第三十一話 私の迷い
━━私は今、冷や汗を滲ませながら、驚いた様子でクランと目を合わせていた。
クランもまた、驚愕と驚いた様子で私を見ていた。
それも無理もないだろう。恐らく、クランからして見れば、横たわっている人形は死体に見えているのだ。しかも、誤解を招くように、今私が手にしているものは、鉈だったのである。
(━━一先ず、冷静に落ち着こう。 今、この状況をどう打開する? 考えろ私……)
と、私に暗示をかけるかのように、私の思考をフル回転させていた。
私が今真っ先に思い浮かんだのは、本当の事をクランに打ち明けるかだった。
でも、クランがこの村の事態を知れば、パニックを起こす恐れもあった。私は、もう少し様子を見る事にし、別の案を考え始めた。
流石に間が空きすぎたのか、クランは私に震えた素振りで、こう言ってきた。
「━━ねぇ? マスターだよね……? こんなところで何してたの?」
今は、先ず現状をどう説明しようかで、その事が頭にいっぱいになり、クランの言葉を返す事が出来なかった。
すると、再びクランは口走る。
「━━マスターなんだよね? 何で答えてくれないの?」
迫りくるクランの言葉に対し、私はクランと、どう言葉で接したらいいのか、わからなくなってきていた。
考えれば考える程、どんどん私の思考が鈍っていく感覚だった。
そして、私がクランの言葉を返せない余り、ついにクランは激怒した。
「マスター、私の質問に答えて!!」
その強い口調を聞いて、私は思わずビクッと肩が鳴った。流石の私も、このまま無言状態では、更に事態が悪化すると思い、何も浮かばない状況の中で、私は言う。
「━━いや、これには訳があるんだ。 でも、話すと長くなる。 だから、今はその……落ち着いて欲しい」
私の言葉は、如何にも切羽詰まる状況だった。クランは、私のそんな口調を悟ってなのか、こう言ってきた。
「マスターは、そんな人を無闇に殺す人じゃない事はわかってるよ。 でも、マスターは私に何か隠してる。 何で隠すの? 私は信用出来ない?」
クランの言葉が、私へと突き刺さる。今まで、クランがこんな感情的になった事がなかったので、私は驚きと戸惑いを隠せなかった。
矢張、クランには本当の事を言うべきか、未だに迷っていた。でも、いつかは証さなくてはならないのである。
だが、私はクランに本当の事を言うのが、怖かったのだ。言ってしまった後、クランがどうなってしまうかなんて、予想が付いていた。
(━━もう、考えている時間はない。 この先の事は、起きた後考えればいい! クランには、荷が重いかもしれないが仕方ない……)
正直、もう誤魔化し切れなかった。私は、決意を決めクランに、この村の事を打ち明けるのだった。
「わかった━━全て話す…… クラン、この村で起きている事は━━」
━━と突如、私の言葉を打ち消すかのように「ドスーン」と、私とクランとの間に、上から何かが降ってきたのである。
砂煙が立ち上ぼり、やがて薄れていき、次第に砂煙が晴れると私は思わず「━━なッ!?」と口が溢れた。
そこに居たのは、ゴーレムらしき魔物の肩にメリアが乗っていたのである。
どうやら、上に黒い渦が出現していたので、そこから現れたみたいだった。
そして、メリアがゴーレムの肩から地面に飛び降りると、私にこう言ってきた。
「━━ネタをバラすのはいけないわ」
そう言うと、メリアは突然、指を「パチン」と鳴らす。すると、クランの様子に異変が起こった。
先程まで、私と話していたクランが、力が抜けたように、そこに立ち動かなくなっていたのだ。
「━━クランに何をした!?」
私は、すかさずメリアに問い掛けるも、メリアは何も言わず、ただ「クスクス」と、笑みを浮かべながらクランの元へと歩いて行った。
そして、メリアはクランの背後を取ると、クランの耳元へ顔を近付け、何やら囁いていた。
囁き終えると、今度はクランが私の方を見るなり、足を歩み始めて来た。それは、次第に足の速度が上がり、私の元へと走って来たのだ。
明らかに、クランの様子がおかしかった。そして、私の近くへ来るや、クランが跳び跳ねると、右腕を上げ鎖を出して、そのまま私に振り下ろし、襲いかかってきたのだ。
私は【魔方陣の盾】でなんとか防いだ。かと思いきや、その魔方陣が砕け散ったのである。
よく見ると、鎖の先端には短剣が巻き付けられていた。私は、魔方陣が砕ける直前に受け流し、そのまま地面へと短剣が下ろされた。
「━━クラン、しっかりしろ!」
と、私がクランに問い掛けるも、クランは全く聞こえていない様子だった。まるで、人形のようにただただメリアに、操られているようであった。
そして、クランは右腕を上げると、鎖に引っ張られるようにして、地面に刺さった短剣が引き抜かれ、再び私へと襲いかかる。
今度は、当たるギリギリで避けた。すると、クランはもう片方の左腕を伸ばすや、鎖を出し私へと襲いかかった。矢張、先端には短剣が巻き付けられていた。私は、それもなんとか交わした。
(━━クッ。 このままだと、キリがないな。 あいつは、あそこで高見の見物か……)
と、私はメリアを見るや、その周囲を見渡す。だが、これといって良いアイデアも浮かばなかった。
いや、ないわけではなかった。だが、これは実際に試した事がなかったので、上手くいく保証は何処にもなかったのだ。所詮、私の推測に過ぎなかった。
そんな事を考えている間にも、クランはひたすらに鎖を伸ばし、予測不能な動きで、巻き付いた短剣が私を襲っていた。
このまま、避けてばかりでは、いずれ私の体力が無くなるだけだった。
そして、私はクランの罠にかかってしまっていた。私が後ろに下がる直前、足元に鎖が伸ばされていたのだ。私はそれに躓き、体勢を崩ししまったのだ。
私は、飛び交う鎖に周囲を惑わされ、完全に足元をきにしていなかったのである。
すると、それを逃さなかったのか、すかさず別の鎖を飛ばし、私の腕に巻き付かれたのだった。
腕に巻き付いた鎖は、私を持ち上げるや、私の両腕、両足にも巻き付かれた。私は、完全にクランの鎖に補足されてしまったのである。
━━そして、捕まった私にメリアが近付いて来た。私は、どうにかして、鎖を絶ち切ろうと手に魔方陣を展開させた。
だが、それを許さないと、クランがすかさず短剣で、私の手の平と一緒に突き刺した。
「━━ッ」と痛みを堪えるも、私の手に激痛が走り、魔方陣が壊れると同時に、手の平に血が出る。
私は、抵抗出来ぬまま、メリアが私にこう言ってきた。
「良いご身分ね。 後、私の折角の傑作品を壊しておいて、ただでは済まさないわ」
「━━なんだ? 駄作の間違えじゃないのか?」
「━━こんな状況なのに、口の減らないのね クラン!」
と、メリアの眉がピクリと動くと、クランという合図で、私に鎖が振り下ろされる。
鎖が私の身体に叩き付けられ、激痛が伴った。すると、私は痛みに耐えつつも、声を弱らせながら、メリアに言う。
「━━怒ったのか? 冷静に見えて、よっぽど短気な性格してるんだな」
「━━そう。 あなた、よっぽど死にたいのね」
そう言うと、メリアはゴーレムを動かした。そして、そのゴーレムの拳が私の身体へと向けられる。余りの衝撃に「━━ぐふッ」と声を漏らした。
そして、私はメリアに向かって、こう言った。
「━━なんだ……対した事ないな……あの時のハンマーと比べたら、まだまだ弱いな」
と、挑発した口調で言うと、何やらメリアは呟き出した。
「━━そうね。 あの子も良い子だったのに…… カルナ……」
というや、今度は私に語りかけてきた。
「カルナの分まで、ちゃんと継ぐなうのよ?」
そう言うと、メリアはゴーレムを動かし更に私の身体等を殴り続けた。ゴーレムの拳の一発一発が強烈で、何度か意識が飛びそうになった。
だが、私は耐え続けた。そして、ゴーレムの攻撃が終えるや、メリアは言ってきた。
「━━そろそろ、終わりにしましょうか」
と、メリアが言うと、私は弱々しい口調でこう言った。
「━━最後に教えてくれ……どうして、この村とは関係ない者まで殺した?」
「あら? あなた知らなかったのね。 まぁ、どうせ死ぬのだから、冥土の土産にするといいわ。 それはこういう事よ━━」
と言うと、横たわっていた二つの人形の頭を踏みつけ壊し始めた。すると、中から赤と青の琥珀が出てきたのである。
そして、メリアはそのまま手に取ると、私に語り出した。
「━━これは、生命の石よ。 私はこれが欲しいが為に殺してあげたわ。 でも、ちゃんと蘇らせてあげたんだから感謝しなくちゃ。 人形としてね」
と、メリアはそう言うと「フフフ」と笑っていた。それを聞いた私は、頭を上げるや、頭から滴り落ちる血に片目を閉じながらも、メリアを見てこう言った。
「━━お前は、自分の欲の為だけに、人を殺す哀れなクズだな!」
「あなたも人を殺しているのだからお互い様よ。 それに、弱い者がいけないわ。 強者が弱者を下すのは当然だわ。 あなたにもわかるでしょ?」
「━━わからないな。 特に、お前の欲に溺れている奴の言葉なんか余計にな」
「そう……それは残念ね。 話しが伸びてしまったわね。 じゃあ早いとこ、とっとと死になさい」
そう言うと、クランが鎖に巻き付いた短剣を、翳すや動き出した。そして、メリアは最後に私に、こう言い残した。
「フフフ━━最後に、クランに殺されるのは本能でしょ?」
そして、クランがそのまま標的目掛けて、鎖を伸ばすと「グサッ」と、身体を突き抜けたのだった。




