第三十三話 託された思い
━━普段、クランの瞳は、ペリドット色でとても味わい深い色をしている。だが、もう片方の瞳には、アイオライトの目をしていた。
この左右の瞳の色が異なる目は、いわゆるオッドアイであった。
このアイオライトの瞳は、元々はマスターの目である。この目を宿す事により、この今解き放たれている幻影魔法を打ち消す事が出来るのだ。
私には、理由がわかっていないけれど、マスターは凄いと思った。
(━━今、私はマスターの為……いや、私の為に戦ってくれている。 私は、全てを理解した訳ではない。 けど、私ははっきりとあの時の事を思い出した。 あの忌々しい日を……)
今、私に命じられているのは、この木で作られた人形達を倒す事。その中には、私の両親も居る。
私は、そんな人形にさせられたパパやママ、それとこの村の人を葬る事だった。
恐らく、この村で唯一の生き残りなのは、私だけなのだ。そんな、胸が絞まる中私は、人形達を倒しに行った。
━━人形達は、私を敵対するように、様々な武器を片手に持って襲いかかって来た。
私は、その人形に向かって、両親を出すと鎖を放した。その先端には短剣が巻き付けられている。
そして、その人形のお腹部分に刺さり命中する。だが一瞬、私の目に映り込んだ光景は、ノイズを走らせながら、その人形が村人の姿をしていたのだ。
そう、今私が倒している相手は人形にされた村人なのだ。なんとか、マスターの瞳のお陰で、人形の姿に見えているのだが、たちまち私の知っている村人達にも見えてしまっていた。
それでも、私は剣を振り続けるしかなかった。私に良くしてくれた村人達は、今やもうこの世には居ないのだ。それは勿論、私の両親もそうだった。
すると、そんな事を思っていると、フと口が溢れ出た。
「━━どうして……なんで私が倒すと、皆そんな顔するの……?」
実は、私が倒している際、ノイズを走らせながら人の姿を投影するや、最後に村人が私に穏やかな表情を見せてくるのだ。
すると、そんな表情を見せられたせいなのか、私の胸が更に絞め付けられる感覚がしていた。
「━━苦しい……苦しいよ。 皆、私にそんな顔見せないで……」
そして、私は涙が滴り溢れる。それは、痛みや苦しみ、それに私を置いて先に逝ってしまった皆の悲しみと、そんな村人達を殺めたメリアの怒り等、様々な感情が溢れていたのだ。
━━次第に、私の攻撃も段々弱々しくなっていった。私には、荷が重かったのだ。私だけで、この村人達の身を任された感じがしていた。
それでも、マスターはきっと私に命じたのも、最後だとわかっていての事だったのだと思う。
でも、私が剣を振り続ける度、次第に威力は弱まり、ついには、剣を地面に突き刺してしまったのである。
そんな中、その人形達は一斉に私の元へ襲いかかって来る。私はもう、村人達をこれ以上、しかもマスターの剣で傷付けたくなかったのだ。
「━━マスター、ごめんなさい。 私はもう……これ以上戦えないよ……」
そう呟くと、地面に膝を付き力無くそこに佇んだ。そして私は、顔を上にあげ空を眺めるや、こう呟いた。
「━━私も、皆のところに逝ってもいいよね……? 私、頑張ったよ……? 皆、私を置いて逝かないで……」
そう言うと、私は目を瞑り、死ぬ覚悟を決めたのである。そして、最後にこう呟いた。
「━━パパ、ママ…… それにマスター。 ありがとう……」
そして、一斉に人形達は私の元へ襲いかかると、武器を構え振り下ろしたのだった。
━━やがて、人形達は動くのを止め、そこに突っ立っていたのである。
その、私の回りには、円上で取り囲むように、人形達が群がっていた。その中心に私が居て、その回りの人形達は、私に向かって武器を片手に振り下ろしていた。
そう、私クランは命を絶ったのだ。最後は、村人達の手によって私は殺された。
これは、自分が望んだ結果だった。もう、これ以上悲しみたくなかった。苦しみたくなかったのだ。
折角、マスターから再び生きる希望をくれたのに、私はマスターに申し訳ない事をしてしまった。
でも、私は後悔はしていなかった。何故なら、これまでの人生で私の体験した事のないものばかりだったからである。
「━━だから、マスター。 これだけは言えるよ。 私を助けてくれてありがとう……」
━━すると、私は何故か口が溢れた。そして、私は何故か疑問が過る。
それは先程、死を覚悟して私は、人形達に殺されようとしていたからである。
でも、何故だがさっきから違和感を感じていた。確かに、私はあの時、目の前から人形が襲いかかって来ていて、武器を振り下ろす、音もはっきりと聞こえていたのだ。
だが、私には痛みがなかった。私は、恐る恐る閉じていた瞼を開ける。すると、そこに映り込んだ光景に私は、驚きと同時に驚愕したのである。
そこには、先程の人形達が群がっていて、武器もちゃんと振り下ろされていたのだ。
だが、それは私に向けられてはいなかった。なんと、人形達は直前に、地面に武器を叩き付けいたのである。
それを見て私は、戸惑いと驚いた。最後の最後まで、私は村人達に助けられてしまったのだ。
納得がいかない中、私はその人形達に言った。
「━━どうして……私を殺さないの!? 皆、酷いよ……」
━━私は、村人の行為に泣き出してしまった。すると、そんな人形が囲う中、二体の人形が私の元へ近付いて来た。
それは、私のパパとママだったのである。
私の瞳には、はっきりとパパとママの姿が見えていた。そして、私はそんなパパとママにこう言った。
「━━パパ……ママ…… 私を一人にしないでよ……」
泣きながら問い掛けると、パパとママは微かに微笑んだ。すると、二体の人形はなんと私を軽く抱き締めたのである。
そんな行為に私は、余計に涙が溢れ出ると、泣きじゃくった。
「うわーーん……うわーーん……」
それは、もう子供のように甘えながら泣いていた。私は、泣く事しか出来なかったのだ。
━━でも本来、人形とは、感情を持たないものだった。だが私は、その人形の中にあった魂の姿が見えていた。
逆を言えば、その魂は未だに人形の中に囚われた状態だった。だから、あの時私が倒す度に、あんな表情をしていたのである。
そして、私は泣き止むと、私の本来の命じられて使命の事を思い出した。
私は、パパとママを見ると、納得したかのように頷いていた。その時、私のやる事は既に決まっていたのだ。
それは、私のパパとママ他のこの村人を倒さないといけなかったのだ。
これは、私にしか出来ない事であり、村人達もそれを望んでいるようであった。
私は、皆を見るなり、こう言った。
「━━私に、出来るかな……?」
すると、その回りの人達は、微笑みながら頷いていた。それは、皆が納得したような様子だった。
私は、意を決し立ち上がる。そして、地面に刺さった短剣を手で持つと、その村人達に構え始めた。
それから、皆の事を思ってか、私は一人でに呟き始めた。
「━━もっと、皆と色んな事話したかったな…… それから、皆ともっと遊びたかったな…… 買い物もお手伝いももっとしたかったな…… 他にも、沢山笑って、泣いて、怒って、もっともーーっと皆と過ごしたかったな……」
私が言えば言う程、思えば思う程、また涙が溢れてきた。もう涙がカラカラになるんじゃないかと、泣きっぱなしだった。
そして、私は最後に皆にこう言ったのである。
「━━皆、ありがとう」
それは、なんとも言えない満面な笑みだった。最後くらいは、私もちゃんと見送りたかったのだ。
すると、そんな私の言葉に村人達も、こう続けて言ったのである。
「クラン、ありがとう」
「ありがとな」
「この村の為に、ありがとう」
他にも、色んな人達に「ありがとう」という言葉が返ってきた。
それは勿論、パパとママからもそうであった。
他にも、色んな人達に「ありがとう」という言葉が返ってきた。
それは勿論、パパとママからもそうであった。
「クランは私達の誇りだ。 もっと色んな事を教えたかった。 すまないな」
「クラン、あなたは一人じゃないわ。 ちゃんと此処に生きてるから、私達の分まで生きてちょうだい」
そして、パパとママは最後に私に揃って、こう言ってくれた。
「━━クランは私達の宝だよ。 本当にありがとう」
そして、私は両手に持った短剣をパパとママに向かって刺したのである。
すると、そんなパパとママは私を悲しませない為か、笑顔で浮かばせていた。
それから、刺した短剣を抜き取ると、その人形は地面に倒れ、動かなくなった。
私の胸は痛かった。それとは裏腹に何処か軽い気持ちにもなれた。
私は、こんなにも両親から村人達から、愛されていたのだ。私は、この気持ちを受け止めながら、今度はその場で回り始めた。
その手には短剣を握りしめて、腕を伸ばしていた。まるで、可憐に舞うかのように、私は回り続けた。
その瞳には、涙が溢れ落ちキラリと光、私の回りを光らせていた。
そして、その両手に持っていた短剣を軽く手から離すと、その短剣は遠心力で飛ばされる。だが、その柄には、鎖が巻き付かれており、その部分で飛ばされずに維持されていた。
それから、回り続けながらも、少しづつ鎖が伸び始めると、その短剣の視野も大きくなり続けた。
すると、その人形達を次々と巻き込んで行き、短剣で切り飛ばしていったのである。
まるで、バレリーナのように、美しく回り続けるクランは、とても輝いているようにも見えた。
恐らくだが、私は最後に村人達に、この光景を見せたかったのだと思う。
私にばかり、皆から貰ってばかりだと気が引けたのかもしれない。
恐らくだが、私は最後に村人達に、この光景を見せたかったのだと思う。
私にばかり、皆から貰ってばかりだと気が引けたのかもしれない。
(━━皆に届いてくれてるといいな……)
そして、私は回り終えると、気づくとそこに居た人形達は、跡形もなくバラバラに壊されていた。
さっきまで光景が嘘のように、静かだった。これで、ようやく終わったのである。
━━私クランは、何処にでもいる普通の一人娘の女の子は、今ではこの村の唯一の生き残りとなったのであった。




