カルザンの案内ついでに前作の解説もしてみる
神州トガナキノ国を構成するのは、地上においてはヘルザースとズヌークが以前管理していた領地、そして空中に浮かぶ国体母艦十四隻だ。
ヘルザース達の元領地はハルディレンの現国王から割譲させた。
国体母艦は、五隻に城塞都市を備えており人が住んでいるのはこの城塞都市だけで、地上には住んでいない。国体母艦の残った九隻は耕作地用、牧畜用、水産養殖用と生産地用国体母艦として稼働してる。地上と同じで、国民が、勤務しているが住んではいない。
この生産地用国体母艦はマンボウを横倒しにしたような意匠で、とにかく、その面積を確保できるようにした。広さは八百八十平方メートルと、現代日本の盛岡市と同じぐらいの面積だ。
神州トガナキノ国は、各家庭にマテリアル生成器という器械を設置している。このマテリアル生成器は、元素から物質を構成したり、逆に物質を元素へと還元することが出来る。
つまり、ゴミ、廃棄物が出ないということだ。これはゴミだけに言えることではなくて、動物の排泄物も該当する。
人の排泄物に関して言えば、トイレとマテリアル生成器がリンクしているため、トイレの浄水槽でマテリアル生成器の命令を受けているマイクロマシンが人の排泄物を分解し、還元された元素は安寧城もしくは、各国体母艦の中央官公庁のザーバーにリンクしたマイクロマシンによって各生産地用国体母艦へと送られるようになっている。
城塞都市周囲の自然公園やペットの排泄物に関しては、トイレを介さずに空中を浮遊しているマイクロマシンが、直接、分解、還元を行い、生産地用国体母艦へと送り届けるようになっている。で、各生産地用国体母艦に備え付けられたマテリアル生成器によって、肥料や飼料へと再構築されるのだ。
完全自給自足型の都市国家運営。俺の求めた国家運営がこれだった。
カルザンが初めて神州トガナキノ国に来たときに、この説明をしたのだが、今一ピンとこなかったようなので「この魔道具は精霊を使役して、物を分解したり、物を造ったりするんだよ。」と説明したら、「おお。成程。それは大変に便利な魔道具ですね。」と簡単に納得していた。
そういうことがあって、現在、マテリアル生成器は錬成器という名前になっている。当初は神州トガナキノ国の国民には正式名称であるマテリアル生成器で認識されていたのだが、移住前の生活で培ってきた知識との融合性からか、マテリアル生成器と呼ぶよりも錬成器と呼ぶ方がスムーズに認知された。
それに伴って、マイクロマシンは精霊と呼ばれ、各個人の脳底に生成されたS.C.Cは精霊回路と呼ばれている。さらに言うなら、各個人が腕輪のように装着しているM.M.Cは簡易錬成器だ。
つまり、精霊回路と錬成器もしくは簡易錬成器で、精霊に命令して、自分の欲しい物を作り出す。と、いうことになる。
なんだ、こっちの説明の方がわかりやすいじゃねぇか。
『お前の科学知識が、こっちの人間の科学知識と同程度ってことだ。』
なにそれ?何気に差別発言?
『取り違えるな。こっちの世界では、科学その物が発達していない。その世界の住人と科学の発達した日本から転生したお前の科学知識が同程度と言ってるんだ。仮にお前に対する差別発言だと言うならば、お前は俺と同一の存在だ。だから、お前を差別するということは俺自身を差別するということだから問題ない。』
こんなにウゼエのに俺と同一の存在?嘘だろ?
『事実を嘘と言うのは、犯罪者特有だな。』
俺の中の同一人物、第一副幹人格のイズモリは学者系の論理思考の塊だ。俺よりも語彙は多いし、副幹人格には弁護士なんかも含まれているから、法体系なんかにもかなり詳しい。
『そんなことよりお腹が減ってるだろ?何か美味しい物を食べようよ。』
こいつは第五副幹人格のイチイハラで、美食家、料理人の集合体だ。
そうだな。カルザンにも聞いて何か食べようか。
カルザンと久しぶりに会って『そそられる』と呟いていたのは第三副幹人格のクシナハラで、性欲の塊、変態ド助平野郎だ。年齢性別一切関係なしで全人類が性交渉快楽探求の対象になると豪語してやがった。
『おう!腹が減っては戦が出来ぬって言うからな!』
こいつは第二副幹人格のタナハラで武道家やスポーツマンの集合人格で徹底的に勝つことに拘る。支配欲の塊だ。こいつのお陰で俺の身体能力は別格の物となっている。
『そうだねぇ。何か造るにしてもお腹が減ってちゃあねぇ。』
最後に喋ったこいつがカナデラで第四副幹人格だ。建築家、デザイナー、楽器演奏者などのアーティスト系、職人系の集合人格だ。こいつのお陰で、この国体母艦を始めとした様々な物を開発することができた。
俺は、この世界の狂った科学者、何森源也のコピーだ。
何森源也はこの世界の現状を改変するために、過去、マイクロマシンが発明される以前に自分の精神体のコピーを二十三回も飛ばしている。
しかし何森源也の精神体を過去に飛ばした時点で世界はこの世界から分岐し、この世界とは違う進み方をした。そのため、この世界の現状を変えることが出来ずに世界は破滅、いや、人類の死滅へと進んでいた。
そこで、何森源也は過去ではなく未来へと自分の精神体のコピーを飛ばした。
精神体を別の個体に移植融合させるには、その対象となる人間の遺伝子を選別する必要がある。何森源也と近い遺伝子を持つ人間でなければ、精神体の移植融合が上手くいかないそうだ。過去に精神体のコピーを飛ばす場合は簡単だった。胎児であった自分自身に飛ばせばいいのだから何の問題も起きない。
しかし未来に飛ばす場合は年老いた自分自身に飛ばすことになる。既に自身の肉体を失っていた何森源也は自身の遺伝子に近い存在を探す。
そして、何森源也は十六年前、一人の赤ん坊を見つける。
トガリだ。
ヤート族は被差別民族だ。そのお陰もあってか、他民族との混血がなかったため、遺伝子の形質が保たれていたのだろう。
そのトガリが一〇歳の時に、保存されていた四十五歳時点の何森源也の精神体のコピーが、トガリへと飛ばされた。
二十三回もの過去へのタイムリープで、ただでさえ歪んでいた多元宇宙。その歪みがこの時に頂点に達したのだろう。
歪みの原因となっていた何森源也の精神体のコピーが一斉にトガリへと飛んだのだ。
その人数は実に六十四万八千二百五十二人。
二十三回のタイムリープが六十四万八千二百五十二人の多元宇宙へと分岐していたということだ。
で、偏った思考、欲求、知識を持った人格は副幹人格としてまとまり、感情面、情緒面などの人間性の部分は俺へとまとまった。で、俺は表出主幹人格となるのだそうだ。
俺の中のイズモリ曰く、『お前が表出人格となったのは、人間性を受け持ったせいもあるだろうが、死んだタイミングも関係してるだろう。』とのことだった。
俺は現代日本で消防士をしており、妻と子供がいた。あと、同居していた介護中の父親もだ。しかし、沖縄サミットでの消防力増強のため、沖縄に向かう最中、搭乗していた飛行機が燃料漏れのアクシデントで墜落し、俺は死んだ。その死んだタイミングで、俺はこの世界へと転生したのだ。
その転生のタイミングが、丁度、トガリが死んだタイミングだった。
死んだタイミングが同時だった。
『奇跡的な、いや、奇跡としか言いようのないタイミングだな。』
と、イズモリが分析していたのは最近の話だ。
『まあ、実証試験が出来ないから、あくまでも、可能性の高い推論だがな。』
そして、俺の中には、いや、トガリの中には計九つの人格が存在する。
俺という主幹人格と七人の副幹人格それからトガリ本人の人格だ。しかし、トガリと第七副幹人格のキミマロとは話すことが出来ない。以前はキミマロとなら話すことが出来たが、今は俺と混じりすぎて、話すことが出来なくなった。トガリも同じだ。もう一人トーヤという第六副幹人格とも話が出来ないが、トーヤは自閉症なので、答えてくれないだけだ。と、いう訳で、俺の頭の中では常に五人の副幹人格がやいのやいのと騒いでる状態なのだ。
「どうする?何か腹に入れるか?」
俺の問い掛けにカルザンが大きな目を更に見開き、「そうですね。」と答える。
「何が食べたい?お前のリクエストに合わせるぞ?」
細い顎に細い指先を当てて、少し考える振りをしてから、カルザンが満面の笑みで答える。
「ラーメンがいいです。」
「よし。じゃあ、俺が贔屓にしてるラーメン屋があるんだ。そのラーメン屋でいいか?」
「はい。」
可愛くカルザンが笑う。ホント、なんで、こいつが男なんだよ。何度も言うけど、間違ってるぞ世界!
この街、まあ、新神浄土って名前だけどさ…。とにかく!この街には、現代日本と同じ物が食えるようにはなっている。
俺の副幹人格、イチイハラが美食家と料理人の集合人格なのだから、この街には美味しい物が溢れているのは、当然と言えば当然なのだ。
イチイハラがトンナを使って、毎日のようにレシピを公開しているので、食文化はかなりの発展を見せている。
公開方法はテレビだったりする。
テレビを作った当初の目的は、連邦国家内の各国に対する文化侵略が目的だった。
…いや、嘘です。
ホントはスッゲエくだらない理由でテレビを普及させようとしたんだけど、ほら、現代日本でも日本のサブカルチャーって世界中で凄いことになってたでしょ?それを、連邦内でしちゃおうって魂胆にすり替えちゃったんですよ。だって、そう言わないとヘルザースがカンカンになるんだもん。
で、放送局は六局。
アニメにドラマ、スポーツにバラエティーにドキュメントそして行政院からのお知らせとニュース。
創作系の副幹人格であるカナデラがプロデュースした番組ばかりが流れる。
その番組の中でも、常に最高視聴率を叩き出しているのが、‘今日の王室’だ。
…
…う~ん…
頭が痛いよ…
この番組。ヘルザースが無理矢理捻じ込んで来た企画で、こんなの誰も見る訳がないだろうと鼻で笑って、「じゃあ、五時半から三十分だけ放送してやるよ。」と、当初はせせら笑ってやったのだ。
で、ヘルザースは夕方の五時半から放送されると思っていたようだが、俺が言ったのは早朝の五時半からだったので、ヘルザースはカンカンになって怒ってた。
しかしながら、俺の思惑が見事に外れて、早朝、五時半から放送されてる三十分枠の番組であるにも関わらず、国民の九十三パーセントが視聴してる。もうヘルザースが鬼の首を取ったような騒ぎで「ほれ、陛下、如何です?私の企画。馬鹿当たりでしょう?」と言って来たときは、本気でぶっ叩きそうになった。この国の国民、大丈夫か?国王だけじゃなく国民もどうかしてると思うぞ?おかしくない?王室の番組を国民全員が、朝の五時半からこぞって見てるって。
それで、まあ、その番組の中で‘トンナ王妃のお料理レシピ’っていう五分ほどのコーナーがある訳ですよ。
副幹人格のイチイハラに教えてもらいながらトンナが料理しているのだが、その姿が微妙に天然だったりする。
この間、トンナがアヌヤに言っていた自慢気な言葉を思い出す。
「ふふん。身長二メートルを超えるゴージャスでクール&ビューティーな私が、頬を赤らめて必死に料理しているのよ?その姿が親近感と共感を呼んで大人気なのね。」
と、勘違いトンナ本人が、腰を振り振り、言っていた。うん。トンナ本人からしか、その評価は聞いたことない。
アヌヤは悪い笑顔でニンマリ笑い「そんな訳ないんよ。」と言っていた。
そう、誰に聞いても、他の奴らは、「とにかく面白い。」としか言ってなかった。
この間なんかは、ホイップを作るのに力を入れ過ぎたためにボールから卵白を周りに飛び散らせて、金属製のボールと泡だて器が摩擦で赤熱し「熱!」と叫んで、ボールを落としていた。しかもボールの中は空っぽになっていた。それをイチイハラに叱られて「え?いやだ。ごめんなさい!ううん。そんなに力を入れてないよ。ホントヨ?ホントだから。」って謝ってた。視聴者にしてみれば、ボケた独り言だ。
片栗粉を辺りに散らかして真白にしたり、ホールトマトの缶詰を強く握りすぎて、缶ごと弾けさせたりと、毎回、中々器用に悲惨なアクシデントを繰り出して来るが、そのアクシデントをあたかも当然のように、毎回、軌道修正も掃除もすることなく最後まで作りきって試食してる。
ケチャップ塗れの姿で真剣に自分の作ったハンバーグを食べていた絵面は迫力があった。うん。スプラッタで。
スタッフに聞きたい。編集って言葉知ってる?
きっと、レシピが目的じゃなくって面白動画として、皆、楽しんでるんだと思う。トンナには内緒だけど。
で、この‘トンナ王妃のお料理レシピ’が人気なので、ちょくちょくスペシャルということで二時間も枠を取ってたりすることがある。早朝五時半から七時半までのお料理番組って何だよ。それでも視聴率は九十パーセント以上をキープしてるんだぜ?
な?変だろ?この国。
『お前の国だからな。』
いや、そこは、お前じゃなくって俺達だろ?
その二時間枠でスパイスを作るところから始めるカレーを紹介すると、街にカレー屋が、ピザ窯を作るところから始めるピザを紹介するとピザ屋が出来る。ラーメンもそうだ。
もう、ラーメンの時は木工番組?って思った。ピザの時はDIY番組かと思ったが。
だって、麺を打つ道具から作ってたからな。しかも、凄い丁寧に解説まで入れてた。
街にできた飲食店で面白いのは、どの店も独自の工夫で独特の旨味を出しているという点だ。トンナが紹介したラーメンは鶏がらスープの醤油味だけだったが、今では塩に味噌、豚骨、魚介と様々なラーメンが作られている。創意工夫は日本人の美点だが、この世界のヤート族もその点では同じだったようだ。
しかも最近では、飲食店に限らず、手作り、産地直送、限定品がもてはやされている。
まあ、そのこと自体は現代日本と変わりはないのだが、ここ、神州トガナキノ国では、ちょっとばかり事情が違う。
各家庭には錬成器があるのだ。運送、運輸という概念は消え去り、データと元素さえあれば、誰でも簡単に欲しい物を手に入れることが出来る。
産地から人の手によって運ばれて来た食材を直接買う。一つとして同じ物がない手作り品。限定生産され上限数に達すれば消えるデータ。
もう皆、必死で買う。現代日本なら転売業者がウハウハ言うぐらい買う。
そんな状態なのだから、毎日手作りされる飲食店は結構人気だ。勿論、美味しくなければ意味はないが。
手作り品や限定品にはデータ複製禁止のコードが含まれる。
これは、出来上がった商品のデータを中央サーバーに申請すれば、各錬成器にそのデータを複製出来ないようにプログラムを書き込むだけだ。
ラーメンなどの料理に関して言えば、店舗のタグを取り込んだマイクロマシン、ああ、いや、精霊が各食材に入り込んでいるので、簡易錬成器にデータを取り込んで、自宅の錬成器で再構築した時点で店舗にその料理に見合ったポイントが支払われるようになっている。
そんなラーメン屋の中でも結構人気のある店、俺が贔屓にしてる、‘店外孤独’という店に向かう。重いよねぇ。店の外に出たら、誰しも一人、孤独になるんだよって言われてるみたいでさ。いや、俺は天涯孤独じゃないよ?
「それにしても、へいっプ」
陛下と言いそうになったカルザンの口を慌てて抑えつける。
「今の俺はクズデラ。お前は?」
カルザンの口から手を放す。
「すいません。うっかりして。」
「いいから。お前の名前は?」
「はい。私の名前はアノアです。」
カルザンの答えに、俺は大きく頷き「結構。頼むぞ?」と念を押す。
「はい。気を付けます。」
「それで?何か聞きたかったのか?」
俺の言葉にカルザンが首を横に振る。
「いえ。ただ、こうやって新神浄土を歩くと、本当に素晴らしい街だと思えたので、そのことを、へ、クズデラさんに伝えたくて。」
カルザンの言葉を噛み締め、街の風景に目をやる。
石を積み、目地にはコンクリートを使った白い壁が綺麗に並んでいる。迫り出す庇は黒い梁が複雑に組まれている。
目にも眩しいオレンジ色の瓦は欧州の風景を思い出させる。ベランダや歩道との境界には沢山の緑が植えられてる。用水路の水面には水草が顔を出し、花を咲かせてる。
楓が浅い緑に色づき、陽の光を透かして柔らかな影を歩道の石畳に落とす。
桜は満開で、風を桜色に染める。
所々に造った広場には常に市が立ち、大きな声で人々を呼び込み、客とのやり取りでは笑い声が絶えない。切羽詰まった商売ではない。皆、現代日本のフリーマーケットのようなノリだ。
「そうだな。きれいな街に育ってくれたよ。」
そう言った後、俺は眉を顰める。
「どうしたんですか?何かお気に障ることでも?」
「いや、これで、この街の名前が新神浄土じゃなけりゃ最高なんだけどな。」
俺の言葉を聞いたカルザンがクスリと笑った。可愛いなぁ。
やっぱり、間違ってるぞ!世界!