もう腹八分目なんですが、ラーメン屋に到着したからには啜るべし!
やっと。ラーメン屋に辿り着く。
ホントにやっとだよ。
野菜売りの屋台の後も二、三軒に呼び止められて、荷物が一杯だよ。
市を離れて分解保存したから手ぶらだけど、時間だけは取られたよ。もう。
洋風の建物に洋風のドア、そのドアの前に暖簾ってなんだか変だが、とにかく俺達はその暖簾をくぐり、ドアを押し開けて、店内へと入る。
「おっ毎度!」
「らっしゃい!」
う~ん。白人と黒人の男性には似つかわしくない入店挨拶だ。
「お二人様!ごアンナ~イ!!」
美人のブロンド姉ちゃんが、色々台無しだ。もうちょっとエレガントに出来ないものか。
店内の意匠はバーボンとかスコッチが似合いそうなシックなバーのような雰囲気なのに働く人間だけが白い合わせの板前風でラーメン屋の店員だ。へ~んなの。
「いっつもおおきに。今日はお二人やねんな!」
美人のブロンド姉ちゃん。この姉ちゃん、毎回思うが何気に関西弁だ。なにゆえに関西弁?どこで学んだ?
「相変わらず、調子良さそうだな?」
店内は結構混んでいる。カウンター席が二十席ほどと四人掛けのテーブル席が七席で、八割がたが埋まってる。
「店の方はね、でも、あたしはちょっとブルーやわ。」
俺達をカウンターに案内しながら、美人のブロンド姉ちゃんが明らかにしょげた顔をする。
「どうした?体の調子でも悪いのか?」
美人のブロンド姉ちゃんがチラリと上目遣いでカルザンの方を見る。
「ちゃうわ。お客さんが別品さんを連れて来るさかいやん。」
この姉ちゃんまでカルザンを女認定するのか。まあ、わからんでもない、たしかに美人だからな。
美人のブロンド姉ちゃんの言葉に俺は思わずカルザンを見る。
いや、確かに別品さんだけどね。ほら、カルザンが頬を赤らめてるよ?
俺は思わず手を顔の前で「ちゃうちゃう。」と言いながら振っていた。
「なにがちゃうの?」
俺は親指でカルザンを示しながら「こいつは男で俺はノンケ。だから俺達二人は男同士でただの友達。」と答える。
「うそ!!」
美人のブロンド姉ちゃんがカルザンの顔を覗き込む。
このブロンド美人姉ちゃんも他の店員と同様に板前風の半袖の白い合わせで、長いブロンドをポニーテールにまとめている。
前屈みになってカルザンに迫っていると、カルザンとブロンド姉ちゃんの間に挟まれてる俺に向かって胸の谷間が結構グイグイ来る。
うん。眼福。
『良いよねぇ。口説いとこうよ。』
すかさずクシナハラがコメントを入れてくるが、絶対的に断定的にスルーだ。
「ええ~!スッゴイ肌も綺麗なんやけど~!ホンマに男なん?!」
こらこら、客に向かっての言葉遣いじゃないぞ。
「ええ。よく、女性と間違われますが、私は男ですよ。」
カルザンも今日一日で女性に間違われまくったせいか、ちょっと慣れてきてるみたいだ。
目をキョトンと見開き「へえええ~。」と言いながら、ブロンド姉ちゃんが俺とカルザンに水を運んでくれる。
やることはちゃんとやるんだよね。うん。偉いな。
「と、いうことで、いつものラーメンを二つね。」
「おおきに!鳥白湯!大盛り細麺固目でネギとニンニク増し増し全部乗せ!二丁!入りま~す!」
「へ~い!おおきに~!」
ブロンド姉ちゃんが厨房に威勢よくメニューを注文すると、全店員がそれに合わせて返事する。
周りの人間からすれば普通の光景なのだが、白人と黒人だけのラーメン店で関西弁って、俺からすれば、違和感半端ない異様な光景だ。
俺達以外にも結構な数の客が居るのに、このブロンド姉ちゃん俺達の隣に立ったまま話始める。
やることは、ちゃんとやってるけど、余計なことまでやってるぞ?店長、良いのか?
「でも、安心したわぁ。彼女連れで来たんかと思ったわぁ。」
そう言いながら、俺の肩に手を回して来る。えらく馴れ馴れしいぞ?
「クズデラさんはモテますねぇ。」
「うん。世間では揶揄われやすいとも言うけどな。」
「いや!イケズやわ!揶揄てへんてぇ!結構、マジでアプローチしてんのに!」
「えええええええ?」
「うそぉ!今まで、内緒で煮卵多めに乗せたり、チャーシュー増し増しの増し増しにしてたん気ィ付かへんかったん?!」
内緒にしてたんだろ?なんで気付くんだよ?
「ブローニュ。今の話はホントか?」
厨房から店長らしき黒人が笑いながら現れる。同時にブローニュと呼ばれたブロンド姉ちゃんの顔が引き攣ったように歪む。
ブローニュが厨房奥へと連れて行かれて、少しして、別の男性店員が俺達にラーメンを持ってくる。
内緒にしてたんなら、墓の中まで持ってけよ。
俺はラーメンを前に合掌する。
うん。ご愁傷様と思いながら「いただきます。」って言ったんだよ。
ホント、ここのラーメンは美味いんだよ。
鳥のあっさりスープなのに、コクがあって、麺に絡んでくるこの味わいが絶妙なんだよね。
「相変わらずクズデラさんは啜るのがお上手ですね。」
長いプラチナブロンドを中指で耳にかき上げながら、そんなこと言うお前は、相変わらず美人さんですね、と、言わせて頂こう。
「まあな。この国の法律だからな。パスタ以外の麺類は啜るべし!啜らぬ者は食への冒涜!命への冒涜であるからな!!」
俺はズバッズゾッズゾゾゾッと麺を啜っているが、カルザンはチュルチュルと奥ゆかしく啜っている。
こんな所でも発揮されるカルザンの女子力百万ATK!どんなボスでもワンパンだ!
「はい。頑張って啜ります。」
真剣な表情でそんなこと言うお前はカルザン帝国の皇帝。おう。なんだか胸にキュンと来るねぇ。
マジな話、パスタ以外の麺は啜らねばならないと、俺は法文化した。
いや、ホントに四面楚歌の状態だったんだよ?もう、法律にしなきゃいけないってところまで追い込まれてた。
この国ができ上がって、直ぐぐらいの時だ。俺は、無性に蕎麦が食いたくて、ざる蕎麦を自分で作ったのだ。勿論、オルラを始めとする全員の分を作った。で、食い始めた途端に全員が俺に向かって苦情を言い出したんだよ。俺以外の全員が、あの、傍若無人を絵に描いたような姉のトネリでさえ!麺を啜るなんてみっともないって言いやがったんだよ?
アヌヤが「音を立てて食べるなんて汚いんよ。」とぬかしやがったときは、思わずブチギレそうになったよ?
お盆に零れたお茶を啜ってた奴が何をぬかしてやがる!って感じだよ。
だから俺は食事作法基準法ってのを作って、パスタ以外の麺は啜れって明文化した。条文はその一文だけだよ?え?なに?オウボウ?ウマカボウの親戚か何かですか?
ショッケンランヨウ?なにそれ?食券?ウン。食券なら幾らでも乱用しますけど?それが何か?
この食事作法基準法は、神州トガナキノ国が出来上がってから発布された法律だ。だから、国民全員に周知させるために、俺はテレビを作った。放送局と一緒に。
な?テレビを作った本当の理由。下らねえだろ?国民全員に麺を啜らせるために法律作って、テレビを作ったんだよ。で、俺の勅命第一号令がこの法令ですが?何か問題あります?
でもテレビを作ったことで、俺は自分の首を絞めることになった。
‘今日の王室’に出演しろと煩くって敵わん状態なのだ。俺は絶対に嫌だと言ってるのだが、ヘルザースが事あるごとに「王室のことを放送してるのに、陛下が出演しなくてどうなさるのです!テレビにしても陛下が勝手に作って、勝手に国民全員にばら撒いたのですぞ!ちゃんと、最後まで責任をお果たしにならねば!!」と煩い。そんなことしたら、気軽に街をブラブラできなくなるじゃないか!くそ。ヘルザースめ!いつか酷い目に合えばいいのに!
「あっそうだ。」
カルザンが器から顔を離して、カウンター向こうの厨房へと声を掛ける。
「すいません。テレビを点けてもらっていいですか?ドキュメンタリーの‘なんだか魔獣を狩りたい気分’の時間なんです。」
「ああ!はいよ!私もあの番組は毎回、録画してるんですよ!」
黒人の店長が気持ち良く応えて、テレビの電源を入れる。
「そうなんですか。今日の放送ではトロヤリ殿下が初狩なんですよね!先週から楽しみにしてたんです!」
カルザンも男の子だよなあ。俺は恥ずかしいだけだけど。
「おお!殿下が初狩の放送だってか?」
テーブル席の男性の一声で、店内の客が一斉にテレビ画面に視線を向ける。俺以外の客がね。
画面には、先日、狩った地龍の変異種が映し出される。
「ああ…オープニングナレーションを見逃しちゃったか…」
カルザンが本当に残念そうな顔をする。大丈夫だぞカルザン。お前の残念そうな顔も可愛いから、俺は大満足だ。
「何を頷いてるんですか?」
あ、見られてた。
「大丈夫だよ。確か、トンナかオルラが録画してたから、後で最初っから見せてやるよ。」
後光が射すような笑顔を見せるカルザン。うお!ホントに後光が射してるんじゃないか?!
「おお!コルナ王妃が獣化してるぞ!」
客の一人が、大声で場面が進んでいることを教えてくれる。
「テルナド殿下も獣化してる!おお!あれは高圧縮集光銃だな!」
「ヒャクヤ王妃スゲエな!殿下を背負ったままだぞ!」
「なんだ?!あのでかい砲身は!アヌヤ王妃ってあんなに力があるのか!!」
「スゲエええ!トンナ王妃!お腹があんなに膨らんでるのにスッゲエ速い!!」
「うわあ!サクヤ殿下!電撃効いてねえし!怖くねえのかよ!スゲエ根性入ってるな!!」
最後に一際大きな歓声が上がる。
「凄いぞ!トロヤリ殿下!あんなにでかい魔獣を一撃だぞ!」
トロヤリを称賛する声で店内が埋まる。
うん。父親としては感無量だよ。親孝行な子供たちを持って、父さん幸せだよ。な?こういう国民の素のままの声を聞くのって大事なんだよ。だから、俺の顔を公開したりしちゃ駄目な訳ですよ。ね?
店内が落ち着きを取り戻し、俺は思わず涙が出そうになっていたが、そんな俺の耳に客たちの静かな声が届く。
「でも、今回も陛下のお姿はなかったな。」
「ああ、なんでもテレビ嫌いなんだそうだ。だから、映像を加工して自分の姿が映らないようにしてるらしい。」
「変わってるよなあ。自分でテレビを作っておいて、テレビ嫌いだなんて。」
「大体、偏屈なんだよ。国民には勤労の奨励なんて焼き付けておいて、自分は働いちゃいけないなんて法律作ったんだぜ?変わってるどころか我儘なんだよな。」
「そうそう、働いてないから‘今日の王室’にも出てこないし。出て来るのは王妃様か殿下だけだもんな。」
「おう。嫁さんと子供を働かせて、自分は働かないなんて人としてどうかと思えるぜ。」
「行政、司法、立法、全部、ヘルザース閣下たちに任せてるんだろ?一体、何してんだか、よくわかんねぇよな。」
うん。泣きそうです。
ね?俺の顔を公開しない理由がわかったでしょ?公開してたら、今この場で、俺、袋叩きだよ?くそ。ヘルザースめ。いつか酷い目に合えばいいのに!
『ヘルザースは関係ないだろ?』
いいんだよ!なんでもかんでもヘルザースの所為にしときゃ!
「あの、クズデラさん。」
「はっ!」
カルザンの声で正気に戻って顔を上げる。
「大丈夫ですか?凄く怖い顔をしてらっしゃいましたけど…」
俺は右手で自分の顔を擦りながら「そんなに怖い顔してた?」と問いただす。
「ええ。怖いと言うか、不気味と言うか。とにかく、悪そうな顔をしてました。」
「ああ、気にしないでくれ、最近ヘルザースのことを思い出すと、そんな顔になるんだ。」
「ええ?!」
ヘルザースの名前が出たので、二人とも小声になる。
「そんな。何故です?良い方じゃないですか。理知的でお優しいし。」
む。カルザンが奴を庇うと、無性に腹が立つな。
「気を付けろ。奴は普段からお前を可愛い、可愛いと言っていた。お前の尻を狙ってるかもしれんぞ?」
「ええ!?ヘルザース閣下は男娼もお好きなのですか?」
カルザンが顔を蒼くする。
「ああ。そうらしい。」
あくまでも噂だがな、と、いう言葉は、断腸の思いで、グッと堪える。
グッとだ。
「わかりました。次からは気を付けます。」
うん。決意の顔も可愛いぞ。
『お前、クシナハラとかなり混じってきてるんじゃないか?』
おいおい。イズモリ、変なこと言うなよ。割かし、マジでゾッとしたよ?
『いや、さっきから、カルザンに対するお前の反応はそうとしか思えんのだがな。』
そんなことはない!断じてない!
『男の子も結構良いよ?カルザンならトガリを拒むこともないだろうし。』
スルー神降臨。
「ごっそさん。」
そう言って、俺は内ポケットからカード入れを取り出し、ブローニャにポイントカードを差し出す。
「毎度!また来てね。次はチャーシューサービスするし。」
チャーシューの件は嬉しいが、小声で話さなくてはならないようなことはしない方が良いぞ?
ま、そう思ったことはグッと堪えて、言わなかったが。うん。グッと堪えた。嬉しいからな。
店外孤独を出ても孤独にならない。カルザンと一緒だからな。
学校まではもうすぐだ。安寧城から割と近い位置に学校はある。公共施設はあらかた近くにある。そりゃそうか。その方が、仕事が捗るもんね。
当然、学校や区役所的な施設は街の各区に分散して建てられてる。
複数ある学校の内、安寧城に最も近い学校に俺達は向かっている訳だが、その途中でカルザンの足が止まる。
服屋の前だ。
「もう、夏の新作が出てるんですね。」
「ちょっと、のぞいて行くか?」
俺の言葉にカルザンが嬉しそうに笑う。
カルザンは白地に紺の縦ストライプが入った半袖シャツにAラインの七分袖、春用のハーフコートだ。色は春っぽくパステルグリーンなのが軽やかでいい感じだ。パンツは青いロングガウチョで、綺麗な足首が露出している。白いスニーカーから白いローソックスがチョロッと出ているのが、また、可愛い。
俺はと言えば、一言でいうなら山賊だ。
…
もうちょっと、何て言うのかな、こう、エレガントって言うか、都会風と言うか、そういう服は駄目なんですかね?
『ダメダメ。トガリみたいに体が大きくなっちゃうと、この世界だと、こういう服の方がスタンダードなんだよ。』
まあ、デザイナーとかの集合人格のお前が言うことだから着てるけどよう。もうちょっとなんとかならないもんかね?
『何とかした時のトンナちゃんとかの反応、忘れちゃった?』
むう。そうなんだよな。俺がちゃんとした格好したら、トンナ達は、俯きながら目を逸らして、「…良いと思うよ…」って呟きやがった。いや、それって、絶対、良いと思ってないだろ?ダメって言われるよりよっぽど傷付くからな。
だから俺は、ヘンリーネックTシャツの襟元のボタンを全開にして、革のベストを着てる。革のほとんどは滑革なので、革鎧のようだ。内側にはファーが付いており、ベストの肩口からファーが出て、丸々山賊だ。
腰にはヤートの誇り、ホウバタイ。デニムに黒い軍用のようなショートブーツ。前腕には、新神浄土のような都市部では意味のない手甲。 ね?コスプレ山賊でしょ?
『ククリナイフでも持つか?』
うん。銃刀法違反ね。
『いや、だから、玩具の。プッ』
笑うな!
まあ、たしかにカナデラの言うとおり、この世界じゃ、俺のスタイルの方がスタンダードなのだ。新神浄土の人々も俺と似たり寄ったりの格好をしている奴が多い。どちらかと言えばカルザンのファッションの方が尖ってる。如何にも貴族様って感じなのだ。
そんなちぐはぐな二人で洒落た服屋に入る。
「いらっしゃいませ~。」
女性店員が俺達を出迎え、表情を変える。
「あら!クズデラさんじゃないですか!」
「よっ。」
軽い挨拶を交わす俺にカルザンが振り向く。
「お知合いですか?」
俺は顎先を指で掻きながら「うん。まあ、知り合いって言うか…」と言葉を濁す。
「いやだわ。知り合いだなんて。綺麗なお嬢さんを連れて来て。デートの件、忘れてる?」
カルザンが驚愕の表情で俺の方を再び振り返る。
「イヤイヤイヤイヤ!誤解するなよ?こいつは、男。男だからな。」
「ハ~ン。成程ね。あたしが、こんなにデートに誘ってるってのに色好い返事が来ないってのは、そういうことなの?」
黒髪のショートボブのヤート族。この女も勘違いしてやがる。
「もう、だからぁ。こいつは男だけど、俺はノンケ。だから、俺とコイツは友達なの。」
女が呆れたように溜息を吐く。
「それならそうと早く言ってちょうだいよ。思いっきり対抗心を燃やしちゃったわよ。いいわ。わかった。今日は、その彼氏の服ならタダにしてあげる。それで、あたしの勘違いの非礼はチャラね。」
「おお、太っ腹だな。」
女が体を俺に摺り寄せてくる。
「そりゃそうよ。クズデラさんのお友達を女と勘違いしたんだもの。彼にお詫びしとかないとね。味方は多い方が難攻不落の城を落とせるでしょう?」
「おうおう。そんなに俺を揶揄って、何がそんなに楽しいんだ?」
再び女が溜息を吐き、カルザンの方に視線を転ずる。
「ね。この人、物凄く堅いでしょう?」
カルザンが女の言葉を受けてニコリと笑う。
「ええ。クズデラさんは女性問題でかなり苦労されておりますから致し方ありませんね。特に言い寄って来られる女性には警戒心が半端ないです。」
女の目が大きく見開かれる。
「あら!あなた、クズデラさんに関しちゃ事情通ねぇ。ちょっと、あたしもお友達になりたいわあ。」
今度はカルザンに迫ろうとする女を遮る。
「もういい加減にしろよ。俺達はこの後、大事な用があるんだよ。とにかく、この夏の新作を見せてくれ。」
女が拗ねたように口を窄める。
「もう、わかったわよ。そんなことより、デートの件忘れないでよ。」
文句のような口調で言いながら、女が歩き出す。
「忘れるも何も約束してないから。」
女が二着の服をハンガーから取り出し、カルザンの胸元に順番に合わせる。
「だから、約束してよって言ってるの。もう、女にここまで言わせるなんてよっぽどの事ヨ?自覚ある?うん。これが良いかしら?よかったら、そこで試着してみて。」
カルザンを試着室へと誘いながら、更に言葉を続ける。
「とにかく、奥さんがいてもいいから、デートしなさいよ。なんなら、子供が居るなら、子供を連れて来たって良いわよ?」
シャレにならんことを言いやがる。子供を連れて来たら、お前が卒倒するぞ?殿下だからな。
女に試着室に追いやられながら、カルザンが首だけ出して、俺に問い掛ける。
「クズデラさん、この方とはどういうご関係なんですか?」
俺は顔を顰めて応える。
「ご関係も何も、この店は俺の店で、こいつは俺の雇われ店長なんだよ。」
「ああ…」
カルザンが呆けた顔で納得する。
「ほら、あなたは早く試着して。この後、大事な用件があるんでしょ?」
女がカルザンを押し込む。
この女の名前はクノリという。去年、連邦外の奴隷市場で母親の病気を治す金を作るため、自分を奴隷として売り込んでいたのだが、ヤート族だという理由で、どの奴隷商人にも相手されていなかった。そこに通りがかった俺が、魔狩りだということを隠して、クノリの母親の病気を治してから、トガナキノ国に国籍を変えてはどうかと持ち掛けたのだ。
クノリとその家族は一も二もなくトガナキノ国に行きたいと申し出た。
それからは、ず~っと俺の嫁になりたいと言い続けてる。しまいには、愛人でも妾でもなんでもいいから、一緒にいさせろと煩い。あまりに煩いので、じゃあ、俺の店で働け。と、いうことで、この店の店長をしている訳だ。儲けに関してはクノリの裁量に任せて、俺はいい加減だ。別にこれ以上何かが欲しい訳でもないし、カナデラの趣味でやってるだけの店だから、儲けは全部クノリの物にさせている。
俺は皆に内緒で都市部に二つの魔道具企業と数軒の店を持っている。市で出会った串カツ屋のオッちゃんにリースしてるフライヤーも俺の会社で作った物だし。黒人女性が働いてる居酒屋は俺の会社が起ち上げた店だ。
企業と店を起ち上げたのは、カナデラとイチイハラの創作意欲からくるフラストレーション解消のためでもあるが、本命は神州トガナキノ国の文明度上昇の調整だ。
この世界での神州トガナキノ国の文明度と科学技術は突出している。
俺だけの力だ。
非常に危ういことだ。
人々は突然、降って湧いたような高度な科学文明の恩恵に恵まれた。
極端なことを言えば、石器時代の人類に、突然、現代日本の科学文明が与えられ、使い方だけを教えられたような状態だ。
システムに依存した文明社会に先は無い。システムを使うのならば、そのシステムの構造を理解する必要がある。
魔道具一つをとっても、それを修理できる者がいなければ、その魔道具は経年劣化と共に失われていく。また、発展もない。
例えば家電製品がある。
蓄積された知識と技術で完成された家電製品だ。一般の者達はその家電製品の原理を知らなくても使うことは出来る。だが、新たに発展した家電製品を作り出すことができない。
全ての人間が使用する側だけでは、その文明は衰退するしかない。
だから、魔道具企業を起ち上げ、俺は造る側の人間を育成している。
今、現在、一般に流通している魔道具のほとんどは電化製品だ。霊子金属を使用する、本当の意味での魔道具では、霊子金属の絶対数が足りない。
この街の建物すべてには、霊子金属を使った霊子発電機が備え付けられている。この発電機は、空間に満たされている幽子を取り込み、消費して、コイルを回す。そして、そのコイルが発電するのだ。
霊子金属は霊子回路が結晶化した物だ。これは、イズモリでも作ることができない。生体に生成する霊子回路は作り出すことは出来るのに、霊子金属を作り出すことはできない。
ただ出来上がる過程はわかっている。
生体器官として作られた霊子回路は微弱な生体電気を約八十年間、通電させることで徐々に結晶化する。年数を経た魔獣の脳内で霊子金属、魔石が採れるのはそういうことだ。
『生きた人間から霊子回路を取り出し、八十年かけて霊子結晶を作り出すという手もあるが…』
これはイズモリの意見だ。
『…それをすると何森源也と同じだな。』
と、イズモリは、その意見を締め括った。
俺も同意見だ。出来上がる物が同じでも、俺はその過程を大事にしたい。人間を材料のように扱うのはお断りだ。
何森源也は効率的にこの世界を創ろうとしたし、実際に創り上げた。
でも、俺は、それを否定する。
否定し続ける責任がある。
まずは、この世界の人間の平均寿命を八十歳まで伸ばさなければならない。
この世界の人間達は自分の脳内に生まれた霊子回路をゆっくりと霊子金属へと育て上げ、そして死ぬ。
死んだ後に自分の子孫たちのために霊子金属を贈るのだ。
そう。
俺が目指した自給自足の都市型国家運営。
その最終目標がこの霊子金属連鎖システムの構築だ。
本日の投稿はここまでとさせていただきます。お読み頂きありがとうございました。




