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月トガリ  作者: 吉四六
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少女の覚悟は死地へと向かう

 地盤がうねる。聞いたことのない轟音が鳴り響き人々の絶叫を掻き消す。

 人々が宙に浮き、飛びながら転がる。うねる地面に揺さぶられ、建物同士がぶつかり、建物が半壊して、その破片が人々へと降り注ぐ。

 人々は声を上げることさえできなくなった。

 巨大な力に()()られ、為されるがままに、その体を転がされるだけだ。

 高さ二十メートル以上の城壁を超えて波頭が見える。破片と共に波飛沫が雨のように人々へと降り注がれる。

 驚きと恐怖。

 屋台で串カツを売っていた男も野菜を売っていた男女も居酒屋の店主もラーメン屋の店員も服屋のクノリも、そして、生徒を避難誘導していた魔導学校の校長も、皆に、一様に降り注ぐ、平等な恐怖。

 そんな中でも人々は叫ぶ。

 人々は叫び歌う。

 命の歌を。

 阿鼻叫喚の中で兵士達が叫ぶ。命を紡げと叫ぶ。

「逃げろ!!無事な者は怪我をした者を負ぶってでも逃げろ!!」

 パワーアシストスーツ。酒呑童子を身に纏った兵士達が叫ぶ。

 降り注ぐ建物の瓦礫から人を救い出しながら、周りの人間に呼び掛ける。

 六年前の魔獣災害が国民の脳裏をよぎる。

 神州トガナキノ国の兵士達はハルディレン王国を襲った魔獣災害の経験者がほとんどだ。あの時の事がまざまざと思い出される。

「こっちに女の人が埋まりました!!」

 野菜を売っていた男女が瓦礫の傍で兵士に向かって叫ぶ。

 瓦礫を少しでも退()かそうと、手から血を流しながら叫ぶ。

「ここは俺達に任せてお前達は逃げろ!安寧城の後方に避難用の船が来る!」

 ヘルザースとズヌークの航空母艦のことである。

 兵士に指示されても野菜を売っていた男女は逃げない。

 瓦礫を除去しようと、その素手を差し出す。

「知り合いで、同郷の女性なんです!!」

「そうなんです!喧嘩相手なんです!このまま死なれたら…」

 野菜売りの女性は言葉を詰まらせた。

 その姿に兵士達は、何も言わずに瓦礫を除去し続けた。


「国体母艦が墜ちたんよ…」

「う、嘘…」

 国王専用政務艦。

 そのブリッジにて全員が立ち上がっていた。

 アヌヤとヒャクヤの呟きが虚ろに空気に溶け消えていく。

 神州トガナキノ国の異常を察知した二人は、インディガンヌ王国の王族を捕虜とした上で、急ぎ神州トガナキノ国へと帰路についていた。

「操船員以外は全員!酒呑童子を装着するんよ!!救助に行くんよ!!」

 アヌヤの指示に、呆気にとられていたギュスターとスーガの目に生気が戻る。

 ギュスターは艦内一斉放送にて救助開始の指示を飛ばす。

「安寧城の後方にジンライとデンコウが見える!最終避難地点だ!同じ場所に回せ!!」

 スーガが操船員に指示を飛ばす。

 ヒャクヤが酒呑童子を装着するために踵を返そうとした時だった。ブリッジのメインモニターにトドネの姿が映る。

『トガ兄ちゃんがいるんですか?!』

 コントロールパネルの通信機にヒャクヤが飛び付く。

「パパはいないの!トドネちゃん!怪我はないの?!」

 トドネを写す画面が揺れている。走っているのだということがわかる。

『はい!大丈夫なのです!じゃあ、…その、船に…スサノヲは載っていないのですね?』

 息を切らせながら問い掛けるトドネにヒャクヤは首を振る。

「パレード用にスサノヲは載ってるの。でも、パパじゃなきゃスサノヲの操作は無理なの。」

 トドネの顔が明るく笑顔になる。

『スサノヲに搭乗したいんじゃないんです!私をそっちのゲートで呼んで貰えますか?!お願いなのです!!』

「わかりました。周囲に他の方はおられますか?全員、すぐにこちらへ乗船してもらいます。」

 ヒャクヤに変わってスーガが応える。

 スーガがヒャクヤに頷く。

「陛下お二人をお引き止めしても無駄でしょう。ならば、一人でも多くの方に避難して頂きましょう。」

 スーガの言葉にヒャクヤが笑う。

「スーガは、よくわかってるの!ここでボンヤリしてたら、パパに怒られちゃうの!!」

 既にいなくなったアヌヤの後を追ってヒャクヤが走り出した。


 トドネの精霊の目もマイクロマシン製だ。

 一旦機能を停止させたが、一瞬のことだ。すぐにトドネの霊子を受信して、元通りに起動した。

 その精霊の目でトドネは見ていた。

 コルナの後ろを走りながら、黒いヒトガタがヘルザース達の乗る竜騎士を呑み込む様を。

 周囲を飛び交う八咫烏は牽制だけで、手をこまねいている。しかし、ヒトガタもその牽制に応えるように触手を伸ばし続けている。

 出現したその地点から動くことなく。

 八咫烏にも触手が届きそうで、届いていない。事態はなんの進展もしていない。

 ヘルザース達の竜騎士が呑み込まれてから八咫烏は只の一機も呑み込まれていないのだ。

 トドネの脳裏に疑問が生じる。

 その時、ハルタが一隻の航空艦を視界に捉える。

「国王専用艦だ!!拙い!こちらの状況がわかっていないのか?!こっちに向かって来てる!」


 違う。


 トドネがその胸中で否定する。

 トガリが乗っていれば、間違いなくこちらに向かって来る。トガリは逃げろと言うが、立ち向かうことを放棄しない。必ずここに来る。

 こちらの状況がわかっていれば、わかっているからこそ、ここに来るのだ。

 通信機で国王専用艦への回線を開く。

 通信先で出たヒャクヤは、トガリは乗っていないと答えた。

 ならば、自分がやらねばならない。と覚悟を決める。

 なんのために精霊の目を作って貰ったのか。

 勝つためだ。

 何に勝つのか。

 王族として、自分に勝つためだ。

「みんな!国王専用艦に移動します!!」

 端的にスーガの指示を全員に知らせる。

 連邦特別捜査第五班とコルナの視線がトドネに集中した瞬間、全員が光り輝く粒子となって新神浄土から消えた。


 緊急時のことを考慮されて、国王専用艦には、ブリッジ付近とハンガーにゲートが設置されている。

 トドネ達が現れたゲートはハンガーに設置されたゲートであった。

 ゲートから出てすぐにアヌヤとヒャクヤが待ち構えていた。

 酒呑童子を身に着けた二人がバイザーを上げて、トドネ達を迎える。

「皆、ケガはないんかよ?」

 コルナが頷く。

「うむ。国王専用艦が国から離れていて助かった。この船には影響は出ていないようだな?」

「国の航空母艦は全部ダメなの?」

 ヒャクヤが眉根を寄せて、コルナに現状を問い質し、コルナがヒャクヤに向き直って頷く。

「私も国民の救出に向かう。酒呑童子を借りるぞ。」

「あっちのハンガーなんよ。あたしらは先に出てるから、あるだけの酒呑童子を使ってくれて良いんよ。」

 アヌヤが連邦特別捜査第五班の全員に向かって、指差しながら、酒呑童子の保管場所を教える。

「わかりました。」

 局長が答えて班員を振り返る。

「行くよ!」

 局長の一言で全員が走り出す。

 アヌヤとヒャクヤがトドネの前で立ち止まる。

 意を決した表情でトドネが強い眼差しで二人を見詰める。

「スサノヲを借りるのです。」

 二人が笑う。

「好きにするんよ。でもおチビちゃんじゃ扱えないんよ。」

「無理かもしれないけど、やってみるの。ダメなら逃げちゃうの。」

 国王専用艦後方のハンガー。そのハンガーから出撃するためにハンガーハッチが開けられる。

 トドネに言葉を残して、二人は一目散にハンガーハッチに向かう。振り返ることはなかった。

 二人の背中を見送ってトドネはスサノヲを見上げる。

 いつでも搭乗できるように、スサノヲは跪いていた。右手が差し出され、その右手がコクピットへのステップとしての役割を担っている。

 トドネは無言のまま、スサノヲのコクピットに乗り込んだ。

 マスタースレイブ基幹アームはトガリのサイズに合わせられている。トドネでは装着することができない。

 スサノヲを起動させるために認証パネルに右掌を置き、霊子を送りこむ。

「指紋、霊子波長パターン照合できません。搭乗者に使用権限が認められません。」

 イデアの声で搭乗が認められないと告げられる。

「イデア!緊急事態なのです!私を乗せて、国体母艦に降りてくれるだけで良いのです!!お願いなのです!」

「本機の判断権限を逸脱しております。本機を稼働させることは認められておりません。」

 トドネが眉根を寄せる。

 一瞬、瞼を閉じて考えるが、目を開いた時には迷いがなくなっていた。

「人在りて人無し、サラシナ・トガリ・ヤートの名の下全ての精霊に命じる。力ある者に是なる無を、力無きサラシナ・トドネ・ヤートに力を!支配権移譲ドミネーショントランスファー!!」

 トドネを青白い光が包み込み、コクピット内をその光が満たし、スサノヲのスリットを奔り抜け、その全体を発光させる。

 再び、トドネが搭乗者認証パネルに右手を乗せる。

「指紋、霊子波長パターン登録しました。網膜、脳紋の登録をして下さい。」

 イデアの声が応える。

 コクピットハッチが閉じられ、認証パネルが下がって、コントロールパネルが持ち上がる。

 コントロールパネルからマウスピースが迫り出し、そのマウスピースを口に咥えるのとほぼ同時に「網膜、脳紋の登録が完了いたしました。マスタースレイブ基幹ユニットを装着して下さい。」と声がする。

 マウスピースを口から放し、顔を振り上げる。

「私はお前を操縦できないのです!!国体母艦に向かって下さい!!お願いなのです!」

 コントロールパネルの小さなサブモニターが明滅する。

「了解いたしました。緊急対応搭乗者霊子マニュアルに移行します。シートに座って、霊子感応ヘルメットを装着して下さい。」

 自転車のサドルのようなシート。そのシートの後ろから背凭れが立ち上がる。トドネは背凭れにその体を預ける。ヘッドレストからヘルメットが組み立てられ、トドネの頭を包み込む。

「スサノヲ、発進します。」

 トドネの体を凄まじい加速が襲う。

 声を出すこともできないまま、トドネはスサノヲに乗って天空へと飛び出した。

「国体母艦までの距離、二千二百六十メートル。現在地登録。搭乗者とのリンク完了。搭乗者の視点照合完了。降下地点を指示願います。」

 トドネが視線を走らせる。

 安寧城の前門。

 人だかりができている。安寧城の後方に接岸している航空母艦に避難しているのだ。当然の人だかりだ。しかし、その後方に違和感を見出す。

 避難する人々を追っているように見える黒い塊。

 蠢いている。

 トドネと霊子感応ヘルメットでリンクしているスサノヲがトドネの指示を受けることなく、その黒い塊をズームする。

「ひ、人…なのですか…?」

「F型マイクロマシンを装着した人です。人数は百六十三人が確認できます。」

「え、エフガタマイクロマシンって、なんなのですか?」

 サブモニターが明滅する。

「搭乗者の脳内スキャンを完了。搭乗者の言語野からF型マイクロマシンと合致する語彙照合しました。神州トガナキノ国で暗黒精霊と呼ばれる物です。」

 トドネが再び黒い塊に視線を向ける。

 ゆっくりとした動きだ。

 歩くよりも遅い。それでも着実に安寧城に逃げる人々に近付いている。

「スサノヲの胸からも暗黒精霊がでますよね?!」

「スサノヲモードで使用できます。」

「私の思った通りに精霊は動いてくれますか?」

「霊子にて命令を書き込めば可能です。」

 トドネが瞼を歪める。

「私をあそこに降ろして、暗黒精霊を発射して下さい。」

「了解しました。」

 トドネは死地であろう、その場所へと向かった。

 覚悟を決めたのだ。

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