05.さかない花
「ほれ、これをこうしてな」
セイジはアウメを竹製の籠の中に入れ、その中に別のアウメを落とす。するとぶつかり合ったアウメは割れて幾つかの破片となった。
「こんなに簡単に割れるんだよなぁ。トンカチで叩いても岩に投げ付けても火で炙っても傷一つ付かないのに」
セイジは拾い上げた破片を見ながら言う。
「アウメって割れるとこうなるのね」
私もその破片を一つ拾って見る。その断面を見るとそれがアウメながら綺麗と思えるほど輝いている。
「知らなかったのか?」
「うん。アウメなんて回収ボックスに入れて終わりだもの」
回収されたアウメは専門の部署に運ばれた後粉末状に加工され世界を再生する現場に送られる。この加工はオーメルの中でもごく一部の人間しか携わらないので私にはアウメの物質的特性など知る余地がなかった。
「というわけで、ほい」
セイジは私にアウメを渡す。
「ほい、って何よ」
「割ってくれ。穴に敷く砂利に混ぜるから」
「はい?」
「ろ過だよ、ろ過。まず小石とアウメの破片を敷くだろ、その上に炭を敷いて、そしたらその上に細かい砂利と小さめのアウメの破片を混ぜて敷く。そうすりゃあアウメの処分にもなるし一石二鳥だ」
私は思わずなるほど、と感心してしまった。これなら誰かに見られる事もなく再利用にも繋がる。
「その発想はなかったわ」
「そうか?ほら、早いとこ済ましちゃおうぜ」
アウメは未だ部屋の三分の一が埋まるほど残っている。そして今現在も毎日生産されている。今朝も一つ出来たところだ。こうして処分する宛が出来た事は非常にありがたい事である。
籠の中にアウメを置きアウメを落とす。気持ちが良いくらいあっさりとアウメは砕け細かい破片となる。
「出来た奴はそっちの籠に入れておいてくれ」
セイジが指さした方には大きめの籠が置いてあり中にはやはり竹出てきた穴の大きいザルが置いてあった。このザルで小さい物と大きい物に選り分けるのだと言う。
「よく思いつくわね」
「そうか?別に普通だろ」
異世界人というものはなにか常人を超えた能力がある。この発想力こそセイジの異世界人らしさなんだろうか、などと考えつつ再びアウメを割る。
この色の着いたアウメはまさに私のコンプレックスの塊だ。まともにアウメ一つ作れない欠陥品、それが私に対する周囲の評価だった。排泄をしてアウメを作る。それは人としてごく当然の事なのだ。子供だって出来る。そして私の欠陥はアウメに色が着く事だけではなかった。本来A(仮)の力は世界の再生に用いられるものだ。だが虫食いの様に壊れる世界をそのまま再生する事は出来ない。再生させようと思ったらそこを一度全くの無に戻してからそこに作り直すのである。その無に戻す作業が破壊。私が唯一得意だった事だ。私はアウメをまともに作れないだけでなく世界を再生させる事も得意ではなかった。A(仮)の力を用いての破壊。それだけが私に出来た事だったのである。
アウメを割りながらそんな事を思い出していた。籠の中で砕け飛び散る様を見ていると不思議な気持ちになる。これが元は自分の排泄物だと分かっていながら綺麗などと思ってしまう。そう、自分のコンプレックスの塊が砕け散る様子を見ているのは中々小気味の良いものであった。そうして二時間ほど作業しているとイーレがやって来た。
「黒魔術師…」
イーレは木の陰からこちらを見てボソリと言う。魔術師と言えなくてまじゅちゅしになってるが。
「何よ」
「今日は酔ってないのか?」
「別に毎日飲んでるわけじゃないわよ」
「あ、やっぱり素面だったか。珍しいなと思ってたんだ」
「セイジまで何よ」
「いつも飲んでるからそう思われるんだぞ」
イーレが近づいて来て言う。
「二人して何なのよ。で、イーレは何しに来たの?」
「二人が何してるのか気になって見に来ただけだ。なんか割れるような音してるし」
「ああ、アウメを割ってるんだよ。ろ過装置を作るついでに処分しようと思ってね」
「ろ過?」
イーレも知らないらしい。セイジは私にしたようにイーレにも説明した。
「こんな綺麗な物を埋めてしまうのか?勿体ない」
「勿体ないって、元はうんこよ、これ」
自分の排泄物を嬉々として眺められて嬉しい人間がいるだろうか。あの神殿のだって吹き飛ばしてしまいたいくらいだ。
「いや、これはただのうんこじゃない。何かこう神聖な何かを感じる」
「そうなのか?」
神聖って何だ。
「A(仮)は嫌いなんじゃないの?」
「ああ、お前の使う黒魔術は嫌いだ。あれは世界に対する冒涜だ」
「でもアウメはその力で作られた物よ」
「それは分かるがこれは違う。強いマナを感じる」
マナと言われてもよく分からないが、とにかくイーレはアウメの事を気に入ってるようだ。
「イーレもやってみるか?」
「いいのか?」
「って割ってるんだけど?」
「どんな風に割れるのか見てみたい」
そう言ってイーレはセイジに倣ってアウメを割る。
「おお!砕ける瞬間も綺麗だな!」
アウメが綺麗だなどという事は聞き飽きているが、それでも嬉々として言われると妙なむず痒さを感じてあまり良い気分はしない。
「もっとやってもいいか」
「ならちょっと変わってくれるか?」
「任せてくれ!」
イーレはそう言うと嬉しそうにアウメを割り始めた。なんでこんな事が嬉しいのかよく分からない。私は私でアウメを割る。セイジはイーレに作業を任せると用事があるとかでどこかに出掛けていった。
「なあ黒魔術師、これをまた売ったりはしないのか?」
「しないわよ」
「でも宝飾品に丁度良いじゃないか」
「自分のウンコを身に着けさせたいなんて趣味はしてないわ」
「これはウンコじゃなくてアウメだ」
「知ってるわよ、それくらい!」
そういう問題じゃないんだ。
「そうか。勿体ないな」
言いながらアウメを割ってそれを楽しそうに眺めるイーレ。
「なあ、これ一つ貰ってって良いか?」
「…だめ」
「良いじゃないか。いっぱいあるし」
「持ってってどうする気なのよ」
「部屋に飾る」
「絶対ダメだからね」
そんな話をしながら私達はアウメを割り続けた。
率直に言って私はイーレが可愛いと思っている。元気なところとか、背が低いところとか、拙い喋り方とか、美味い料理を作れるところとか、そもそもイーレ自身の在り方そのものを非常に魅力的に感じていた。まるで愛されるために生まれてきた、そんな風にさえ思えてしまうのだ。そしてそれは全て私が持っていない物だ。だからむしろ憧憬に近い感情なのかも知れない。決して妬み嫉みを感じるのではない。仲良くとまではいかないでも普通に話せるような関係になりたいとは出会って最初から思っていたのかも知れない。
セイジがトイレを作るに当たり最も障害となったのは小屋を作るための木材が高価だった事だ。個室一つ分ほどの小屋を作るのに三千万イェンするのだと言う。これは明らかに法外な値段なのだという事でその原因を探るためもあって、私達はあの日アウメを使った芸術作品のお披露目の日にビフィドに行ったのである。ビフィド村では観光以外でも少量ながら木材の出荷も行っている。ビフィド山の麓の広大な森林があるためである。お披露目を見終わって日が暮れた頃、神殿を出た私達は木材を加工しているという製材所に行った。もう日が暮れていると言うのにそこではおそらく端材を焚いているだろう明かりで照らしながら作業が行われていた。
「あの、すみません」
「ああん⁉」
セイジは近くにいた人に声をかけたのだが忙しさにイライラしているらしく返事には怒気が混ざっていた。
「あの、ビフィスから来たんですが、社長さんはいますか?」
「大将ならあっちにいるぜ、ったく下らねえ事聞くんじゃねえや!ああ、忙しい!」
その態度に私達は面食らいながらもその男の指さした方に向かうと一つの小屋があった。中にはやはり明かりを灯しながら仕事をする眼鏡を掛けたおじさんがいた。
「あのー、すみません。社長さんですか?ビフィスから来た…」
「ああ、いらっしゃい。大工さんから聞いてるよ」
先程の荒々しい職人とは違うこのおじさんの柔和な応対を私は意外に感じた。柔和と言うより疲れてやつれている様に見えるが。
「忙しい所すみません」
「ホントにね。参ったよ、あはは…」
書類が山のように積まれた机の奥でおじさんは乾いた笑いを浮かべながら言う。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫、大丈夫…。それより本題に入ろうか」
「はい。実は一つ小屋を作ろうかと思ってるんですが、木材が高いと聞きまして」
「うん。確かに値上がりしてるね。だから忙しいのはありがたいんだが」
おじさんは書類の山に手を置いて言う。木材の売買に関する書類なのだろう。
「なんで値上がりしてるんですか?」
「君は異世界人だったね。人間と魔王軍が戦争してる事は知ってるかい?」
「ええ。」
「その戦場に送られる木材が不足しててね。本来ここで産出する木材は一般向けの物なんだが」
ふと戦場での風景を思い出す。砦や階段、塀などは全て木材で作られていた。だが戦場を見たことのないセイジとエアリィは木材と戦場との関係にいまいちピンと来てないように見えた。
「セイジ、木材は砦を作るのに使われるんだ」
イーレはそう補足する。
「そう、本来はここから東の、もっと戦場に近い所が産地なんだが、どうもそこでトラブルがあったみたいでねぇ」
おじさんはため息を吐く。
「ビフィド山の森のおかげでなんとかなっているが、このまま続いたらこっちの身が持たないよ…」
「そのトラブルって何ですか?」
エアリィが聞く。ひょこっとセイジの後ろから飛び出ながら。
「僕も詳しくは知らないな。役場に行ってみたらどうだい?これだけの騒ぎになってれば依頼が出てるはずだから」
言いながらおじさんの目がエアリィの胸を見てる事に気付く。若干元気が出たようだ。
「話はこれくらいで良いかな?そろそろ仕事に戻らないと」
「あ、ええ。忙しいところすみませんでした」
「力になれなくてごめんね」
「とんでもないです」
その後ビフィドで一夜を明かしその翌日に私達は役場に向かった。
「街道の魔物退治ねぇ」
つまり本来の産地から木材の供給が滞っているのは運搬に使う道を何者かが塞いでいるためだった。この何者かは魔物であるらしくそれを退治するという内容の依頼が発行されていた。報酬は三百万イェン。他の依頼とは比べるまでもなく高額なものだった。
「この世界にも魔物っているんです?」
セイジは受付の女性に聞く。魔物とは一体なんのことだろう。
「うーん。あんまり聞いた事ないかな。ただ目撃者の証言を総合すると魔物としか言えない物らしいの。なんでも黒くて太くて長いとか」
「どうする清治?」
エアリィが聞く。
「うーん」
セイジは何か考えている。
「ティレットはドラゴンを倒したんだっけか?」
おそらく私が話した選定の儀の事を思い出したのだろう。
「倒したわけでもないわ。威嚇したら逃げていったの」
「倒したりも出来る?」
「なんとかなるんじゃない?」
また似たような事態になってもそう大事にはならないだろうと私は思っていた。
「ふむ。イーレはどうだ?」
イーレは渋そうな顔をしている。
「相手によるとしか言いようがない。神聖の高い存在なら私は戦うような事はしたくないぞ」
「う~ん。神獣とか?そんなのいるのかねぇ」
「洋子さん何か心当たりある?」
エアリィだ。この世界の住人である洋子さんなら何か分かるかも知れない。
「いくつかの昔話の中にはそう言った超常的な存在は登場しますが実際に見たという話は聞いたことがございません。その目撃情報も何かと見間違えたのでしょう。」
「だって。どうする?」
「う~ん」
セイジは考え込んでいる。
「それがなんであれ解決しないことには小屋が作れないよな。ティレットとイーレ、それに洋子さんがいるならそう危険という事もないだろう」
「どうする?無理はしない方が良いよ」
受付の女性は言う。
「うん。その依頼受けます。みんなも良いかな」
おそらく木材がと言うより興味が勝ったのかイーレもエアリィもセイジの決定に従った。私は私で目的達成のためには止む終えないと協力することにした。
そしてその翌日私達はその魔物の目撃情報があったという東の街道に向かうことになった。片道三日はかかる距離だった。
「なあ、ティレット。イーレに何かしたか?」
道中セイジはそんな事を聞いてきた。
「何もしてないわ」
「そうか。なんか様子が変じゃないか?」
そう、それは私自身感じていた。私はイーレと話をしたいと思っていたのだがどうもイーレは私と距離をとっているようなのだ。別に無視されたりあからさまに避けられたりというわけではないがどこか素っ気ない態度を取られているように感じていた。正直非常に残念だった。
「嫌われてるのかも知れないわね」
「なんで?」
「知らないわよ」
道中の食事は全てイーレが準備した。私達の中で満足に料理を出来るのはイーレだけだったからだ。街道を移動し始めて数時間後、イーレが作った昼食はとても美味しかった。
「ごちそうさま、貴女の作る料理はとても美味しいわ」
「そ、そうか?そう言って貰えると嬉しい」
食器を片付けながら言うイーレは少し照れているようだった。
「どうしてこんな事が出来るの?」
「ん?料理の事か?」
「うん。」
「元の世界で当たり前にやっていた事だからな。私の世界では女なら誰でもこれくらい出来るぞ」
「凄いわね」
「お前の世界はどうだったんだ?」
「私達の世界にこんな美味しい食事はなかったわ」
「そうなのか?」
「ええ。固形食となんとなく味の付いているだけのスープだけだったわ」
「それだけか?」
「そう、それだけ」
「肉とか魚とか野菜とかは?」
「なかったわ」
「そうか。なんだか寂しい世界なんだな」
寂しい、か。そんな事は考えもしなかった。それが当たり前だったからだ。この世界に来てからもそんな風には思わなかった。でも、人によってはそう感じるものなのかも知れない。
そんな風に何気ない会話を重ねてイーレの態度は少しずつ軟化していった。イーレとの距離が縮まっているような気がして嬉しかった。
だが三日目、目的地まであと少しという所に来て事件は起こった。
「おい、お前ら!動くな!」
「痛い目に会いたくなかったら荷物をこっち寄越せ!」
どこかで聞いた声、どこかで聞いた言い回し、見ればいつか見た二人組の強盗だった。
「またあんたらか。もうちょっと相手選んだ方が良いんじゃないか?」
セイジは言う。
「げっ」
「おい、兄ぃ」
私達に気付いた男たちは後ずさる。
「あ、そうだ、これ。この前の忘れ物」
セイジはこの前に男たちが落としていった二万イェンの剣を取り出す。護身用にと持っていたらしい。
「高いんだろ?返すよ」
「あ、ああ。すまないな」
「良かったね、兄」
「って違う!俺たちは強盗だぞ!」
「うん、知ってる。でも被害ないからなぁ」
なんとか威圧感を出そうと剣を抜きセイジに向ける強盗。セイジは軽く両手を上げながら後ずさる。
「で、どうするの?」
私はセイジに聞く。
「私がなんとか致しましょう。彼らが強盗である以上放置するのもよくありません。そんな気を起こさない程度に懲らしめた方がよろしいでしょう」
洋子さんだ。一体どんな事をしようと言うのだろう。
「待って。私がやるわ」
「よろしいのですか?」
「ええ。元は私の不始末なんだし、良い機会だから徹底的にやってあげるわ」
最初のといい前回のといい威嚇で終わらせている。もう強盗なんかする気もなくなるくらい痛め付けるしかない。私は背負っている鞄を下ろし肩をほぐす。
「殺すのか?」
「そうならないように善処はするわ」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ!さっさと荷物を置いて」
強盗が何か言っているのも構わず私は両手を上げありったけの力を集める。かつて二人に向けた以上の熱の塊だ。
「おい、兄ぃ!アレやばいって!」
「んな事言ったってどうするんだよ!」
「逃げたほうが良いぞ」
「私も逃げた方がよろしいかと思います」
「いや、あんたら見てないで止めてくんないか?」
「それよりも逃げた方が早いと思うぞ」
私の頭上でA(仮)の力で作られた火球がパチパチと音を立てている。私はそれをゆっくりと進む様をイメージしながら男たちに放つ。
「おい!兄!逃げろ!」
「ってうわあ!助けてくれ!」
火球は人の走る速さと同じ速度で男たちをゆっくりと追い始める。恐慌に駆られた男たちは必死に逃げる。
「おい、ティレット。殺したりとかは良くないぞ」
「分かってるわよ。適度な所で破裂させるから」
「破裂するとどうなるんだ?」
「辺りが吹き飛ぶんじゃない?」
私は男たちが走り疲れたらそれを上空で破裂させるつもりでいた。実害はないが轟音と衝撃で恐怖する事くらいにはなるだろう。
数分の後計画通りに実行する。空中で大爆発を起こす火球。男たちを見ると確かに生きていて呆然自失となっていた。
「あーあ、また落としてったよ」
セイジは剣を拾う。
「お疲れ様でした。ティレットさん」
洋子さんはそう言ってエアリィの乗る荷車に戻り引き始める。
私は一息ついて鞄を背負い直す。すると今まで後ろで様子を見ていたイーレが私に寄って来て言った。
「お前は自分が何をしているのか分かっているのか?」
イーレはそれ以降目的地に着くまで一言も話さなかった。言われた事の意味も含めて私には全く意味が分からなかった。
「あれ?清治は?」
私達がアウメを砕いているとエアリィが家から出てきて言った。
「何か用事があるとかで出て行ったぞ」
「そうなんだ、で二人は何してるの?」
「アウメを砕いてるんだ」
「へえ、砕けるとこんなになるんだ。やっぱり綺麗ね」
エアリィは破片を眺めながら言う。
「で、何しに来たの?」
「何ってもう昼だよ?二人が戻ってこないから呼びに来たの」
「もうそんな時間なのか。すまない、すぐ昼の準備するからな」
「あ、待って。ちょっと二人に聞きたいことあるんだけど。揃ってるなら丁度良いし」
「聞きたいこと?なんだ?」
「二人はさ、この世界に来てすぐ戦場に連れて行かれたんだよね?」
私はイーレと顔を見合わせる。
「そうよ。それがどうしたの?」
「チュウ・セイ侯爵って知ってる?」
「私は知らないな」
イーレはそう言った。
「私は知ってるわ。私が行く前に大敗北して軍団長の地位を失脚した人ね」
私が到着した時にはすでに前線が大きく後退していて戦場は騒然としていた。中にはチュウ・セイを非難するような声もあった覚えがある。
「ふむ。ちなみにその後は?」
「まず私のいたサン・セイ軍が攻勢に出たわ。と言っても私がA(仮)の力を使ったら相手が退いてったんだけど」
「その後は私のいたアル・キャリー軍だな。サン・セイ軍に遅れを取るなって凄かったぞ」
「イーレも魔法使ったんでしょ?」
「魔法というかまだ良く分からなかったからとにかく精霊様に祈ったんだ。そしたら相手が恐慌状態になって退いてった」
「なるほどね」
エアリィは少し考えたあと
「チュウ・セイ侯爵ってその後どうなったか分かる?」
と言った。
「知らないわ」
「そう」
「その侯爵がどうかしたのか?」
「うーん、ちょっとね」
エアリィは何か考えているようだった。私は再びイーレを顔を見合わせる。
「お、三人ともどうしたんだ?」
セイジが帰ってきた。
「あ、おかえり。どう?あった?」
「これでいいか?適当に選んできたけど」
セイジは一振りの細身の剣を持っている。レイピアと言う物らしい。
「ん。良いんじゃない?」
「で、どうするんだコレ」
「ティレット持ってみて」
「私?」
意味が分からない。が、取り敢えず手にして鞘から抜いてみる。
「お、似合うねぇ」
「持ってどうすれば良いのよ」
「ん、今からだと時間がかかるか。お昼食べてからにしましょ」
「何なのよ、一体」
「それは後のお楽しみ。イーレ、ご飯作って♪」
エアリィはそう言って屋敷の中に入っていく。私達はわけも分からずに顔を見合わせていた。
「Aの力ってさ」
「AじゃなくてA(仮)よ」
「しょうがないじゃん。私らには発音出来ないんだしさ。で、その力を使う時ティレットって手とか指の先に集中してるじゃん?」
「そうね」
「それは棒の先でも出来るの?」
「考えたこともなかったわ」
昼食を終えて一休みした後私はエアリィと裏庭に出た。エアリィは何か試したいことがあるらしい。
「あの力ってさ、とにかく凄いじゃん?それをさもっとコンパクトに出来たら便利じゃない?」
「それでこの剣なのね」
私は渡された剣を抜いてみる。この剣は切るというより突く事に特化した物なのだという。
「そうそう。その剣の先に力を集めたらどうなるのかなって」
試してみて、というのでやってみる事にする。腕を真っ直ぐ天に伸ばしその先に持った剣の切っ先も同じ様に空に向ける。いつもと同じような感覚でその剣先に意識を集中させる。
「おお!」
A(仮)の力は剣先に小さな火球を作った。
「これはどうすれば良いの?」
「その辺の木にぶつけてみて。こう先っちょから真っ直ぐ飛ぶような感じで」
私が言われたようにすると火球は木に当たり弾けその枝を折る。
「良いね。実験成功!」
「実験って。これが出来て何になるの?」
「便利でしょ?これなら街中でも力を使えるし。街中でいつものように力を使ったらエライことになるでしょ?」
言われてみればそうだ。セイジにも何度か街中では使わないようにと言われた覚えがある。
「ね、もう一度やってみてよ。今度は木を根こそぎ吹っ飛ばすくらいの力で」
「はいはい」
私は簡単に出来ると思いもう一度剣先に力を集中させるにする。今度は最初から木に剣先を向け、強めなのをイメージする。
「あ、ちょっと、なんか変だよ」
私も切っ先を見ていたのでその変化にはすぐ気付いた。今度は火球は現れず代わりに刀身が赤く焼け真ん中からパキンと折れてしまった。
「え、なんで?」
「これは色々試して見る必要があるね」
それから色々な物で同じことを試した。
まずは同じような剣、レイピアを再度試した。これは加減さえ間違わなければ最初のように火球を放つ事が出来た。少しでも強くしようと思うとやはり刀身は折れてしまった。
次に幅広の剣を試した。これは全く駄目だった。まるで火球が出来なかった。刀身が赤くなる所まではレイピアと同じだがそれだけだった。試しに木に振り下ろしてみたら一刀両断することが出来たが剣そのものは折れてしまった。見ていたセイジが「魔法剣だ!」と妙に興奮していたのが不思議だった。
今度はナイフと包丁を試してみた。火球こそ出るが非常に弱かった。イーレは焚き火を着火するのに丁度いいと喜んでいた。強くするとやはり折れてしまう。これが手元で起こるので私はびっくりして二度とやりたいとは思わなかったが。
その次は鉄パイプという物だった。セイジはこれを見てコレがあることを驚いていた。その後になにか考え始めてしまったが。これはリング状の火を放つ事が出来た。強くしても強度的には剣よりは長持ちするが結局は折れてしまった。エアリィはこれはこれで使えそうだと言う。
さらにただの木の棒や杖も試してみたがあまり好ましい結果は得られなかった。
結局最初に試したレイピアが一番良いだろうという事で何本か買って練習することになった。
「で、結局こんな事をさせて一体私に何をさせようというわけ?」
私はなかなかその理由を話さないエアリィに聞いてみる。
「うん?何ってティレットの戦闘能力の向上」
「それは分かるけどその目的を聞いてるのよ」
エアリィは頭を掻く。そして私をじっと見つめる。
「何よ」
「ティレットはここがなくなったら困るでしょ?」
「ここ?この家ってこと?」
「そう」
結局トイレ作りに協力する事にしてから私もここに住まわせて貰うことになった。だが単に住む場所というだけなら別になくても困らない。
「そうね。困る」
私がここに住んでいるのはここに近い将来出来るであろうトイレのためだ。そしてそのトイレは現在進行系で作っている最中である。
「なら防衛力は高い方が良いじゃない?」
「防衛って、誰か攻めてきたりする可能性でもあるの?」
エアリィは少し考えて言う。
「ひょっとしたら、そういう事になるかもね」
そう言う顔は珍しく真剣だった。