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このトイレのない世界で 1  作者: 山村 草
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07.悪巧み、少女


「それじゃ、行ってくるな」

「はーい。お仕事ご苦労さまでーす。お土産よろしくね」

「お土産って言っても陸クラゲの足くらいしか持ってこれないぞ」

 陸クラゲの身からは良質な水を取ることが出来る上にその出涸らしは良い干物になる。この干物を煮出すとこれまた美味い出汁が出る。また塩を振って焼いた物も中々の珍味である。酒飲みでなくともおやつ感覚で食べる事の出来る優等生だ。しかもノンカロリーと来ている。私も好きなこの陸クラゲの料理はカバシシと並ぶビフィド地方の食文化の一つである。清治もこれが気に入っているのかクラゲ採りの仕事の後にはその足を持ち帰り干物を作ったり焼いて食べたりしている。

「お、いーね。今日は腹いっぱい食べられる」

「すっかりダイエット食品感覚だな」

「美味い上に太らない。まったく素晴らしい生き物がいたものだ」

「ならエアリィのためにも頑張ってきますかね」

「おー、頑張ってー」

 そんなやり取りをして清治を送り出して私は屋敷の中に入る。ダイニングに入るとイーレ、ティレット、洋子さんの三人がお茶を飲みながら私を待っていた。

「さて、それでは作戦会議を始める」

 三人を目の前に私はそう切り出した。


「そもそもの発端はこの手記なの」

 私は二人の前に戦士の手記を置く。

「何か凄い事が書いてあるの?」

「いや、この世界の人には役に立たない事しか書いてないよ。役立てる事が出来るとしたら清治くらいかな」

「その手記がどうかしたのか?」

「まずこれを書いた人について説明するね。洋子さんお願い」

「はい。この手記を遺した人物は御手洗保たもつ、四十五歳、みなさんと同じように異世界から来られそして戦士となり魔王軍との戦争で活躍された方です」

「戦士か」

 私は異世界人の戦士にあった事はない。だからどういう力を持っているとかどういう生活をしているかとか聞いている範囲でしか分からない。

「イーレはこの人の事、聞いたことある?」

「いや、ない」

「私もないわね」

「二人は戦場にいたんでしょ?」

「いたと言ってもここに来てすぐの事だし、だいたい訳も分からず戦場に連れて行かれて何事かと。イーレもそうでしょ?」

「ああ。ただ周りに流されるままだったな」

 ある日突然異世界に来たと思ったらあなたは賢者です、魔法使いですと言われて仕事をさせられるわけである。全くひどい世界だ。

「でも、一年前の大敗北の話は知ってるよね?」

「うん。それは聞いてる。私達が連れて行かれる直前の話だって聞いたけど」

「この御手洗さんはその時に亡くなってるの」

「ちょっと待ってくれ。戦士なら強いんだろう?そんなに簡単に死んでしまう物なのか?」

「この御手洗氏の実力は破格の物です。彼はその実力を買われてヴァースィキ隊と言う強者揃いの部隊に配属され多くの戦果を上げています。年齢こそ四十五歳ですがここ近年を見ても力は衰えていません。むしろ増してすらいます」

 この隊はいつも激戦の最中に投入されそして戦果を上げて来たのだと言う。やはり異世界人扱いの悪い世界だ。

「ならどうしてその戦士は死んでしまったんだ?」

「そう、私もそこに引っかかったんだよね。だから洋子さんに色々調べて貰ってたんだ」


「この前のさ、盗賊団の襲撃って何が狙いだったと思う?」

「盗賊なんだからお金とか貴重品とかだろう?」

「そうだね。でもそれなら盗賊『団』である必要がない」

 そもそもこの街を襲って強奪しようと思ったらそれこそ軍隊くらいの規模はいる。そんな勢力はなかったのだが。

「つまり徒党を組む理由があったという事ね」

「そう。例えばキャラバン隊を襲ったりとか、ほら、ここってたまに宝石展とか物産展とかあるじゃない?そういう一団を狙うんなら他の盗賊達と組んで襲うのは、まぁ分かる話だよね。でもさ、あの時ってそんな理由はなかったんだ。キャラバン祭りも終わった後だったしね」

 宝石展には行った事があるがこの世界の照明は私のいた世界と比べれば実に貧相でその宝石展も例外ではなかった。でも暗がりで宝石だけを明るく照らす光景は中々雰囲気があって好きだった。物産展は土産物や地方の名産品を紹介するような物で清治曰くこれはこれで面白いのだという。

「ならどうして盗賊団だったんだ?理由はないんだろう?」

「イーレ達は東方遠征軍の野営跡を見つけたって言ってたよね?」

「うん」

「ティレットは捕らえた盗賊が嵌められたって言ってたの聞いたんだよね?」

「ええ。その二つに関係があるの?」

「これもね洋子さんに調べて貰ったんだ」

「前回の襲撃はおそらくこの街の防衛力の調査が目的です。盗賊達はその多くが金品で雇われた者達でした。何かを盗るのではなくただ街を襲うのが目的でした」

「なら野営跡はなんなんだ?」

「野営跡には東方遠征軍の特徴がありました。つまり彼らはそこにいたと言う事です。当然こんな所に彼らがいる理由はありません」

「でもね、東方遠征軍が盗賊団が街を襲う様子を見ていた、という事ならなんか分かる気がしない?」

「だから再襲撃に備えてのこの街の戦力調査をしていたというわけね」

「東方遠征軍がこの街を襲おうとしてるという事なのか?目的はなんなんだ?」

「それがこの手記ってわけ」

「なんでだ?役には立たないんだろう?」

「そうなんだよね。この手記を手に入れたところで得する人間は誰もいない。ただ一人を除いては」

 あ、いや、清治もいるか。

「それは誰なんだ?」

「ポール・バレンティヌス将軍です」


「イーレはアル・キャリー侯爵の軍でティレットはサン・セイ軍だったよね?」

 サン・セイ軍は気性が荒くその行動も粗野なのだと言う。だが勢いだけなら激しく数々の戦果を挙げている。アル・キャリー軍は反対に思慮深く穏やかだと言う。戦場では勢いこそないが敵の弱点のみを徹底的に攻め立てる戦法を得意としてやはり多くの戦果を挙げている。この両者は対立し互いに功を競い合っているのだという。

「ポール将軍はもう一つの軍、チュウ・セイ侯爵の軍の将軍でした」

 チュウ・セイ軍はサン・セイ軍とアル・キャリー軍の丁度中間のような性格をしているのだという。だからこそ長年軍団長の地位を守っていたのである。

「このチュウ・セイ侯爵は一年前の大敗北の時軍団長だった人ね。それでその敗北の責任をとってその地位を辞任してるの。その後で二人のいたサン・セイ軍とアル・キャリー軍が前線を押し戻した」

「ああ、それでみんなムキになってたのね」

 チュウ・セイ侯爵の辞任後軍団長の地位を争って両軍は激しい攻勢に出たのだと言う。そして一度大きく後退してしまった前線を瞬く間に取り戻した。

「あれは結局二人の力のおかげだったんだよね?」

 でもそれは二人の魔法使いの手柄だったと当時を知るものは言う。その魔法使いこそイーレとティレットなのである。

「うん。でもその後で兵士の士気が下がるとかで追い出されたんだけどね」

「そりゃまあ一発の魔法で戦場をひっくり返したんなら仕方がないよね」

「それでそのポール将軍がどうしたの?」

「一年前の大敗北は公には魔王軍の前代未聞の大攻勢によるものだとされています」

「公って事は裏の事情があるって事?」

「そう。で、このポール将軍はその大敗北のきっかけ作ってしまったんじゃないかな。もっとも今の所それは誰にも分からないんだけど」

 例えばこの戦士のいたヴァースィキ隊を単独で先行させたりとか。それなら屈強な部隊が全滅した事も頷ける。

「それでこの手記に真相が書かれている、そう誤解したポール将軍が真相が露見することを恐れて奪おうとしているということ?」

「そうだね。まぁ、実際の所は捕まえて聞いてみないと分からないけどね」

「でもそれは憶測に過ぎないじゃない?どうしてポール将軍だって断定できるの?」

「はい。実はポール将軍はすでにこの街に来ています。北の宿屋、その最上階にある最高級室に泊まっている客がそうです。もちろん偽名は使ってますが間違いありません」

 その部屋は一晩十万イェンする所謂スウィートルームと言う奴だ。この世界ではそんな言い回しはしないが。それにしても全く良い身分である。

「それに彼の部下もこの街に来てて毎夜予行演習らしき事もしてるの」

 これは自警団や警備隊の張り込みによって調査済みだ。ご丁寧に毎日同じ時間に行動し私達の住むこの家までのルートを探っているのだと言う。

「戦場からの情報でもポール将軍とその直属の部隊が居なくなっている事も分かっています。戦場からの時間的距離と宿泊日数も符合します」

「そこまで分かっているなら今すぐ止めれば良いじゃないか」

「はい。イーレさんの仰る通りです」

「ならなんでしないんだ?」

 実は洋子さんからは何度も今のうちに手を下せと忠告されている。万が一にも私が被害を受けるなんて事にならないようにとそう言ってくれているのだ。

「私達がここにいる理由はなんだい?」

「それはセイジがトイレを作るって言うから」

「そう。私達はトイレのある生活のためにこうして一緒に暮らしてる。もちろん誰にも邪魔されたくない」

「エアリィ様はこの件を今後の外敵に対する抑止力として活用なさるおつもりです」

「なるほど。私達に手を出したらどういう事になるか分からせようという事ね」

「そ。で、相手が東方遠征軍ともなれば丁度いいってわけ。軍人すら退けるんなら余程腕の立つ奴でもない限り襲おうなんて思わない」

「そういう事か」

「それで二人にはこの街を、この家と完成間近となったトイレを守るために力を貸して貰おうというわけ」

 二人は静かに首を縦に振る。


「イーレさんにはこの街を襲う陽動隊の相手を、ティレットさんは私とともに本隊の相手をしていただきます」

「その陽動隊に魔法使いがいると言うのは本当か?」

「ええ。ポール将軍は旗下の魔法使い部隊も呼び寄せています。時期的には前回の盗賊団騒ぎのすぐ後ですね」

「先手を打って倒してしまうわけには行かないの?」

「それも考えましたこの街の付近にはそのような身なりをしている人間はいませんでした。旅人や商人に偽装されていては手の打ちようがございません。検問出来るほどの人員もいませんし」

 怪しい奴を片っ端から片付ける事も出来るがそれじゃあどっちが盗賊なのか分からない。

「多分この人達は盗賊団を装って来るだろうね。実際雇われてる人もいるみたいだし」

 すでに人を集めていると言う話も聞いている。規模的にはおそらく前回の倍はあるだろう。

「では私はその魔法部隊をなんとかすれば良いんだな?」

「ええ。この街の自警団と一緒に街を守ってください」

「自警団なら私じゃないの?イーレは街道警備隊なんでしょ?」

 ティレットの疑問ももっともだ。元々イーレが街道警備隊としてティレットが自警団として働いているのである。

「それには理由があるんだ」

「はい。ティレットさん、少々失礼致します」

 洋子さんはそう言うや否やナイフを手にティレットに襲いかかる。イーレは勿論事前に聞いていた私ですらその動きを把握する事は出来なかった。

「…何するのよ、危ないわね」

 突然の奇襲にも関わらずティレットは腰に携えていたフルーレと呼ばれる先の細い剣で洋子さんのその一撃を受け止めていた。

「これがその理由です。ティレットさんにはその高い身体能力を活かした仕事をしていただくことになります」

「それで私にA(仮)の力の練習をさせてたのね」

「左様でございます。あなたの身体能力とその力があれば私以上の戦力になるでしょう」

 洋子さんは何事もなかったかのように私の側に立つ。

「もう一つ理由がございます。ティレットさん、その服は元の世界の物ですか?」

「ええ、そうよ」

「ティレットはここに来て一年経つんだよね?その間毎日着てたの?」

「そうよ」

「にも関わらず一切傷んだ様子がありません。その服は下手な甲冑よりも余程丈夫なのではありませんか?」

 さらに洗濯もしなくて良いのである。見た目はともかく興味をそそられる逸品だ。

「ええ、その通りよ。よく気付いたわね」

 洋子さんはウロボロスの前で二人が始めた大喧嘩の最中にその戦闘能力の高さとその服の丈夫さに気付いたのだと言う。それを話すとティレットとイーレの二人は

「もう、その事は」

「そっとしておいて欲しい…」

と恥ずかしそうにする。二人にとってあの喧嘩は大人気ない事をしたと猛省するものであったようだ。

「というわけでティレットは洋子さんと敵の本隊を追って欲しいの」

「分かったわ。でも追い掛けてどうするの?」

「基本的には敵の戦力を削ぐのが目的です」

「本隊はどこへ向かうんだ?」

「ここよ」

「ここってこの家か?」

「そう。ポール将軍を私の前に引き出して欲しいの」

 私がそう言うとイーレとティレットの二人は呆気に取られている。

「ちょっと待って、ポール将軍が自ら出てくるの?」

「はい。例の夜間の不審な集団ですがそこにはポール将軍もいました」

「中々面倒臭い性格の人みたいね」

「私は盗賊団の相手、ティレットと洋子さんが本隊を相手にするならエアリィ一人でその将軍の相手をするのか?」

「ここは私も再三ご再考願っているのですが」

「大丈夫だよ。手はある」

 と言っても手を打つのはこれからの事である。

「それで時間はいつ?」

 ティレットだ。そう言えばまだ肝心な事を話してなかった。

「九時だよ」

「どうして言い切れるんだ?」

「ティレット、この街で酒場とか飲み屋が閉まるのは何時?」

「へ?えーっと、十時?」

「九時だぞ。エアリィ、黒魔術師に聞いたっていつも酔ってるから何時なんて覚えてないだろう」

「あ。それもそうね」

「もう、何よ二人して」

「ごめんごめん。で九時って飲み終わった客がぞろぞろと帰り始める時間でしょ?となると街にはそんな人がいっぱい歩いているわけ」

「そして外からの陽動で街の人達の気を引けば移動する集団がいても目に入りにくい状況が作れます」

「そして何よりこの予行演習は毎晩決まって九時に始まるの。時間まで決めてやってるのは几帳面と言うかなんと言うか。だから時間が分かったってわけ」

 二人はなるほどと言った顔をしていた。


「セイジはどうするの?」

「別にどうもしないよ。部屋で大人しく寝ててくれればそれでいい」

 勇者という単語はかつての日本では、それこそ清治の生きていた時代ではヒーローと同じような意味を持っていたらしい。悪から人々を守る戦士、それが勇者。だが清治にはとてもそんな事は出来そうにもない。勇者なのに。

「ご心配には及びません。明日の朝までぐっすりとお休み頂けるよう眠り薬も用意いたしました」

「そこまでするの?」

「いや、下手に首突っ込んできて人質にでもなられたら面倒だしね。この件ではまず役に立たないし」

「酷い言われようだな」

「セイジの扱いって一体…」

 清治は私達のためにトイレを作るという重要な任務がある。その任務の前には他の事など些事に等しい。

 壁にかけた時計が時を報せる鐘を鳴らす。時刻は朝の九時になろうとしていた。襲撃まであと十二時間だ。

「と、まぁ、そんなわけで今日はよろしくね」

 私は気を取り直してそう言った。イーレとティレットの二人は黙って頷いた。



 話を終えて私達はその後、事が起こるまでの間の時間を自由に過ごしていた。ティレットは洋子さんとちょっと気になる事があると訓練をしている。イーレは晩飯の用意をと買い物に出掛けた。私は今日は特に仕事する気にならなかったので自室でのんびりしていた。そんな時に客が訪ねてきた。

「エアリィさん、本当に大丈夫なんでしょうか?」

 ビフィスは自由都市だ。一応、王都フドウに住む王が統治する王国の一部ではあるのだが政治的にも経済的にも自立していて王の存在感は希薄である。なのでこの街の行政の長は市民の投票によって決められた市長である。今回の襲撃の件はこの市長と自警団の団長、それから街道警備隊の隊長にしか伝えていない。住人に騒がれると妙なイレギュラーが発生しないとも限らないのであえて伝えないようにしてあるのだ。だが市長は心配してこうして私の元を訪ねてきたというわけだ。

「はい。大丈夫ですよ。私達にお任せください」

「はぁ、いくら異世界人の方とは言え軍隊を相手にするなんて、本当に大丈夫なんですか?」

「急に押し掛けてすまんな、嬢ちゃん。コイツがどうしても聞きに行くって煩くってな」

 そう言ったのは自警団の団長である。

「我々も言い聞かせたのだがな、どうにも不安でたまらぬらしい」

 今度は街道警備隊の隊長だ。

「あなた達は良いですよ!目の前で異世界人の凄さを目の当たりにしてるんですから!私は聞いたことしかないのでもう不安で不安で。大体異世界人の能力なんて誰かが盛って尾ひれはひれが付いてるんでしょ?」

「んなこと言われてもなぁ。どうする?隊長」

「まさか街中で魔法を披露して頂くわけにもいくまいよ、団長」

 隊長と団長は二人で悩んでいる。自警団と警備隊は仲が悪いと聞いていたので二人が並んで話してるのは少し意外だった。

「異世界人の力が見れれば良いんですか?」

「御意」

「いや、無理して貰うこともないぜ。この腰抜けが黙ってれば良いんだから」

「腰抜けって言いますけどね!私には市長としてこの街の人々を守る責任があるんですよ!これで誰かが怪我したり死んだりしたらと思うと胃が…」

 責任感は人一倍あるらしい。

「うーん、力が見たいだけなら裏庭に行けば見てもらえるかと」

 裏庭には洋子さんとティレットがいる。ティレットはA(仮)の力の省力化の練習。洋子さんはその力を有効に活用するためのアドバイザー兼格闘戦の練習相手。二人の練習風景でも見せれば市長さんも納得してくれるんじゃないかと思って連れて行く事にする。

「おーい、二人ともー。ちょっといい?」

 私が三人を裏庭に連れて行くとティレットは剣を振るいながらA(仮)の力を使う練習をしていた。洋子さんが相手になっての実戦形式の訓練だった。そしてこちらに気付いていないのかティレットが打ち出した小さな火球の一つがこちらに飛んでくる。そして市長の顔を横を通りその後ろにあった木に当たる。当たった所は大きく抉れている。

「あ」

 それに気付くティレット。

「エアリィ様、どうかなさいましたか?」

 洋子さんは私が来てすぐにこちらに気付いて模擬戦の手を止める。

「あわ、わわわわわ」

 火球に驚き腰を抜かしている市長。

「ったくしょうがねえな」

「しっかりせぬか」

 後から聞いた話だがこの三人は小さい頃からの幼馴染で今も仲がいいとの事。

「あー、集中してるとこごめんねー。この人が異世界人の力を見たいって言うんだけど」

「これ?」

 ティレットはフルーレの先に火球を作り近くの木に放つ。火球は木の細い枝の根元に当たりその枝を折る。だいぶコントロール出来るようになったようだ。

「おー、器用だな」

「あ、団長さん。久しぶりね」

「おう!うちのが迷惑掛けてないか?」

「いいえ、そんな事ないわ」

 ちなみに普段ティレットが接している自警団の中の偉い人はこの団長の息子なのだという。

「そりゃ良かった。おい。ほら異世界人凄いだろ」

「今のは枝を折っただけじゃないですか!あんなので軍隊を相手にするなんて」

「全く面倒な爺よのう」

 隊長は言う。

「あなただって歳は同じでしょう!私はもう心配で心配で」

「この人は何を言ってるの?」

「おそらく今夜の事で不安なのでしょう」

 ティレットは首を傾げている。

「うーん。まさかここで魔法大戦やらせるわけに行かないしなぁ」

 不安そうな市長に手を焼く団長と隊長、わけが分からない私達。

「みんなでどうしたんだ?」

 そしてイーレがいいタイミング帰ってくる。

「あ、おかえりー」

「ただいま。その人は?」

「市長さんと団長さんと」

「これはイーレ殿、ご無沙汰しておる」

「ああ、隊長さんではないか」

「いつも桂花が世話になってる」

「いや、世話になってるのはこちらの方だ」

 ちなみに桂花さんはこの隊長さんの孫だ。と言っても隊長さんの子供は養子らしく桂花さんはその養子の子供という事で当然似てない。髪の色からして違う。だが桂花さんはお祖父ちゃんっ子だったらしくその言動は瓜二つだ。

「今日は忙しい所をすまぬな」

「いや、それでその人は一体」

「あなたが街を守る魔法使いですか⁉本当に大丈夫なんでしょうね⁉」

「これはどういう事か説明してくれ」

「今夜の事が不安なんだって」

「あなたが街を守れる事を証明してください!」

 市長に取りすがられて困惑するイーレ。そして後ずさった拍子に買い込んだ食料の詰まった紙袋から何かが落ちる。

「あ、葛種が」

 葛種かずらだねと言うのは胡椒によく似た香辛料である。胡椒のように粉末にして用いる。清治に言わせれば胡椒よりも辛いと言うが私には特に違いが分からなかった。そしてその粉末を包んだ紙は落ちてその粉が宙を舞う。そして

「へっ!」

イーレの鼻に

「クシュッ!」

入った。

 その瞬間つむじ風が巻き起こる。強風によって一瞬で私達の髪はボサボサになる。

「ちょっと、イーレ。今の精霊の力なの?ちゃんとコントロールしなさいよ」

「すまん。ところでコントロールってなんだ?」

 人の身では決して起こせない強風を目の前にして驚き腰を抜かす市長。団長と隊長はこれは凄いと笑っている。

「二人の力はご理解してもらえました?」

 私は市長に言う。

「あ、ああ。でもそれだけじゃまだ不安だ。本当に計画は上手くいくのか?」

 市長と団長と隊長にはすでに話はしてあるそれでも市長はまだ納得出来てないようだった。

「分かりました。今から説明致します」

 あとは私の仕事だ、と思い私はイーレとティレットにしたように一から話をする事にした。

 結局二時間かけて説明してようやく市長は納得して帰って行った。時刻は三時を過ぎていた。

「なんか疲れた」

 そうして私はしばらく昼寝をする事にした。あと数時間後の騒動に備えて。

 


 洋子さんの呼ぶ声で目を覚ますと時刻は五時を回っていた。

「エアリィ様、お休みのところすみません。お客様がお見えになりました」

「うん、あの人?」

「はい。客間でお待ち頂いております」

「分かった。顔洗ってから行くね」

「はい、お願いします」

 私はまだ寝ぼけた頭をスッキリさせようと手洗い場に向かう。本来この地方では水道は外にある。水道と言ってもビフィド山から流れる豊富な水をただ水路を作り流しているだけの簡単な物だ。それがこの屋敷では屋内にある。さすが賢者のための屋敷だと感心する。

 冷たい水で顔を洗いながら私はさっき見ていた夢を思い出す。夢とは言っても過去に起きたことを追想するかのような物だった。

 巨大な黒い蛇。

 衝突する力と力。

 地を這う衝撃。

 それはあの時の事だった。


「えっ⁉なに!何⁉何が起こったの⁉」

 その大蛇はその巨躯に似合わない口調でしゃべり出した。

「なに、なになに!何がどうしてどうなった!」

 大蛇の目を覚まさせたのはイーレとティレットの力がぶつかりあって生まれた天地を揺るがすような轟音だった。

「あのー!」

 それでも負けじと声を張り上げて清治は呼びかける。

「へっ⁉なんぞ⁉」

 声の主に気付いた大蛇はその電車のような太さを持つ頭の鼻先を清治に向ける。

「あのー、すみません!こんな事になっちゃって!」

「え?あ、うん。うん?」

 側ではイーレとティレットがお互いの力をぶつけ合って戦っている。

「あのー!僕は川谷清治って言います!色々あってここに来たんですけど!」

「あ、そんなに声張り上げなくても聞こえてるから大丈夫」

「へ?そうです?」

「うん、そのくらいでも大丈夫」

 大蛇はその凶悪な見た目に反してえらく物腰の柔らかい感じだった。

「ところでこの状況を教えてほしいんだけど」

「あー、そのですね。僕らここの街道が使えなくなって困ってるって聞いて来たんですけど」

「ふむ」

「そしたらあなたがいましてね。どうしようかって話になりまして」

「うん。あ、ここなんて世界?」

「ティレナイって言うらしいです」

「え、そんなとこに来ちゃってたの?ごめんごめん。すぐ出てくわ」

「へ?」

「むかーし、昔に色々あってさ。あんま寄り付かないようにしてたんだけど知り合いのヨルムンと世界間レースしてたらつい夢中になっちゃってさ、なんか疲れてここに来てたみたいね。あ、ちなみに俺の名前はウロボロスね」

「はあ。ヨルムンってヨルムンガンド?」

「そうそう、よく知ってるね」

「で、あなたがウロボロス?」

「そうそう。聞いたことある?」

「いや、なんか漫画とかゲームで聞いただけなんですけど」

「あ、ひょっとして異世界人?」

「そうですけど」

「やっぱり。ゲームとか漫画とかいいよね」

「はぁ」

「どした?」

「いや、なんか拍子抜けしてるんです」

 私は二人のやり取りを呆気に取られて見ている。

「そう?あ、敬語やめて。くすぐったい。もっとフランクに行こうよ♪」

「あ、うん」

「そうそう」

「ところでなんで日本語通じてんの?」

「なんでって君らが僕らの真似してるだけじゃん?もう忘れちゃった?たかだか三千年くらいの話なのに」

「へ?」

「あ、待てよ。ひょっとして、ああ、うん。面倒くさいことあったもんね。君らんとこ」

 フランクに話す大蛇。本気でわけが分からない。

「ま、いいや。で、なんで精霊使いとA(仮)の使い手が喧嘩してるの?」

「え?あ、ああ。実はあんたを見てどうするかって話してて、あっちの金髪の方がティレットって言うんだけどあんたを消し飛ばすって言ったんだ。で今そのティレットと戦ってる銀髪の方、イーレって言うんだけど、彼女が怒ってね。それで喧嘩を始めちゃったんだ」

「イーレたん!頑張れえええええ!A(仮)の使い手なんかに負けるなああああああ!」

 ウロボロスと名乗った大蛇の言動は色んな意味で計り知れない。

「ひょっとして二人の使ってる力のことなんか知ってる?」

「うん。なんだかあの組み合わせは懐かしいねぇ。しっかしA(仮)使いはホント不遜なやつらだなぁ。前見たヤツもいけ好かないヤツだったよ。あの金髪の娘は可愛いし美人だからまだマシだよ、うん」

「あの、昔にもこんな事あったんですか?」

 私はウロボロスの見た目と言動のギャップに戸惑いながらも声を掛けてみる。

「ん?君は…」

「あ、私エアリィって言います」

「可愛いね!イイ!」

「は?」

 やっぱりこの蛇よく分かんない…。

「で、どした?」

「あの、その前の事なんですけ…」

 私が言い終わる前にイーレが放ったのかティレットが放ったのか分からない火球がこちらに向かってきた。

「エアリィ様!」

 とっさに洋子さんが庇ってくれる。

「ったく危ないなぁ。もう周り全然見えてないよ、あの二人」

 その火球はウロボロスの胴体によって遮られた。

「全く俺が守らなければ即死だったよ」

「あ、ありがとう!」

「うへぇ、女の子のありがとうってたまらん♪」

 私が礼を言うとウロボロスは妙な反応をする。

「あの二人止めてもらえないか?」

「そりゃ無理だわ」

「へ?」

「言っとくけどあれが直撃したら俺だって痛いんだからな!もう三百年くらいはぐぬぬってなる」

「三百年?」

「よく分からない?君らで言ったら指先の笹向けが半年間くらい治らないようなもんだ」

「軽いじゃん!」

「三百年だよ?しんどいよ」

 強いのか弱いのかよく分からない。

「とにかくこのまま見守るしかないよ。もう少ししたら電池切れ起こして収まるから」

「ちなみにAの力であなたを倒す事は出来るの?」 

「AじゃなくてA(仮)ね。出来るよ一応。あの娘の全力ならね。まぁ千年くらいかければ復活するけどね!」

 人間には想像も付かない長い年月を生きているのは分かった。

「取り敢えず君らの事は俺がバリア張って守ってあげるから安心してくれていいよ」

「清治、今のうちに用件を」

 私は清治に言うとすっかり忘れてたみたいだった

「そうだ。あのさっきの出て行ってくれるって話だけどさ」

「ああ、それは確かだよ。俺としてもこの世界で目立つことはしたくないんだ」

「助かるよ」

「でもなんでここが通れなくて困ってたんだ?」

「木材が高騰してるんだ」

「木材?ああ、戦場で使うもんな。人間のやることは本当に奇妙だよね。それで木材が高いと君らは何か困るの?」 

「ああ、実はトイレを作ろうとしてるんだよ」

 清治がそう言うとウロボロスは大声を上げて笑い始めた。



 顔を洗い身なりを整え客間のドアをノックする。

 彼について知ったのはポール将軍について調べている時だった。正直に言って驚いた。だが色々と腑に落ちるところもあったしこうして呼びつけてなお出向いてくれる理由も容易に納得出来るものだ。よくもここまで偶然が重なってくれたものだ。

 少し緊張する。ひょっとしたら待たされて怒っているだろうか。こうして招いた事は失礼な事だったんじゃないか。相手が相手だ。腰の抜けた市長とはわけが違う。そして私が頼むことは正しいのだろうか、相手の機嫌を損ねないかと不安になる。これが最後のピースなのだ。もしも駄目だったら計画は変更を余儀なくされる。そうなった時の事は全く頭にない。

「はい」

 聞いてた印象よりもより温和そうに聞こえる声で返事が帰ってくる。その声に怒気はない。

 私は意を決して客間のドアを開けた。



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