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風を操りて

「ふ、ふふふ……ふははは……はははははっ!」



唐突に大声で笑いだすセイファーティッツ。



「そうでなくちゃ、面白くない!」



「……」



「ここの連中は、どいつもこいつも雑魚で馬鹿ばかり。つまらなくて仕方がなかったんだ。ようやくマトモな奴が出てきたか……!」



それは高揚からくる声だろうか。確かに魔術の実力を言えばガロスヴォルド一党に対抗できる人間はほとんどいない。そんな自分たちの相手をまともにできる魔術師が現れた。その気持ちはほんの少し分かる。



けれども、その言を認めるつもりはない。



「強さっていうのは人それぞれだ。お前に教えてやる、僕らは決して弱くはないって」



「ほざいてろ!!!」



レブナントで生み出すのは、恐らくはチーター。地上においては最速の動物、鎌鼬に対抗して速度で勝負してきたか。それも複数個体がバラバラに行動してくる。鎌鼬だけでの対処は難しいだろう。



ならば別の対処をするのみ。



「Invisible Blade, Sonic Wind. Disassembly opponent!(不可視の刃。音速を超えるその風は我が敵を分解せしめん)」



手を手刀の形に切り替えて、空に描くは菱形。しかして出来上がるのは小さくも無数の魔法陣で形成された魔術。



ヒュンッという音が一つ鳴るごとに、レブナントは消え去っていく。



不可視の刃、鎌鼬と同じように見えない風の攻撃。けれども動物的な動きの鎌鼬とは違い、鋭利さや速さは言わば剣戟そのものだろう。



「その程度!」



だが本気になった奴も、今までのは手抜きとばかりにその幻体の数を増やし続ける。



「上だ!」



誰かの叫びに合わせて見上げれば上空から急降下してくる影が複数。恐らく模るのはハヤブサだろう。



「Invisible Castle, Pressure Wind. Can’t walkin’!(不可侵の城壁。その風圧では何人たりとも歩みを妨げられる)」



再び描く菱形を中心に据えた魔法陣。直上に出来上がったそれは、ハヤブサの特攻をことごとく防いでいく。



風による城壁。どんなものであっても、圧倒的な風圧の前では歩みを進めることは難しい。だから物理的な攻撃に対しては、この防御は無敵を誇る。



「その程度じゃ届かない」



数を頼みとする戦いに対しては、この二つでほぼ完璧にさばくことができる。特にレブナントには物理的な攻撃しかない分、効果は絶大。



「チッ、厄介な」



攻めあぐねていることに腹を立て始めている。そうやって焦っていれば、こちらの思惑まっしぐらだ。



「……ふぅ」



だが突然、幻体を生み出す手を止める。……その動きは見たことがない。なんだ?



「こんな形でレブナントを防がれ続けたのは初めてだ」



「…………」



「いいね、すごくいい」



「……何が言いたい?」



「レブナント。無限に虚像を生み出す力。でもそれは、生物だけだと思ったら大間違いだ」



「なに……?」



瞬間、右手にだけ集中していた黒い靄が、急にその量を増やして全身へと広がっていく。



「Revenant Armament!!」



闇を纏う。黒い靄に全身包まれたその姿は、そう言って違わない。どこかの黒タイツの犯人ようと思えば、少しは親しみも持てるかもしれない。だが、奴にはそんな甘言は通用しない。



「!?」



だが驚くべきはそこではなかった。圧倒的な速度で、迫ってくる。



「鉄化武装とか流下武装とは違う……?」



「そんなものと一緒にするな!」



突貫してくるその手には、やはり幻体で生み出した槍が握られている。



「Invisible Castle!!」



まずは風圧の城壁で防御を試みる。だがミシミシと音を立てて、少しずつ切っ先がこちらへと近づいてくる。



「城壁を削ってくる……っ!」



とっさに跳び上がって、その場から後退する。



「物理的な攻撃なはず……いや、魔力で出来ているから……? でもさっきのは防げていたし……」



直ちに解析を始める。しかしそんな時間を与えてもらえるはずもなく、すぐに距離を詰めにかかってくる。



「Invisible Blade!」



防御でダメならこちらから攻撃を仕掛ける。



「そんな風程度!」



けれども不可視の刃は鎧によって簡単に防がれる。



「なっ!?」



「喰らえっ!」



仕方なく次の攻撃も間一髪で躱す。



「ちょこまかと……」



捉えられなかったことにいら立った声を出すものの、その顔は余裕の表情。もう仕留めることができると思い始めているのだろう。



「そうか、密度か……」



その前に結論を見出す。さっきまでの動物もどきを生み出していた幻体と今回の武装化。その最大の違いは、魔力量。



あの動物を作り出すために必要な量は決まっているが、それ以上を必要とはしない。だが武装化では無限に魔力を供給できる。だから不可視の刃では削れないし、風圧の壁は削られる。



「だったら……」



その手合いに対する対抗策はある。



風というものは、人を慰めたり、心を和らげたり。人に対して優しい部分が多いし、そんな側面の方が良く見られている。



けれども、風というのはそれだけじゃない。時に強く吹き荒び、徹底的に人に害をなすことだってある。そんな時、風というのは暴力へと変貌する。



時に優しく、時に暴力的。自然にある力の中では圧倒的なものの一つ、その威力を思い知らせてやろう。そしてそれをするために環境は、もうすべて整っている。



「Atmospheric Pressure, Stormy Wind, Hide All Before the Storm. But Expose Appearance, Punished the Wind!(大気の圧、吹き荒ぶ風。嵐の前に、みな姿を隠す。しかしてその姿をさらすものは、ことごとくその風に押しやられる)」



「やらせるとでも!!」



こちらの詠唱による静止を見て、何もしてこないわけがない。すぐさま突撃を試みてくるセイファーティッツ。だがこちらは詠唱の途中で動けない。けれども、何も心配はいらない。なぜなら、



「Wind Circular Escutcheon!!」



「なっ!?」



そこで飛び込んできたのは、防御壁を展開した紺野。



紺野には、セイファーティッツの相方である常盤の相手をしてもらっていた。ただ、彼はこれまでと同じように一瞬のうちにリタイアをしていたみたいだけど。そのおかげでセイファーティッツは紺野の存在を忘れていた。だからこうやって虚をつくことができる。



「ここは通さない!!」



「邪魔だ!!」



たった数秒を作り出す。何も言わなくとも紺野はそのタイミングまでばっちりだ。



「Press of Maximum Wind Speed(台風の圧)」



そのわずか数秒を無駄にはしない。自分が持つ中で最大級の魔術の一つを完成させる。



「グッッッ!!」



その風の圧の中では流石の身軽さも封じられ、少しずつ身体が後退していく。だがこの防風ではまだ、仕留めるには至らない。



だから紡ぎ出す。この風、天候の中にあればこそ作り出せる、もう一つの魔術を。



「Gathering Wind, At the Bidding of Atmospheric. Raging World, Fall out Angery. Whoever can’t stand. Whatever can’t rival.(風は集まる、大気の意のままに。荒れ狂う空はその怒りを地上へ堕とす。何人たりとも抗うことのできない圧。逃げまどうとも、その風に万物は押し殺される)」



天には風が渦巻く。風が集まる。今も風に抗おうとする者へ、罰を与えるために。



「……Down Burstダウンバースト



下降気流ダウンバースト。風が引き起こす災害の中では一番の破壊力を持つ。風速30m以上の空気圧が一瞬にしてのしかかってくる。



「……!」



最早声もなく、風圧の前に奴の姿は消え去る。



「ッ、はぁ……」



一挙に魔力を使いすぎて、ほとんど残りはない。それも仕方ない、今ある中で最大級のものを二連続使ったのだから。自分の魔力量ではこれが限界。



だが、この風の中ではさすがの奴でも……。



しかして風が止み、開けてきた視界の中で見えたものは。



「……鎧?」



黒い鎧だけが、地面に転がっていた。



「贄川!」



「かかったなぁ!」



紺野とセイファーティッツの叫び声はほぼ同時。その声に振り替えると、飛び上がっているセイファーティッツがいた。



手には短刀、恐らくはレブナントで生み出したものだろう。鎧は脱ぎ捨てて、そこに自分がいる者だと思わせるための囮として……!



「死ねぇ!!」



そんなわずかな思考の間に詰められる距離。その手にある短刀が、自身の身にたどり着く……!











「グハッ!?」



突き上げられるように身体が吹き飛ぶ。それは当然、僕の魔術によって。



「な、なんで……」



地面に叩きつけられたセイファーティッツが、何とか顔だけを上げて問いかけてくる。



「鎌鼬。僕は一度もこの魔術を解除したとは言っていない」



ずっと待機させていた、最後の手にして切り札。奴があの風の中でまだ動けることを見越した詰めの一手。



「まぁ僕の魔力量で待機させておくには、もう限界が近かったけれど」



けれども、この最後の一手は決着をつけるのには最適な一手だった。



『Winner 贄川翔太・紺野定光』



決着を告げる表示が出て、一つの戦いは終わりを迎えた。

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