家族と俺と
トロヤリとサクヤが待っていた。テルナドがトクサヤを抱いている。
俺はいつも自分が座る場所に腰を下ろす。
「トドネちゃん、凄い声だったね…」
テルナドがトクサヤをあやしながら、誰にともなく呟くように言う。
「ああ。お前の時も痛そうだったけどな。でも意識の覚醒した状態だと激痛が更に増す。」
「トドネ姉ちゃんなら大丈夫なし。」
サクヤが無表情に言い切る。
「それで、父さん。僕たちに話って?」
トロヤリが口火を切る。
「ああ。トンナ母さんのことだ。」
「母さん泣かしたなし。」
サクヤが言い切る。
「違うよ。」
「一緒に帰って来てないし。母さんが父さんから離れる訳ないし。」
「サクヤ、お前って無表情な割によく喋るよな?」
「女は愛想良くするなし。」
「じゃあ、表情ぐらい作れよ。」
「女は好きな男に愛想良くするなし。」
まったく、誰だよ?五歳児に下らんことを吹き込みやがって。
「そんなことより、本当にどうしたの?トンナ母さんと一緒じゃないなんて。」
テルナドが話を戻す。
「うん。実はな…」
子供たちの顔を見回す。
「母さんが攫われた。」
子供たちの表情が一変する。
「母さん獣人だろ?父さんとは下僕の契約をしてたんだけど、攫った奴が、無理矢理、使徒の契約をしたみたいなんだ。」
「なっ!」
テルナドが驚きの声を上げる。
「な、なにをやってるなし!」
サクヤがいきなり俺の腕を蹴りに来る。
「サクヤ!!やめろ!!」
お?トロヤリが怒鳴ったよ。
「だ、だって…」
サクヤがトロヤリの顔を見るが、トロヤリの怒った表情に口を噤む。
「父さん。どうするの?」
トロヤリが冷静な声で俺に問い掛ける。なんだ、結構大人な対応をするじゃないか。
「勿論、取り返すさ。」
俺の言葉を聞いたトロヤリがニコリと笑う。
「じゃあ、大丈夫だね。」
おいおい。
「サクヤ。父さんは凄い。」
トロヤリの言葉にサクヤが俯く。
「母さんを攫った奴は、きっと卑怯な奴だ。」
サクヤが上目遣いにトロヤリを見る。
「父さんと正面から戦えないから逃げ回りながら母さんを攫ったんだ。」
スゲエな。見てたのか?
「でも、父さんは誰にも負けない。絶対的な強者だ。その父さんが、母さんを取り戻すって言ってるんだ。サクヤ、父さんにゴメンナサイって言うんだ。」
おいおい。トロヤリの奴、俺の血じゃなくってオルラの血を引いてるんじゃないか?スゲエよ。六歳児。
「ご、ごめんなし…」
素直にサクヤが頭を下げる。俺はサクヤの頭を撫でながら「いいよ。今回は父さんも失敗した。」と静かに話す。
サクヤを膝の上に載せ、トロヤリとテルナドの顔を見回す。
「トロヤリの言ったとおり、卑怯な手を平気で使ってくる奴だ。お前達の傍に付いていてやりたいが、それじゃあ母さんを取り戻せない。だから十分に注意してくれ。」
「うん。母さんを取り戻したら、今度は僕たちが攫われてちゃ意味ないもんね。」
本当に頭が良いなコイツ。ホントに俺の子か?
「そうだ。常にイデアと連絡を取り合え。なんなら、魔導服を着るようにしておけ。」
俺の言葉にトロヤリが頷く。
「そうするよ。酒呑童子も無縫庵に運んでおくから。」
「うん。そうしろ。」
そして子供たちが俺に向かって笑顔を見せた。
奮い立つじゃねえかよ。やる気が満ちてくるよ。滾ってくるよ。
「絶対に取り戻してやる。」
俺は子供たちに誓った。
子供たちが寝静まったのを見計らったようにコルナが帰宅する。
コルナだけが外事警察総監として公式な職務についている。テルナドに手がかからないからだ。
コルナはテルナドを産んですぐに避妊手術を受けており、子供を産むことができない。
もう一度手術を受ければ、又、産めるようになるのだが、コルナはもう子供を作る気がないようだ。
ベッドの中で「あたしは密偵として色んな男に体を許した。ホントは旦那様に体を開くこともできない立場だ。」と、なんか寂しいことを言ってた。
「あたしは、テルナドを最後の子供にしたいと思ってる。旦那様の子供が欲しくないってことじゃない。ただ、母親としての最後の義理立てみたいなものだ。」
女としての疼きと母親としての愛情。二つの板挟みですなぁ。なんだかんだと言ってもコルナは大人だ。トンナ達と混じるとバカだけど。
そのコルナが俺の前に座る。
「おかえり。」
「わざわざ、待っててくれたのか?」
「すまない。話があるんだ。」
コルナが微笑む。
「そんなことだろうと思った。旦那様が待っててくれるなんて珍しいからな。」
コルナの言葉に俺の頬も緩む。
「次は用件なしで、お前の帰りを待ってるよ。」
「やめておけ。妻の帰りを待ちわびる王様など旦那様には似つかわしくない。旦那様は好きな時に寝て、好きな時に遊んでいればいい。その方がこっちも気楽だ。」
コルナもやっぱり優しい。子供の面倒は俺に押し付けるし、仕事しろって説教するけどな。
「仕事しろって説教するじゃないか。」
「あれはコミュケーションの一種だ。お茶でも飲むか?」
「ああ。いいよ。」
そう言って俺はコルナと俺の分のお茶を再構築する。
「珍しいな。家ではあまり力を使わないのに。」
「そうか?結構使うぞ。この間もトルタスのうんちを分解したし。」
「ふん。昼間はいないからな。」
「そうだな。」
二人でお茶を飲む。二口ほど飲んで、話し始める。
「トンナが攫われた。」
カップをテーブルに置いて、コルナが顔を上げる。
「下僕契約を使徒契約で上書きされた。」
コルナのカップが音を立てて皹を走らせる。
「犯人はわかっているのか?」
コルナの問い掛けに俺は頷きながら答える。
「トドネの報告にもあったろう。クルタスだ。」
コルナのカップが粉々に割れる。血を滴らせながら、拳を強く握る。
「クルタスは何森源也の弟子だ。」
コルナが目を剥く。眉尻が上がり、明らかに怒っている。
「奴は俺と同じように精霊を使うが、精霊の使役については俺より劣る。ただ、奴の方が、分体が多い。俺は五体の分体を扱えるが、恐らく奴は、材料があれば、あるだけ作れるだろう。」
「トドネを下におろしたくない理由はそれか?」
頷きながら答える。
「しかし、分体を幾らでも作れるなら、何処にいても同じだ。奴は俺の精霊支配をすり抜ける技術を持ってる。一瞬でも精霊の支配を奪われれば、奴は現れる。」
「どうしたい?」
「お前とテルナド、二人と使徒の契約をしておこうと思う。」
「うむ。そうだな。その方が良いだろう。」
トンナとの下僕契約が切れたため霊子体のリンクが切れた。リンクが切れなければ、トンナを粒子に分解して俺の元へと引き戻すことは可能だったのだ。
「テルナドは良いとして、他の子はどうする?」
俺は目を閉じる。そして考えていたことを口にする。
「粒子化して、霊子結晶に封入しようと思ってる。」
子供たちには嘘を言った。
「…」
「俺が死んだら、コルナ、お前達は死ぬ。子供たちは永遠に霊子結晶から出られなくなる。」
「心中だな…」
俺は力なく頷く。
「だから悩んでる。いや、迷ってる。」
「らしくないな。」
コルナの言葉に顔を上げる。
「以前の旦那様なら、あたし達に言ったはずだ。覚悟を決めろと。」
「そりゃ、お前達とは契約で繋がってるからな。どうしようもない。」
コルナがフッと笑う。
「悩んでる人間というのは面白い。」
「なんで?」
「悩んでいると言いながら、その実、答えを既に持っている。ようは誰かに背中を押してもらいたいだけなのだ。」
「そ、そうなのかな…」
「そうだ。子供たちが霊子結晶に封入されることを了承すれば、迷いなく実行するだろう?それは、自分がこれからやろうとしていることに罪悪感があるからだ。だから、免罪符を欲する。言い換えれば、心中となっても、旦那様は子供たちを霊子結晶に封入したいと思ってるのさ。」
「そうか…そうだな。」
「旦那様は行き当たりばったりだ。思い付きのまま行動する。でも、それでいい。そうして今まで生きてきた。そして、沢山の人間を救ってきた。旦那様の選ぶ道に間違いはない。」
コルナが血の滴る右手で、俺の頬に触れようとして手を止める。俺はその手を握り締め、コルナの傷を治してやる。
「そうだな。俺が死ななきゃいいだけの話だ。」
「そうだ。それでいい。」
コルナが笑い、俺も笑った。
音を立てないように子供たちの寝室に入る。
トロヤリ、サクヤ、二人の寝室だ。
子供たちの遺伝子は生まれてすぐに取り込んである。
俺は左手に二つの指輪を再構築する。
センターラインに霊子結晶が走った赤い鋼玉製の指輪だ。
「ルビーか?」
コルナの問い掛けに頷く。ルビーの中には量子情報体が仕込んである。
「ダイヤモンドは熱に弱い。ダイヤモンドの次に固いのがルビーだ。」
俺はトロヤリの額に右手を翳す。
トロヤリが金色に輝き、粒子となって指輪の一つに吸い込まれていく。途端に指輪が重くなり俺の掌に窪みを作る。蒼白い霊子結晶が輝き、ルビーの中に仕込まれた量子情報体が粒となって金色に輝く。
サクヤも同じように粒子に変えて指輪に送り込む。
アヌヤの産んだトルタス、ヒャクヤの産んだコーデリア。二人とも同じように指輪に送り込む。
最後にテルナドの部屋を訪れる。
テルナドはトクサヤを抱いたまま、眠っていた。
俺は、屈んでテルナドの額を撫でる。
「テルナド。」
俺の囁き声でテルナドが目を覚ます。
「父さん?」
「起きたかい?」
「母さんも?どうしたの?」
ベッドにトクサヤを寝かしたままテルナドが起きる。
「トロヤリたちの前では話せなかった話だ。聞いてくれ。」
俺の真剣な表情にテルナドの空気が変わる。
「トンナ義母さんを攫った奴のこと?」
「そうだ。」
俺は四つの重い指輪をテルナドの前に差し出す。
テルナドが指輪を摘まみ上げようとして、「お、オモっ!」と、言って指輪を俺の掌に落とす。
「この指輪の中にトロヤリたちを封印した。」
俺の言葉にテルナドが驚きの表情を見せる。
「この指輪はイデアに渡して保管してもらおうと思ってる。トクサヤも同じように指輪に封印する。」
「トロヤリたちを護るためだね。」
テルナドの言葉に俺は頷く。
「テルナド。お前とは使徒の契約をしておこうと思う。」
「うん。あたしが攫われても父さんに呼んで貰えれば、帰って来れるもんね。」
「そうだ。」
「わかった。父さんと使徒の契約を結ぶよ。」
立ち上がり、ベッドの端に座るテルナドの両手と握り合う。
「ヤートのトガリ、虚ろなる肉、真実の魂、常世の陰りは現世の陽だまり、換り替わりて変ずると、ヒラギのハレトロストに命じる。」
テルナドが金色に輝き、「うっ。」と小さな声を上げる。
俺は再び、テルナドの前に屈む。
「テルナド。トンナ義母さんを取り戻して、奴を倒したら、契約を解除しよう。」
「え?な、なんで?」
テルナドの頭を撫でる。
「父さんは普通の人間だ。精霊を使って長生きしてもせいぜいが百二十年程だ。でも、お前たち獣人は違う。お前たち獣人は、もっと長く生きる。父さんが死んだらお前まで死んでしまう。そんなの父さんには耐えられないんだよ。」
テルナドを抱締める。お前が大事なんだと、伝われと念じて抱締める。
「な?父さんが帰ってきたら契約を解除してくれ。お願いだ。」
テルナドが俺の背中に手を回す。
「うん。わかったよ。」
静かにテルナドから離れる。契約を解除したら、テルナドの霊子回路を精霊回路にバージョンダウンさせなきゃな。
トクサヤも粒子化し、指輪に封印する。
「じゃあ、行って来るよ。」
テルナドの頭を撫でながら、俺は立ち上がる。
「帰って来てね。」
「ああ。絶対に帰って来る。」
コルナと二人で元のリビングへと戻る。
「旦那様、まさか、あたしとも契約を解除する。なんて言うんじゃないだろうな?」
俺はコルナに向き直る。向き直っていつも座る場所に腰を下ろす。
「どうなんだ?」
焦れたコルナの目を見る。
「とにかく、今は使徒の契約を結ぼう。」
「結ぶ。結ぶけど答えてもらおう。あたしとも契約を解除するつもりか?」
「座れ。」
「旦那様。答えを…」
「座れ!!」
俺の声にコルナの言葉が止まる。
しばし見つめ合った後、俺と視線を合わせたまま、コルナが対面に座る。
「俺は命令したくない。」
コルナは黙って聞いている。
「契約を結べば、お前達は契約者の命令を聞くしかなくなる。俺が死ねばお前達も死ぬ。」
背筋を伸ばしたままコルナが俺の話を聞いている。
「お前達が俺のことを愛してくれているのはよくわかってる。俺もお前達のことを愛してる。」
コルナの視線は真直ぐだ。
「お前達がいなくなれば俺は辛い。」
コルナは唇を真一文字に結んでいる
「俺がいなくなれば、お前達が辛いだろうってこともわかる。」
コルナが眉根を顰める。
「だから、これは俺の我儘だ。俺が死んでもお前達には生きて欲しい。お前達が俺のことを愛しているなら、俺の我儘を聞いてくれ。」
俺はテーブルの上に両手を差し出す。
その上にコルナが手を乗せる。
「ヤートのトガリ、虚ろなる肉、真実の魂、常世の陰りは現世の陽だまり、換り替わりて変ずると、ヒラギのホルルストロに命じる。」
コルナが口をへの字に曲げて、涙を流す。
一瞬だけ、コルナが金色に輝く。
コルナが俯きながら涙を流す。
「今までお前達を護るために我儘を言ってきた。最後まで我儘を通すが、お前達を護ってきた俺だ。その俺が最後にお前達を道連れになんてできない。」
コルナが嗚咽を漏らす。
今日、契約を解除しないのは、帰って来るからだ。
俺は死なない。
必ず帰って来る。
そう誓って、俺は、コルナの手を放す。




