第二十二話 鎖のシザーズ=エッジ
━━次の瞬間、この空間が一瞬にして光に包まれた。そして、私の心臓が微かに鼓動し出したのである。更に、心臓が動いた事により、僅かながらも小さく呼吸をし始めた。すると、私の右指もピクリと動き出す。
それから、私の意識が戻り始めると、恐る恐る瞼を開いた。先ず始めに、目に飛び込んできた光景が、洞窟の天井である。これには、以前にも見たような光景だった。
━━すると、私の思考ではこんな事を思い始めた。
(確か━━次は、隣にクランが座って居るんだったな……)
そんな偶然な事はないだろうなと、軽い気持ちに成りつつも、矢張気になりはしたので、重くなった首を少し無理をして動かした。
そして、私は目を疑った。なんと、まさか本当にクランが私の隣に座っていたのだ。私は一瞬「ドキッ」と心臓が高鳴った。
よく見ると、疲れたのか座ったまま眠っている。それから、クランが泣きじゃくったであろう、涙の跡もあった。更には、クランの頬に血糊も付いていた。
(━━やっぱり、泣いてたんだな……)
そう思いながらも、私は右腕をクランの顔に近付けさせ、頬に付いていた血糊を脱ぐってあげた。すると、クランがそれに気づいたかのように、目を覚ました。そして、私とクランの目が合う。
━━私は、思わずクランにこう言ってしまった。
「おはよう」
それは、何とも言えない言葉だった。まさか、最初に出た言葉がこれだからである。他にも、言う事がいくらでもあったはずなのに、何故か私は自然と口が出ていたのだ。
そして、クランが私の言葉を聞いた途端、クランの目が見開き、これは夢なんじゃないかと疑いも見せるも、矢張私が生きていたという実感が勝ってか、目には涙を浮かべていた。
すると、クランもまた私のこう言った。
「━━おはよう」
その後、嬉しさの余りか、私を抱き締めた。次の瞬間、クランは今まで私には、見せた事もなかった感情を私に見せた。
「うわーーん、うわーーん」
いつもは無表情で無愛想なクランも、こればかりは一人の女の子として、ただただ泣きじゃくっていた。
そして私は、身体を起こしクランを軽く抱き締め慰めた。起こす際、身体は少し痛むだけで、後は何ともなかった。どうやら、私の回りには、まだ魔方陣が展開されていたようだ。
この回復魔法のお陰もあって、随分とボロボロだった身体も治りつつあった。
━━だが、これで終わりではなかったのだ。肝心の私を倒した、あの人物の存在である。私は周囲を見渡し、あの人物がどうなったのか確認し始めた。
そして、私は目の当たりにする。このフロアの中心付近に、その人物らしき者が倒れ込んでいたのだ。よく見ると、回りには血が床一面に、散らばり広がっていた。
が、これだけでは終わらなかった。なんと、その人物の両腕が切断されていたのだ。更には、あろう事に首も切断され、その首は私の短剣である、シザーズ=エッジの片割れのカストルが、頭を貫かれて見事に地面に突き刺さっていたのである。もう片方のポルックスは、背中に突き刺さっていた。
よっぽど、クランの怒りに触れたのだろう。余りにも、酷い死に様だった。でも、逆にあれをクランが殺ったと思うと、少しやり過ぎでもあった。
そんな人の事を言える立場ではないのも百も承知だったが、クランはまだ子供なのだ。
まぁ、こんな事を考えていても仕方ないので、今後の事は追々考える事にした。
━━それから、暫くしてクランの涙も引いてきていた。そして、クランは私が何が言いたいのかを、知っていたかのように語り始めた。
◇◆◇◆◇
━━クランの袖から出した鎖と、その人物が所持している大きなハンマーと強くぶつかり合い衝突した。それは、凄まじく火花が走り、お互いに引かない状況だった。
すると、クランは地面からも鎖を出してきた。これには、敵も予測不可能といった感じで、その鎖に衝突し吹き飛ばされた。
「━━いってぇなぁ」
その敵は、吹き飛ばされるも、何とか体勢を立て直してからクランに向けて言っていた。その敵の目付きも、豹変しており確実にクランを殺す目付きだった。
そして、その敵はまたクランに向かって襲いかかってきた。明らかに、今までの戦闘スタイルが変わっていた。何やら、ハンマーの先端に魔方陣が浮かび上がっていた。
━━次の瞬間、クランを襲うのかと思いきや、敵の掛け声と共に、地面目掛けてハンマーを叩き突けたのである。
「【岩石の大槌】!!」
すると、地面を叩き突けた際に生じた、石や岩が飛び散り、それがクランに襲いかかってきた。
クランは、素早く鎖を引き、襲いかかる石や岩をその鎖に受け流した。
敵は「━━ッ」とさせた様子で、またハンマーを構え出す。今度は、クランが前に出て、敵のところまで接近した。そして、それは一瞬の出来事だった。
「スパーン」と何かが切られた音響き渡った。敵も何が起きたのかわからない様子だった。その後、何やら「ボトッ」と落ちる音がしたのである。
「━━え?」と思わず、口が溢れる。すると、ようやく理解したのだ。接近してきたあの一瞬で、鎖に巻き付けられたシザーズ=エッジが、振り下ろされ敵の両腕が切り落とされたのだった。
「━━あがああああああああ」
その後、とてつもない激痛に見舞わされたのであろう。その敵が地面に倒れ込み、苦しむ声が響き渡る。それを横目に、クランは覚めきった目で、こう呟いた。
「マスターも苦しんだんだよ。 それだけ痛かったんだよ。 ねぇ?━━何とか言ってよ」
すると、クランは右腕を上げると、鎖に巻き付いたシザーズ=エッジのカストルが持ち上がり、そのままクランが手に取り握り締めた。そして、倒れ込んでいる敵の元へと歩き出した。
それからクランは、敵の元に着くや、鎖でその敵の体勢を仰向けに返したのである。そして、クランが右手に持っている短剣を、その敵のお腹に「グサリ」と一突き刺したのだ。
「━━あああああああああ」
すると、その敵は痛みを感じ、思わず叫び声を発した。だが、これだけで終わりではなかった。その後、クランが突き刺した短剣を引き抜いたのだ。
そこから滲み出る血と、悲鳴を上げる敵の声、クランはそんな事はお構い無しに、また「グサリ」とお腹を刺した。
これを、何度も何度も刺しては抜いてを繰り返した。これは一方的な拷問だった。両腕を切断され身動きの取れない状況で、短剣で腸を刺し続けていた。
そして、その敵は弱々しい口調で、こうクランに言ってきた。
「わかった……私が、悪かった……だから、もう止めて……」
それは、命乞いだった。あれだけ大きな口を叩いていた、その敵がまさかの命乞いをしてきたのである。余りにも、激痛が走って耐えきれなかったのだろう。涙を流しながら、クランに命乞いをしていた。
しかし、クランは助ける気も微塵もなかった。クランは、聞く耳を持たずひたすらに刺し続けた。
すると、それを皮肉に思ったのか、その敵はクランを睨みつけながらこう言った。
「━━この……悪魔めぇ!」
そう今クランがやっている事は、まさに悪魔的な事だった。殺すなら早く殺せばいいものを、長時間かけていたぶっていたのだ。
そして、クランはその言葉を聞いた途端「ピタリ」と刺すのを止めた。
この言葉が効いたのか、ようやく激痛から解放された様子を見せた。だが、その敵もこれだけ血を流していれば、時期に死ぬ事は間違えないだろう。けど、それよりも刺した時に感じる痛みの方が苦痛だったのだろう。
すると、今度はクランが鎖を使って、その敵を俯せにさせた。そして、左袖から伸びた鎖を縮めると、鎖で巻き付いたもう片方の短剣、ポルックスを左手に取った。
クランはその左右の短剣をクロスさせ、その敵の首筋に近付けさせたのである。そして、次の瞬間「シャキン」と、まるで鋏でモノを切る音が響き渡った。
すると、それは切り落とされ「ポトン」と何かが転げ落ちた。
そこから、もの凄い勢いで、血飛沫が上がった。そして、クランの頬にもその血が付着したのだった。
最後に、クランは頭目掛けてカストルを突き刺した。その後、ポルックスで背中を突き刺したのであった。
━━倒し終えた後、クランは思っていた以上に、自分の身体が軽いと実感していた。それは、マスターの敵を倒したからか、わからなかった。
今のクランは、マスターと繋がったお陰もあり、魔力暴走も起きなかった。それまでは、術式でクランの魔力はある程度制限されていた。
そして、クランは胸に手を当て、マスターの流れてくる魔力を感じていた。
(━━微かに、マスターの魔力を感じる。マスターはまだ死んでいない)
とクランは、自分に暗示をかけるかのように、きっとまた会えると希望を信じて、マスターの隣に座り見守り続けた。




