第二十六話 曇りゆく空
「━━マスター、起きて……」
私は、クランに揺さぶられながら、ボーとさせた様子で起き上がる。すると、寝惚けていたのか、私はこう呟いた。
「んー……まだ、夜じゃん━━おやすみ……」
そう言うと、私は再び横になり、眠りに就こうとした。が、クランはそんな私を見て、少しムッとした様子をみせた。
そして、クランは私の上に跨がり出した。私は、目を瞑りながら虚ろな思考で、こう呟く。
「━━うげぇ……苦しい」
私は、急にお腹が押し潰される感覚がし、魘されるように軽くもがいていた。その様子を見たクランは、次に顔を近付けさせ、私の耳元でこう囁いた。
「起きないと、マスターにイタズラするよ」
と、何処で覚えたのか、私を誘惑する素振りをみせた。そして、クランは私の顔の位置に近付けた。
すると、私はそんなクランに対し、寝惚け次いでに両腕を上げると、そのままクランの首筋を持ち、私の方へと敢えて近付けさせた。
これには、クランも困惑気味で「━━え?」と口が漏れた。そして、私は薄目でクランを見詰めながら、軽く囁く感じで言った。
「━━いいよ。 イタズラしても……」
クランは、突然の出来事に少々、混乱した様子を浮かべていた。
訳のわからない状況のまま、私がクランと顔の位置を徐々に近付けさせにいくと、私はクランにこう言った。
「お・ま・え・は、サキュバスか!」
━━と言った直後「ガツン」と、何かとぶつかり合う音が響いたのである。それは、クランの額目掛けて、私の額と強くぶつけさせ、見事ヘッドクラッシュをお見舞いしてやったのだ。
クランは「━━アウッ」と言った様子で、フラ付き涙目になりながら手で額を押さえていた。
私は身構えていたので、ある程度耐えたがそれでも痛かった。私も若干、涙目にもなったが、これのお陰でようやく目が覚めた。
それでもまだ、若干頭がボーとしていたので、取り敢えず湖の水で顔を洗い目を覚まさせた。
矢張、起きた気がしなかった。というのも、起きてもこの世界では、朝はなくずっと夜なので、私の中の感覚がどうも合わなかった。
それに、二つの月も気になっていた。月は、赤と青に輝いているのだ。詰まりは、月を照らす何かがあるという訳である。
━━まぁ、今はこんな妄想は避ける事にした。
次に私は、この薄暗い中で周囲を見渡し始めた。どうやら、霧が発生しているようだった。すると、私は思わず「━━くしゅん」と、何とも可愛らしいくしゃみをした。
「━━あぁ……さむっ」
改めて思うと、そう言えばまだ着衣を着ていなかった事に気づく。私は、冷えた身体を擦って寒そうにし、着衣を着る為に戻る事にした。
そして、着替えが済んだところで、鎖の檻も崩し片付け始めた。クランは、相変わらずといった表情で私を見ていた。
一先ず、準備も終えたところで、次の目的地である村に向けて出る事にした。
━━私達が湖を抜ける間際、突如として私の胸に「ドクン」と鼓動する。それは、とてつもない激痛に見舞わされたのだった。
私は、クランに悟られぬように、胸に手を当てながらこう言った。
「━━すまない。 少し用を済ませるから、先で待って居てくれ……」
すると、クランは疑う事もなくコクリと頷き先へと行った。私は、行った道へと少し戻り木陰に隠れ、木に凭れかかり座り込んだ。
突然の痛みに、冷や汗を掻いていた。私の手で胸を押さえつつも、辛うじて苦しみに耐えていた。
私は、これに思い当たる点を探し始めた。あるとしたら、クランの重い魔力が原因か、あるいは私が寝ている間に何かされたかだったが、後者はクランも隣に居たので、それはなかった。
それに、クランは私にはちょっかいはかけるが、私を苦しませるような人ではないという事も十分に理解していた。
(━━となると、矢張この魔力が原因だよな……)
と、私はそう思いながらも、これを押さえる方法を考え始めた。
因みに、魔力が溜まり過ぎると逆に、身体に負荷がかかるので、ある程度は吐き出さないといけないのである。
だが、今回に限っては、昨日あれだけの魔力を使いきったので、これが原因とは考え難かったのだ。
(━━すると、原因はなんだ? クランはいつもと変わらない様子だっし、私にだけ異変が起きる事……)
と考えていると、これとは別に興味本位が湧いた。私は、今の状況は置いといて、こちらを優先した。
(もしかしたら、何か手掛かりになるかもしれない……)
そう思い私は実行した。先ず、私は右手で魔方陣を展開させた。その魔方陣は、いつも私が使っている魔方陣とは異なっていた。
そして、私は意識を集中させると、一本の鎖が飛び出してきた。そのままの勢いで、鎖が木に突き刺さったのである。
よく見ると、その鎖にはクランがいつも使っていた短剣の片割れのカストルが巻かれていたのだった。
(━━あぁ、やっぱりこういう事も出来るんだな……)
私は、何故かこんな状況下の中、とある実験感覚で検証していた。
(これだったら、前もって自分からやれば、クランとあんな事には、ならなかったのか……)
と、ため息混じりに思った。すると、今度は突然後ろの方からガサガサという音がした。
私は、その音に気付き警戒させ身構えた。だが、今の私の状況では敵が現れても、対処出来るかどうか危うかった。
(━━さぁ、どう来る……)
と、私はフラフラな状況で立ち上がり、冷や汗を足らした。その次の瞬間、そのガサガサと音を鳴らした者が姿を現した。
そして、私は息を飲んだ。よく見ると、その正体がクランだったのだ。
私は「えっ!?」と口が漏れた。それから、私は少し気が抜けたのか、その場に座り込んだ。
クランは私の元へ来るなり、心配そうに私を見詰めていた。私は、そんなクランを見て、こう質問した。
「━━どうして、わかったんだ?」
「私の魔力を使われたのが感じた」
私は、すっかり忘れていた。クランの魔力が使えるという事は、即ちクランの方へと事前に伝達されるのだった。
その後、私はこう呟いた。
「全く━━先に行って待ってくれと言ったのに、私の言う事を聞かないとは……」
それとは裏腹に何処か嬉しそうな気持ちにもなっていた。それから、クランは肩を貸し、一緒に出る事となった。
━━それから暫くして、私の身体の異変も収まり、何事もなかったように痛みも消えていた。
結局、原因もわからず仕舞いで終わったので、何とも言えない気分だった。
そして、私達は次の村に向かっていった。
◇◆◇◆◇
━━ようやく、村に着くとクランの様子も一変していた。まるで、別人のような振る舞いで、私にこう言ったのである。
「マスター。 私の村へようこそ。 此処が、私の生まれた場所だよ」
その姿は、陽気な女の子で、瞳にはハイライトが浮かび上がり、とっても笑顔な表情を見せていた。
私は、クランに手を引かれそのまま、村の中へと入っていったのだった。




