クルタス
「ここなのですか?」
トドネの疑問に、セザルが頷くことで答えに変える。
「ここだってのかい?」
「あんたまで何を言ってんです。ここですよ。」
局長に対しては言葉で答える。
「しかし、ここはクォーラスト区だよ?」
セザルが頷き「そうですよ?貴族の居住区域です。」と、答える。
そうだよな。貴族の居住区域だから踏込むのも躊躇われるよな。でも、ここが一番怪しいんだよ。
インディガンヌ王国でもクルタスの名前を聞いた。インディガンヌ王国との情報をすり合わせると、組織名の可能性が高い。組織の一員にハルディレン王国の貴族がいてもおかしくはない。
クルタスというのが個人名だとしてもハルディレン王国に協力者がいる可能性は高い。
なんと言っても、クルタスは洗脳魔法を駆使してる。
国外への逃亡を考えると、貴族、特にハルディレン王国の執政貴族を取り込むのが、最も効率的だ。
「クルタスは高度な洗脳魔法を使うでしょう?」
セザルの言葉に局長とトドネが頷く。
「じゃあ、一番安全な場所、それに、いざ逃亡するなら、どうするのが効率的です?俺なら執政貴族を洗脳しときます。」
「そんな、執政貴族なら魔法使いの一人や二人を雇っているはずだ。そんなに簡単に…」
「クルタスの方が一枚上手でしょうね。」
局長の言葉をセザルが阻む。
「そ、そうかもしれないのです。壁抜けの魔法を確認しましたが、あの魔法はかなりの魔法力を有している証拠だったのです。」
トドネの補足に局長がトドネの方を振り返る。
「すみません。報告が遅れてしまったのです。これを。」
トドネが解析検知器を取り出し、局長に渡す。
ルーペ横の竜頭を局長が操作し、ルーペのレンズ部分に記録された映像が映し出される。
「確かに、凄い再現度だ。」
局長が喉を鳴らす。
「これだけの再現度だ、確かに、普通の魔法使いじゃ相手にならないかもしれないね。」
セザルが頷きながら、自らの説を補強する。
「ハルディレン王国の隠れ家に最適なのは執政貴族の邸、逃げるなら国外逃亡が間違いない。なら、やはり執政貴族の邸でしょう。」
空港の国際線は利用者が少ない。しかし執政貴族はその外交政策などの関係から国際線を利用することが多い。
執政貴族の従者に紛れ込めば、国外に出ることは可能だ。出入国の記録は空港でしか行われない。他国では航空機が存在しないどころか、鉄道さえ存在しないのだ。空港での出入国の管理は他国でも神州トガナキノ連邦国だけが行っている。
「じゃあ、執政貴族の邸を一軒ずつ虱潰しで、探していくのかい?」
セザルが首を振る。
「俺達が調べた建物の所有者で、反神州トガナキノ国の急先鋒。」
「セドン・セリック・ブルーニ侯爵なのですね。」
トドネの応えにセザルが頷く。
「ハルディレン王国の外交政策執政官だね。」
局長の言葉にセザルがもう一度頷く。
「クルタスが接触するには、これ以上の人材はいない。」
セザルの言葉を二人が噛み締め、三人が同時に歩き出した。
鉄柵の門扉の外。
敷地外からもわかる。正面玄関の扉が開いている。
観音開きの扉。その扉の片方だけがトドネ達に向かって僅かに開いている。
「ヤバい雰囲気だな。」
「入って来いと言ってるみたいだね。」
「ちょ、ちょっと怖いのです…」
「にゃ~ん。」
うん。ロデムスは何を言ってるのかわからん。
門扉は閂が下ろされ、閉まっているのに、なぜか、玄関の扉は開いている。何らかの意図を持って入ろうとしている者を拒んでいるようにも見えるが、その実、誘っているようにも見える。
「まあ、考えても仕方がない。」
セザルがそう言って、門扉を開けて敷地内に入る。
「ロデムス君よう。先行してくれよ。」
「にゃ~ん。」
局長の肩から下りる気配すら見せない。
「ちぇっ。」
セザルが白々しく舌打ちをするが、その歩みは堂々としたものだ。
扉を開き、建物内に入る。
「物が少ないな。」
最初に得た印象を素直に口に出す。
不意にロデムスが床に跳び下り、セザルの肩に乗り、セザルにだけ聞こえるように囁く。
「血臭じゃ。」
セザルが頷き、ロデムスがトドネの肩に乗り、再び囁く。
「気を付けよ。気配がある。」
ロデムスが局長の肩へと飛び移る。襟巻のように巻き付くことなく、そのまま局長の左肩に四足で立つ。
ロデムスも警戒してる。
拙いな。
できれば、俺もハルディレン王国に向かいたいが、なんとかできないか?
『今は無理だ。戦闘中だからな。』
えええ。そっちもかよ?
『こっちも戦闘中なんだよね。』
カ、カナデラ?
『おう。こっちもだぞ!』
タ、タナハラもか?
イズモリ、そっちの戦闘を中断した場合のデメリットは?
『俺は問題ないが、付近の住民が死傷する可能性が高い。』
う~ん。分体に分かれて行動したのは失敗かな?
実はこっちも手が離せない。
魔法具店を訪れていたのだが、その奥に大量の洗脳奴隷がいた。
おかしい。魔法具店は、奴隷から摘出した臓器を扱うことはあっても奴隷そのものを扱うことはしない。と、いうことは、ここで、奴隷を洗脳して、奴隷市場に卸しているか、直接、買い手に引き渡しているかのどちらかだ。
で、店主の脳内にマイクロマシンを侵入させようとしたら、バレた。
店主が黒いマイクロマシンで自身の体を包み込んで、黒装束の男に変貌した。
黒い鎧、カルビンの鎧に身を包み、鱗の意匠を取り入れたヘルメットを被ってる。その上から黒いローブを羽織り、狭い店内に五体の黒い魔人を創り出しやがった。
魔人とは言ってもイデアのようなAナンバーではない。イデアたちの超劣化版だ。それでもマイクロマシンで構成されたボディだ。中々に厄介だ。
トンナが前に出ようとするが、俺はそれを押し止める。
「ご主人様?」
「こいつらは、劣化型とは言えイデアと同じ系列だ。力押しじゃ相性が悪い。」
斬り裂いても潰しても、こいつらは簡単に復元する。
基本はこいつらの体を構成するマイクロマシンの奪い合いだ。
「年若き魔法使い。齢を重ねる根に絡め取られ、黄泉を覗きて、悔恨を知る。」
「何言ってんだお前?俺にもわかるように話せよ。」
解説してくれるイズモリとは別行動だ。わかりやすく言ってくれないと何が言いたいのかよくわからん。
男が右手を挙げる。店内の棚がすべて消失し、出入口が石壁で覆われる。
「ご、ご主人様…」
「ああ、無詠唱だ。ってことは、この周囲の精霊はこいつの支配下だな。」
男がニタリと笑う。気持ち悪い笑い方しやがるな。鏡見ながら練習してんのか?
邪魔な商品棚が消えて、俺とトンナは、黒い魔人五体に囲まれてる状況だ。
うん。つまり、芳しくない状況ね。
「年若き魔法使いよ。私の魔法を学びたければ頭を垂れて跪け。」
あ、今度は何言ってるかわかるように喋ってくれた。俺に合わせてくれたのかな?なんだ、案外親切じゃん。でもね。その言葉には頷けないよな。
「やだよ。」
答えた瞬間。俺の周囲が金色に輝く。
「な、なに!」
男が驚く。
俺の周囲には十万人分の量子情報体が存在する。その十万人分の情報処理能力をフルで使えば、この男の演算能力を軽く超える。
一瞬で男のマイクロマシンを俺の支配下へと変換させる。
「さて、お前の魔人も俺の物にしてしまおうか。」
男が俯きながら笑う。
鍋が煮えたような静かな笑い声だが、どこか不快感を覚える笑い声だ。
「左様か。貴様か…」
「あ?」
「私の求めるのは貴様だ。貴様が求めた故に私が在るのだ。」
「何言ってんの?俺にもわかるように話してくれよ。それともコミュ障?」
「何森源也が貴様を求めた故に私という存在が生まれたのだ。」
「…」
男が、俺を睨め上げるが口元は大きく笑ってる。俺は拳を握り締めた。
セザルを先頭に三人がゆっくりと歩みを進める。
トドネが配備されている銃を抜く。
小型の自動装填型だ。
銃身が僅かに震えている。
「しまっときな。」
セザルの言葉にトドネがセザルの顔を見上げる。
「その様子じゃ、味方を撃っちまう。」
トドネが銃を見下ろし、銃を元のホルスターに仕舞う。
「お嬢ちゃんのネックレスとブレスレットは飾りじゃねえだろ?そっちを使いな。」
そうだ。そっちの方が遥かに強力な武器となる。
「でも、私は魔法があまり得意ではないのです。」
「今ある材料でなんとかできなきゃ、逃げりゃいい。逃げる材料なら俺が持ってる。お嬢ちゃんの持ってる材料は、そのネックレスとブレスレットだ。」
「ふん。賞金稼ぎらしい対策の仕方だよ。」
局長が二丁の銃を両手に持つ。
「そんな立派な銃は、持たせて貰えないんでね。逃げる算段だけはしっかりやるようにしてる。」
セザルは前を向いたままだが、視線は周囲を見回している。
「ロデムスちゃんよう。少しばかり大きくなって、戦闘態勢に入ってくれねえかなぁ?」
トドネとロデムスが反応する。局長だけが訝し気だ。
ロデムスが、局長の肩から跳び下り、セザルの方を向く。
「床の強度に問題があるでのう、あまり大きくはなれんが、それでも構わぬのか?」
「えっ?」
局長が驚くが、二人はスルーだ。
「二メートルぐらいにはなれるだろ?お嬢ちゃんと局長を頼むぜ。」
「うむ。承知した。」
答えたと同時にロデムスの体が金色に輝き、その大きさを変える。黒豹の成獣だ。黒豹とは違うのは口から伸びた巨大な犬歯と頭頂部から背中に掛けて、長く棚引く鬣だ。
「な!ええ!!」
「局長。声がでかいぜ。」
「いや、でも、ええ?!」
局長の驚愕を無視して、セザルが応接間の扉を開く。
一人の男が立っていた。
応接セットのソファーの向こう、黒尽くめの男が立っていた。
陰気な表情に薄く細められた目は、あらぬ方向を向いている。
黒いローブ。
ローブの内側には生物を連想させる黒い鎧。フードを被らず、頭部にフィットした黒い帽子。その帽子は鱗のような物で覆われ、黒い光を反射していた。
薄い唇が蛭のように蠢いている。
「…人を殺すと…」
蛭が二つに分かれて、僅かにエコーの掛かったような声がスルリと出て来る。
「喉が渇きます…」
視線はブレない。あらぬ方向を見たままだ。
「だから、飲むのです。口の中が渇いていては、呪言を詠唱できないので…」
ズボンのポケットから両手を出す。長い猛禽類のような爪は黒い鎧の一部だ。
男が、その両手を広げる。
ローブが漆黒の翼のように広がる。
「貴様…分体を作れるのか…」
俺の拳の中でジワリと汗が湧く。ハルディレン王国で、トドネ達の前に現れた黒装束の男。
俺の目の前にいる男と同じ男だ。
「やはり転生者、私の現身を知るか…」
こいつ、俺が何森源也のコピーだってことを知ってやがる。
「貴様も現身を作るか…」
イズモリ達のことだ。
イズモリ、そっちで戦ってるのはどんな奴だ?
『黒尽くめの気持ち悪い奴だ。』
戦闘方法はどんな感じだ?
『マイクロマシンの奪い合いだな。中々の演算能力だ。』
男の腕が黒い瘴気へと変化する。
「トンナ!離れてろ!!」
黒い瘴気が俺の腕に絡みつき、一瞬で俺の腕が分解消去される。
「くっ!」
『自身の体がマイクロマシンでできてる。粒子化して直接こっちを分解してくるから注意しろ。』
もう少し早く言ってくれ!!
金色に輝く量子情報体から俺は腕を再構築し、ゾーンに突入、音速を纏って男に突っ込む。
男は音速を超えた衝撃波をもろに受けながら、カルビン化した俺のタックルを受けるが、即座に瘴気化して、その衝撃を受け流す。
ゾーンに突入した俺は霊子回路をフル回転させ、周囲のマイクロマシンを俺の物へと上書きし、黒い瘴気を捕らえるが、男が更にマイクロマシンの支配権を奪い返してくる。
『量子情報体を使え。それなら、俺達の肉体その物だ。上書きされることはない。』
イズモリの言葉を受けて、量子情報体で、直接、男の瘴気を捕らえる。
捕らえた瞬間に男の瘴気が変質する。
マイクロマシンの役割を終えたようにただの炭素へと変質した。
捕えきれなかった瘴気が薄ぼんやりとした男の映像にようになって俺の目の前に現れる。
「流石は何森源也。私の魔法力を物ともしない。」
男の映像が霧散する。
「ご主人様、奴は?」
トンナが辺りを見回しながら俺に聞いてくる。
忌々し気な表情を隠さずに、俺はトンナに「消滅したよ。」と答える。
がらんどうの魔法具店。
奥には大量の洗脳奴隷を置いたまま。しかも、黒い魔人を五体も置きっぱなしだ。いっそ清々しいほどの消えっぷりだ。
高い演算能力にマイクロマシン製の体。あのマイクロマシンは最小のF型マイクロマシンだ。て、ことはハルディレン王国のトドネが危ないか!?
畜生!しくったぜ!!




