怒りに染まる
「トンナ。トドネが危ない。」
「どうしたの?」
「劣化型の魔人。この黒い奴に囲まれてる。」
「ええっ!!」
トンナが周りを見回し、「こいつらに?!」と聞き直す。
俺は頷き「すまん。トドネの所に飛びたい。」と、ハッキリと告げる。
「行って。奥の奴隷は連れ帰っとくから。」
真剣な眼差しでトンナが応えてくれる。
「頼む。」
俺は、即座に粒子化し、一時ハルディレン王国へと飛んだ。
トドネが叫ぶ。
「人在りて人無し!サラシナ・トガリ・ヤートの名の下!」
トドネのネックレスと二つのブレスレットが、青白く発光する。
魔人の頭には何本もの太いボルトが突き刺さっている。その頭を左右に揺り動かしながら、魔人が二人に近付く。
両眼には薄汚れた包帯が巻かれ、開口具によって唇が捲り上げられ、見える歯は軋るように噛み締められている。
トドネが呪言を叫ぶ。
間に合えと、叫ぶ。
「全ての精霊に命じる!力ある者に是なる無を!力無きサラシナ・トドネ・ヤートに力を!」
魔人のボンテージな黒い装束は、後ろ手に拘束され、僅かに露出した肩や腰には歪に曲がった杭が打ち込まれている。
見た目にも痛々しいその姿は、自然と忌避感を湧きだたせ、見る者の表情を歪ませる。
「三柱の魔人に命ずる。呪われた苦痛を吐き出せ。」
男の呪言が終わりを告げる。
「支配権移譲アアアア!!!」
僅かに遅れてトドネが呪言を唱え切る。
魔人の歯が僅かに開き、甲高い音が響き渡る。
それは絶叫である。
それは苦しみそのものである。
それは痛みそのものである。
痛みが光となって魔人の口から吐き出され、三人に襲い掛かる。
茨の閃光が室内を染め上げ、真っ暗となる。
激しい破裂音は音を掻き消し、静寂と共に焼けた臭気を充満させた。
トドネの詠唱が終わった瞬間、ネックレスとブレスレットから発せられた輝きは、周囲の影を打ち払うほどの輝きを見せた。
魔人の吐き出す茨の光とトドネが発する輝きが交錯し、魔人の光を霧散させる。
「これで…この周囲の精霊は全て、私の支配下に治まったのです!魔人が何人いようとも関係ないのです!!」
トドネが男を睨む。
男が目を見開き、トドネに視線を向ける。
魔人は停止している。
男の体がロデムスを解放するが、今度は黒い瘴気でロデムスを抑え込む。
男が、更にトドネへと近づく。
「娘、娘よ。其方は可愛い、愛しき者の名を呼ぶ其方は生かしてあげよう。」
男の爪がトドネの頬に触れる。
トドネが男を睨む。
「心が乱れるほどに狂おしい。あの名を呼んでおくれ。お前が血に塗れれば、その者は泣くのかね?血の涙を流すのかね?」
男の爪がトドネの頬に浅く食い込む。
「やめろ!!それ以上やりやがったら!殺すぞ!!」
セザルが叫ぶ。男は一瞥もくれない。
「サラシナ・トガリ・ヤートは私の夫だ!!」
男の手が止まる。
「き、局長…?」
トドネの呟きを男が拾う。
「泥に塗れた言葉、耳朶を穢す。されど、散り際を弁えぬ執着は醜くくも好ましい。」
男が、局長、セザル、ロデムスへと目を向ける。
男が腕を伸ばし、ロデムスを拘束していた黒い瘴気を呼び寄せる。
「間もなく収穫の季節。金色の指輪が人々を焼き、星が叫ぶ季節。その地にあって彼の者は、一人泣き叫び、血反吐に塗れながらも叫びを緩めることはできぬだろう。」
男の足元が黒い瘴気へと変わる。
「彼の者へ告げよ。季節が移ろえば、最後の晩餐が始まり、臓腑を焼き尽くされながら、その食事は終わるだろう。私はそうして笑うのだよ。最後の晩餐まで彼の者の眷族が生き永らえることを、私は望んでいるのだと。」
「直接そう言えよ。」
男の瘴気化が止まる。
暗い室内に金色の輝きが満ちていく。
全員が俺に注目する。
「へ、陛下!!」
局長が叫ぶ。
俺の体は既に金色の輝きに包まれている。粒子化した奴の体の大半は俺の量子情報体が捕まえている。今、奴は薄ボンヤリとした映像のような状態だ。
「く、くっくっくっく…」
男が笑う。
「逃げることを諦めたか?」
男が俯いたままに更に笑う。
「重畳。まさに重畳。貴様が此処に現れたとはまさに重畳なり。」
「ああ?」
薄ぼんやりとした映像が嘲笑う。
「貴様は、一体、何人の現身を作ることができる?三人か?五人か?いずれにしろ私よりも多く作ることはできまい。」
俺は目を眇める。何を言ってるんだ?分体が多ければ勝てると言ってるのか?畜生。イズモリが肝心な時にいない!
「この現身は貴様にくれてやる。しかし、私は現身などよりももっと良き物を手に入れることができた。」
どういうことだ?
『マサト!!』
イチイハラ?どうした?
『トンナの、トンナのリンクが切れた!!』
なに!!
「貴様の伴侶。あれは獣人であろう?契約は下僕の契約までしか知るまい?使徒の契約を知っているか?」
血の気が引いた。
アヌヤとヒャクヤは使徒の契約をしている。しかし、トンナ、コルナ、テルナドとは下僕の契約だ。
男が笑う。
大きく笑う。
「私の現身が貴様の伴侶と使徒の契約を交わしたぞ…」
金色の輝きが赤く染まる。
一瞬で男が掻き消える。
同時に俺も消える。
インディガンヌ王国へと飛ぶためだ。
インディガンヌ王国のがらんどうとなった魔法具店。
そこは正にがらんどうだった。
がらんどうの店内に五体の黒い魔人が立っている。
そして、トンナの姿がなかった。
…
「…トンナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
がらんどうの魔法具店に俺の叫びだけが虚しく響いた。




