魔法・魔術の理論。
私立ハーシェル学園。
ここでは普通の高校の基礎学力のカリキュラムに加えて、魔法・魔術に関する授業も行わなければならない。
そのため、午前中限定ではあるが、土曜日も授業が行われる。つまり、4月9日土曜日の今日もそれに則って、授業が行われるというわけだ。
と言っても、俺たちはまだ入学したて。いきなり何かしら授業というわけではなく、前半二時間は全てガイダンスに使われた。内容は学園施設を回りながらの説明。
一つ心配だったのが、人の来ない静かな山頂のことがバレてしまうことだったが、それは杞憂に終わってくれた。何もないただの裏山という程度の説明だけだった。
そして後半の二時間。この時間はいよいよこの学園の存在意義とも言える『魔法・魔術基礎』の授業となる。
全員が制服姿のまま教室の向かいにある訓練室へ集まる。
「さて、この学園の一番の目的は、君たちをしっかりとした魔術師へと育て上げることにある。そのために、魔法・魔術について知ってもらう必要がある。では、これから魔法・魔術とは何かについて説明していく」
前に立った日出先生による魔法・魔術の説明が始まった。
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魔法と魔術には明確な違いが存在する。その違いを語るには魔法、そして魔力というものについてから語る必要がある。
どんな人間であっても魔力というものは保有しているものだ。しかしその量や強さは人それぞれであり、その力を現実のものとして表現させる、要は使いこなせるほどの魔力を有している者はほんの一部しかいない。それが魔法・魔術が科学と比較して万人が使える万能の技術ではなく、人類の発展のためにその手段に科学が選ばれた理由となっている。
そんな魔力には二種類存在し、普通ならば人はそのどちらも保有している。その二種類は、人の身体を縦に半分に分けた、右半身と左半身にそれぞれ存在する。
身体の右側に保有され、力を使う際には右手から放出する魔力を“攻勢魔力”と言う。その反対、自身の左側にあり左手から使える魔力を“守勢魔力”と呼ぶ。その名の通り、右手で使う“攻勢魔力”は、的に対する攻撃が主体の“攻勢魔法”に使われ、“守勢魔力”は敵からの攻撃への防御に利用する“守勢魔法”に利用される。
つまり、人には二種類の魔力が備わっており、それらを利用するのが魔法、すなわち“攻勢魔法”及び“守勢魔法”ということだ。
そして、その“攻勢魔力”と“守勢魔力”のどちらもを混ぜ合わせ発動させる力が“魔術”と呼ばれる。攻勢魔法、守勢魔法と比較して威力、効果範囲も広く、使い方や種類は無限大に存在する。例えば昨日、贄川とかあの生徒会長が使っていた透明化の力も魔術の一種だ。
この学園は、その力を各人が使いこなせるように育てて行くのが主目的だということだ。
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「とまぁ、ここまで魔力と魔法・魔術についてあらかた説明したわけだが、約半数は魔法どころか魔力にすら触れたことのない者たちだ。だからまずは、自身に備わっている魔力というものを知ってもらう必要がある。というわけで、全員立って目を潰れ」
魔法に触れたことのない約半数の人間は頭にクエスチョンマークを浮かべている。いまいちよくわかっていないといった様子だったが、戸惑いながらもひとまず指示に従う。
「両手をヘソの下、丹田と呼ばれる場所に当てるんだ。そのまま深い深呼吸をし続ける。すると自身の身体が二つに分かれる感覚が出てくる。目と目の間から鼻の先、ヘソまでを一直線に結んで左右に分かれる。大事なことは余計な思考、雑念を入れない方。何も考えるな。ゆっくり呼吸して、頭を空っぽにして、全身から力を抜いていくんだ」
だんだんと全員の呼吸がゆっくりになり、消えていく。それに合わせて俺自身も、自分の世界に入っていく。
「それを続けていると、遥か彼方、ずっと向こうから光がやってくる。分かれた左右どらからもだ。それが目の前に迫ってくる―――」
光はフラッシュのように一気に迫ってくる。全員がほとんど同時に目を開く。中にはそれに驚いて尻餅をつく者もいた。
俺自身もその光に当てられる。同時に、全身が熱を帯びるのがわかる。それはまるで、身体の内側から昇ってきて、力を与えるような感覚。
「全員知覚できたようだな。それが君たちに備わっている魔力だ。君たちは今、それを初めて体感したんだ」
それを初めて知覚した約半数は、驚いたような、信じられないようなものを見たような、そんな顔をしていた。実際に魔法・魔術の存在を知っても、それを自分たちが本当に使えるのかという不安はあったと思う。
「人は誰しも物事を知覚できれば、それを使うことができるようになるものだ。例えば数学の授業で公式を教わり、練習して使えるようになる。魔力も同じで、その力を感じることこそが最初の一歩であり、最も大事なことなんだ」
理にかなっている。人間誰だって知識を使いこなす為には、その知識を知ることから始まる。魔法・魔術も同じで、特別視をせず同じようにやっていけばいいということなんだ。
「さて、次は知覚した力を発現させる段階に入る。これも簡単ではないが、力をちゃんと知覚したのなら出来るはずだ。とは言え、まずは実際に見てもらう方が良いだろう。真由美」
「はいっ!」
藪原先生が前に出る。その先には、電子表示された的のようなものがある。
「まずは攻勢魔法からだ。さっきも言った通り、攻勢魔法は右手で使うことになる。そして、攻勢魔法には基礎として五属性が存在する。まぁ、とにかく見てくれ。真由美」
「わかりました! 行きますよ!」
五つ用意された的の前に立って右手を向ける。
「Fire Bullet!」
短く英語を言うと、右の手の先に赤色の魔方陣が浮かぶ。そこから火の弾丸が発射され、一番右の標的に当たる。しかしそれだけでは終わらない。
「Water Ball! 」「Blow Wind! 」「Grand Mass! 」「Light Arrow!」
続けて順々に四つの魔法を放つ。青い魔方陣から水でできた玉、緑の魔法陣から小さく渦巻く風、茶色の魔法陣から土の塊、黄色の魔法陣から光の矢。それぞれが飛んで的に当たっていく。
「……と、こんな感じでどうですか?」
「「「「「…………」」」」」
「えっ!? 無反応ですか!?」
無反応というより、約半数は驚きすぎて声が出せない状態だった。残り半数はその光景が当たり前のようなことだというように見ている。
「今見てもらったのが基礎五属性の最も基礎に当たる魔法だ。万物における五大属性と呼ばれる火、水、風、地、空の五つ。魔法もその法則に従って分類されている」
そういうのはフィクション小説でもよくあるものだ。流石に現世の法則を利用しているから、似通ってくるのだろう。
「一つ勘違いしがちなことを説明しておこう。よくファンタジー小説に出てくる魔法属性とかその適正とかについてだ。確かに昔はそういったものも信じられてはいたが、今は違う。基本誰でも五属性の魔法・魔術を全て使うことができる。最も、個人によって得意不得意は生まれるものなのだがな。そういった得意不得意も早いうちに見極めることも必要だ」
確かに魔法には属性みたいなものがあって、それが使える使えないを決定しているものだと思ってる節があった。それは日出先生の言うように、よくあるファンタジー小説などでの描写がそうさせているのだろう。
しかし、今藪原先生が見せてくれたように、そんな固定概念はやはり小説の中だけのようだ。
「さて、次は守勢魔法についてだ。まぁ言葉だけで、それが防御のための魔法だとわかるはずだ。さて、これについては君たちの中にすごく参考になる生徒がいる。ハルネ、ちょっと一番基礎のやつをやってみろ」
「はいっ!」
隣に座っていたお嬢様が立ち上がって前に出る。俺らの方に振り返ってから、左手をピッと伸ばして一言唱える。
「Light Protection!」
先ほどと同じく黄色の魔法陣が浮かび上がり、そのすぐ後に彼女の背丈と同じくらいの、薄黄色の混じったの半透明な長方形が浮かぶ。
「「「「「おぉ〜〜〜〜〜!!!!!」」」」」
先ほどので少しは耐性がついたのか、今度はちゃんと驚きの声が上がる。
それを指で弾く日出先生。
「……流石に硬いな。ほとんどの者がこれを突破するのは容易ではないだろうな」
小声でボソッとつぶやいたため、俺たちには聞こえない。と、すぐに顔をこちらに向けて、
「今彼女にやってもらったのが光属性の守勢魔法の基礎魔法“Protection”だ。各属性この魔法がある。ハルネ、もう戻っていいぞ」
ハルネを生徒の中に戻して、話を続ける。
「どんな魔法においても必要なのは詠唱、魔力、そしてイメージの三つだ。ただ、それを口であれこれ説明しても分からんだろうから、後はそれを実際にやりながら覚えてもらう」
「ま、まじですか……?」
「大マジだ。最も、魔法を元から知ってる者はこれくらいなら出来る」
その言葉にクラスのほぼ半数は頷いている。
「だからこそ、パートナーの組み合わせは元々魔法を知っているものとそうでないものになっているんだ。だから、パートナー同士一緒に協力して魔法を使いこなせるようになるんだ」
パートナーにそんな配慮もされていたのか。確かに俺のお嬢様にしても、俺とは違い最初から魔法を知っていた。その近衛騎士にしてもパートナーは魔法を知らない女子だったし、贄川も同じだったはず。
「一つアドバイスしておくなら、魔法の発動には自身のイメージが一番大事なんだ。発動する魔法の形や大きさ、形態に至るまでをイメージして、それを魔方陣を介して現実世界に投射するんだ。大丈夫、全員必ず出来るようになる。それに今着てるその制服は、魔力を加速させるようにできてる。魔法を使うのが初めての者でも、力を使いやすくなっている。なにかあったら教科書を見るなり私に聞くなりしなさい。じゃあ各自広がって、始め!」