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月トガリ  作者: 吉四六
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新神浄土の人々

「クズデラさん!!」

 串カツを売ってる屋台から声が掛かる。

 少し遠めの屋台だが、俺のことを目敏く見付けたようだ。俺は振り返って、手を挙げる。

「おう。オッちゃん。どうだ?売れ行きは?」

 俺とカルザンは声を掛けてきた串カツ屋に足を向ける。

「おう!お蔭さんで売り上げは上々だよ。」

 フライヤーの前で串を揚げながら、俺に二本の串カツを差し出してくる。

「いいよ。毎回毎回、なんだかタカリに来てるみたいじゃないか。」

「なに言ってんだよ!串カツの五本や六本ぐらいで!いいから食いな!(わけ)えからこんなもんじゃ足りねえだろ!」

 今度は皿に十本ほどの串カツを載せてカウンターに置いてくる。

「ほれ!食いな!」

 右手に持ってる串カツ二本を上下に振りながら俺に差し出してくる。俺は仕方なくその串カツをオッちゃんの手から抜き取り、「ありがとう。じゃあ、貰うよ。」と言いながら、一本をカルザンに渡そうとして止める。

「オッちゃん、どっちがヤート用だい?」

「おう。右手に持ってるのがヤート用だ。」

「そうか。」

 と、言って左手の串カツをカルザンに渡す。

「ヤート用の串カツがあるんですか?」

 カルザンが俺に聞いてくるが、串カツ屋のオッちゃんがカルザンの疑問を(さら)う。

「おう。あるぜぇ。お嬢ちゃんが持ってるのは元々俺が作ってた串カツでな。こっちがヤート用で、こっちが獣人用だ。」

 そう言いながら、皿に二本の串カツを新たに載せてくる。

 オイオイ。そんなに増やすなよ。気前が良いじゃねえか。

「良かったら、食べ比べてみな。」

 オッちゃんが気前の良い笑顔をカルザンに向ける。

「はい。いただきます。」

 そう言って、カルザンが手に持っている串カツをカウンターのソース壺に突っ込んでから口に運ぶ。俺も同じように串カツを食べながら、空いたもう片方の手で皿から串カツを取り上げカルザンに渡す。

「獣人用な。」

「はい。」

 獣人用の串カツも同じように食べて、首を傾げる。

「これは、レアですか?しかも、さっきの物より、少し、味が薄いような気がします。」

 オッちゃんが頷きながら、親指を立てる。

「で、こっちがヤート用な。」

 獣人用の串カツを食べ終わったのを見計らって、皿からもう一本の串カツをカルザンに渡す。

「んんん?これは、その、言っていいんですかね?」

 カルザンが困り顔で俺に聞いてくる。

「ああ。お前には、ちょっと、しょっぱいだろう?」

「は、はい。」

 俺はカルザンから半分ほど残った串カツを取り上げ、口直しに別の串カツを渡す。

「ヤート族の口には、このしょっぱいのが好まれるんだ。」

 カルザンが「へ~。これは見た目からちょっと違いますね。赤いんですね。」と言いながら、俺の渡した串カツを口にする。俺はカルザンが残した串カツを口に入れる。

「ん?これはさっき食べた串カツとちょっとちがっつ!!!!か!辛っ!!!」

「ハハハハハハハ!!」

 俺は串を咥えたまま腹を抱えて笑う。

「か!辛!辛い!辛いですよ!!なんですか!これ!!」

 カルザンが舌を出しながらオッちゃんから水を貰う。

「クッそれ、くふっカンデ族用のくっ串カツなんだよクックック。」

 ガブガブと水を飲みながらカルザンが俺に向かって抗議の目を向ける。

「こ、こんなに辛い物が売れるんですか?」

「オウ。売れる売れる。最近じゃあ、俺達白人連中やヤート族も結構買うぞ。」

 オッちゃんが俺の代わりに答える。

「そ、そうなんですか?」

「おう。慣れると癖になるみたいでな。さっきお嬢ちゃんがしょっぱいって言ったヤート族用の串カツも、結構、白人や獣人が買っていくんだよ。」

「へ~。」

「ほれ。」

 今度は普通の串カツを渡してやる。白人や黒人が好んで食べるプレーンな串カツだ。

 俺に疑いの目を向けつつカルザンがその串カツを食べる。

「あれ?」

 カルザンが首を傾げる。

「甘く感じるだろ?」

「はい。また違う串カツなんですか?」

 オッちゃんが笑いながら「いや。一番最初に食った串カツと一緒だよ。」と答える。

「微妙に甘さが増したような気がしますね。」

「しょっぱいのと辛いのを食ったからな。甘味が感じやすくなってるんだろう。」

「そうなんですか?」

「そうなんです。」

「ふ~ん。でも、これなら飽きないですね。」

 カルザンの言葉にオッちゃんが親指を立てる。

「そうなんだよ!!そこなんだよ!!」

 おう。いきなり大声出すなよ。吃驚するじゃねぇかよ。

「最初はその串カツだけだったんだよ。そしたら売れたのは最初の内だけでな。どうしたら良いのか途方にくれてた時にクズデラさんがヤート用、獣人用の串カツを作れってレシピまで考えてくれたんだよ。」

「まあ、カンデ族用の串カツはオッちゃんのオリジナルだけどな。」

「へ~。」

 カルザンが感心一頻(ひとしき)りで、俺の方を見る。

「でな。このフライヤーも作ってる会社を紹介してくれてな。メンテナンス料はかかるが、安くリースしてもらったんだ。だから、クズデラさんがここを通るなら、ウチに寄ってもらわねえと顔が立たねぇんだよ。」

「へ~~。」

 二度見すんなよ。

「お嬢ちゃん。好い男を捕まえたな!」

 オッちゃん、最後の一言は余計だよ。

「いやいや。こいつは男なんだよ。」

「なんだ。クズデラさんはそっちが趣味か?」

 何言ってんだこのオッサン。

「なんでそうなるんだよ?俺はノンケ。こいつは俺の友達。」

 そう言いながら俺とカルザンは出された串カツを平らげる。

「ごっつぁん。連れが一緒だからポイント払うよ。」

 オッちゃんが顔の前で手を振る。

「いらねぇよ。俺の顔が立たねぇって言ったろ?お嬢ちゃん、じゃなかった。友達の分ぐらい構わねえよ。」

「おっ。クズデラさんじゃないか。」

 また別のオッサンが登場だよ。

「よう。鞄、売れてる?」

「おう。お蔭さんでボチボチだな。串カツ食ってたのかい?」

「ああ。美味いぜ。オッサンも食えよ。」

「そうすっか。じゃあ、まずは生だな。串は獣人用を二本とヤート用を一本、それとカンデ族用を三本とプレーンを五本かな。」

 新たに登場したオッサンはカンデ族だ。串カツ屋のオッちゃんに注文すると、カウンター席に腰を下ろす。

 それと入れ替わりに屋台を離れようと「じゃあ、オッちゃん、ごっそさん。ありがとうな。」と言うと、カンデ族のオッサンが「おいおい。もう行っちまうのか?良いじゃねえか。こっちに座れよ。」と引き止める。

「いやいや。俺達だって忙しいんだよ。この後、用事があるんだ。」

「そうか?いや、実は、新作があってよ。その新作を見てもらおうと思ったんだけどよ。」

「また今度見せてもらうよ。」

「もしかして、あんたもクズデラさんに助けてもらった口かい?」

 串カツ屋のオッちゃんがカンデ族のオッサンに話し掛ける。

「え?ってことはあんたもかい?」

「ああ。お陰で串カツの売り上げは上々だよ。」

「そうかい。俺も鞄の売り上げが伸びた口さ。」

 二人が饒舌に話し出す。俺はもう一度、串カツ屋のオッちゃんとカンデ族のオッサンに声を掛けて、その場を離れる。

 今度は気軽に俺達を送り出してくれた。

 屋台から離れて、カルザンが俺の顔を覗き込む。

「色んな事をしてますねぇ。」

「まあな。毎日、ブラブラしてるからな。」

「クズデラさん!!」

 またまた呼び止められる。

 今度は野菜を並べた屋台からだ。

「よう。」

 俺は右手を挙げながら挨拶する。

 若い白人の男とヤート族の若い女が売り子だ。

 その男の方が俺を呼び止めた。

「クズデラさん!新しい野菜を売ってるんです!ちょっと味見してください!」

 えええ?もうラーメン屋に行く前にお腹一杯になっちゃうよ。

「へえ。新しい野菜ですか?どんな野菜なんですか?」

 カルザンが食い付いてるよ。しょうがねぇなぁ。

 屋台に近付き、「どれよ?」と聞く。

「これなんですよ。」

 そう言いながらキャベツを持ち上げる。おい。一玉食えってのか?

「待ってくださいね。」

 男が野菜棚の向こうで俎板を用意して、音を立ててキャベツを半分に切る。その葉を一枚、俺とカルザンに差し出す。おう。これなら食えるわ。

 キャベツを口に入れて驚く。

「おう。甘いじゃねえか。」

「ホントだ。キャベツとは思えない甘さです。」

 俺の言葉を聞いた売り子の男が満足気に頷く。

「そうでしょう?精霊を使って甘味を足してないから、キャベツ本来の甘さでサッパリしてるでしょう?」

 男の言葉に頷く。男が更にキャベツの芯を差し出してくる。

「おう。こいつあスゲエ。芯の甘さはまた格段だな。」

 男が頷く。

「頑張ってるな。」

「はい!これもクズデラさんのお陰です!」

「よせやい。お前が頑張ってるから良い野菜ができるんだ。お前の力だよ。」

「いえ。トォルーポ王国で飢饉に喘いでいた僕たちを救ってくれたのはクズデラさんです。な?ティーナもそう思うだろ?」

 ティーナと呼ばれた少女が俯きながら更に深く頷く。

「そうね。」

 なんだ?この子、売り子の割に愛想ねえな。

「ティーナさんというのですか?」

 カルザンが少女に話し掛ける。

 少女がカルザンと視線を合わせないまま、「はい。」と小声で応える。

「私は男で、クズデラさんとはお友達なんですよ。」

 カルザンの言葉で少女が顔を上げる。

「そ、そうなんですか?」

 おう。大きい声も出せるじゃねえか。

「はい。そうなんですよ。」

 カルザンがにこやかに応える。

 少女があからさまに笑顔になって、茶色い袋に野菜を詰め込み始める。

「ど、どうぞ!!」

 少女がカルザンに袋一杯の野菜を差し出す。

「え?」

 なんでそうなる?どういう過程でそうなった?

「いえ。こんなにもいただけません。お気持ちだけで。」

 カルザンがやんわりと断るが、少女は、「どうぞ!!」と言って下がらない。カルザンがもう一人の売り子、男の方に視線を向けるが、男の方も笑って頷くだけだ。

「そ、それじゃあ、遠慮なくいただきます。」

 カルザンが両手で野菜を抱える。

「あら!クズデラさんじゃないの!」

 またかよ。今度は誰だよ?

 俺は声のした方を振り返る。

 妙齢な姉ちゃんが立っていた。黒人の姉ちゃんだ。簪を使って器用にドレッドヘアを後ろに纏めてる。どこか和風のヘアスタイルだ。着物っぽい服だが裾には深いスリットが入っており、色っぽい生足を出した姉ちゃんだ。

「おう。店の方はどうだい?繁盛してるかい?」

「ああ。クズデラさんが紹介してくれた子が良い腕をしててね。お陰で繁盛してるよ。」

「ええ?‘天鵬来来’にも一丁噛みしてるんですか?」

 売り子の男が俺に向かって声を上げる。

「え?ああ、まあ、一丁噛んでるって言うか、店を出すように援助したって言うかだな。」

 黒人の姉ちゃんが俺の右腕に腕を絡めてくる。

「クズデラさんのお陰で命を救われたし、此処で手付(たつ)きも立った。クズデラさんには足を向けて寝られないよぅ。」

 手付きってまた古い言い方を知ってるな。

「大袈裟だな。それにしても、手付きなんて言葉良く知ってるな?よく勉強してるじゃないか?」

「そりゃそうさ。ヤート語だからね。惚れた相手がヤートだったら勉強もするさ。」

「へえ。手付きってどういう意味なんですか?」

 カルザンが知らないのも無理はない。俺がカルザンに意味を教えようとしたら、女が俺より先に口を開く。

「あら?クズデラさんと連れ立ってるくせにヤート語も満足に知らないのかい?野暮だねぇ。」

 なんか、江戸時代の人?この女の人って江戸の人?

「ああ。ご心配なく。私は男でクズデラさんとはただの友人ですから。」

 カルザンが納得顔で、奇妙なタイミングで自分のことを男だと言う。

「え?そうなんですか?そ、それはご無礼いたしました。」

 黒人の女が俺から離れて、頭を下げる。

 あれ?奇妙なタイミングじゃなかったの?この女には普通に通じてるぞ?

「すいません。手付きってのは生活の手段のことなんですよぅ。手付きが立つってのは生計が立つってことです。」

 女の言葉にカルザンが頷く。

「成程。ありがとうございます。勉強になりました。」

「いえいえ。こちらの方こそ、失礼なことを致しました。もし、よろしければ、ウチの店で一杯どうです?謝罪の意味もかねて。」

「ダメよ!!」

 おお。吃驚した。

 売り子の少女が怒鳴ったよ。

「あら?小っちゃい女の子がいたんだね?野菜に隠れて見えなかったよぅ。」

 ええ~?そこまで小っちゃくないぞ?全然見えてるぞ?

「そんな!クズデラさんは昼間っから!そんな如何わしい店でお酒を飲んだりしないわ!!」

 ええ?なんで飲んじゃいけないの?まあ、飲まないけどさ。なんで怒ってるの?

「如何わしいだってぇ?」

 ほら、色っぽい姉ちゃんが青筋立ててるぞ?

「てぃ、ティーナ…」

 ほら、ほら、売り子の男も困ってるじゃないか。なんでいきなり喧嘩腰なんだよ?

「言っとくけどウチはクズデラさん公認の立派な居酒屋だよ?それでもあんたは如何わしいって言うのかい?」

「くっ、う、ウチだって!クズデラさん公認の立派な品種改良会社よ!」

「へえ。ティーナさんのこの屋台は品種改良会社なんですか?」

 おう。スゲエなカルザン。この空気の中、突貫するか。

「そ、そうなんです!クズデラさんが資金援助して起ち上げてくれた会社で!地上の栽培場を陛下から借りて品種改良を主な仕事にしてるんですよ!ね?凄いでしょう?陛下から借りてくれるなんてクズデラさんの思い入れって言うか、期待度って言うかが凄いでしょう?」

 うん。スマン。俺的には暇潰しだ。俺がやるのが面倒だから、君たちに任せた。スマン。

「へえええ~。」

 カルザンが訝し気な目で俺を見てくる。

 やめろ。お前の視線が突き刺さるから。心にズブリズブリと突き刺さるから。

「何を言ってるんだい?それならこっちだって同じさ。クズデラさんのお陰でウチは店を開けたし、時々、良い子を補充してくれるしね。クズデラさんの肩入れのしようは並じゃないよ。」

 こっちの姉ちゃんにもスマン。うん。海外で拾ってきた奴らに料理とか接客方法を精霊回路に植え付けて、姉ちゃんの所に放り込んでるだけだ。スマン。拾って来たのが子供じゃないから学校に入れるのも憚られるんでな。スマンが今後も引き取ってくれ。

「へええええええええええええ~。」

 だから、カルザン。こっちを見るなって。その視線が痛いから。

「まあ、なんだ。二人とも同郷ってことだな。だから仲良くしろ。な?」

「え?同郷?」

 少女が目を剥く。

「へえ?この娘とあたしが同郷なんですか?」

 姉ちゃんも同じ反応だ。

「そう、二人ともトォルーポ王国の飢饉の時に入国したの。だから、一緒。な?だから仲良くしろよ?」

「へええ。」

 姉ちゃんが腕を組んでティーナを睨む。

「そうなんですかあああ。」

 ティーナは前のめりで姉ちゃんを睨む。

「ま、とにかく、野菜ありがとうな。」

 そう言ってその場を離れようとすると、姉ちゃんが俺の腕を取る。

「あら、良いじゃないですか。ウチの店に寄って下さいよ。」

「いや、だって、まだ昼間で仕込みの最中だろ?」

「平気ですよ。簡単な物なら直ぐにご用意できますから。」

「はん!クズデラさんに簡単な物しか出せないんじゃ失礼なんじゃないかしらああああああああ?!」

 ティーナちゃん。なんで君はそう喧嘩腰なんだい?

「馬鹿言ってんじゃないよ!ウチの店で簡単な物って言っても余所の店じゃ目が飛び出るほど豪勢な物なんだ!まあ、あんたじゃあ一生かかっても食えない代物さね。」

 対抗するなよ。

「ああ、いや、この後、大事な仕事がありまして、もう、そろそろ時間がありませんから。」

 カルザンが二人の遣り取りに割って入る。

「そ、そうですか?仕事と言われちゃしょうがないですねぇ。じゃあ、今度はゆっくり、ウチにいらしてくださいな。そりゃもう歓迎いたしますんでっ!」

 うわああ。この姉ちゃん、そりゃもうって言ってるところからティーナに向かって言ってたよ。なんだろうね。この二人。怖いよ。

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