月に漂う死の香り
あらすじにも書きましたが前作トガリからの続編です。
当初は主人公トガリの姪っ子トドネを主人公にして、コメディを短編で書こうと考えておりましたが、結局、トガリが主人公に納まりました。前作と少しばかり毛色が違っていると思います。ガッカリされる方もおられるかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
この話も最終回まで書き切っております。連載が途切れることはございません。ご一読いただければ幸いです。
真暗な空間に弓型の青が浮かび上がる。
太陽を背に受けて、青い球体が徐々に浮かび上がるのを見詰める。
荒涼とした白い大地の向こう。
真暗な空間に青い惑星が裂け目をつくりだす。
純然たる空間。
何もない空間に青い星が浮かび上がる。
その星に背を向けて、白い砂と石くれだけの大地を振り返る。
無機質な人工物。
銀色に輝くフレームにはガラスが填め込まれて、白い大地をドーム状に覆っている。
蔓延する死の香り。
そのドームから漂うのは、死の香りだった。
白い砂が舞い上がる。
光を反射させる装甲、パワーアシストスーツを着た男が白い砂を跳ね上げる。
赤道直下の人工島。
その島の直上には軌道エレベーターがぶら下がっている。
神州トガナキノ国が設置した物だ。
神州トガナキノ国の科学力は部分的に特化している。尖っていると言っても過言ではない。その特化した部分は現代日本を遥かに凌駕する。
当然である。霊子による質量方向変換は地球の引力を簡単に引き剥がす。液体酸素も推進剤も必要ない。ただ、全ての空間を満たす幽子の存在があれば良いのだ。
極論。
気密性と耐久性を保った装甲があれば、人間一人でも質量方向変換にて宇宙に辿り着くことができる。
神州トガナキノ国の一般の航空機で宇宙に出ることができるのだ。
静止軌道上に専用の国体母艦を移動させ、その国体母艦を起点に軌道エレベーターをぶら下げる。
直下の人工島には空港を設け、直接、軌道エレベーターに搭乗することができないようになっている。
数日前にその空港に到着した八人。
月面調査の任務を担った八人であった。
計画では月面にゲートを設け、月資源を神州トガナキノ国に送り込む。その事前調査であった。
軌道エレベーターから静止衛星を介して、死の海に降り立った八人。
気密性を保持したパワーアシストスーツ、酒呑童子を着こんだ八人は質量方向変換にて自由に月面を移動した。
月の裏側で八人は見付けた。
その八人が見付けたのはれっきとした人工物で、現在も稼働している機械群だった。
ドームの中には一万基以上の生体培養カプセルがあり、一万人以上の木乃伊が保管されていた。
ただ、一か所。
一か所だけ、そのカプセルが移動されたような形跡があった。カプセルがあったことを示す形跡。床から伸びる太いコードのジャックが外され、規則正しく並んだカプセルを乱す空間。
一基のカプセルが消失していることを示す痕跡。
そのカプセルにも人が入っていただろうことは予測がつく。
しかし、その中に入っていただろう人物の行方は杳として知れない。
ドーム内の量子コンピューターに残されていた筈の記録はきれいに消されている。
名を知ることのできない一万体の木乃伊。
ドームを埋め尽くす彼らは、なぜ、こうなったのか。どうして、此処にいるのか。
白い大地に降り立った八人に知る術はなかった。
とにかく、短い一話目ですが序章ということでご理解ください。
ありがとうございました。