そう言えば十二歳だった
「こちらへどうぞ。」
校長の案内で、魔導実習区画と名札の下がった鉄扉を潜る。
いきなり、何かが燃えたような臭いが鼻につく。
「本日は、発火魔法のようですね。」
同じ臭いを嗅いだ校長が前を見ながら、俺達に説明する。
「殺風景にお感じでしょうが、この区画は、すぐに傷んでしまいますので、室内装飾の類は一切ないのです。」
校長の言うとおり壁も床も天井も全てがコンクリートの打ちっ放しだ。壁際の天井には太い配管が三本、剥き出しの状態で廊下を走っている。
暗くならないように蛍光灯が沢山付いているが、それでも陰鬱とした雰囲気は払しょくできていない。
俺達は足音を鳴らしながら、廊下を進む。その廊下を曲がったところで、壁が、不意にコンクリートから、鉄より硬い硬質ガラス、アルミナガラスへと変わる。
そのガラスの向こうから赤い閃光が迸る。
「おお。」
カルザンがガラスに近付き、感嘆の声を上げる。
神州トガナキノ国ではマイクロマシン、精霊を使った魔法は普通だ。しかし他国では一部の才能ある者にしか使えない。
その魔法を子供たちが普通に使っているのだ。カルザンが驚くのも無理はない。
ガラスの向こうでは、十一歳から十二歳の子供達が、藁の束に向かって炎を投げかけていた。
居合抜きの演武で使われるような藁束、巻藁を、炎が渦を巻いて纏わり付くこともあれば、巻藁を包み込むように炎が発生する場合もある。
俺は右目で、マイクロマシンの動きを確認する。
昔、ヘルザースの城で見た魔法と同じだ。水素と炭素を使って炎を生み出し、炭素と水素を送り込み続けている。
「随分と効率の悪い魔法だな。」
俺の一言に耳聡い二人が注目する。
「どういう意味です?」
カルザンが俺に問い掛ける。校長もその答えが気になっているようだ。
「どういうも何も、そのままの意味だよ。精霊に命じて、空気中から水素と炭素を集めて燃やすなんて、効率が悪すぎるじゃないか。あれじゃあ、発火させた後も継続燃焼させるために精霊を使役し続けなくちゃならない。」
カルザンはキョトンとするが、校長は訝し気に目を眇める。
「では、セアリさんはどのようにして、あの的を燃やされるのですか?」
校長が問い直す。
「そんなの簡単だよ。精霊に直接、燃やさせればいいのさ。」
校長が目を見開く。
「それは凄い。是非、生徒たちに実演してください。」
校長の言葉に俺は頷き、「ああ、いいです…」と言いかけた時だった。アルミナガラスの向こうの生徒に目が留まる。
俺は慌てて、アルミナガラスに背を向けて、「え、えええ~っと、き、今日は少し、ち、ちょっと体調が悪いかな?」と応える。
「え?なにを言ってるんですか?さっきまで、あんなに美味い美味いと言って給食のお替りまでしていたではありませんか。」
カ、カルザン、今は俺に合わせろ。でないと、お前は、俺に裏切り者の烙印を押されることになるぞ?
「いや、だから、今日はちょっと調子が…」
「いいではないですか?何を出し惜しみしてるんですか?私もあなたの高等魔法を見てみたいです。見せてくださいよ。ケチらずに。さあ。見せてください。」
なんだ?なんで、そんなにグイグイ来る?カルザン、えらい食い付きようじゃないか?
「ねえ。ねえ。見せてくださいよ。ねえ。見せてください。」
可愛い顔でそんなに強請るなよ。心が折れるじゃねえか。
「ま、まあまあ、セアリさんは体調がお悪いようですので…」
校長がカルザンを宥めに入るが、カルザンはお構いなしに、グイグイ来る。
「いえ、この人の場合は、きっと面倒臭いとか、そういういい加減な理由なんですよ。だから、気にしないで見せてもらいましょう。」
お~い、カルザン。確かに普段なら、お前が言ったとおりだが、今は違うんだよ。頼むからスルーしてくれ。
「さあ、行きましょう。入り口はあの扉ですね?」
カルザンが俺の腕を掴んで鉄扉へと引き摺って行く。
「いや、待て。待て、待て、待て。」
「い~え、待ちません。私が見たいのですよ。貴方の高等魔法を。」
う~ん。カルザンにここまで強請られては仕方がない。
「わかったよ。わかったから、そんなに引っ張るな。」
俺の言葉を聞いたカルザンが、大きく笑い、校長が鉄扉に近付く。
「本当によろしいのですか?」
ドアノブに手を掛けた校長が俺に確認する。
「ああ、いいよ。その代わり、室内では俺に質問することは禁止だ。いいな?」
カルザンと校長が首を傾げる。
「いいな?」
大き目の声で二人に念押しする。
「わ、わかりました。」
校長が応え、カルザンは大きく頷く。
「よし。じゃあ、開けてくれ。」
俺の合図で校長が扉を開け、中の教師に声を掛ける。
「授業中にすいません。今日、おいでになられた視察官の方が高等魔法をお使いになられるそうなので、実演して頂こうと思いますが、如何ですか?」
教師と三十人ほどの生徒がこちらに注目する。
「おお、それは素晴らしい。是非、実演して頂けますか。」
教師が答え、校長が俺の方を振り返る。
振り返って、ギョッとなる。
俺は白い仮面を着けていた。
連なる星々という組織を創った頃に、ローデルに言われて作った白い仮面だ。そう、赤い服を着れば、三倍速く動けそうになる仮面。
「ど、どうしたんですか?」
カルザンが俺に聞いてくるが、俺は「質問禁止。」と、一言呟いて、校長の前に出る。
「皆さんこんにちは。私は児童福祉教育局学校視察官のセアリ・コウルザと申します。先の魔獣災害で顔に醜い傷を負ったためにこのような仮面を着けております。」
確か、三倍速の赤い人はそんなことを言ってたと思う。
生徒の全員が俺の方を見詰めているが、俺が気にしているのはたった一人の生徒だけだ。
「それでは、皆さんに聞きます。精霊はどうして活動することができるのでしょうか?」
生徒たちが騒めく。そこかしこで「何?初歩の講義?」「そんなことぐらい知ってるよな?」という声が聞こえる。
「どうして活動できるのですか?」
俺は再度、生徒たちに問い掛ける。
「霊子をエネルギー源としているからでしゅ。」
俺が気にしていた女子生徒が大きな声で答える。
俺は頷く。そして、言葉を続ける。
「その通りですが、正確ではありません。」
生徒たちがザワリと一瞬だけ騒めく。
「精霊は精霊回路から発信された霊子を受けて動き出し、その霊子の指向性、つまり命令を遂行するために周囲に満たされている幽子を消費して活動を継続するのです。」
俺の質問に答えた女の子が、頷きながら俺の方を見詰めている。
「皆さんのやり方ですと、炭素と水素を炎にくべ続けなければいけないため、霊子が幾らあっても足りません。」
俺は巻藁に手を翳す。
「だから、精霊に命じるにはこうです。」
巻藁が内部から、突然、火を吹き出し爆発四散する。
「ああ!!」「おお!!」「ええ!」
異口同音に生徒たちが声を上げる。教師も同じだ。
「精霊に与える命令は急激な加速です。精霊によって分子運動を急激に加速させることで発火させ、燃焼させます。そのまま加速を続けさせれば、高温に達した空気その物が膨張し、爆発現象を発生させます。」
全員が静まり返っている。
「皆さんのやり方ですと継続的に命令を刻んだ霊子を送り続けなくてはなりません。しかし私は一度、霊子を送り込んだだけです。」
全員の顔を見回す。
「私が皆さんと同じだけの霊子量を使用して、魔法を行使するならば、こういう形になります。」
俺はもう一本の巻藁に再び手を翳す。
巻藁の中の竹が音を立てて瞬時に折れ、変形、圧縮されて炎を吹き出し、やはり爆発四散する。
「霊子は物質を形成する力場を展開しています。私は巻藁に、直接、霊子を送り続けることで、その力場を強化しました。そうすることで、物質は急激に圧縮されて、分子間の摩擦が増大し、高温になり、燃えるのです。そして、最後には圧縮された物質が元に戻ろうと膨張して爆発するのです。」
全員が目を見開き、静まり返っている。
やり過ぎたか?
俺の質問に答えた女子生徒が立ち上がる。
「トガ兄ちゃん、トガリ国王陛下でしゅか?」
あれ?仮面を着けてるのにバレた?なんで?
さらに静まり返る。
何故なら俺も固まっているからだ。
『無詠唱で魔法なんか使うからだ。』
あ。
『この国で、無詠唱で魔法を使える者はトガリぐらいの者だろうが。』
うん。
精霊、少なくとも、この神州トガナキノ国のマイクロマシンは全て俺の支配下だ。この国でマイクロマシンに対する所有、管理権限を有しているのは俺だけだから、俺以外の人間が、この国でマイクロマシンを使う場合はアクセスワードとパスワードが必要になる。つまり、呪言の詠唱が必須なのだ。
「ふう。」
俺は溜息を一つ吐く。
「よう。」
俺は観念して、白い仮面を外しながら、女子生徒に向かって手を挙げる。
「やっぱり!!トガリ国王陛下なのでしゅ!!」
従妹のトドネが叫ぶ。
そうなのだ。トドネは今年で十二歳なんだよ。
そうなんだよな。
今年、卒業だって言ってたの、忘れてたよ…。
俺はバツが悪くて、頭を思いっきり掻いた。
カルザンは笑ってる。
校長をはじめ、全員が床にへたり込んでいる。
ただ、トドネだけが嬉しそうに笑っていた。




