学園の敷地と裏山。
「……しかし、まさか両親がそんな存在だったとは」
露ほども思っていなかった。まさか魔法・魔術なんてファンタジーな代物に、そんな部分で自分が接点を持っていたことも予想外。
「同年代最強ね……」
実に安っぽい言い回しだ。
とは言っても、一体どんな腕をしていたのか気にはなる。しかもそんなに名前が通っているのなら、彼らの中にも知っている人がいるかもしれない。
あの先生を筆頭に、他の誰かの期待に答えるつもりはないが、そんな有名な両親と比較されて『洗馬颯は弱い』と周りに舐められるのは回避したい。
少しばかり、ファンタジーな力と真面目に向き合う理由ができたというわけだ。
「さてと……」
行く当てもなく、ひとまず教室に戻ってきたが誰もいない。さっき言っていた親睦会かなんかを本当にやっているのか。
しかしこの後どうするか。寮の部屋に行ってもいいが、参加したくもない親睦会に捕まりかねない。
「一人で居られるし、このだだっ広い学校の敷地内を見て回るか」
かなり広大な土地だから、端末で常に地図を見ることはできても、ある程度の地理を知っておくことは必要だろう。ポケットからさっき配られた端末を取り出して、内蔵された地図アプリを起動する。
まずは今いる校舎棟。四階建のこの建物は、一階に職員室や事務室等の機能が詰め込まれており、残りの階は基本学生のための教室になっている。各学年四クラス、それが上から一、二、三年の配置。
しかし、機能がそれらだけならばこの建物はあまりに大きすぎる。その理由はクラスから見て廊下の反対側にある。各クラスの目の前に設置されたドア。その横に設置された認証画面に端末を近づけることによってその扉は開く。
その向こうに行くと、向こう側まで広がる巨大な空間があるた。ここは魔法・魔術訓練室。魔法・魔術の基本的な訓練スペースになるらしい。
一階から四階全てを使った空間。出た場所は観客席らしく、サッカースタジアムのように座席が階段状に配置されている。それを降りていくと、観客席前の塀と四階まである壁に囲まれた空間がある。
「へぇ、意外と人がいるな。あと、どいつもこいつも訳の分からん力を使っている……」
放課後は自由解放されているようで、今も上級生と思しき人が何人もいて話し合ったり謎の力を行使している。ただ真剣に訓練しているというよりは、どちらかといえば遊んでいるといった印象。入学式だけの日で、授業もないから気が抜けているのだろう。
段々になっている観客席の階段を降りて観客席の一番前、訓練スペースのすぐ近くまで来る。途中いくつかのドアがあったが、それはおそらく上級生の出入り口だろう。
「おや、見学かな。でも一人で?」
と、後ろから声をかけられる。階段を降りてくる二人組の男子。その二人も今からここを使うと言った様子だ。
「見た所新入生って感じだな」
学年の見分けは胸のネクタイ。俺たち一年生は紺色ベース。二年生は赤色、三年生は水色ベースとなっている。この人たちは赤色ネクタイだから、二年生。
「A組の新入生は全員寮の方に向かっていったように見えたが、君は一人どうしてこんなところにいる?」
隣にいた人はどうにも怪しんでいるらしい。確かに、ここの学則を考えれば一人でいるのは不自然なのだろう。
「……先生に呼ばれて、先ほどまで職員室で話をしていました。クラスに戻ったら誰もいなかったのでこちらかと思ったのですが、違ったようでした」
半分の真実と、半分の嘘で誤魔化す。
「そうだったんだね。みんなは学生寮みたいだから、早くそっちにいったほうがいいよ。寮までの道はわかるかな?」
「大丈夫です。では失礼します」
必要最低限の礼節を持って対応して、花壇を登りながらすれ違っていく。途中振り向くと、彼もまた二人で一番下まで降りて何か話し合っている。
“パートナー”というルールがここまで受け入れられているものとは思ってもみなかった。さっき疑われたのは一人でいたからだろう。
どこに行っても上級生は必ず複数人で行動している。俺のように単独行動している人なんてどこにもいない。先生が言っていた通り、彼らにとっては有用なルールになっていることは事実のようだ。
つまり、一人で行動するのは逆に目立って危険だということ。パートナー制度、実に厄介な学則である。
そんなことを考えながら、今度は建物の外に出る。山の麓にあるこの学園、今いる校舎棟から坂を降りると、朝乗ってきたバスの通る公道がある。そこからさらに下に降りると学生寮がある。
校舎棟の隣には入学式を行なった学生ホール。さらにその奥には、この学園に勤めている教師陣、出資している国や企業の分割機関が集合した『魔法・魔術総合研究所』なるものがあるらしい。しかしそっちの方は学生立ち入り禁止、警備員も配備されている。
校舎棟の裏側には山がある。自然と足はそっちの方に向いていた。
しっかりとコンクリート整備をされてはいるものの、街灯はなく誰もいない。階段や坂が長く続く道、好き好んで来る者はほとんどいないのだろう。人がいないというのは俺にとっては好都合。
そのまま登り続けて、10分くらい経ったところでようやく山頂付近までやってくる。
「へぇ……」
かなり大きな樹が一本、その周りに草原が広がるだけの空間だった。人の営みは一切聞こえてこない、風の音とそれによって草木が揺れる音だけの空間。悪くない、こういった自然な空間は好きだ。
「本当に大きいな、何百年も生きてそうだ」
樹に近づいて改めてその大きさに驚かされる。樹を囲おうとしたら何人も人が必要そうだ。
ぐるりと樹の周りを回りはじめる。かなり大きく幹も太い、長生きな大樹である。その中で、来た道から丁度裏側に、立て看板を見つける。
「『受願樹。この山の頂上に何年も生えているこの樹は、この地から常に人々を見守り、人々の願いを受け入れるものだと言われている。』か。願いを受け入れる、ねぇ……」
大きさや幹の太さ、そしてこの記述から鑑みてもやはり相当長生きな樹のようだ。昔からあるこの樹にかつての人々が信仰心を持ったのだろう。こういった伝承のようなものは往々にしてあるものだ。
「よっこいせと」
木の根元に腰をかけて、背中を木の幹に預ける。目をつぶって身体から力を抜く。
風が優しく吹き、それに草木が揺れる。ごちゃごちゃした人の営みのない、心洗われるような落ち着く場所だ。しばし風に吹かれ落ち着く。
ピロン♪
「……なんだ?」
せっかく人が気持ちよくリラックスしていたというのに、電子音に邪魔される。仕方なく、ポケットに入っていた音源の携帯型端末を取り出す。
画面を開くと、二件のメッセージの確認ができる。差出人は例のお嬢様。
『皆さんと食堂で親睦会をすることになりました。良かったら颯も、先生とのお話が終わった後に合流してください。ハルネ・グリフィス』
どうやら予定通り親睦会は開かれているらしい。やはり学生寮に行かなくて良かった。
二件目も同一人物から同様なメッセージ。さらっと読み流すだけにとどめる。
メッセージのアプリケーションを閉じて、インストールされたアプリ群の中から教科書類の入ったアプリを見つけて開く。
国語総合、数学ⅠとA、物理基礎、化学基礎、生物基礎に日本史A、政治・経済など、普通の高校で学ぶような教科書も入っていた。授業表を見ても午前の授業は基本そういった基礎学的な時間に当てられている。
一方午後のカリキュラムは週に二度の頻度で魔法・魔術の授業の時間だった。そして教科書の一番最後に、『魔法・魔術学基礎』という書籍が見つかる。早速それを開いて読み始める。
「しかし、魔法なんてファンタジーな力が俺にあるのかね……。そんな素質があるのなら、はっきりと感じてみますか。……ま、くだらない幻想に終わるかもだけどな」
それはこの世界に対する挑発でもあり、自嘲でもある。ファンタジックな力が存在するとしても、俺自身がそれを本当に使えるかは疑わしい。親が有名でも、その子供がダメダメだというのは往々にしてよくあること。
だから、早速教科書の一番最初に書かれた『自身が内包する魔力を感じる』なんていう実験を始める。
そして、
「……なんだよ、今の。本当に……?」




