私だけチートスキル? を貰えなかったので、言語理解を極めます
私、異世界に召喚されました。
召喚されたのは四時間目の授業もあと数分で終わるという時でした。
突如として床に現れた光る魔法陣がその光を一層強くし視界を白く埋めた瞬間、私の体は謎の浮遊感に包まれました。
視界が元に戻ると私は石の床に座り込んでいました。担任やクラスメイト達も同様で、お尻を打ったからか少し騒めきもありました。
いえ、その騒めきは教室とはまるで違う、言うなれば私達がファンタジー映画で見るような石造りの部屋にいたからでした。
私達が召喚された旨は国王から伝えられました。
曰く、伝説に残る魔王が復活し魔物の群勢が活発になっている。それに対抗するために王家に伝わる魔法陣を用いて勇者を召喚した。
曰く、異世界人ーーつまり私達は強い力を宿しており、現地人とは比べ物にならない。
曰く、私達を元の世界に戻すには魔王の核に内包された莫大な魔力を手に入れるか、100年後に訪れる月食で魔力が増加するのを待つ必要がある。
曰く、是非ともその力でこの世界に平和をもたらして欲しい。
国王から聞かされた話にはいくつか疑問点がありましたが、それを指摘して不敬罪にでもされたらたまったものではなかったからそうはしませんでした。
担任の宮古先生は生徒を危険に晒したくないと当然の主張をしました。宮古先生は優しい先生で、綺麗な容姿から信頼も厚い。だからこそこの状況でも臆さず物を言ったのだと思います。
けど、そんな優しさも通じませんでした。
クラスのリーダー明智君が「みんなで頑張ろう」的な言葉でクラスメイトを説得して、国王の要請にクラスの総意として了承したのです。
こうして私達二年三組の面々は、異世界での戦争に身を投じることになったのです。
***
召喚されてから既に3日経っていますが、元の世界に戻る兆候なんてなくて、未知の土地に対する不安に駆られます。
他のみんなはというと少なからず前向きで、クラスの中心的な存在である明智君のグループはさらに積極的でした。
なぜ彼らがそんなに軽い気持ちでいられるのかわかりませんが、少なくとも召喚されて与えられたチート能力が彼らに楽観する余裕も与えているのでしょう。
この魔術やらの神秘が根強く残る世界ではステータスと呼ばれる能力指標があり、それはいくつかの項目からなっています。
レベル、筋力、俊敏性、耐久力、魔力。この五つは数値化されています。
様々な効果を発揮する技能。特的人物固有のものから幅の広い範囲で普遍的なものまで。これにはスキルレベルがついていています。
そして称号と呼ばれるものもありますが、これは特に何もないので割愛します。
クラスメイト達はレベルは1でしたが総じて高いステータスであり、何よりも技能に強力なものが多かったです。とある男子は、「チートスキル」などと表現してきましたが、たしかにその通りでした。
特に勇者の称号を持つ明智君は凄まじいものです。
勇者固有の技能と言い伝えられている『聖剣術』と『聖鎧』。
『聖剣術』は敵意を持つものに対して絶大な効果を持ち、かのアーサー王の剣と同じ銘を持つ聖剣エクスカリバーを扱うことが出来ます。
『聖鎧』は自身の周りに光の鎧を発生させ、ほぼ全ての攻撃を防ぎます。さらには傷を癒す力もあります。
クラスメイト達が強大な力を手に入れた中私に与えられた力はありませんでした。
いえ、レベル1としてはステータスも高めで特に魔力はクラスメイト達と同等を誇ります。ですが、異世界人特有の固有の技能はなかったのです。
私が持っていた技能はクラスメイト全員が持っていた言葉を理解する力『言語理解』だけでした。
異世界だとしてなぜ言葉が通じるのかわからなかった私は、知った時この技能に感謝しました。が、特別ではないのです。
クラスメイト達は明智君をはじめとして私を励ましてくれましたが、内心では私を憐れんだり小馬鹿にしている人もいました。
戦う力がないということで私は一人だけ訓練には参加していません。そこは少しだけ負い目を感じますが、私は私で目標としていることがあります。
「今日もいらしたのですかツキヨ様」
「こんにちはアリサさん。様付けはよしてください」
「いえいえ、異世界より招いた国賓ですから。それに、それを言うならツキヨ様も呼び捨てでと言っています」
この少し真面目でお淑やかな若い女性(と言っても当然私よりは年上ですが)は城の書物庫の司書さんであるアリサ・エールンスさんだ。
私は昨日も来たのだけど、苗字である月見里だと男子に普通の漢字の山梨君がいるなで、月夜と呼んでもらえるようにお願いしました。
結果は様付けだったけど。
私は基本さん付けや君付けをしていますし、諦めましょう。
「今日もお願いしていいですか?」
「もちろんです」
了承を得た私はアリサさんの正面に座りました。ここで文字を教わっているのです。
私は昨日本を読もうと思いここを訪れました。幸い、城内では本を持っている人が行き通りしているところを見ていたので、使用人に尋ねたのです。
そこで行き着いたこの書物庫で、好きな読書でもして気を紛らわそうと思った矢先でした。私は本のタイトルさえ読めないこと気がつきました。
『言語理解』理解の技能は話す上では問題なく作用するみたいでしたが、残念ながら読み書きとなるとそうはいかないみたいなのです。
そこで私は文字の勉強をすることにしました。本を読むたには必要なことなのです。
***
文字を勉強し始めて一週間が経ちました。
クラスメイト達の訓練は午前中だけですが、私は一日中書物庫に篭り勉強していました。なので、クラスメイト達と顔を合わせるのは朝食と夕食だけです。
「月見里さん、少しいい?」
夕食の席で私は宮古先生に声をかけられました。あとで先生の部屋に来て欲しいと言われた私は断る理由もないので、夕食を終えたあと先生の部屋を訪ねました。
私達一人ひとりに与えられた部屋は、一人で居るには少し広すぎるほどだ。だからクラスメイトの何人かは一緒に寝ていたりする。
宮古先生はもちろん一人だ。
「失礼します」
「月見里さん。そこに座って」
先生に促された私は腰を下ろしました。
「月見里さん、この世界での生活はどう?」
「どうとは?」
「一人だけ訓練に参加出来ていないでしょう。責めてるわけじゃないの。心配なだけだからね」
「そうですか。なら大丈夫です。当面のの目標は立ってますし、私は私が出来る形で行動しますから」
私が答えると先生は肩を撫で下ろして安堵の表情を浮かべました。
「目標が何か聞いてもいい?」
「本を読むことです。本には知識が詰まってますから。私達は、知らないことが多すぎる」
「偉いのね、月見里さんは」
先生がふと溢しました。
「あ、いえ違うの。月見里さんは冷静に状況を見れているんだと思ってね。私なんてどうしたらいいかわからないから」
「先生だって凄いです。この世界でもやっぱり大人と子供の差はあって、先生は唯一意見をまともに言える人です。
明智君は、少し無鉄砲が過ぎますから。クラスは先生が支えているんですよ」
「ふふふ。生徒に慰められるなんてみっともないわね。でも、ありがとう月見里さん。少し軽くなった気がするわ」
「お役に立てたのなら」
「じゃあお話はお終い。もういいわよ」
先生は私を冷静だと褒めていたけど、違う。私はただ理不尽な召喚をされたことから、また理不尽なことが降りかかるのではないかと臆病になっているだけなのです。
知らない事は恐怖ですし、だから知らなくちゃいけないし知ろうとしなくてはいけない。そうしないと、私達は考えなしの人形になるだけだ。
***
さらに一週間が経った日。私は自分に起きている変化に気がつきました。
「あれ? 読めてる?」
アリサさんとの勉強の休憩時間、私は本棚にある本の背表紙をぼんやりと眺めていました。
あー、早く読みたいな異世界の本。そんな軽い気持ちで本当にただ眺めていました。
ぼんやりと眺めていても意味が理解出来れば自然とその背表紙のタイトル呼んでしまうものす。
だから私は気がつきました。興味の惹かれる本はないかと書店で適当に見ている時と同じように。日本語で書かれている本のタイトルを見ているかのように。そんなごく当たり前の母国語として異世界の言葉を理解していることに。
「ツキヨ様どうかされましたか?」
「本の背表紙が読めています」
「本当ですか?」
「はい」
アリサさんは凄いですと褒めてくれていますが、私は自分で自分のことを信じられませんでした。なぜなら私は、こんな短期間で見たこともない言語を理解できるほど優良な頭脳を持っていないからです。
だとするとなら、まさか。
「少し待っていてください」
私はそう言ってステータスを確認しました。未だに「ステータス」と言うには少し恥ずかしいですが、私の予想が正しければ上がっているはずです。
「やっぱり」
ステータスの技術の欄。そこにある私が唯一持つ『言語理解』のスキルレベルは、初期の1から2へと上がっていました。
ついでにレベルが3へと上がり、ステータス全体が少し上昇していました。どうやらスキルレベルの上昇はレベルの上昇に影響するようです。
つまり、唐突として私が異世界の文字を読むことが出来るようになったのはスキルレベルが上昇したことによる恩恵なのでしょう。
私はアリサさんに事の概要を話しました。するとアリサさんは自分の事のように喜んでくれました。
「おめでとうございます! スキルレベルは上げるのに苦労するものですので、こんな短期間で上げられたのは偏にツキヨ様の努力の賜物です」
「いえ、アリサさんが根気よく指導してくださったからですよ」
勉強をして身についたという感覚ではなく、なぜか自らの知識として収まっている感覚は新鮮なものでしたが、きっとアリサさんの指導と私の努力も無駄ではなかったはずだ。
「ツキヨ様。読めるということは書けるようにもなられたのですか?」
「試してみます」
確かにそうだ。
アリサさんから貸してもらっているペンを握り、地球と比べると粗悪は紙に自分の名前を異世界の文字で書いてみる。ここまで文字を習いなんとか出来ていた。そこから先に、さらに細かい自己紹介を書いてみる。するとスラスラと筆は進みました。
「書けるみたいですね」
「おめでとうございます。こうなれば、私はもう用済みですね」
どこか寂しげなその言葉を私は否定した。
「アリサさんにはまだ教わりたいことが沢山ありますし、なによりも友人として付き合いたいと思っていらのですが。駄目ですか?」
「そんな! 私がお教え出来ることならなんでも。それに友人としてなんて、私みたいな低俗でいいのですか?」
「そんなことはありませんが、もしアリサしんが低俗なら私だって似たようなものですよ」
「そんなことは」
「はい。ですから、アリサさんも低俗なんてことはないんです」
「わかりました。では、これからもよろしくねツキヨ。私のことも呼び捨てでお願い」
「うん。よろしくお願いしますアリサ」
こうして出来た年上の友人に、私はこれから大いに助けられるのです。それをを知るのはきっと、もっと先のことなのだろうけど。
***
この世界に来て一か月とちょっとが過ぎました。幸いなことに暦の刻みはほぼ同じで、呼び方だけが少し違うだけでした。
私はというと、書物庫に籠る時間を減らして文官さんのお手伝いをしています。
きっかけは文官長である美人エレナさんが書物庫を訪れたことでした。何かの資料を取りに来たエレナさんの目に、アリサの隣で黙々と本を読んでいた私が目に止まったそうです。
エレナさんは私のことを仕事柄把握してはいましたが、私がここで本を読んでいたことに驚いていました。と言うのも、クラスメイト達は当然読み書きが出来ませんので、私もそうだと思っていたらしいのです。
少し多めの資料はエレナさん一人で運ぶには無理がありました。そこで私はアリサの代わりに文官室まで一緒に運ぶことにしました。
反応はアリサと同じで申し訳ないといった様子でしたが、私が少し強引に資料を持つと諦めた様子を見せました。いくら本を読むのが好きとはいっても、少し気分転換をしたくなったのです。
「何か不便なことはございませんかツキヨ様」
「いえ、特には。よくしていただいていますし、本の貯蔵もたっぷりあるみたいなので飽きることはなさそうです」
「そうですか。そう言っていただけてよかったです」
実際、困ることはない。
「着きましたここです」
エレナさんに案内されたのは少し埃臭い部屋でした。唯一の窓は小さく換気には不十分で、それに反して積まれた資料の量は圧迫感があります。
「ここにお願いします」
「はい」
両手で抱えていた資料を机の空きスペースに置きました。その時私の目に映ったのは一枚の資料、そこにある決済報告。
私は本を大量にひたすら読んでいた結果『速読』を、勉強に書いていたこと結果『速筆』の技術を習得していて、そのスキルレベルは『言語理解』を上回る3です。
『速読』によって通常よりも早く文字を認識・処理できる私は資料の概要を掴み、答えを導き出しました。どうやら数字にも速読は作用するらしい。
「ここ間違ってますよ」
「あ、本当だ……。ありがとうございます。よく一瞬見ただけでわかりましたね。ツキヨ様は素晴らしい頭脳をお持ちのようだ」
「いえ、これくらいは」
「文官といえども、計算は苦手な者が多く時々このようなことがあるのです。私も確認はしているのですが」
やはり、この世界において数学の分野は発達していないらしい。そうだと思っていました。
理由としては書物庫に数学書がほとんどありませんでした。なけなしにあった数冊も内容は稚拙で、読まれた形跡が全く見当たらないほど綺麗な状態でした。掃除だけはアリサがしていたみたいですが。
仮にも王城の書物庫に数学書等がないのは、いささか疑問に思いました。わからなくなることがあるはずなのだから。ならどうして数学書あるいはそれに類似するものがないのか。
答えはこうして目の前にありました。
「あの、ツキヨ様」
エレナさんがおそるおそる声をかけてきました。
「よろしければ、ほかの確認もしていただけませんか?」
「もちろんです」
「い、いのですか? 自分で聞いておいてあれですが」
「いつまでも働かないというのは、少し居心地が悪いですから」
そうなのだ。いつまでも働かないのは心象が悪い。事実一部のクラスメイトや使用人達の間では私に対する評価が悪いですし、同じ城内にいるのでそういった不満が少なからず耳に入ります。
宮古先生は気にしなくていいと、仕方がないと言ってくれましたが、それ以前に私が私自身に納得出来ないのです。
「さあ早速仕事を始めましょう」
誰かの役に立ちたいと思う気持ちが、クラスメイト達に劣っているという劣等感は小さくとも私の中にあったのです。
***
この世界に来て2ヶ月も間近となった頃、クラスメイト達は遂に実戦訓練に移るようで数名の騎士団先導の下、魔物が出没する付近まで遠征に向かいました。
時折聞こえてきたクラスメイト達の声がまったくなくなったことで少しは静かになりました。
そんな折、私は新たな壁にぶつかっていました。
私が今まで読んでいたのは歴史書だったり、娯楽ととれる小説だったり、大方がこの世界の事情を知るためのものばかりでした。
歴史なんて勝者の日記みたいなものなので信憑性に疑いは残りますがそれは地球のものも同じなので、ここでは気にしません。ある程度の大筋を捉えられれば十分だと言えます。
小説は作られたその時代の様子を比喩として表しています。さらには文化的なことが載っている事も珍しくないので、この世界を知るにはうってつけと言えるでしょう。
そういった情報を得るための読書はほどほどに、私は自分を守るための手段を得たいと思っていました。
今でこそこうして城の中で平和に暮らしていますが、実際には魔王との戦争をしているようなものです。いつ奇襲がかけられるのかも、戦線が後退して王都が陥落するのかもわかりません。不謹慎な話、クラスメイト達が必ず勝てる保証などないのです。
それに、敵が外にいるだけとは限りませんし。
そういった諸々の事から私は、この世界でもやはり強力な力として認識されている魔術について勉強することに決めたのです。
この世界にはいくつもの魔術があります。練習を積めば誰にでも出来る可能性のある魔術ですが、その結果に大きく作用するのはやはり技術なのです。
技術があるのとないのとでは同じ魔術を使っても効果に大きく差が出ます。さらに、難度の高い魔術や大規模な魔術になるほど技術のアシストが必須になります。
クラスメイト達には魔術関連の技術を持っている人立ちもいて、それは固有のであったりそうでなかったり。とにかく彼らは技術の習得プロセスを省くことが出来たのです。
通常は勉強をして身につけるために一つの魔術しか使えない魔術師も多いのですが、前述の理由からクラスメイト達には複数を持つ人もいた。
対して私はもちろん持っていないのでそれの習得から始めなくてはいけません。クラスメイトと違って好きな魔術を選べるという点は評価できます。
書物庫には魔術書が何冊も収められていて、いくつもの系統がありました。しかしそこで私が目の当たりにしたのは、今の私では理解が出来ない新しい言語である『魔術言語』でした。
魔術は魔法と呼ばれる完全に属人的な力を体系化し、素質に左右はされるものも誰でも扱える術にしたものだそうです。
そして、現代魔術は魔術の祖と呼ばれる偉人が編み出した一なる魔術に使われていた魔術言語を、簡略化していったもらしいのです。
しかしその魔術言語の本質までは理解がされておらず、現代魔術はあくまで劣化番なのです。
「勉強するしかないですね」
とは言うものも、別にそこまで理解せずとも魔術は使えます。現に日常生活でも使われているし、クラスメイト達も普通に使えています。
しかし未知なる力を扱うのに不明瞭な部分があるというのは怖いもので、私はとても使う気にはなれません。
なので、私が魔術言語を研究し理解すればいいのです。
***
私が魔術言語を研究し始めて1ヶ月、クラスメイト達が遠征訓練から帰ってきました。帰ってきたクラスメイト達はどこか頼もしく見え、そしてどこか亀裂のあるように見えました。
クラスカーストというものはやはり存在する。人間が二人以上集まれば必ず上下関係は産まれますし、人間誰しもそれをどこか感じているものです。それを感じて身の丈に合う振る舞いをするのか、あえて道化を演じ上に取り入るのかはそれぞれに与するところですが。
地球でもあったのです。この世界の、わかりやすいステータスなどという指標があるのならなおさらそれは生まれ深まります。
勇者である明智くんはもちろんトップに座していますし、もともとトップカーストであったメンバーはおおよそそのままです。他はいくつか変わっているところはあります。
そして私は言わずとも分かる最低位です。
と、私としてはどうでもいいことなのですが、差が生まれれば目に見える見えないなど関係ない暴力だってまかり通ってしまいます。
「うらぁっ!」
「っ!」
書物庫の窓からかろうじて見える城壁内訓練場の隅っこ。周囲からはほとんど死角となっているそこで、志村くんが男子数人から暴力を受けていました。魔術も使っているようです。
志村くんはもともと弱気な性格で、正直戦うことには向いていないと思っていた。それが遠征訓練で露呈して、差がつき、こうなったのでしょう。
ここで割り込むことはしません。心苦しくはありますが、私自身の保険のためと、志村くんの自尊心のためには今は駄目です。
しばらくして男子数人は飽きたのかどこかへ行ってしまいました。志村くんはお腹を抑えてうずくまっています。目につきにくく、なおかつ今は訓練でという言い訳が利く場所を選んだのでしょう。陰湿で、小心者だ。
私は窓から少し手を出して、
「技術はないから気休めにしかならないけど」
魔術式を直接構築して簡単な治癒魔術第一階梯『キュア』を発動しました。
現代魔術は、呪文による詠唱で魔術式を構築し魔術を発動します。これをあまり知られていませんが間接構築法と呼びます。魔術の難度が上がるほど呪文は長くなってしまいます。
対して私がとった方法は現代ではほぼ使い手がいないと言われている直接構築法。その名の通り魔術式を直接構築する方法です。慣れてしまえばこちらの方法は圧倒的な速度と効果を発揮します。
魔術式は複雑な魔術言語で編まれています。それを間違いなく構築するのはとても難しいことでした。そこで生まれたのが間接構築法ーー呪文による詠唱での構築だ。
魔術言語を理解出来る言葉に置き換え、それを組み合わせることで魔術式を構築する。この技術により魔術は一層の普遍化を果たしたそうです。
しかしどうしてもワンクッションを置くために劣化は否めないのも事実でした。
では、何故私が難度の高い直接構築法を使えるのか。
私は魔術式を何回も書き取りました。書いては分解し翻訳。組み合わせ答えを探しました。大量のコピーをしたようなものでした。
その成果としてスキルレベルの上昇した『速筆』に副次的なものであるアビリティが派生しました。
アビリティ名は『転写』。一度書いたものなら瞬間的に写すことができるものです。転写の速度は『速筆』に依存します。
そう、私は一度書いた魔術式を転写する事で直接構築法を再現しているのです。一応この方法を高速術式構築と呼んでいます。
もちろん技術がないものは効果が薄くなりますし、その中で使えるのは難度の低い第一・二階梯の魔術に限りますが。
思ったよりも『キュア』が効いたらしく志村くんは不思議そうにしながら立ち上がりました。胸が少し軽くなったのは、意外と私もエゴが強いからでしょう。
***
魔術言語の研究もあらかた進んだ時、それは訪れました。
「あ、読める。というよりは理解出来る?」
唐突に魔術言語の意味がわかるようなったのです。この感覚は間違いなく前回と同じです。
「『言語理解』も3になりましたか」
アリサさんもいない書物庫でポツリと呟きました。
魔術言語は言葉というよりかは数字に近いものでした。ある程度のパターンが決まっていて、いくつもの組み合わせでもたらす結果が
変わるのです。
魔術言語が理解出来れば魔術式も出来るわけでして、研究は一旦終えることにしました。理解出来れば終わりというのは研究ではありませんし、そこから発展させる必要があります。
そのためにもまずは基礎を固めることにしましょう。
今は午前中ではありますがクラスメイト達の影はどこにもありません。ここ最近は実戦訓練ばかりらしく、城内で訓練しているところはほとんど見ません。なので、今訓練しているのは王城務めの騎士団員達だけでした。
城壁内側の広場は訓練場として使われています。初めて来る場所でした。というか陽の光をまともに浴びるのが久しぶりでした。
「すいません」
丸太に木剣で打ち込みをしている若い男性に声をかけました。男性は汗をぬぐうと爽やかな笑顔で対応してくれました。
「どうかされましたか? あなたのような女性がこのような場所にいかようで?」
「魔術の練習をさせていただきたいのですが。構いませんか?」
「もしかして勇者様方とご同郷の?」
「はい。でもどうして?」
「名乗り遅れました、自分は第一騎士団所属一等騎士カレイン・エルバと申します。姉は文官長のエレン・エルバです」
「そうでしたか」
「ツキヨ様からそのうち来るかもしれないと聞いていました。こちらへどうぞ」
カレインさんは紳士的な対応をしてくれました。身長の低い私の歩幅に自然と合わせてくれるのです。
「カレインさんは私に付き合っていて大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。今日は非番ですし、この時間は特にすることもないですから。こうしてお役に立てる方が騎士として有意義です」
「ありがとうございます」
的である地面に突き刺さっている丸太から、10メートルほど離れた場所に立ちます。
「使われる魔術をお教えいただいてもいいですか?」
「水属性です。当面のの目標は技術の会得です」
「では第一階梯ですね」
私はいくつもある魔術の中から属性魔術水属性を選びましまた。
もっとも普遍的な魔術である属性魔術の中で基本四属性の一つに数えられる水属性。
判断基準としては、属性魔術は普遍的で、ならばそれ相応に習得しやすいということだろうからです。水属性なのは思いつく限りでもっとも応用が利くから。
素人感覚の判断なので正しいかはわかりませんが、それも杞憂だったようであるカレインさんもうなずいてくれました。
「先手的に魔術系統の技術を持たないならば、属性魔術を選ぶのは無難です。どうやらツキヨ様は勤勉であらせられるようだ」
「いえ。このくらいなら」
実際少し魔術書を読めば似たような文句はよくある。
それに、属性魔術ではなく全く系統の異なる魔術も挑戦していますし。こちらは特に急ぐ必要もないですが。
カレインさんが少し距離をとりました。
「では、早速お願いします」
「はい」
カレインさんの言葉に返事をして右手を前に突き出しました。特にこうする必要もないけど、一応格好はつけてみます。
水属性魔術第一階梯『アクア』。
虚空より水を生成しそれを放つ魔術。これくらいの魔術ならば技術なしでもありとの差はほとんどありません。
私が魔術を発動する意思を持つと、『転写』による高速術式構築が始まりました。ここからはぼぼ自動のようなものです。
空中に魔術言語が魔力で刻まれ、それは一つの魔術式に連なります。何一つ間違いのない魔術式は正しい魔術を発動し、丸太に水を打ち出しましました。
時間にしておよそ1秒。最低階梯の魔術なので魔術式は比較的短く単純で、それも相まってのこの速さでしょう。『速筆』のスキルレベルを上げたのならどこまで早くなるでしょうか。
私が魔術の成功に喜んでいるいると、カレインさんが少し落ち着きを失って話しかけてきました。
「今のは……? いくら第一階梯とはいっても速すぎました。それに、詠唱していませんでしたよね」
「えーと……」
本当なら公開しなくてはいけない情報なのでしょう。けど今はまだ私の持ち札として隠しておきたいのです。カレインさんに見られたこと自体は想定内とはいえでもです。
なので困ったわたしは、
「秘密ですっ」
と柄にもなく言ってしまいました。
***
この世界に召喚されて半年が経ちました。
魔術の訓練をひたすらした私は技術として『属性魔術水属性』を中心としたいくつかの魔術系スキルを習得しスキルレベルを上げていました。
さらにはカレインさんに師事し戦闘のイロハを教えていただきました。
それでも私はクラスメイトの輪には加わりませんでした。むしろカレインさんにもお願いして私が戦えることを隠しました。
というのも私には一つの夢が出来たからです。
私は書物庫でこの世界のことを知るたびに思うことがありました。実際に見て触れて知りたいと。
その欲は「この世界を旅したい」というものに昇華され、それが私の夢になりました。
ですがこの世界には魔物が跋扈していますし、治安がどの程度整っているのかは怪しところです。か弱き乙女のまま旅をしたらきっと惨たらし最期を迎えることになってしまいます。
そのために私は魔術を磨き自衛できるようになりました。知識を蓄え、コツコツと旅の準備を進めてきたのです。
ですがさすがに誰にも言わず出て行くのは厄介事を引き起こしかねません。
私は今一応と保護者と同義である先生と対話していました。私の夢と、それを可能にする能力もある程度は見せています。
先生は深刻そうな表情で、若干の怒りを持っています。声は少し震えていました。
「月見里さん、もう一度よく考えてください。この世界は危険なんですよ」
「心配してくださるのは嬉しいですが、私の考えは変わりません」
「っ!」
「それに、魔王を倒せば本当に地球に帰らせてもらえるとお思いですか?」
私の何気ない質問に先生の顔が間抜けだものになりました。どうやら、考えていなかったようです。
「この国は都合でかってに私達を召喚しました。そんな国が私達を帰らせると?」
「それは、切迫詰まっているからじゃないんですか?」
「そうです。勇者と強い力を持つとはいえ子供の私達を戦場に送らなければならないほどに戦力がギリギリなのです。
そこで仮に魔王を倒したとしましょう。この国以外にも国はあります。そんな中、一大戦力とも言えるこの国が、貴重なそれを手放すと思いますか? 魔王を倒したあとには他国との覇権争いが起こりうるのに」
「……」
「他にも根拠はあります。
『勇者召喚』の魔術式を見させていただきましたが、その名前の通り召喚する効果しかありませんでした。……あ、どうしてわかるのかは秘密です。
送還の魔術式も城中どこにも見つかりませんでした。
つまり、どうやって私達を地球に帰すのか、方法は不明なのです」
私の、側からしたら突拍子もない話も先生は一つひとつを吟味して真摯に受け止めてくれました。
「だから私が探してきます」
それは私の夢のおまけだ。
「なら、私も一緒に」
「無理ですね。先生はクラスを看なければいけませんし」
「生徒達も」
「逃してもらえませんよ。それに彼らが今の生活を捨てるとは思えません」
クラスメイト達は充実しています。強い力を持ち財力もある。これを捨てるには私の話は信憑性にやや欠けています。
「無理はしません。私も死にたくはありませんから」
「わかり、ました。でもなるべく危険な事からは避けてください」
「はい」
「それで、いつ発つんですか?」
「3日後を予定しています」
「そうですか。……それまでは十分休んで、英気を養ってください」
「はい。では、失礼します」
こんなにも私を心配してくれる先生には申し訳ないと思います。きっと先生だって苦渋の決断でしょうし、これが私のわがままだという事も。
色々理由は言いましたが、結局根本にあるのはそれなのです。
窓と外に煌めく星を見上げます。
地球では見られない、色とりどりの星で出来た空の絨毯。
夜空は寂しい物だと思っていた私の価値観を変えた星空があれば、これからの旅もきっと大丈夫。そう思えてきました。
***
旅路の前に、私には最後にやるべき事がありました。私は私を否定はしませんが、けじめをつける必要はあると思うのです。
「何してるんですか?」
「あ? 月見里かよ。なんか文句あんのか?」
「ええ。弱い者イジメは楽しいのかしら、近藤くん」
以前見捨ててしまったイジメ。それを今、私は助けようと思いました。
別に正義の味方になりたいと思ったわけではありません。見るもの全て、朽ちて行くもの全てを助けたいとは思わないのですから。
ですが、もし私の手の届く範囲で理不尽がまかり通っているのなら、それを見て見ぬ振りをするのはもうやめます。
「大丈夫ですか志村くん」
「月見里さん、どうして……」
「助けたいと思うのは当然です」
私は近藤くんと取り巻き男子を押しのけ、倒れている志村くんの側に膝をつきました。起き上がる事のできない志村くんは苦しそうです。
志村くんは見た目こそ服が汚れているだけですが、『解析』で診る限り内臓にダメージがあるようです。
「少し待っていてくださいね」
治癒魔術第四階梯『ハイルング』。
もちろん技術で『治癒魔術』を会得していて、以前とは比べものにならないほどの効果を発揮します。
優しく温かい光が志村くんを包み込み傷を癒していきます。表情も良くなりました。とりあえずこれで志村くんは大丈夫でしょう。
私は立ち上がり近藤くん達に向き直りました。
「お前、治癒魔術使えたんだな」
「ええ。隠れて特訓してましたから」
「まあいいけどよぉ。それより、退けよ月見里ィ。女だから手ぇあげてねえだで、邪魔すんなら容赦しねぇ
ぞ」
「何故、彼をイジメたんですか」
「あ? ンなのよえーからに決まってんだろうが。特訓してやってんだよ。なあ?」
近藤くんの呼びかけに取り巻き二人は気持ちの悪い顔で頷きました。下卑た声など聞きたくもない。
「弱いならイジメてもいいと。暴力を振るってもいいと。そう言うのですね」
「だから特訓だってーの」
「では、私があなた達の特訓をして差し上げましょう」
「あ?」
近藤くんが口上を述べる前に彼ら三人は纏めて吹き飛びました。
属性魔術風属性第三階梯『ヴェーエン』。それが彼らを抵抗する間もなく吹き飛ばした魔術です。
私は訓練場まで吹き飛んだ三人のところまでゆっくりと歩きました。どうやらクラスメイト達は訓練中だったようで、突然吹き飛んできた三人にどよめいています。
「ほら、まだ始まったばかりです。さっさと立ったらどうですか?」
「月見里さん!? まさか、これは君がやったのか?」
明智くんです。
「そうですが、何か問題でもありますか明智くん」
「あるに決まっているだろう! どうしていきなり彼らに攻撃を。仲間だろう!」
「彼らは志村くんを虐めていたんです」
「なっ!? それは本当かい?」
クラスメイト達のどよめきが一層大きくなりました。……この人達は、本当に。
「今気がついたのですか? 私に言われて? 虐めはかなり前からあったのですが、私よりも一緒にいたあなた達が気がつかないなんて、とんだ仲間もあったものですね。それとも、気がついていて何もしなかったのですか?」
何人かが反応しました。もっとも、これを咎める気はありません。私だって以前は簡単な応急処置をしただけで、助けてあげられなかったのですから。
「まあ、それは置いておきます。
彼らは虐めを特訓だと言っていました。志村くんが弱いからだそうです。なので、私も彼らのルールに則って特訓して差し上げただけなんですよ」
「それは、君が彼らよりも強いということかい?」
「ええ」
ノータイムでの返答に明智くんは口をつぐみました。流石にそこまで即答されるとは思っていなかったのでしょう。
「何あんた? 今まで引きこもってた癖に何様?」
「自分に合った方法をとる。何かいけませんか?」
明智くんグループの嬢王様的女子勝瀬さんの問いにも即答します。
「退けぇテメェらッ」
「おや、ようやく復活ですか?」
近藤くんと取り巻きが立ち上がりました。さすがは実戦訓練をしているだけあってタフですね。これくらいじゃあそこでダメージにはなりませんか。
「調子乗ってんじゃねえよ。さっきは油断しただけだ。もうそうはいかせねえ」
「では続きをしましょう。みんな下がっていた方がいいですよ」
私が促すとクラスメイト達は円状に広がりました。まるで小さな闘技場ですね。
舞台出来上がると近藤くんは目を凄ませ、低い体勢から一気に加速しました。
「行くぞオラッ」
雄叫びをあげ一直線に向かってくる近藤くんは、おそらく魔術を使用しない純粋な近接格闘タイプ。武器を持っていないこと、魔術を使わずにここまでの身体能力を見せることからも間違いないでしょう。技術構成もそれ系でまとまっているはずです。
まるで巨大な砲弾ですね。巨漢な彼らしい戦法です。魔術が詠唱を必要とするのは知っているはずですから、詠唱を完成させる前にケリをつけるつもりでしょう。
ですが忘れていませんか? 先ほど私が詠唱をせず魔術を行使したことを。
属性魔術土属性第二階梯『ヴァント』。
近藤くんの進む直前上の地面が盛り上がり壁を成しました。しかし近藤くんはそれを殴り破りました。
「こんなものかぁ!?」
と、壁を破ったことで油断し叫ぶ近藤くん。私はその瞬間を待っていた、あるいはおびき寄せたと言っていいでしょう。
「少し、痛いかもしれません」
私がそう告げた刹那には近藤くんな四肢を私の魔術が穿っていました。
属性魔術水属性第五階梯『シュピッツ・ヴァッサー』。
高水圧の水の槍で対象を貫く魔術。力量により数を増やすことが可能で、今の四連だ。
力を奪われた近藤くんは勢いよく倒れ込み私の足下までず滑りました。穿ってことで出来た細い穴からは血が流れでており、彼の服を血が濡らしていきます。
「誰か治癒魔術でもかけてあげたら?」
私は驚愕に固まるクラスメイト達を見渡しそう言いました。それもそうでしょう。自分達と違って力がないから引きこもったいたはずの私が圧倒的に勝ったのですから。
あるいはどこか見下していた私が、自分達と同じくらいの近藤くんを倒したから。
「あなた達も特訓、しますか?」
私は一歩も動けていない取り巻き二人に笑顔で訪ねました。すると二人は腰が抜けたのかへたり込み、プルプルと首を横に振りました。
「……いいでしょう」
正直情けないとは思いますが、正しい判断です。
なんとも言えない静けさが場を包むなか、王というのはそれを気にしません。明智くんは笑顔で寄ってきました。
「凄いじゃないか月見里さん! これからは一緒に戦えるな!」
「? 何を勘違いされているかはわかりませんが、私はあなた達と一緒に戦おうとは思っていません。とてもとても、弱い私には無理ですし、特訓、されたらかないません」
「そんなことないさ」
「それだけじゃありませんよ。
この世界に来てから私を気にかけもしない人達を仲間だとは思えません。
何よりも私は魔王と戦うことを了承したことはありません。明智くんがかってに代弁しただけではないですか」
「それは……。じゃあ、この世界の人がどうなってもいいのか!?」
「よくはありません。ですが、それとこれとは話が別です。この世界を守るというのはすごく高尚な正義なのでしょう。けど、それを私に強要しないでください」
「……」
「明智くん。あなたのその正義感は素晴らしいものです。が、正義とは矜持です。強要した時点で悪と同義であることを知りなさい」
明智くんは悔しそうに口を顔を歪ませていますが、何も言い返せないようです。
私は興味の失せたように踵を返してその場を去りました。
訓練場から離れて自室に戻ろうと廊下を歩いていると、カレインさんが待ち伏せていました。
「少しお聞きしたいことが」
「なんでしょうか?」
「なぜ、あのような事を?」
見ていたのですか。
「……今、クラスメイト達はレベルという概念で上下関係が出来ています。命を賭さなければいけないのに、仲間内がそんな状態ではいけません」
「はい」
「そこで私という悪役に近くて強いと認識できる存在があれば、少なくとも同じ方向は向くはずです。団結するには敵がいるところが一番ですから」
「それなら魔王でもよかったのでは?」
「そんなの実感がわきませんよ。身近にあるから効果があるんです」
「嫌われてもよいのですか? ご学友なのですよね」
「気にしませんよ。嫌われても死にはしませんから」
「そうですか」
カレインさんは悲しげな……表情をしていません。え、なんで笑っているのでしょうか。
「ツキヨ様。思っていた形とは違いますが、同じ方向は向かれたみたいですよ」
「え?」
私はカレインさんに促され訓練場を見ました。窓から見えるそこにはクラスメイト達がいて、先までの雰囲気から一変何やら興奮しているようでした。
「月見里さん凄かったな!」
「だよな!」
「いつのまに強くなったんだろう」
「きっと頑張ったんだよ」
「謝りたいなぁ」
クラスメイト達が口々にしているのは私に対するヘイトの言葉ではなく、賞賛や後悔の言葉でした。
そんな、だってそうならないようにしたのに。
「後ろ髪を引かれてしまうじゃないですか」
「それが本音でしたか」
「あっ」
カレインさんは私の顔をにこりとした表情で見やってきました。カレインさんには旅に出る事を最初に伝えていたので、どうやらお見通しのようでした。
「素直じゃないのですね」
「私、部屋で明日の準備してきますっ」
きっと私の顔は今真っ赤っかでしょう。自分でもわかるほどに熱いですから。
「認められるのは、嬉しいですね」
***
賛課の鐘が朝焼けの空に響く。
私は朝も早い朝食の前に城を発つべく、城門の隅にいました。そこで見送りに来てくれた宮古先生、アリサ、エレナさん、カレインさんとそれぞれ言葉を交わしていきます。
「ツキヨ様、野営には十分お気をつけください」
「ありがとうございましたカレインさん。こうして旅が出来るのもカレインさんのおかげです」
「いえ。自分は少しお手伝いをさせていただいただけですので」
「謙遜しないでください。私のお師匠様は凄い人だと自慢したいですから」
「わかりました。であるなら、この名がお耳に届くように一層精進します」
カレインさんからは戦闘だけではなく、旅の仕方などを教えてもらいました。かつて旅をしていたカレインさんから教わる実践的な知識は、私の欲を満たすだけではなく本当に役に立つものばかりです。
カレインさんと握手を交わし、姉であるエレナさんと向き合います。
「お手伝いをしていただきありがとうございました」
「いえ、お気になさらないでください」
「賃金にイロをつけさせていただいたので、路銀としてお役に立ててください」
「そんな申し訳が」
「お恥ずかしながら、ツキヨ様がおられなければ計算ミスが多発しますので。その分からです」
「ありがとうございます?」
少し返答に困る茶目っ気のある理由でしたが、エレナさんとも握手して次の方に向きました。
「ツキヨ、寂しくなるわ」
「私もですアリサ」
「けど、あなたがしたいことだもの。惜しいけど引き止めはしない」
「ありがとう。絶対にアリサのところに帰えってくるから待ってて」
「うん。いってらっしゃい」
この世界に来て出来た少しお姉さんの親友。本を読むのが好きだという共通点はあったけど、それ以上に気の合う存在でした。
「あれ姉御、なにしてるんすか?」
「え?」
姉御、と私を呼んだきたのは、昨日私が倒した近藤くんでした。相変わらず取り巻き二人もいて、彼らも姉御呼びです。
「こ、近藤くん。姉御ってなんですか?」
「昨日の事で目が覚めたんす! 俺達はまだまだ弱くて、情けない男だってことに。姉御みたく強くなって優しくなるって決めたんす! 昨日は本当にすんませんでした!」
「「すんませんでした!」」
「……」
ええ、まさかの展開です……。近藤くん、見た目だけではなくて脳まで筋肉で出来ているんでしょうか? 自分より強い者を素直に尊敬する。いつの時代に生きているのですか。
「姉御呼びはやめてください」
「いえ! 俺達にとっては姉御は姉御っす!」
「……わかりました。はい、もうそれでいいです」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、頑張ってくださいね」
「うす! おらお前ら、とっとと特訓しにいくぞ!」
近藤くん達は私に礼をすると駆け足で去って行きました。……最初の質問のことを忘れていますが、都合がいいので止めずにおきましょう。
「随分と慕われたんですね、月見里さん」
「やめてください、本当に」
「ふふふ。そうね、わかったわ」
宮古先生は穏やかな表情のまま訪ねてきました。
「本当に行くんですね?」
「はい」
「なら、いいです。気をつけて行ってね」
「はい。ご迷惑をおかけします」
「いいのいいの。生徒はいつか巣立つけど、月見里さんはそれが早かっただけなんだから。ちょっぴり危険な世界だけど、危険じゃない世界なんてないから」
「はい」
「だから、楽しんで。成長した月見里さんとまた会えるのを楽しみにしてます」
どこか自分に言い聞かせる意味もあるのか、宮古先生の目には涙が浮かんでいます。それを指摘するというのは無粋です。
「宮古先生、本当にありがとうございました」
「はい」
かなり早い卒業式みたくなってしまいました。宮古先生が泣く前に行ってしまいましょう。
私は全員の顔を見渡して、笑顔で言います。これからの旅に希望を込めて。
「行ってきます」
連載化希望受け付けまーす。受けたらですけどね。
ランキングに載ったら連載化するかもです。
感想・ブクマに評価やレビュー! 短編ですのでどうぞお気軽にどうぞ! 練習だと思ってどうぞ!
作者は狂喜乱舞します
こちら「かわいい俺は世界最強〜俺tueeeeではなく俺moeeeeを目指します〜」もどうぞよろしくお願いします!
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