから」
強めの口調で言葉を遮る。
「……そう、それならいいわ」
先生もそれ以上は何も言わなかった。