魔法戦闘、vsお嬢様。
「どうして颯は、守勢魔法の練習をしないのかしら?」
少し離れた場所から俺の魔法行使の練習を見ていた、パートナーのお嬢様から疑問を投げつけられる。
授業中の無視を受けた事に腹を立てたお嬢様は放課後、離れるまいとムキになってどこに行こうとしても俺についてこようとした。
そうすると同時に、「お嬢様の行くところに私も参ります」と、お嬢様の近衛騎士までついてくる結果となる。そしてさらに、「え、エルさんがついていくなら私も!」と、その騎士のペアとなった女子のオマケでくっついてきた。
こんな大人数であの場所には行きたくない。そう考えた俺は諦めて寮の訓練室で一人、魔法行使の練習をする事にした。
校舎棟の訓練室は何を思ったのか、クラスメイトが全員残っていた。おかげで寮のほうはすっからかん。
日中は人が少ないのだろうと思うし、午前授業で午後は休みだから遊びに出かける者も多く、訓練しようなんて人はそこまで多くないらしい。
お嬢様は俺のすぐそばで、他二人は併設の小さな観客席で俺の練習風景を眺める構図になっていた。
「……別に、どうでもいいだろう?」
彼女には関係のない話だ。今はそれよりも魔法の訓練の方が大事。
今やっているのは、魔術の一撃を強く重くする、マルチアクト同様の魔術発動技術の一つであるエンラージメント(Enlargement)。
攻勢魔法・攻勢魔術に込められる魔力の量は決められている。エンラージメントは、魔力を放出する時点で、普段よりも過剰に魔力を流す事によって、通常よりも威力や大きさを増大させようというものだ。
教科書では魔術をある程度マスターした後に使うとか魔術にしか使わないとか色々あったが、現時点で使えるのかどうか気になり実験していた。
例えば、空属性の基礎魔法“Light Arrow”であれば、込められる魔力量の増大があれば、その大きさが変わるといった感じだ。
「エンラージメント、思っていたよりも難しい。しかもLight Arrow以外は全然上手く出来ない……」
授業の際に言っていた、属性毎の得意不得意。個人差があると言っていたが、俺の場合は空属性から火、風、土、水といった順になっている。
その影響があるのか、“Light Arrow”以外は使用する魔力の量が大きくなる割に、あまり威力が上がらない。それともイメージが固まっていのか、もしくはまだ魔力の操作に慣れていないのか。
それと使うたび軽い痺れが腕を走る。少し根を詰めすぎたのだろうか。
「……ねぇ、颯」
そんな様子を見て再び話しかけてくるお嬢様。
「今の魔法、私に撃ってみて」
「は?」
唐突かつ意味不明な質問。
「もし私が颯の魔法を受け切れたら、私の言うことを一つ聞いてもらえるかしら。逆に私が受け切れなかったら、私は颯にもう口出ししないわ」
「……なんだって?」
耳を疑ったが、彼女の目は本気だ。
「お嬢様! それは!」
当然その提案に噛み付く騎士さま。
「大丈夫よ、エル。多分颯の魔法は受け切れるから」
「しかし……!」
「いいの、エル。颯もそれくらいしないと、多分納得してくれないから」
真剣に提案しているからと、騎士殿を宥める。
「……本気なのか?」
「もちろん」
「……そうか」
本人がここまで言うなら仕方ない。
ただ、面倒くさいという気持ちはある。魔法・魔術を使った戦い、そんなものはこの世界に来れば誰であっても想像できる。
(ほんと、厄介な世界だな)
戦うことなんて無駄な行為、嫌いだしやりたくはない。大きなため息がこぼれ落ちる。
ただ、今回は勝ちさえすれば得しかない戦い。あの小煩いお嬢様を少しでも遠ざけられるなら、やるしかないか。
次はため息と違う、決意を込めた深い息を吐いて前を向く。
一方のお嬢様は端末を操作して、個人練習試合の申請をしていた。
ここでの戦闘も基本パートナーの二人対二人で行われるが、訓練の場合はペア同士の個人試合も可能らしい。もちろんその旨を端末を申請する必要があり、訓練ルームと職員室へ通知が行く。
フィールドは二人だけの空間となる。同時に訓練室の真ん中から、半透明な壁のようなものが広がっていく。
戦闘用複合現実魔術結界(MRBフィールド)。この学園における魔法・魔術戦闘は、基本的にはその特別な魔術結界で行われる。
攻勢魔法・攻勢魔術は当然相手に怪我を負わせるような事になりかねない。それを踏まえてこの魔術が編み出されたそうだ。このフィールド内では、魔法・魔術は全て幻想系となり、それらによる痛みは感じても、本当に怪我を負うことはないようになる。要は魔法使い、魔術師の保護を目的としている。
この結界の中での魔法・魔術戦闘の勝利条件は主に二つ。
一つ目は、均等に配分された相手のHPゲージを0にすること。これは相手に魔法・魔術を当てるなどして削ることができる。
二つ目は、相手の魔力量を空にすること。相手が魔法・魔術を使えないようにすればいいということだ。
魔術結界の効果か、お嬢様の頭上にHPバーらしきものが見える。右端には自分のHPゲージと魔力ゲージも表示される。
少し距離を取ってから、お互い見合う。
「じゃあ、始めるぞ」
「えぇ」
魔法使い同士の戦いがどう始まるのかとかはよくわからない。しかし向こうがいいと言うのなら打ち込むだけだ。
「Light Arrow!」
小手調べに、一番得意な空属性の魔法を一発。
「Protection!」
しかしそれは、アッサリと彼女に防がれる。
「……流石に簡単には行かないか。なら!」
次はマルチアクトで光の矢を三本一斉射。彼女の防御壁当たって派手な爆発を起こす。
「まだ余裕よ、颯」
しかし何事もなかったかのようにシールドと彼女は健在。
「っ、だったら!」
光の矢を五本斉射。続けてFire Bulletを五つ精製し発射。しかしそれらも全て防がれる。
なるほど、彼女のあの自信と防御の強さは、彼女自身の圧倒的な魔力量に起因しているのか。なんとも厄介だ。
その後も五つの属性の魔法とマルチアクトを利用して次々に打ち込んでいく。だが、それは軒並み塞がれてしまう。
あんなにか弱そうな女子の、たった一枚の壁も砕けずに焦りだけが募っていく。
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お嬢様の防御はさすがだと言わざるを得ない。単純な魔法だけでは私もあの守護りを突破することできないだろう。
一方でそれを崩すべくいくつもの魔法を連続行使して打ち込んでいく洗馬颯。あれだけの魔法を連発できるとは、奴の攻勢魔力はどうなっているのだろうか?
「イングラムさん、これ、何が起こっているの? どうして洗馬くんの魔法は全然貫通しないの?」
隣に座っていた私のパートナーである福島夕陽さんが話しかけてくる。
彼女は魔法を知らない者であったが、いち早くそれを受け入れて、私に色々と話を聞いてきた。洗馬颯ほどではないが、実は昨晩、彼女の要請で一緒に簡単ながら魔法の訓練もした。その成果が実り、今日は洗馬颯以外ではいの一番に魔法を生み出すことができるようになった、今も、その勉強熱心さから私についてきた。
そんな彼女からの質問を無碍にはできない。改めて状況を確認してから答える。
「確かにあれだけの魔法を生成できる洗馬颯の魔力は相当なものです。いえ、異常だと言ってもいいでしょう。しかし、一つの攻勢魔法に込められる魔力の大きさは小さなものです。反対に守勢魔法は身体から直接魔力を送り続けられる分、一つの攻勢魔法よりもはるかに高い魔力をつぎ込めます。つまりお嬢様は、洗馬颯の放つ攻勢魔法よりも遥かに大きな魔力量を、あの守勢魔法に使っているのです」
「それって、ハルネさんの魔力が凄いってことだよね。洗馬くんはそれに勝てないってこと?」
「現段階では、という感じでしょうか。まだ先ほどのエンラージメントを使っていないのでなんとも言えませんが。ただし、もしお嬢様でなければ、洗馬颯の魔法は相手を一瞬で叩きのめしてしまうでしょう。先ほども言った通り彼の魔法力は恐るべきですし、あの連射で息切れしないというのも尋常ではありません。ですが、グリフィス家は先祖代々防御系の魔法・魔術に優れていらっしゃるのです。その中でもお嬢様は過去一番に守勢魔法に秀でていらっしゃいます。普通の魔法ではお嬢様の防御は突破することは難しいでしょう。しかし……」
解せない。なぜ洗馬颯は魔術を使用しない? マルチアクトに加えてエンラージメントまで使えるのなら、とっくに魔術も使いこなせていておかしくないはず。
先ほどの訓練を見ても、奴は一向にそれを使おうとしない。手の内を隠しているのか? それとも何か別の事情があるのか? どうにも奴の思考が読めない。
〜〜〜〜〜〜
ようやくカラクリが分かった。教科書の読み流していた部分に書いてあった、“含有できる魔力量の差”という攻勢魔法・攻勢魔術の弱点。その弱点と魔力量の差が如実に現れているのだろう。だからこそ、魔力の含有量をあげて魔法の威力をあげるエンラージメントという技術が生まれたのだ。ならば、
「Light Arrow、Enlargement Maximal Might!」
先ほど成功した光の矢エンラージメント。完成した光の矢は、先ほど見せたものよりも大きく、眩い白の光を放っている。
「Trigger!」
真上にあげた手を振り下ろし、発射を指示する。通常よりも若干遅い速度で、矢は彼女の守りへ突き進む。魔力の適正含有量を超える分、その速度が落ちると言う弱点故のものだ。
「っっっ!?」
初めて彼女に焦りに表情が現れる。着弾までに残された時間で、彼女も自身の守勢魔力量を上げる。
防御壁との衝突によって、今まで以上の爆発が起こる。
「きゃあぁっっっ!」
同時に聞こえる悲鳴。ようやく彼女の力を崩せたらしい。このまま次を……。
「っ……!?」
突然右腕にしびれと痛みが走る。それによって腕が上がらず、次の魔法の準備ができなかった。左手でしびれによる震えを抑えながら砂埃が収まるのを待つ。
「なっ!?」
収まった砂埃の先に見えたのは、尻餅をついた彼女と、ヒビの入った彼女の魔法。アレだけ魔力をつぎ込んで、ヒビしか入れられなかったというのか。
「最後のは危なかったけれど、なんとか受け切ったわ、颯。これで……」
「……まだだ」
「えっ……?」
「まだだ!」
叫びとともにもう一度右腕を掲げる。
「Light Arrow、Enlargement Maximal Might!」
用意するのは先ほどと同じ光の矢のエンラージメント。 しかし、今度は一発では終わらない。
「Multiple Activation、Light Arrow、Enlargement Maximal Might!」
マルチアクトを行使して、二つ目の光の矢エンラージメントを用意する。
「二つ目だと!?」
観客席からは、近衛騎士の驚きの声。
「Multiple Activation、Light Arrow、Enlargement Maximal Might!」
まだ終わらない。三つ目のマルチアクト。
「三つも!?」
流石にお嬢様の顔にも、悲壮が漂う。これなら彼女の魔力量の強さを突破できるはずだ。
「All Trigger!!!」
腕を振り下ろし、その矢は放たれる。