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月トガリ  作者: 吉四六
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神州トガナキノ国の人

 男性が盾になっていた。

 老人、子供、女性を先に逃がし、男たちが壁を作っていた。

 背後に避難する者達を背負って、男たちが壁を作る。武器は無い。無手であった。神州トガナキノ国に武器は無い。国民が武器を持たない。隠し持ってもいない。

 その男たちの前に酒呑童子を纏った兵士たちが立っている。

 酒呑童子の固定兵装は肩に仕込まれた高出力レーザーと前腕に仕込まれた四十五口径のレールガンである。

 酒呑童子が使用不能になった時のことを考慮して、酒呑童子の胸部パックにはサバイバルキットとして、ナイフが入っているが、到底、通用するとは考えられない。

 安寧城の前庭広場。

 酒呑童子の後方には壁を作る男たち。更にその後方には安寧城へと駆け込んで行く女性、子供そして老人たち。

「早く逃げるのよ!そうすれば、みんな逃げられる!」

 安寧城の城門で女が避難を促している。

 酒呑童子は前腕の銃口を向けている。

 暗黒精霊を纏った黒いヒトガタ。

 巨大ではない。人と同じ身の丈である。

 その顔だけが露出している。

 先頭を歩くのはヘルザースだった。その隣をズヌークが歩いている。安寧城に向かう黒いヒトガタ。その全ての顔が露出している。酒呑童子を身に纏い、銃口を向けている者の中には、その黒いヒトガタに友人を見出している者もいた。

 撃てない。

 撃つことができない。

 精霊回路にて倫理観が向上し、神州トガナキノ国という、この世界では異常とも言えるほどに平和な国で安穏と暮らしてきたのだ。

 今までの凄惨な世界から一転して平和な暮らしを手に入れた。

 武器を隠し持つ必要のない世界。

 殺されることを前提としない世界。

 守られた世界。

 一発の銃弾が、元の世界へと引き戻すのではないか?

 一発の銃弾が、この世界を崩壊させるのではない?

 哲学的な考えが浮かんだわけではない。

 そう肌で感じて撃つことができないのでもない。ただ、見知った顔、親しき友人、尊敬する上司、そんな人間を自分の手で殺すことは、自分の今まで過ごしてきた世界を破壊することに等しく思える。

 そう感じている。

 理解していない。

 言葉として思考している訳でもない。

 感じているのだ。

 ただ、引き金を引けない。

「ヘルザース閣下!それ以上、近付くなら撃ちます!!」

 一人の兵士が哀願するように叫ぶ。

「撃て!!躊躇するな!!」

 ヘルザースが応える。

「この暗黒精霊は我が身を勝手に動かしておる!!私の考えではない!!撃て!!」

 ヘルザースの体内には、トガナキノ国でも普通に使用されているマイクロマシン、N型マイクロマシンが侵入していた。そのマイクロマシンが身体機能を伝達する電気信号を阻害し、ヘルザースたちの動きを麻痺させているのだ。

 ヘルザースの額に血管が浮かぶ。

「撃て!!歩みを遅くしようと抵抗しているが!いつまでできるかわからぬ!額を狙って撃つがよい!!」

 酒呑童子たちがたじろぐ。

「下がるな!!我が身と神州トガナキノ国!天秤に掛ければ国が傾く!私は死ぬ!貴様らはその咎を背負え!貴様らがトガナキノ国の咎となり!陛下と並ぶ英霊となるのだ!!」

 一人の酒呑童子が、一歩、進む。

 ヘルザースが顔を歪めながら無理矢理に笑う。

「英傑なり!顔を曝せ!恥じるな!其方の名を高らかに叫べ!国民全員の咎を一身に背負い!其方は穢れを一身に塗れさせ!国を!国民を救うのだ!!」

 一歩前に進んだ酒呑童子のバイザーが上がる。

「神州トガナキノ国!立法院!行政補佐支援調査省!第六席次がコンタース・ウェイブ!!」

 ヘルザースの額から血管が消え、晴れやかな笑顔となる。

「見事な名乗り、承った。国の礎とならんことを心より願う。」

 ヘルザースが目を閉じる。

『ダメなのです!!』

 広域拡声。

 砂埃を激しく舞い上げ、スサノヲが降り立つ。酒呑童子とヘルザースの間に敢然と立つ。

 白い機体に金のエングレービング。

 金色の光背は神々しく光り輝いている。一旦は、砂埃から顔を覆った全員がスサノヲを見上げる。

 スサノヲの胸部中央から暗黒精霊が大量に吐き出される。

 漆黒の霧。

 暗黒精霊がスサノヲを取り巻き、徐々に広がっていく。

 ヘルザースたちを取り囲み、暗黒精霊が形を作る。

 スサノヲの股間のコクピットが開き、スサノヲが自動制御にて搭乗者を降ろす。

「ヘルザースおっちゃん達を撃っては駄目です!スサノヲの暗黒精霊が柵を作って足止めします!!」

 降りてきた少女、トドネが酒呑童子たちに向かって叫ぶ。

 トドネの言った通り、暗黒精霊が形成したのは高さ三メートルに及ぶ黒い柵だった。

 ヘルザースたちはその柵にぶち当たる。

「暗黒精霊は一つのことしかできません!分解するか!物質を形成するかのどちらかです!ヘルザースおっちゃん達を操っているのは!通常の精霊たちです!ならば!複雑な動きはできない筈なのです!!」

 トドネが両手を広げて声を張り上げる。

「と、トドネ様!!」

 ヘルザースが叫ぶ。それに応えるようにトドネが振り返る。

「ヘルザースおっちゃん!簡単に死んでは嫌なのです!!トガ兄ちゃんは言ったのです!生きることを諦めるのは簡単だ!だからこそ戦え!生きるためなら逃げることを躊躇するな!戦って!戦って!逃げろ!そう言ったのです!」

 トドネが涙を流す。

「死ぬことは負けです!自分の意志で死ぬことは負けなのです!病気や事故で死ぬことはあっても自分の意志で死ぬことは負けなのです!!ヘルザースおっちゃんは!そんなに弱いのですか?!戦いなさい!ヘルザースおっちゃんは神州トガナキノ国の行政院第一席なのです!!」

 ヘルザースの額に再び血管が走る。

 両の鼻孔から血が流れ出す。

 マイクロマシンの制御に逆らって、天を仰ぐ。

「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 踠。

 足掻く。

 ヘルザースの足が止まる。

 柵に阻まれ、進むことができなくなっていたにもかかわらず、動かし続けていた足が止まる。

 ズヌークも叫ぶ。

 伝播するように暗黒精霊を纏った者たちが次々と叫ぶ。

「そうなのです!!戦うのです!」

 ヘルザースが苦痛に歪んだままに、その表情を晴れやかな笑顔へと変える。

「逃げよ!!私らが足を止めている間に逃げよ!!」

 トドネが振り返り、避難状況を確認する。男たちは立ったままだ。その場を動く気配を見せない。

 トドネが困惑の表情を露にしながら訴える。

「なぜ逃げないのですか?!早く逃げてください!」

 男が一人、一歩、前に出る。

「王族と言えど、トドネ様は未だ年若き少女。その少女を残して逃げたとあっては神州トガナキノ国の国民として、生きていくことはできません。」

 トドネが首を振る。

「な、何を言っているのですか?!私は王族なのです!この国を守る義務があるのです!私と皆さんを同列に考えていけないのです!」

 今度は男が首を振る。

「咎の無い国。その国民が少女を置き去りにして咎を背負う。あってはいけないことです。」

 男の表情には一点の曇りもない。日に照らされた顔は真直ぐにトドネに向けられていた。

 トドネがヘルザースたちを振り返る。

 ヘルザースたちは必死だ。ヘルザースが唇を震わせながら再び口を開く。

「逃げるのです…クルタスは…この国体母艦を乗っ取るつもりなのです…私とズヌークを生かしているのも、安寧城へと向かわせているのもそのためなのです…」

 トドネが目を眇め、眉根を歪める。

 国体母艦の中央コントロール室。

 国体母艦建造当初は、トガリしか入室できなかった部屋だ。

 その中央コントロール室は、現在、ヘルザース、ズヌーク、ローデルの三人の脳紋や遺伝子情報などがなければ入室することができなくなっている。

 暗黒精霊に包れた兵士たちの目的は避難する国民を襲うことではない。しかし、それでも、トドネはこの場を離れることができない。

 トドネがこの場を離れれば、男達も逃げてくれるだろう。しかし、ヘルザースたちをこのまま放置することはトドネにはできない。

 何らかの対応策がある訳ではない。いてもいなくても同じである。

 病人を放置しておくことのできる者ならば、この場を去ることができたであろう。捨て猫を放置することのできる者ならば、この場を去ることができただろう。

 しかし、トドネにはできない。

 だから、この場に留まることしかできない。

 ヘルザース達の背後から数体の酒呑童子が飛来する。重々しくも柔らかい音を立てて着地する。

 各酒呑童子はシーツやカーテンで数人の怪我人を包み、両手でその避難者たちを抱きかかえていた。

 二体がバイザーを上げ、アヌヤとヒャクヤの顔が露出する。

「この人たちを安寧城に逃がすんよ!!」

「急ぐの!!」

 壁を作っていた男達が駆け寄り、自力で歩行できない怪我人たちを抱え直して走り出す。

「酒呑童子を着てる奴は、全員、怪我人を運ぶんよ!」

 アヌヤが振り返って指示を飛ばす。

 怪我人を下した酒呑童子とヘルザース達を阻んでいた酒呑童子が天空へと飛び上がる。

「アヌヤ姉ちゃん!ヒャクヤ姉ちゃん!」

 トドネが縋るように二人の名を呼ぶ。

 アヌヤとヒャクヤがニヤリと笑い、牙を露にする。

「トドネちゃん、よく頑張ったんたんよ。」

「そうなの。後はウチ等に任せるの!」

「えっ!?どうやるんですか?!」

 トドネの疑問の声にアヌヤとヒャクヤがキョトンとした顔を見せる。

「そんなの簡単なんよ。」

 そう言った途端にアヌヤが暗黒精霊を纏った兵士たちへと駆け出し、黒い柵を飛び越え、兵士の一人を張り倒す。

「ぐわっ!!」

 アヌヤに殴り飛ばされた兵士は声を上げて吹き飛んだ。

 それを見ていた兵士たちは、暗黒精霊に纏わりつかれているにも関わらず、一斉に顔を蒼褪めさせた。

 アヌヤがトドネの方に振り返り、良い笑顔でニッコリと笑う。

「こうするんよ!」

「だ、だ、だ、ダメなのです!!そんなことをしちゃダメなのです!!」

「んにゃ?」

「なにゅ?」

 慌てたトドネの声に二人同時に疑問の声を上げる。

「皆!精霊の命令に抗って必死で体を動かさないようにしてるのです!皆の意識が途切れたら!自由に動き出してしまうのです!!」

 今度はアヌヤの顔が青褪める。

 恐るおそる二人は、アヌヤが張り倒した兵士の方へと顔を向ける。

 昏倒していた兵士がバネ仕掛けのように起き上がる。

「あにゃ。」

「にゃにゃ!!」

 およそ人とは思えない動きで起き上がった兵士が一足飛びに柵を飛び越える。

「まずいの!!」

 トドネの傍に立っていたヒャクヤが、柵を飛び越えてくる兵士に向かって飛ぶ。

 殴り飛ばしても、再び同じことが繰り返される。ヒャクヤは兵士を空中で抱き留め、そのまま柵の向こう側へと着地した。

「起きるの!目を覚ますの!!」

 ヒャクヤが必死で兵士を覚醒させようと揺するが、そんなヒャクヤにトドネの声が飛ぶ。

「ヒャクヤ姉ちゃん!!暗黒精霊が侵入するのです!!」

 兵士との接触点から暗黒精霊がヒャクヤの酒呑童子に纏わり付き始めていた。

「にゃ!!」

 圧縮空気の抜ける音と共にヒャクヤを包んでいる酒呑童子の装甲が勢いよく割れる。

 砂埃を巻き上げながら各装甲が弾け飛び、ヒャクヤは同時にジャンプする。暗黒精霊でできた柵を超え、トドネの傍に着地する。

「なんなの!これって面倒臭いの!!」

 イラつきを隠すことなくヒャクヤが大声で悪態をつく。

 アヌヤがヒャクヤの隣に着地してくる。

「アヌヤが悪いの!なんにも考えないで勝手なことするから!パパに作って貰ったチビ姫様がオジャンなの!!」

 チビ姫様とはヒャクヤ専用の酒呑童子の通称名だ。

「な!何言ってるんよ!ヒャクヤだって殴る気満々だったじゃんよ!!」

 二人の間にトドネが割って入る。

「喧嘩をしてる場合じゃないのです!この状況をなんとかしないと!ヘルザースおっちゃん達がもたないのです!!」

「にゃにゅ?」

「なにゅ?」

 アヌヤとヒャクヤが黒い集団へと視線を向ける。

 二人の喧嘩を泣きそうな顔で見ていたヘルザースと視線が合う。

「へ、ヘルザース!!」

 ヒャクヤが隣のズヌークに気付く。ズヌークも情けなさで眉根を寄せている。

「ず、ズヌークもいるの!!」

「なにやってるんよ?!」

「なにしてるの?!」

 二人が同時に怒鳴り声を上げる。

「申し訳もございません。二人共々暗黒精霊に憑りつかれ、この様でございます…」

 ヘルザースは、一瞬、目を伏せるが、即座に目を見開き柳眉を吊り上げる。

「…っが!なんでございますか!国民の前で!この緊急時に子供っぽい喧嘩など!仮にもお二人は王妃でございますぞ!毅然とした!冷静な態度で、この緊急時に対応なさらなくて如何いたしますか!!」

 ヘルザースの怒鳴り声にアヌヤとヒャクヤが後退る。

「や、やっぱり、ヘルザースなんよ。」

「そうなの。みっともない格好になっててもヘルザースはやっぱりヘルザースなの。」

「聞こえておりますぞ!!」

 ヘルザースの怒鳴り声にアヌヤとヒャクヤが肩を竦める。


 一陣の風が吹く。


 暗黒精霊を纏った兵士たちの塊が割れる。

 割れた向こうから男が現れる。

 黒い男だ。

 モンゴロイドであるにもかかわらず、肌も黒い。

 唇だけが赤い。

 その唇が蠢くように歪められる。


「道化と獣のサーカスロンド。黒い精霊が覆い尽くすべき空の楽園。」


 男が一歩、また一歩と暗黒精霊でできた柵に近付く。

「我が一歩は夢を砕く。」

 男が進むごとに言葉を紡ぐ。

「我が一歩は絶望を呼ぶ。」

 男が近づくごとにその声が変質する。

「我が一歩は飢えとなる。」

 脳その物に響くような声。

「我が一歩は虚無の夢。」

 男の手が差し出され、暗黒精霊の柵に触れる。

「砂は砂、塵は塵、灰は灰、無へと帰りて真となりて、剥けてはだける血の肉となれ。」

 暗黒精霊でできた柵が黒い霧となって散り消える。

「そ、そんな…私の暗黒精霊が…」

 男が笑う。

「小賢しい娘よ。終わりの人に教わらなかったのか?魔法力の違いというものが厳然たる事実として存在するということを。」

 クルタスであった。

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