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月トガリ  作者: 吉四六
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捕食者

「せ、精霊がクルタスに集まっているのです…」

 防疫室の中央に佇むクルタスの周囲でトガリの支配から解放されたマイクロマシンが飛び交う。

 治療用カプセルから人々が立ち上がる。

 人々の目から、耳から、鼻から、そして、口から黒い液体が流れ出す。

 液体に見えた物が粉末に変わる。

 人々の体を黒い物質が覆う。溢れ出る黒い物体。際限なく溢れ出る黒。防疫室の治療用カプセルを覆い床へと広がっていく。

「に、逃げるのです!く、黒い精霊に呑み込まれるのです!!」

 トドネにだけ見えているマイクロマシンの動き。

 防疫室の係員に呼び掛け、直ぐに局長たちに振り返る。

「早く!外へ!!」

 粒子化光速移動を可能にするゲートは機能しない。走って逃げるしかない。

 トドネがもう一度、防疫室へと視線を向ける。

 既に床は真黒だ。

 クルタスも黒い物質に取り込まれている。

 

 この国の精霊を取り込んで巨大化してる。


 トドネの目に映った光景は、肉体を侵食する癌そのモノだった。

 黒い癌がアルミナガラスにもへばり付く。

 アルミナガラスが侵食される。一旦、元素にまで分解されてマイクロマシンへと再構築される。その様をトドネの目が捉える。

 次々と物質を取り込んで黒いマイクロマシンへと再構築されるのだ。そのマイクロマシンが腕を創りだしていた。何本もの腕が周囲に伸びる。防疫室の壁であろうと天井であろうとその腕が触れた部分は侵食される。

 トドネ達は航空艦の出口を目指して走り出す。

「こちらは外事警察総監のコルナだ!ハルディレン王国からの帰港艦の全員に避難命令を出せ!!」

 走りながらコルナが航空艦のメインブリッジに指示を出す。

『コルナ陛下ですか?避難理由をお教えください。』

 応答した者は一瞬戸惑うが、通信が緊急専用の回線であったため、発信者がコルナであるという確信がなくとも対応が必要と判断する。

「防疫室にて正体不明の精霊が発生した!この艦を侵食してる!全ての物が食われるぞ!この艦の構造体もいつまで保つか不明だ!すぐに逃げろ!!」

『りょ、了解いたしました。』

 ブリッジからの返答と同時に館内放送が流れる。

 着艦してから既にかなりの時間は経過している。現時点で乗艦している者は作業員と操艦していた乗組員だけだ。その人数も少ない。

 それでも、トドネたちは防疫室の係員たちの死を覚悟する必要があった。

 防疫室の係員。

 数人の係員がいた。

 クルタスの最も近くにいた係員は瞬く間に黒いマイクロマシンに呑み込まれた。

 人も何もかも呑み込み分解し、マイクロマシンへと再構築してしまう黒い精霊。トドネは過去に聞いたことがある。

 トガリ専用の竜騎士、スサノヲの胸から射出される黒い精霊のことを。

 ヘルザース達は、あの精霊のことを暗黒精霊と言っていた。

 全ての物を分解する。

 霊子で指向性を持たせてやれば、いかなる物でも分解し、この世から消滅させる。

 暗黒精霊は一つの仕事しかできないとも言っていた。

 ならば、暗黒精霊とは別の精霊がいるのだ。トドネはそう推察する。分解する暗黒精霊と分解した元素を暗黒精霊へと作り変える精霊。

 走りながらトドネは考える。

 クルタスは、被害者たちを使って、なんらかの方法で神州トガナキノ国の精霊への命令を無効化し、トガリからの支配を解除した。

 その後、瞬間移動で現れ、自身の精霊を使って、トガリの支配から解放された精霊を取り込んだ。

 自身の精霊?

 そうか。クルタスの体を構成するのは精霊なのだと思い当たる。

 イデアと同じだ。

 そう言えばイデアはどうなっただろうか?

 イデアの体は精霊で構成されている。連邦捜査局で支給されている魔導服は精霊が使用されているため跡形もなく崩れ去った。

 イデアも同じように崩れ去ったのだろうか?

 酒呑童子、竜騎士共に精霊が使用されている。戦力として残っている物は一体なんだろうか?

「トドネ!しっかり走れ!!」

 コルナに叱咤され、思考を切り替える。

 とにかく、逃げろ。

 そうだ。

 トネリもそう言っていた。ヤートの逃げっぷりを見せてやる。

 トドネの足の回転が僅かに上がった。


 黒いヒトガタはローデルからも見えている。

 巨大なヒトガタが立ち上がるのではなく、立った姿のまま形成されていく。

 獣人だけでは対処できない。

 ローデルの判断も早い。

「国民全員に緊急避難警報を発せよ!」

 ブリッジの係員達が慌ただしく動いている。そんな中で、幾つもの声が上がる。

「国体母艦に接岸している航空母艦、駆逐艦、政務艦、全て稼働不能です!」

「直近の奉天浄土、上天浄土、大天浄土、聖天浄土の各国体母艦から全航空母艦が緊急発進しました!」

「国王専用政務艦!こちらに向けて戻ってきます!」

「ヘルザース閣下とズヌーク閣下が到着です!!」

「コロノア閣下から避難誘導開始の報告です!」

 数ある報告の中から、その一つをローデルは拾う。

「コロノア殿の通信を繋げ。」

 前面モニターに獣化したコロノアが投影される。

『とにかく国民の避難を優先させる。あの化け物じゃ、個人の兵装なんて通用しないだろうからな。』

 コロノアの言葉にローデルが頷く。

「各艦は稼働不能の状態だ。奉天浄土を始めとする各国体母艦から応援の航空母艦が向かっている。ヘルザース閣下たちもお戻りになられた。あの黒いヒトガタから距離を取るため安寧城後方に避難させよ。」

『承知した。』

 現状の避難方向と避難方法を示し、ローデルが通信を終える。

 ローデルが再び黒いヒトガタに視線を戻したときだった。

 赤い光点が列をなしてヒトガタへと襲い掛かる。

「ヘルザース閣下、ズヌーク閣下、砲撃開始しました。」

 煙も炸薬による爆発も発生しない。貫く筈の砲弾が分解されて消えている。

 眩い光が曲げれられ、空と海へと吸い込まれていく。

 太い光の束がヒトガタに吸い込まれて撃ち返される。

 一連のヒトガタの行動を見てローデルが眉を顰める。


 街に被害が及んでいない…


 不審に思えた。

 航空母艦からの攻撃は強烈だ。しかしヒトガタは街に被害が及ばないよう行動しているように見えた。

 ローデルが身を乗り出す。

「まさか…攻撃のためではない…?」

 そう呟いたとき、ローデルは胸元のペンダントを握り締めていた。

「着水まで!あと一分を切りました!!」

 ローデルの思考が係員の一声で遮られる。

「全国民に耐ショック姿勢及び建物外への避難を命じよ!!」


「各機!新神浄土にヒトガタを近づけさせるな!でき得る限り避難の時間を稼げ!」

 ヘルザースが蒼い竜騎士に搭乗し、ヒトガタへと向かう。

 ズヌークは緑の竜騎士に搭乗している。

『ヘルザース閣下!どうやって足止めするのです?彼奴は触れる物を分解し、自分に取り込んでおるのですぞ!』

 ズヌークの疑問は最もだ。

「心配するでない!見る限り、彼奴は暗黒精霊で構成されておる!暗黒精霊ならばこの竜騎士の塗膜にも使用されておる!」

 ヒトガタの周囲を旋回しながら、ヘルザースが竜騎士の剣を抜く。

『成程!では、竜騎士ならば触れることができるということですな?!』

「その通りイイイイ!!」

 ヘルザースの竜騎士が剣を振り上げ、ヒトガタの頭上から急降下する。

 竜騎士の剣もマイクロマシン製だ。F型マイクロマシン以外なら全ての物を斬ることができる。

 その剣が分解される。

「見よ!!オリハルコン製の剣が分解されおった!やはり!このヒトガタは暗黒精霊で構成されておる!!」

 通常のマイクロマシンはN型マイクロマシンでナノ単位だが、オリハルコン製と呼称されるのは、ピコ単位のP型マイクロマシンで形成された物質である。

 そのP型マイクロマシンであれば、どのような物質も分解することができるが、固形物として持つことができない。持ったその手が分解されるためだ。

 その問題を解決するために開発されたのがフェムト単位のF型マイクロマシンである。

 最小のマイクロマシン。何にも分解することのできないマイクロマシンである。

 P型マイクロマシンは、あまりに小さいため、二つの作業しかできない。

 強固な物質として互いを連結することと分解することの二つの作業がそうだ。

 更に小さなF型マイクロマシンに至っては二つの作業を同時平衡で行うことができない。

 しかし、本来の使用目的からすれば二つの作業を同時に行う必要はない。

 最小のマイクロマシンF型マイクロマシンで接触部分、剣の場合は柄と鎬を作製し、刃の部分をP型マイクロマシンで作製する。その際、F型マイクロマシンに分解する役割を与えない。これで、オリハルコン製の剣が使用可能となるためだ。

 最小のF型マイクロマシンに分解する役割を与えた場合、剣のように持って使用することはできなくなる。

 霧のように漂わせるしかない。

 この世界の人間達はオリハルコンの元となるP型マイクロマシンを光玉精霊と呼び、F型マイクロマシンを暗黒精霊と呼ぶ。

 ズヌークがヘルザースと入れ替わって、ヒトガタの頭部を竜騎士の拳で殴る。

 暗黒精霊同士のぶつかり合いだ。

 どちらも分解されることなく、物理的な衝撃の与え合いになる。

 ヒトガタの頭部から、暗黒精霊が霧のように剥がれながら揺れる。

「よし!!」

 ヘルザースがズヌークの反対側からヒトガタの頭部を殴る。

 更にヒトガタの頭部が揺れる。

 その光景を見ていた他の竜騎士が一斉にヒトガタへと襲い掛かる。

 距離を取って一直線に次々と殴り掛かる。

 ヒトガタは竜騎士の打撃によって前後左右へと揺らめく。

 軟体動物のような柔らかな動き。

 衝撃を与えることができているのかどうか。

 ヒトガタの表面は分解作用を持った暗黒精霊で覆われ、その内側は形状を保った暗黒精霊でできている。

 暗黒精霊を破壊することは不可能に近い。

 竜騎士の装甲表面に使用されている暗黒精霊でどれだけのダメージを与えることができるのか。

 ヒトガタは揺らめいているが、依然、その両足を崩れさせてはいない。ヘルザースを始めとした全員に不安が募る。

 ただ一人、ズヌークは、遥か高空、成層圏へと届こうかという高空からヒトガタへと望んでいた。

「総員!!ヒトガタから離れよ!!」

 ズヌークの叫び声が竜騎士の搭乗者全員に届く。

 ズヌークが深く息を吸う。

 意を決して、眦を吊り上げる。

「参る!!」

 ズヌークが高空から一直線にヒトガタの頭部を狙って急降下を実行する。

 突き出した拳は槍となってヒトガタを狙う。

 霊子ジェットを全開にし、質量方向も下へと変換する。落下速度を殺さないように、ヒトガタと自身の竜騎士との空間に存在する空気を分解する。

 真空の筒がズヌークの竜騎士とヒトガタを結ぶ。

 ヒトガタを取り巻いていた竜騎士が一斉に離れる。

 目に捉えることのできないスピードで緑色の光線がヒトガタの頭部を撃ち抜く。

 ズヌークの竜騎士がヒトガタを頭部から股間へと貫くと誰もが思った。

 国体母艦に突き刺さり、海中へと貫くであろうと思った。

 しかし、そうはならなかった。

 ズヌークの竜騎士はヒトガタの頭部に潜り込み、そのまま、ヒトガタの体内に埋もれた。

 絶叫。

 黒いヒトガタが叫ぶ。

 金属を(きし)り上げるような声を上げる。

 怨嗟。

 喜悦。

 哀切。

 憤怒。

 人々の耳には如何様な感情が乗って聞こえたのか。

 少なくともヘルザースにはヒトガタが喜んでいるように聞こえた。

 ヘルザース達がヒトガタの絶叫に動きを止めた数瞬であった。

 ヒトガタの体中から一直線に触手が伸びた。

 細菌が捕食するかのように。

 粘菌が増殖するかのように。

 一斉に十数本の触手が、ヒトガタの全身からヘルザース達に襲い掛かった。

 避ける術も無く、触手の数だけ竜騎士が捕らえられる。

 カエルの舌が捕食する様に似ていた。

 一気に引き戻された触手は竜騎士をその体内へと取り込み、再び、喜びの声を上げる。

 空気が震え、離れた大陸にまでその絶叫が届く。

 離れたウーサ大陸の人々には歌声のように聞こえる絶叫。

 終わりを知らしめる歌。

「!!さが…」

 全員に指示を出そうとしたヘルザースだが、言葉にすることは叶わなかった。

 二度、三度と繰り出される十数本の触手に、空を舞う竜騎士は、全て、ヒトガタへと捕食され、そして、国体母艦が海に堕ちた。

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