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このトイレのない世界で 1  作者: 山村 草
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06.魔法使いの憂鬱


「セイジ、それは何に使うんだ?」

「何って水を掬って流すんだよ」

「どこに?」

「そりゃトイレの、いやクソバーの穴にだよ」

「なんで?」

「水で流した方が綺麗になるだろ?」

 私は今セイジと街で買い物をしている。私は食材を買うためだがセイジも何か買う物があるということで一緒に来たのである。そしてセイジが買ったのは柄杓と呼ばれる物だった。

「イーレの世界のクソバーにはなかったか?」

「なかった」

「それでよく穴まで落ちるな」

 考えたことはなかったが水で流したりしなくても特に困ったことはなかった。

「なんか対策してたんじゃないか?うんこが滑りやすくするために葉っぱを敷いたりとか砂を撒いたりとかさ」

「してなかったな」

 セイジは首を傾げている。

「穴の下にある木の性質の問題か、それとも出たものの質の違いか、なら食生活が違うのか」

 セイジはすっかり考え込んでしまった。

 今日はキャラバン隊が去って二日ほど立つ。露店街は店をたたみ街は普段の落ち着きを取り戻している。それでもそれなりに賑やかで活気があった。その中を歩きながら色々と話しをしているのはやはり楽しかった。

「セイジは他に何か買うのか?」

「ん?ああ、あとは瓶とプランターかな」

「プランターって?」

「鉢植えの鉢」

「蜂?」

「室内に植木とかなかった?」

「ない。植物は外にあるものだろう」

「まぁ確かにな。鉢植えってのは部屋とか家の中で植物を育てたりするヤツでな」

「妙なことをするんだな。それでそのハチ?を買って何をするんだ?」

「ああ、トイレに置く」

「なんで?」

 意味が分からない。自然との一体感を増すためだろうか。

「ほら、その辺の茂みってそんなに臭わないだろ?色んな人がうんこするのに」

「言われてみれば」

「実はなその茂みに生えてる草の一つに臭い消しをしてくれてる物があってな。臭い消しだけじゃなくていい匂いもするんだが、そいつを個室内に置いたらどうかと思ってね」

「それはセイジ一人で考えたのか?」

「いや、僕のいた世界じゃトイレに臭い消しなんて当たり前だったよ」

「改めてすごい世界なんだな。セイジの世界って」

 クソバーは臭い。それは当たり前の事だ。みんながウンコするんだから当然だ。その臭いを消してしまおうなんて考えたこともなかった。

「でもな、一つ難点があってな」

「なんだ?」

「この臭い消しの匂いなんだが、それ自体はいい匂いなのに別の所で嗅ぐとトイレを思い出すんだよ。ラベンダーとか金木犀とかさ」

「何かいけないのか?」

「例えば食事をする時にさ、その匂いを嗅ぐとさ、なんかトイレに居るような感じがして、うえっ!ってなる。トイレで飯食いたくないじゃん?」

「クソバーで飯なんて有り得ない!」

「という訳でその匂いに慣れちゃうと不味いかなと」

「なるほど」

 セイジは本当に色んな事を考えるんだなと感心する。

「お、瓶屋か」

 私もセイジの見ている物を見ると大きな壺のような物があった。

「これはでっかいな」

「これに水を溜めるのか?」

「ああ。でもここまで大きいと溜めるのにも一苦労だな。もうちょっと小さいのは」

「あるよ。コレなんてどうだ?」

 店主が指したのは私でも両手で抱えられそうなサイズの物だった。

「サイズは丁度いいですね。いくらです?」

「三十万イェンだ」

「高過ぎる…」

「何言ってんだ?コレは古フドウの名品だぞ。目立った傷もないし破格の値段だ」

 セイジが言うには骨董品の類の物だという。骨董と言う物が私にはよく分からない。

「そう言うんじゃなくて、もうちょっとこう日常的に気楽に使えるのないですか?」

「そんなら風呂桶で良いじゃねえか」

「まぁそうなんですけどね。耐久性が欲しいと言うか」

「ふむ。安物ねぇ。こんなんで良ければあるが」

 店主が出したのは私の世界で使っていたような焼き物の瓶だった。大きさは三十万の物と同じくらいだ。

「それはいくらです?」

「五万イェンだ」

「五万かぁ…」

「これで駄目なら桶屋に行ったほうが早いぞ」

「そうですねぇ。ちょっと考えておきます」

 私とセイジはその瓶屋を後にする。

「五万くらいなら買えるんじゃないか?」

「そうだけどね。瓶に五万かと思うとな」

 セイジの手元には以前手に入れた高額の依頼料がまだ残ってるはずだが。

「いや、桶を買い替えた方が安上がりかと思ってね。でも妙に保ちそうだしな。そうなると衛生的に怖いしなぁ」

 また先程のように考え込むセイジ。結局家に帰るまでセイジはあれこれと考え続けたのであった。



「あ、洋子さん。おかえりなさい」

「只今戻りました。どうやらお変わりないようですね」

 家に帰ると数日出掛けていた洋子さんが帰って来ていてエアリィと話をしていた。

「イーレもおかえり。今日の昼飯はなんだい?」

「燻製肉を炙って野菜と一緒にパンに挟んだものだ。簡単な物だけど」

「サンドイッチか、良いねえ」

「すぐ用意するからな。待っててくれ」

 時刻はもうすぐで昼になる。

「あ、待って。ちょっと良いかな」

「ん?なんだ?」

「ちょっとイーレに話しておきたい事があってね」

 改まってなんだろうと思っていると来客があった。

「あ、イーレ!」

「お邪魔致す」

 その客はラベールと桂花だった。

「どうしたんだ?二人とも」

「イーレの愛の巣を見に来たんだよ」

 ラベールは訳のわからない事を言う。

「そちらの御仁が帰宅されたという事で我々の任務も完了したようなのでな。そのついでに寄ってみた次第だ」

「任務?」

「私が出掛けている間ここの警備をお願いしていたのです。自警団の方々はなんだが忙しいという事でその代わりと言ってはなんですがこちらのお二人にお願いしておいたのです。お二人にはお手数をおかけしました」

 洋子さんはラベールと桂花に頭を下げる。

「いえいえ、中々新鮮で楽しかったです」

「ああ、堂々とイーレの愛の巣を覗き見出来るのは中々楽しかった」

「って、え⁉」

 二人は洋子さんのいないこの数日、隣の民家で寝泊まりしていたのだと言う。

「声を掛けてくれたら良かったじゃないか!」

「そんな事したらつまんないじゃん」

「うむ。張り込みの甲斐がないのである」

 私は思いっきりため息を吐く。

「んじゃ、そう言う事で。お邪魔しました」

「あ、待って。あなた達にも話があるんだ」

 エアリィに引き止められたラベールと桂花は顔を見合わせて不思議そうにしている。

「この前の軍隊の野営跡の話なんだけど。あれは本当?」

「うん。間違いなく東方遠征軍の物だったよ」

「幾つか具体的な証拠も出て来た。東方遠征軍しか使わない道具が残っていたり食べた物のゴミが特徴的だったりテントの張り方も遠征軍独特のものだった」

「やっぱりね」

「それがどうかしたのか?」

「うん、ちょっとね。二人にはまた色々頼むかも知れないけど良いかな」

「警備隊の方には後ほど正式にご挨拶させていただきます。もちろん報酬もございます」

 ラベールと桂花の二人は顔を見合わせる。

「変なことじゃなかったら良いよ」

「うむ。普段の仕事よりも面白そうだ」

「そこは期待してくれていいよ。きっと近年稀に見る大事件が起こるから」

 エアリィは笑みを浮かべながら言う。

「あ、それから妙な人を見かけたら教えてほしいの。普段いなさそうな人とか。二人ならこの街に詳しそうだし」

「そんな事で良ければ喜んで」

「奇妙な人なら今目の前にいるが」

 桂花が指した先にはティレットが酔っ払って酒の瓶を抱えて寝ていた。

「確かに妙なやつだがあれはあれで正常だから…」

「まぁ奇妙さに一番苦労してるのはイーレだしね。洋子さんが帰ってきてすぐにあれだもん」

 ティレットは洋子さんがいない間は昼間の酒を禁止されていたので洋子さんの帰宅と同時に飲み始めたのだという。禁止の理由は私に抱きついてくるのを止める人間がいないからだ。

「と、そんなわけでよろしくお願いします」

 エアリィが言うとラベールと桂花は楽しげに「まかせとけ!」と言って帰って行った。

「私は?」

「あ、そうそう、イーレの魔法ってさ自在に操れたり出来るの?」

「うーん、精霊様次第だな」

 魔法というがそれは精霊様にお願いして動いてもらってるのであって操るという表現には違和感がある。

「でもティレットと大喧嘩した時はなんか凄い事になってたじゃん?」

「あれは怒りのあまり精霊様に全てを委ねていただけだ。この体を精霊様に使ってもらっていたと言うか」

「あー、髪の色が変化してたのってそういう事?憑依魔術みたいな?」

 私自身気付かなかったがあの時私の髪は精霊様の肌の色のように変化していたらしい。

「またあんな風に魔法を使って貰うことになりそうなんだけど出来る?」

「多分出来ると思う。でも精霊様次第だぞ」

「うん。分かった。その時はお願いね」

 エアリィはそう言って自室に向かった。私は何かモヤっとしたものを感じつつ調理場に向かう。途中ティレットの寝ている脇を通りその顔を見る。実に幸せそうな顔をして寝ている。こうしている分には面倒事がなくていいのだが。



 私はティレットに憧れに近い物を感じている。女にしては少し高めの身長、胸は大きく、でも大きすぎない丁度いい大きさ、腹はきゅっと引っ込んでいて尻も大きすぎない程度の膨らみを持っている。当然全身スラっとしていて太ってはいないし痩せすぎという事もない。それに肩より下まで伸びた金色の髪は艶があって美しい。顔もただ美人というだけでなく格好いいとさえ思う。なんというか理想の大人の女性と言うのが相応しいのだ。自分の足で立っているという自信に溢れている。全て私にはないものだ。だが嫌いな所が三つある。酔って抱きついてくる事と神霊に対する畏怖のなさとティレットが使うA(仮)と言う魔法そのものだ。


 魔物退治の依頼を受け街道歩き目的地に辿り着いた私達は巨大な蛇と出会った。

「まるで長い電車みたいだな」

「そうだねぇ」

「エアリィの時代にも電車はあるのか?」

「ん?あー、うん。あるよ」

「なんだ?また何かあるのか?」

「ないない。多分ね」

 エアリィとセイジは同じ世界から来ている。だがそれぞれ生きていた時代が違う。私はそう聞いていてセイジからは「エアリィが未来のことを詳しく話してくれない」と、エアリィからは「清治が妙に未来の事を知りたがるけど、そんなに気になるもんかね」と愚痴を聞かされた事がある。

「デンシャとはなんだ?」

「今目の前にあるような、長くて太い乗り物。色は黒じゃなかったけど」

「それからとても速く走る」

「だめだ。まるで分からない」

 私には二人の言うことが全く想像できなかった。

「さて、どうしますかねぇ」

 その大蛇は街道の真ん中でトグロを撒いていた。どうやら眠っているらしく微動だにしなかった。

「つまりコレが道を塞いでいて通れないのね。なら別の道を通るわけにいかないの?」

「ここ以外の道はとても物を運搬出来そうにはありませんね。人が歩くだけなら問題なさそうですが」

「洋子さん何か良い考えない?」

「単に蛇というだけなら燻せばとは思いますがこんなに大きいとそういうわけには行かないようですね」

「難しく考える事はないわ。私が吹っ飛ばすから」

「いや、いくらティレットでも難しいんじゃないか?」

「うん。結構硬いよ?」

 エアリィはその蛇の鱗を触っている。

「大丈夫よ。コレくらい」

 私はティレットの言い様に腹を立てていた。

「おい、コレとはなんだ。お前にはこの神性の高さが分からないのか?」

 私はその蛇を見た瞬間から神性が高い存在だと感じていた。途轍もないマナの塊。それは精霊様以上の物だった。

「神性?何よそれは」

「この蛇が神に近い存在だということだ」

「神?そんなものいないわよ」

 ティレットの力に対する違和感がここに来てハッキリと分かった。そう、それは人の驕りと自惚れの塊なのだ。

「神霊に対する畏怖は感じないのか?」

「そもそも居もしない物に対する畏怖なんて感じるわけないでしょ。ほら、退きなさいよ。さっさと片付けて帰りましょう」

 私はもう我慢が出来なかった。

「この偉大な存在に手をあげようと言うのか!」

「そうよ。跡形もなく消し飛ばす。それだけよ」

 ティレットが火球を作り大蛇に放つ。

 私は大蛇の前に立ち塞がりその火球を明後日の方向に弾き飛ばした。遠くで爆発する音がする。怒っているのは私だけではなかった。普段温和な精霊様達もティレットの蛮行に怒り狂っていた。

「分かった。だったら私を倒してからにしろ‼」

 私はティレットにそう言い放った。

 ティレットは一瞬俯いてから口を開いた。

「良いわ。あなたがそう言うならそうしてあげる‼」

 再びティレットは火球を作り投げ付けてきた。



 エアリィから話を聞いた翌日、私はかつてセイジと訪れた森に向かった。以前来た時と同じ様な静寂さと濃いマナを感じられて心地良かった。

 ここに来たのはここで自然との繋がりを感じようと思ったからである。別に排泄しようと思っての事ではない。クソバーが自然との繋がりを感じる場所であるという事は要するに気の持ちようなんじゃないかとセイジは言う。確かに言う通りかも知れないと森の中で寝転がって思う。もちろん下に糞便があっても困るので岩場を選んではいる。

 目を瞑り深く息を吸う。

 今度は私が自警団として街を守る事になるのだとエアリィは言った。洋子さんの調べで再びビフィスの街が襲撃されるのだと言う。そしてその時には軍属の魔法使いもいるのだという。魔法は精霊様の起こす奇跡だ。それを人間に向けるなんてとんでもないことだ。でもそう考えるのは私だけだ。精霊様だって特にそんな事は思っていない。ただあるがままに想いのままにあるだけなのだ。それでも私は精霊様に人を傷付けて欲しくないと思っている。もしそんな事をする輩がいるのなら私は全力で止めたいと思っている。私のそんな細やかな願いをきっと精霊様は快く叶えてくれるだろう。そう思うのは傲慢さなのだろうか。

 元の世界で私には精霊様の姿を見る事は出来なかった。でも同年代の他の少女たちには見えていた。私達少女は巫女であり精霊様を見ることが出来るのは当然の事だった。でも私には見えなかった。拾い子だからとか髪の色も含めてどこかがおかしいとかそんな目で見られていた。必然的に私は避けられ友人と呼べる人はいなかった。いつも孤独だった。だからこの世界で精霊様を目にした時とても感激した。涙を流す程に嬉しかった。私にも精霊様のお姿を見る事が出来る。だが、不思議な事に私以外の人には見えないのである。元の世界では見えない事が奇異だったがこの世界では見える事が奇異なのである。それでも以前のような孤独感とは無縁だった。いつだって精霊様が見える。そばに感じる事が出来る。精霊様はいつも一緒にいてくれるのだ。それがとても嬉しかった。

「イーレ」

 森の中で寝転んで考え事をして二時間ほどは経っただろうか。私は自分の名を呼ばれ目を開ける。ティレットがいた。

「なんだ黒魔術師か。どうした?」

「イーレがここにいるって聞いて来てみたの」

「よくこの場所が分かったな」

「セイジに聞いた」

「そうか」

 私は身を起こし、ティレットは私の座っている岩に私に背を向けて座った。

「一度ここにお前を連れて来てみたいと思ってた」

「そう」

「何か感じないか?」

「いいえ、何も」

「そうか」

 お互いに異世界人だ。物に対する考え方や感受性も違う。言葉が通じる事が不思議なくらいだ。

「イーレは何か感じるの?」

「ああ、ここにはマナが溢れている」

「マナ?」

「そう、マナだ。説明するのは難しいな」

「そのマナの事はよく分からないけどここはとても気持ちのいい所ね」

 ふと風が吹いて肌を撫でる。少しひんやりしていて気持ちよかった。それはティレットも同じなようだった。

「ここに神様とか精霊がいるの?」

「ああ、神様は分からないが精霊様は確実にいる」

 私はティレットの手を触れる。

「見えないか?」

「ちょ!何これ⁉何か飛んでるわよ⁉」

「それが精霊様だ」

 私に触れた人にも精霊様が見える。これがなぜかは分からない。それはティレットも例外ではなかった。

「…なんか舌出してるわよ」

「精霊様はやっぱりお前の事が嫌いらしい」

 私は思わず笑ってしまう。水の精霊様がティレットの眼前で片目の下瞼を指で伸ばし思いっきり舌を出している。水の精霊様は本当にお茶目なのだ。

「もう、何よ」

「な、いるだろ?」

「分かったわよ、この世界はこんな精霊がいるような不思議な世界なのね」

「お前の世界はどうだったんだ」

 私はティレットに触れていた手を離して聞く。

「精霊も神もいなかったわ。見える人もね。神なんて人心を惑わす思想の象徴でしかなかったわ」

「そうなのか?」

「そうよ。私達の世界は常に滅び続けてたの。それを止めるには人間がなんとかするしかない。最初の頃は神に祈ったりもしたようだけど結局どうにもならなかった。だから私達の世界の人は神なんてものに見切りを付けたのよ」

「その滅びを止める力がA(仮)なのか?」

「そう。私達の遠い先祖が編み出した技術。世界の悪い部分を破壊し作り直す手段。それがA(仮)なの。私には破壊することくらいしか出来なかったけどね。…って、ちょっと待って、イーレもう一回言ってみて」

「言うって何をだ?」

「A(仮)よ」

「A」

「そうじゃなくてA(仮)よ」

「A(?)」

「それだと裏返って飛んでるペンギンの事よ」

「なんだそれは。ペンギンってなんだ」

「誰も発音出来なかったのに」

「そうなのか?A(!)」

「それは羽を食べる尺取り虫だから」

「尺取り虫って炙って食べると良いぞ。鼻詰まりが治る。私のいた世界のヤツだけどな」

 私は言って立ち上がる。ここで過ごしたせいか気持ちが晴れ晴れしていた。

「さて、そろそろ戻るか。夕飯の支度しないとな。黒魔術師は何が食べたい?」

「それ言えてないから」

「何がだ?」

「黒魔術師。まじゅちゅしになってるわよ」

「黒魔術師。ほら言えたじゃないか」

「もう一回言ってみて」

「黒魔じゅちゅし」

 悔しくてもう一回言ってみたが駄目だった。自分では言えてるつもりだが今までずっと言えてなかったらしい。

「わざわざ噛むような呼び方しなきゃ良いのに」

「お前のA(&)は黒魔術だから仕方ないだろう」

「それだと天井這い回るブラックホールよ。なんで一瞬だけ言えたのよ」

「たまたまだろ?」

「セイジもエアリィも言えた試しがないわよ。洋子さんもね」

「面倒だから黒魔術で良いじゃないか」

「でもイーレ黒魔術師って言えないし」

「黒魔術師。今度は言えたぞ」

「はいはい。まぐれまぐれ」

 そう言ってティレットは笑っていた。素面の時に笑顔を見せた事がなかったので妙に新鮮だった。



「穴ヨシ!ろ過ヨシ!桶ヨシ!柄杓ヨシ!手洗い場ヨシ!消臭草ヨシ!あとは小屋だ!」

「一人でなにブツブツ言ってるんだ?」

 家に帰るとセイジが何か言っていた。

「おう。準備が整ったと思ってな。確認してた。あとは小屋を建てるのみ!木材もヨシ!大工さんへの依頼もヨシ!」

 セイジは非常に嬉しそうだった。

「やっと出来るのね。これでアウメが溜まらなくなって良かったわ」

「お、ティレット。森の場所は分かったか?」

「おかげ様で」

「仲良くなれたようで何より」

「ちょ!セイジ!」

「ん?どうかしたのか?」

「いや、実はな」

「言ったらセイジでも容赦しないからね!」

 ティレットは剣を抜きセイジに向ける。

「待って。先が丸いって言っても剣を人に向けるのは良くないぞ」

 ティレットの持っている剣の先は丸くなっている。これは本来剣技の練習用の物らしいがティレットがA(仮)の力を使うには色々試した結果このタイプが一番具合が良いのだと言う。

「あ、やめて!くすぐったい!」

 ティレットは笑いながらセイジの脇腹とか背中とかをその先の丸い剣で突いている。なんだか楽しそうである。

「お、二人ともおかえり」

 騒ぎを聞きつけたのかエアリィと洋子さんが出てくる。

「丁度いいからみんなでお風呂行こー!」

「みんなでって僕関係ないじゃん。一緒に入れないしさ」

「え?なに?入りたいの?だって洋子さん」

「エアリィ様に危害を加えるおつもりなら容赦致しませんので」

「見ないって。誰かさんと違って」

「誰か?」

「沈黙は美徳なり。よし風呂だー」

 セイジは家の中に入っていく。

「私らも準備しますか」

「そうだ、今日の夕飯は何にする?」

「私は何でも良いわ。飲めれば」

「お前はいつも飲んでいるだろう」

「まぁ明日はちょっと飲めそうにないしね」

「明日なのか?」

「ええ、間違いないでしょう。ラベールさんと桂花さんからの連絡もありましたし」

「二人とも準備はいい?」

「ああ。任せてくれ」

「私も大分慣れてきたわ」

 ティレットは未だ納めていない剣を振る。随分柔らかいのか降ると丸い切っ先が揺れる。

「よし!じゃあ今日は景気付けに外で食べるか」

「お、良いね。前祝いか?」

 セイジはお風呂セットを持って出て来ていた。

「前祝い?」

「トイレの話じゃないのか?それより風呂行くんだろ?準備してきなよ」

 私達は顔を見合わせて笑ってしまった。見て不思議そうにしているセイジを他所に私達もお風呂の準備をすることにした。


「なんでこうなるんだ…」

 酒場にて。私はティレットに後ろから抱きつかれて座っている。いや、座らせられている!普通に考えれば椅子の大きさからいってこうはならないがこの酒場の椅子は広いのである。そのせいだ。

「なんかティレット妙に機嫌よくない?」

「まあ酒も料理も美味いしな。この麦酒も冷えてるし家庭ではこうはいかない。あとはイーレがいるせいか?」

「いっそイーレも飲んで身を任せれば?」

「酒はあまり…」

「未成年?」

「いや、ちゃんと成人してるぞ!」

「イーレの世界の成人年齢っていくつ?」

「十四だ」

「清治はちょっと目を瞑ってて」

「ああ、別に通報しないから飲んで良いぞ」

「イーレたんも飲むの?」

 別に飲めないのではない。味がそんなに好きではないから飲まないだけなのだ。

「ひ、一口くらいなら」

 ティレットが飲みやすいと言うのでぶどう酒に口を付けてみる。

「どう?」

「なんか渋い」

「えー、美味しいのにー」

 ティレットは平気そうに飲んでいて不思議だった。

「ねえ、清治」

「なんだ?」

「ティレットって何歳?」

「うーん。多分十八とか十九とか」

「良いの?」

「良いんじゃない?ティレットの世界には年齢制限ないらしいし。まぁ飲酒耐性があるのかは疑問だが」

 耐性があったらこんな風に悪酔いはしないんじゃないだろうか。

「はい、イーレたん。あーん」

「は?」

 酔ったティレットは私に大ガエル肉の串焼きを食べさせようとしている。

「あーん」

「いや、あーんって。自分で食べる」

「あーん!」

「これは酷いな。やっぱりいつもよりも酔ってる気がする」

「まぁ泣き上戸じゃないだけマシかな。イーレそれ食べてあげて」

「だな。不機嫌になられても面倒だ」

 私は仕方なしに串焼きに刺さった肉の一つを食べる。美味い。美味いんだが。

「二人とも他人事だと思って…」

 耳元で満足そうに笑うティレット、いや、酔っ払い。

「エアリィ様は飲まれないのですか?」

「うーん。免許はあるけどなぁ。イーレと同じで味がね。あと太る。仕事柄」

「たまには良いではありませんか。少量なら薬になりますよ」

「じゃあ飲んでみようかな。イーレのそれ飲まないなら頂戴」

「ああ、良いぞ」

「渋い」

「えー、美味しいよー」

「洋子さんひょっとして酔ってます?」

「いえ、飲んでませんので」

「そうですか」

「イーレたん、あーん」

「また始まった…」

「やっぱりイーレも飲んだほうが良いな。酔ったもん勝ちだぞ」

 そんな馬鹿騒ぎをしながら夜は更け家に帰る頃には十時を越えてしまっていて皆早々に床に着いた。私はティレットに付き合わされてひどい目にあっていたのだがそれでも終わってみるとそんなに嫌な気分は残らなかった。それをなんだか不思議に感じているうちに寝入っていて気が付くと朝になっていた。





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