カルザンは皇帝だから色々考えなくっちゃいけないから大変、俺?俺は国王ですから
安寧城の最も近い学校。名称を神州国立新神太極魔導学校という。
ね?引かない?太極魔導学校って名前、引かない?俺は引いた。
神州と新神で、神って単語が二つも入って魔導ってどうなの?おかしくない?俺はおかしいと思う。神様と魔物のバーゲンセールかよ。
児童福祉教育局局長のルブブシュが俺に「学校の名称は如何いたしましょうか?」と聞いてきたので、「新神って名前を勝手に付けたんだから、今度はわかりやすく、第一学校で良いんじゃない?」と答えたのだが、何故か神州ってのと太極ってのと魔導ってのが付いてて、なんじゃそりゃ?ってなった。
ヘルザース曰く「陛下が学校施設を中心に地区分けしやすく造営して下さったのでな。新神浄土の自治活動においても地区分けをした方が、何かと都合が良いと考えます。それで、この安寧城のある区を太極といたしまして、こちらの区は左極、こちらは右極、こちらは善上、という感じで二十四に区分けいたしました。従いまして、この太極にある学校は太極魔導学校となります。大変、わかりやすいと考える次第です。」と説明してくれた。
いや、何が次第なんだよ。なんで、こいつはこうも勝手に名前を付けたがるのかねぇ。ホントにいつか酷い目に会えよ。
確かに国体母艦建造当初から地区分けすることは考えてたよ。でも誰がそんな名称を付けろって言ったよ。第一、第二ってわかりやすくて、覚えやすい名称でよかったんだよ。太極って拳法かよ。「ハッ!」とか言ったりするの?ったく。
で、まあ、とにかくこの太極魔導学校に到着したわけだ。
俺達は素性を隠してのお忍び視察だから、勝手に入って行くと不審者扱いされるし、こっそり見てても視察にならない。だから、事前にルブブシュが手を回してくれて、俺達二人は児童福祉教育局から派遣された視察官ということになっている。
現状の学校運営を確認し、改善点を抽出、今後の学校運営に生かすという役割だ。
学校に着く直前で裏道に入り、誰にも見られていないことを確認して、俺達の服を神州トガナキノ国行政院の制服へと再構築する。青の詰襟、ハーフコートの堅っ苦しい服だ。カルザンは似合っているが、俺は盗んで来たの?って聞かれてもおかしくないような気がする。うん。気のせいだ。思い込みが大事。
これで、俺達は堂々と校内に入れる。
この学校、大きな敷地に大きく建てられている。いや、俺が大きく建てたんだけど、その門も巨大だ。こうやって近場で見ると、こんなに大きくなくっても良かったんじゃね?と思えてくる。
家五軒分はある城門のような造りだ。その門には似つかわしくないインターフォンが付いている。インターフォンを押して、付随するカメラに向かって身分証を提示する。
門の向こうから、三十代ぐらいの男性が小走りにやって来て、門扉の手前で止まると、重厚な意匠を凝らした鉄柵製の門扉が自動で開く。
「どうも、お待ちしておりました。校長のテルザノ・テュイージと申します。」
深々とお辞儀をしてくる。
俺とカルザンは、身分証を再度、提示して、それぞれの偽名を名乗る。この時の俺の偽名はセアリ・コウルザでカルザンはテイドラ・ノクタスだ。
「それでは、早速、ご案内いたします。こちらにどうぞ。」
校長が先に立って歩きだす。
「今は授業中ですか?」
カルザンの問い掛けに校長が頷きながら振り返る。
「はい。今の時間は、三時間目ですね。四十五分授業で、十分間の休息を挟みます。」
この魔導学校では現代日本の一般的な授業が行われている。一般的と言ってもレベルは高い。
脳底の精霊回路には、入学前に基礎的な知識と論理思考の組み立てが植え付けられている。
建国当時は、入学時に植え付けるようにしていた。
急激な知識の増加は生体に負荷がかかりすぎるので、大人には段階的に精霊回路への植え付けを行っていたのだ。
つまり、六年前は年齢に関係なく一旦は全国民がこの学校に入学し、年齢に応じた知識と論理的思考の組み立ての植え付けを段階的に行い、国民の文明度を底上げしたのだ。
そのお陰で、この国は識字率百パーセントだ。しかも、現代日本で言うところの英語と日本語のバイリンガルでだ。
この世界での英語はナメリ語と呼ばれ、日本語はヤート語だ。中国語はナカクリ語、韓国語はカンデ語と呼ばれている。
何森源也のデータによると、過去に起こった戦争は殺戮戦争と呼ばれてていた。その殺戮戦争で、一旦、絶滅的な打撃を受けて生き残った人類が、此処まで復興する間にヤマト民族はヤートと呼ばれるようになり、アメリカ大陸はウーサ大陸と呼ばれるようになった。
最終的な支配階級は欧米諸国が席捲したのだろう。白人や黒人は俺達のように族名を持たない。最終的に生き残った結果マイノリティとなった民族だけが族名を持っている。
つまり、族名を持っている者達は過去の殺戮戦争で苛烈な激戦を生き残ったということだ。
六年前、ホノルダの本屋で買った神話などの本を読み解くと薄っすらとそのようなことが理解できた。
長い年月の中で、支配する者が移り変わり、絶滅の危機に瀕した人類。
授業に勤しむ子供達を見ながら、そんな未来を託さないようにしなければと思う。
『じゃあ、働けよ。』
それはヤダ。
一年生の授業風景から視察し、三年生の授業風景を廊下の窓から視察する。
カルザンが眉を顰めて難しい顔でその授業を聞いている。
一年生は現代日本の小学生レベルの授業だから、カルザンにも無理なく理解できただろう。でも三年生になると中学生の高等レベルになる。
カルザンが校長の方に振り向き「中に入ることはできますか?」と問い掛ける。
「結構ですよ。どうぞ。」
校長が静かにドアを開け、俺とカルザンを教室へと招き入れる。生徒たちがこちらを振り返るが、校長が一言説明するとすぐに前を向いて授業が再開される。
授業の名称は魔導化学だが、その内容は普通の化学だ。
元素についての授業が行われている。
この授業によって簡易錬成器と錬成器の仕組みをより深く理解できるようになり、簡易錬成器で錬成できる物の幅を広げることができる。
カルザンが切羽詰まったような顔を教師に向けたまま、俺の袖を握る。
耳元に口を寄せて、小声で「どうした?」と、問い掛けると、カルザンが俺の方を振り仰ぎ、その表情を崩さないまま、握っていた手を開く。
「いえ。なんでもありません。すいません、取り乱しました。」
そう言って再び前を向くが、その表情は暗いままだ。
「別の授業も見てみよう。」
そう校長に声を掛けて俺達は教師に一礼して、教室を出る。
次の教室も三年生の教室だが、この教室では霊子学が行われていた。
教師が大きな声で話しながら板書している。
「いいですか?人間の構成は肉体、霊子体、精神体の三位一体で構成されています。肉体は目に見えますが、霊子体と精神体については目に見えません。」
板書と言ったが、黒板ではない。
使用者の霊子を受信して作動するタッチパネル方式の大画面が黒板代わりだ。その大画面に人の画が三つ。赤で描かれた人型が肉体を表し、青が霊子体、緑が精神体だ。
「肉体は霊子体と精神体の器であると同時に物理現象を実行するために必要となります。それに対して精神体は行動発現の意志決定を行います。」
緑の人型に欲求と文字が上書きされ矢印が青の人型に伸びる。
「霊子体はその意志決定に必要なエネルギー源となっています。」
矢印を受けた青の人型が点滅して、太くなった矢印が赤の人型へと伸びる。
「そして、人は精神体で発現した欲求に従って、行動するのです。」
赤い人型が動き出す。
「霊子体には、もう一つ重要な働きがあります。」
青の人型が拡大される。
「それは、物質形成の力場を展開する働きです。」
青い人型の中心部分で青色が同心円を描いて動き出す。
「霊子体を構成する霊子は指向性のエネルギーです。どのような指向性を持っているかと言いますと、魔導化学で習った元素。その元素同士を引きつけようとする指向性です。」
渦が人型の中心に集まるように動く。
「つまり、全ての物質には、この霊子が含まれており、この霊子の働きによって物質は形作られているのです。」
教師のこの話を聞いて、カルザンが一言、呟く。
「こんなことまで…」
教師が話を続ける。
「霊子は指向性を持ったエネルギーですが、指向性を持っていない霊子もあるのです。」
カルザンが喉を鳴らす。
「指向性を持っていない霊子、それを幽子と呼びます。」
三色の人型が一つに重なり、その周囲が白く染まる。そして、複数の幽子の文字が浮かび上がる。
「この世界はこの幽子で満たされている状態です。」
教師が生徒たちに視線を転ずると同時に生徒の一人を指名する。
「エネルギー保存の法則は習いましたね?」
指名された生徒が「はい。」と答える。
「エネルギー保存の法則?なんなんです…それは…」
カルザンが校長には聞き取れない声で呟く。
「では、肉体内の霊子は人間の生命活動と共にどうなりますか?」
「減少します。」
質問に対する答えに満足した教師は、立ち上がっていた生徒に座るよう促す。
「減少し続ければ、人間は活動することが出来なくなります。しかし、周囲に指向性を持たないエネルギー、幽子があります。人類だけではなく、全ての物質はこの幽子を取り込み、霊子へと変換して活動もしくは存在し続けることが出来るのです。」
カルザンが再び、俺の袖を握り締める。
昼休みになって、俺とカルザンは用意されていた会議室に案内された。
カルザンの表情は暗いままだ。
「どうした?さっきから表情が暗いぞ?」
大きなテーブル。そのテーブルの中央に俺とカルザンは隣り合わせで座っている。そのカルザンの顔を覗き込むようにして声を掛ける。
カルザンは俯いたまま小声で話し出す。
「あんなに小さな子供達が受けている授業なのに…私にはその半分も理解できませんでした…」
俺は体を起こす。
「なんだ。そんなことか。わからなくたって困ることじゃないだろ?」
カルザンが一つ頷き、そのまま、頭を上げることなく項垂れる。
「はい。私個人が理解できなくても良いのです。ただ、私は最高の環境で最高の教師の下、勉学に励んで参りました。その私が半分も理解できないということは、カルザン帝国の国民には全く理解できない授業内容であったと考えられるのです…」
うん。成程。そういうことか。
「国民一人一人の能力に差がありすぎる。…国力が違い過ぎる…」
カルザンがテーブル上で拳を握る。
「私は神州トガナキノ国に併合されることを是と考えてきました。でも、その考えは間違いだったのかもしれません。」
俺は再び頷く。
「そうだな。国民一人一人の能力に差がありすぎるからな。トガナキノの国民がカルザンの臣民を支配しようと考えていなくても、自然とそういう構図になっていくわな。」
「はい。しかし神州トガナキノ国に抗する術を我々は持ちえません。」
「うん。ウチに宣戦布告なんかしたら、ヘルザースかローデルに好き勝手に蹂躙されて終わりだな。ヘルザースはお前を男娼として召し抱えるかもしれないしな。」
「冗談ではないのです!!」
カルザンの声のトーンが一段高くなる。
「私には臣民を護る義務があります。神州トガナキノ国から臣民を護ることができるのであれば、この身一つぐらいいつでも差し出します!」
おいおい。冗談でもそんなこと言うなよ。
カルザンが俺に挑戦的な視線をぶつけてくる。
「カルザン。お前はもう六年も俺と付き合ってるんだぞ?いいか?俺は他国に攻め入るようなことはしないし、トガナキノの国民を支配階級にしようなんてことも一切考えちゃいない。そのことは、お前だってわかってるだろう?」
カルザンが再び俯く。
「はい。申し訳ありません。つい、苛立ちから激高してしまいました。」
俺は溜息を一つ吐く。
「いいか?このトガナキノ国は、戦争を遠ざけるために空中に浮かんでる。」
「はい。」
カルザンの返事を聞いてから一拍の間を置く。
「そうだな。人には付き合いやすい距離感というものがある。」
カルザンが眉を顰めて、首を傾げる。
「いいから聞け。その距離感と言うのが大事だ。例えば子供の頃は仲の良かった兄弟が、家督争いとかで骨肉の争いをするだろう?」
「はい。」
「子供の頃は単純だったから仲良くできても、大人になってくると両手に色んな物を抱えるようになる。それが、家族だったり、家臣だったり、領民だったりするんだ。」
「はい。」
「人と人は絶対に理解できない。六年も付き合ってるのに俺とお前の間には、必ず、国王と皇帝という壁が存在し、お前は常に臣民のことを考えて行動する。だから、俺に対しても帝国のことを優先的に考えて、俺にこうして欲しいという願望を交えて交流するようになる。」
「そのようなこと私は…」
俺は首を横に振る。
「いいや。お前が敬語を使い続けているのが、その証拠だ。お前にとっては意識していないことだろうが、お前は必ず帝国のことを考えながら行動している。でも、俺はそのことを責めてるんじゃない。それが皇帝としてあるべき姿だから、逆に褒めるべきだと俺は思ってる。」
カルザンが俯く。
「俺はカルザンならこうするだろう、ああするだろうと考えるが、それはあくまで幻想だ。お前もそうだろう?俺に対してこうすれば、俺が喜ぶだろうと考えることはあっても、その行為で俺が本当に喜ぶかどうかは実際にやってみなきゃわからない。」
「…そうですね…」
「領民を新たに抱えた年若き領主は、子供の頃、仲の良かった兄弟を信用できるだろうか?領主になれなかった兄弟の方はどうだ?」
「信用できる場合もあると…私は信じたいです。」
「そうだな。信じたい。でも、家督争いは起きる。」
カルザンが頷く。
「同じ地上にいるから争うんだ。争う可能性のあるものからは、争わない位置にまで距離を取るんだよ。」
カルザンが顔を上げる。
「だから、神州トガナキノ国は空にあると?」
俺は頷く。
「そうだ。トガナキノ国は空に逃げたのさ。」
カルザンの目が見開かれる。
「…逃げた…」
俺はカルザンの視線に俺の視線を合わせる。
「そうだ。逃げたんだよ。この世界の殺し合いの連鎖からな。食い物にしたって、なんにしたって地上との関りからサッサと逃げ出したのさ。」
カルザンの瞳に力が宿る。
「でも、空に逃げたからって、この国体母艦の中で争ってちゃあ意味がない。だから、国民には高い倫理観が必要になる。勉強は、うん。この国体母艦だって永遠に飛んでいられる訳じゃない。修理だってしなけりゃならないし、そのことを考えたら、皆がこの国体母艦を修理できるようになってくれなくっちゃ逃げ続けられないだろ?だから、難しい勉強もしてもらう。」
カルザンが瞳に力を宿したまま下を向く。
「まあ、この言葉もお前が信用できないって言っちまえばそれまでだけどな。でも、見てろ。」
再びカルザンが俺の目を見る。
「この数年の内に、俺は、必ず、国王を辞めてやる。」
カルザンの顔が驚きに染まる。
俺は、その顔を見て、悪戯小僧のように笑ってやった。