第三十四話 色欲の蠍
━━普段、私の瞳は、アイオライト色でとても純粋で透き通っている。だが、もう片方の瞳には、ペリドットの目をしていた。
この左右の瞳の色が異なる目は、いわゆるオッドアイであった。
このペリドットの瞳は、元々はクランの目である。私とクランの目を変える事により、クランに掛けられた幻影魔法を打ち消す事が出来るのであった。
私も初めは、出来るかは不明だったのだが、フと過り今は、私とクランの魔力は、契約により一つの存在となっていた。
それは、他の部分にでも有効なんじゃないかと思い、咄嗟にこういう事を思い至ったのである。
半信半疑の中、私が今出来る事は限られていた。それに今、私がやらないといけないのは、目の前のあいつを倒す事だった。
(━━デカい口叩いて飛び出たはいいけど、あれどうやって倒そう……)
目の前には、メリアが特大の魔力量で魔法を展開させていた。私は、その目の前の光景に、ただ呆然としていたのだ。
先程の木で作られた人形達の半数が、バラバラに分解されるや、それはまた別の新たなモノへと変えていたのである。
(━━確か……蠍って言ってたよな……)
と、私は何か悩む様子で、思考を巡らせていた。それは、この今起きている魔法が、もし仮に私が探していたモノであるのならばと、いうものだった。
だが、それとは裏腹に疑問もあったのだ。もしあれが、コアだとしたら当然、その中に宿る悪魔を出せばよかったのである。
━━恐らくだけど、あれは"色欲のコア"に宿されている中の一つだと、推測させていた。
けど、それを敢えて悪魔ではなく、その一部の蠍を出すという事は、すなわちあのメリアが宿しているのは、少なからずコアの一部という事だったのだ。
一先ず、何が言いたいかというと、他にもコアを所持している人物が少なからず、複数人は居るという結論が浮上したのである。
(直接、本人から聞き出せればいいんだけれども、今のあいつは聞く耳持たないだろうな……)
と、少しため息ながら思った。
それと、一つ気掛かりな事もある。あの生命の石の存在である。あの石を、二つ体内に取り込んだ事により、急激に力が増幅したようにも見えたのだ。
それに、クランが確かに胸を一突きし、致命傷を与えたかに思えたのだが、その傷口は既に塞がっていた。
(━━矢張、あの石によるものなのか……)
が、今はそんな事を考えている場合ではなかった。
取り敢えず、今はその考えを後回しにして、目の前のメリアを倒さなければならなかったのだ。
そして、相手の情報を探るのを止めると、私は意を決し、あの大きくなりつつある敵に立ち向かったのであった。
━━私は手始めに、手で魔方陣を展開させるや直ぐに【魔方陣斬り】を、メリア目掛けて投げた。
だが、意図も容易くそれは打ち消されてしまった。
「━━ま、そうだよな……」
と、ある程度は予想していたという表情を見せていた。それもそのはず、あの膨大な魔力量が邪魔をして、私の魔法よりその魔法の方が勝っているのだ。
逆に言えば、近付く事さえままならなかったのである。
いや、近付く事は出来るが、私の身体がその魔力に耐えきれるのかが心配だった。
でも、このまま此処に居ても、やがてメリアは力を宿し、もっと面倒な事になってしまう。
流石に、これだけは避けなければならなかったのだ。
「これまでにも、無謀な事をやり遂げて来たんだ! 今回もやってやる!」
たちまち私を奮い立たせるかのように、声を出した。そして、私の両手に魔方陣を展開させるや、そのままメリアの元へ走ったのである。
━━すると、その魔方陣が展開されている場所に入った直前で、私は急激な魔力量の厚に押し潰されるような感覚をさせていた。
余りにも、その魔力量が重すぎて、身体全身が鈍り出した。私は、その魔力に耐えると、手に展開された魔方陣を、メリアに向けるた。
「━━今度は、目の前で食らわせてやる。 有り難く受け取れ!」
そう呟くと、再び【魔方陣斬り】をメリア目掛けて投げた。
すると、今度は打ち消される前に、メリアに命中したのである。
どうにかして、攻撃を相手に当てる事が出来たのだ。だが、そのメリアは至って普通だった。
それどころか、寧ろ相手の機嫌を更に損ねた様子だった。
完全にやらかしてしまったのである。メリアが、私に気づくと右腕で私を凪ぎ払い始めたのである。
その腕は、まるで大きな鋏の形をしていて、その回りには無数の棘らしきモノがあった。
よく見ると、その先端には毒らしきモノがついている。流石に、擦り傷さえも許されないようだ。
私は、左手にある魔方陣を使い鎖を伸ばすと、相手の尻尾に巻き付け、そのまま鎖を巻き戻した。
すると私は、先程尻尾に巻き付けた場所えと、引っ張られた。相手の凪ぎ払いは、どうにかしのいだが、今度は尻尾が急に動き出し、暴れ始める。
私は、鎖を器用に使い、相手の攻撃を交わし続けた。すると、そんな私の行動にメリアは、こう言ったのである。
「クッ━━ちょこまかと……!」
どうやら、意思はまだあるようだ。でも、相手も迂闊である。流石に、大きいとは言え、攻撃パターンが一定なので、いくら攻撃してもある程度予測が出来てしまうのだ。
完全に、大きさが仇となっていた。
━━すると、そんな攻防を広げてる中、突如クランの方で決着がついた様子だった。
それは、クランがその場で立ち尽くし、人形達がそれを囲う形で、一斉に襲いかかっていたのだ。
その様子を見てかメリアは私に、こう言う。
「アハハハハハ━━どうやら、自ら死を望んだようね」
「━━それは、どうかな?」
と、私はメリアの言葉を否定する形で言い返した。すると、メリアはそんな私の言葉に若干、眉をピクらせると、こう返してきた。
「ただの、負け惜しみね」
私は、それから何も言う事なくただ黙り込んだ。その様子を悟った風に、笑みを浮かべていた。
それから、私とメリアは互いに睨み合う形で、硬直が続いていた。
━━そして、暫くして私は突然ニヤ付かせると、独り事を呟く。
「━━勝負ついたな」
メリアは、その言葉を聞くと、訳のわからないと言った様子を浮かべていた。だが、それは直ぐに理解する事となる。
なんと、次々と回りの人形達が、壊されていったのである。
よく見ると、先程まで人形達がクラン目掛けて、武器を振り下ろされ、確かに倒したと思われていたはずが、生きていたのだ。
そして、そんな様子を見たメリアの表情が曇った。
「━━そ、そんな……バカな! そんな、はずは……」
と、計算が狂った様子で独り事を呟いていた。そして、私の方を睨み付けるや、今度は私に言ってきた。
「━━どういう事!? 何故、生きている!」
怒りの余り、乱れた口調で言い寄ってきた。が、私はそんな質問はどうでもよかったのだ。
今は、私とメリアの戦いである。そんな、人の様子を気にしているつもりはなかった。
「そんな、人の心配している場合か?」
私は、メリアに問い掛けた。すると、メリアはようやく自分が措かれている状況を理解したのである。
「━━なッ!? いつの間に……!」
回りを見渡すと、そこに広がっていたのは、無数の鎖で回りを張り巡らされていたのだ。
そんな、驚くメリアに私は、こう言った。
「お前は、私を見くびり過ぎたな。 他人を気にし過ぎだ。 もう少し、私を警戒するべきだったな」
そう言い残すと、すかさず両腕を伸ばすや、鎖に魔力を注ぎ込むと、瞬時に腕を引く。すると、その行為に張り巡らされていた鎖は急に、メリア目掛けて勢いよく縮んだのである。
そして、メリアはその鎖に巻き付けられ縛られると、私は手の平を強く握り締めた。
すると、その鎖は更に強く縛られ、流石にメリア自身の武装も鎖には耐えきれなかったのだろう。
無数に亀裂が入るや、一斉に砕け散ったのだった。
「━━イヤアアアアアアア」
そのまま、メリアにもその鎖が及ぶと、メリアは悲鳴と共に身体が避け、血が飛び散ると同時に、肉片がボタボタと地面に落ちていったのである。
━━これで、ようやくメリアを倒したのであった。最後は、クランに助けられたような気がした。
もし、あそこでメリアが気を許していなかったら、こんな状況はつくれなかったであろう。
「━━さてと、私も片付いた事だし、クランの元へ向かうとするかな」
と言い、クランの元へ歩き出すと、ゾッと私の背に急激な胸騒ぎが覚えたのである。
それは、先程倒したメリアからだった。私は、恐る恐る後ろを振り返ると、そこに映り込んだ光景に息を飲んだ。
なんと、跡形もなかったメリアの姿が元に戻って、その場に立っていたのである。
そして、何故メリアが生きているのか、直ぐに理解した。メリアの胸元には、あの石が浮かび上がっていたのだ。
これにより、復活したと確信出来た。だが、その姿は先程のメリアとは少し雰囲気が違っていた。まるで悪魔に魂を取られているような━━
その嫌な予想は、的中していた。先程のメリアの胸元に浮かび上がっていた二つの石の中央に、刻印が後から浮かび上がり、刻み込まれていたのである。
更に、私は絶望する事となる。それは、そのメリアの回りに魔方陣が展開されるや、先程のバラバラになった残骸が、回りで浮くと衣装をつくりあげた。
それは、本来の衣装を重ねるように、紫色のドレスを形付けられたのだ。まるで、可憐で尚且つ魅了するような光景だった。
しかし、それとは逆に何処か恐ろしい感じもしていた。
でも、私はコアの存在にこんな衣装までもが、形付けられる事は知らなかったのだ。
詰まり、この力はコアが宿した悪魔の力と、他には別の何らかの力が備わっていたのである。
そして、宙からゆっくりと降りると、メリアは目を見開き、こう言ったのだった。
「━━私を散々コケにした事、その死で償うといいわ」




