6.過去話2
2017年クリスマスプレゼント第6弾
―――なんだここは? 身体が思うように動かぬ、勇者にやられたあの魔法のせいか?
「あら、起きたの。おはよう」
―――な、なんだこの巨大な人間は!? 巨人族か!??
「まだオムツは大丈夫みたいね。真央ちゃんお腹はすいてるかな~?」
―――な! 貴様我を魔王と知っての狼藉か! まおちゃんなどと我の肩書きをそのように呼ぶなど死を持って……、死を……持って…………、あれ? 手が小さい……。というか魔族の肌である青ではなくこの色は人間のそれだ。ま、まさか……、
(「魔族だ人間だなんて気にしなくていい世界でもう一度君に告白するよ。次に会えるのを楽しみにしててね」)
―――勇者ーーーーーー!!!!!!
「あらあら、急に泣き出すなんて、どうしたの~? なにか嫌な夢でも見たのかな~?」
―――夢なら見とるわ! とびっきりの悪夢をな!!
それが、転生した魔王の一番最初の記憶だった。それから数年掛かりで少しずつ人間の身体の使い方、出来る事と出来ない事を理解した魔王は少しずつ魔王の力を取り戻す作業を開始した。
~真央ちゃん小学生時代~
―――くそ、ようやくこの身体で魔力を感じられるようになったと言うのに、大気中にある魔力を集めるのがこんなに難しいとは……。おまけに人間の身体というのもあるが、前の世界に比べてどうもこの世界は魔力が薄いようだし、う~、もどかしい。早く力を取り戻さんと……、
「次の問題は~、真央さん、答えてみてください」
―――いっそため込めるだけ魔力をため込んでどうにか魔力を集める力を強くする魔法を編み出すか? だが、早く他の魔法の練習も始めたいし、かといって今ある魔力を無駄には……、
「真央さん、真央さん! 聞こえていますか?」
「え!? あ、す、すまん、先生よ。考え事をしていて聞き逃していた。何ページだったかの?」
「20ページの第4問ですよ真央さん、あと謝るときには『すまん』ではなく『すいません』という方が丁寧で謝る相手への印象も良いですよ?」
「は、はい、すいま…せん」
「はい、よろしい。では問題を」
―――に、人間に教えを受けねばならんとは、く、屈辱だ~~~~!!
言葉遣いに多少の難があるが成績だけは人間に負けまいと努力していた事もあり良好で、教師陣も始めこそ壮年の大人のような言葉遣いをする魔王の話し方を治そうと考えていたが、クラスメートとも特にトラブルを起こさず、話し方以外は表面上品行方正を貫いていた魔王の立ち振る舞いに次第にどうにかしようという意見は少なくなり、いつしか彼女の話し方は一つの個性として受け入れられることとなった。
~真央ちゃん中学生時代~
―――中学に入る少し前、神社や教会など魔力の溜まっている場所を見つけたおかげて効率よく魔法の練習が出来るようになった魔王は全盛期の時とは比べるべくもないが、それでも小学生の頃よりははるかに出来る事の幅が広がった。
加えて中学生になったことで4000円にアップしたお小遣いに魔王はこの世界に生まれてからもっともうきうきとした気持ちになっていた。
―――まだ大きな魔法は操れぬが、今でも木一本丸ごと燃やしたり、桶一杯分の水を出すことなら出来る。……ただ、それらは全てこの世界では文明の力で出来てしまうのが少し悔しい気持ちになるな、かつての世界では、魔法で火や水を作り出せる存在とは魔族にとって使えぬ者達の上に立つ象徴のようなものだったというのに、これではこの世界で魔法を使う者が一人も見当たらないのも納得というものだ。
「ねぇ、真央さんどうしたの? 次移動教室よ?」
「あ、すまん、ちょっと考え事をしていてな」
「考え事?」
「ふむ、新たに使える魔法をどう模索するかについて……、は!」
「魔法? ……おまじないかなにか?」
「あーえーと、そう! おまじない! お小遣いが中学に入ってから増えたので新しいおまじないや占いでも探そうかと思っての!」
「へー、真央さん普段一人でいることが多いから何やってるのかと思ってたけど、占いとか好きなんだ。今度私にも教えてれない?」
「ん? 構わんぞ?」
「ホント? ありがと~」
―――…………この世界の女子は占いが好きな者が多いことは知っていたが、なんとか誤魔化せたようだの、
この時、安堵していた魔王であったが、後日その友達に魔族に伝わる占星術を教えたところその予想が大当たりし、しばらくの間魔王の周りには占ってほしいという人がひっきりなしに来るハメになった。そして最終的には魔王がわざと占いを外して集まった人たちを散らす努力をするまで『預言者真央ちゃん』の愛称で呼ばれるほどの騒ぎになるとはこの時彼女は想像だにしていなかった。
~真央ちゃん高校生時代~
―――だいぶ長時間の魔法行使にも慣れてきたことだし、来週あたりからそろそろ飛行魔法の練習を始めるとしようかの、
魔王がそう考えていると、
「ねーねー、真央っちってどんなルージュ使ってるの?」
「あ、あたしもそれ聞きたい、真央っちいつも肌きれいだしファンデとかパウダーどこブランド?」
高校に入ってから出来た友達の二人が話しかけてきた。
「ん? 特に決まった化粧品は使っておらんぞ? しいて言えば母の口紅をたまに借りたりするくらいかの?」
「うっそまじで? じゃあ素でそのプリン肌ってこと!?」
「うわ~、マジうらやま~」
「なにを言っておる、お主達も充分綺麗な肌ではないか、この学校の何人かはいつもお主達をそれとなく目で追っておるのだぞ?」
「え、マジ?」
「だれだれ?」
「確か、後ろの席の吉田や佐藤だったかの?」
「なーんだあいつらか、アイツらは良いよ別に」
「そうそう、あ、そういう話ならあたしもこの間めっちゃ真央っちの事見てる男子見たよ」
「何?」
魔王は人間の身体に生まれ変わってはいても前世同様に他人の視線や気配には敏感に反応出来る自信があった。事実これまでの人生で他人が自分の事を見ているときは必ずといっていいほど反応出来ていたし、その自分がじっと見られていて気づかないと言うのはちょっと信じがたいことだった。
「へ~、でも真央っちに釘付けなんてどうせ面食いの童貞君でしょ?」
「童貞かどうかは知んないけど顔はちょっとイケメンな感じだったよ、けど少し変な事言ってた」
「変なこと?」
「『ようやく見つけた』って」
「なにそれ? 見つけた? なんかキモくない?」
「だよねー」
「………………、」
女友達二人が勝手に盛り上がっているのをよそに魔王は一人、自分に気配や視線を気づかせない人物について思いつく限りの可能性を考え始めていた。
「我に気づかせぬ気配殺し…………ようやく見つけた?…………まさか!?」
「どしたの真央っち?」
「いや、なんでもない。今日は5限目が終わったらすぐ帰るからの。一緒にスイーツを食べる約束はまた今度で頼む」
「え~? スイーツバイキングの割引券今日までだよ?」
「マジで行かないの?」
「すまん、急な用事が出来ての」
―――とびっきりの用事がの、
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「魔方陣で飛ばされた時はすぐ来るような事を言っておったが、結局来たのが16年後とは人間の尺度で言えば待たせすぎじゃぞ?」
「そお? 生まれた時からの幼馴染も良い物だとは思うけど、甘酸っぱい学生恋愛から始まる恋もいいものじゃない?」
「……我も人の事は言えんが、お主この世界の文学(一部)に思いっきり浸かりきっとるの」
「いや~、正直言うと生まれてから数年はこの世界の娯楽を真面目に楽しんじゃってたからママの事を探しに行くのが遅れちゃったんだ。ごめんね」
「ふん、なら一生娯楽を楽しんで我の事も勇者の力や記憶も忘れておれば良かったものを」
「またまた~、もしそうなってたらママ高校生のあの時どうする気だったの?」
「黙れ! あの程度、我一人でもどうにかなっておったわ」
「さすがママ」
「茶化すな!!」
「怒らない怒らない、はい今日のお土産の純米大吟醸酒。一緒に食べるマグロも買ってあるよ」
「…………ふん、熱燗もいるか?」
「うん、わさびと紫蘇の葉は残ってたっけ?」
「オバケ人食い花の葉より香りの良いあれか、ちょっと待っておれ、今大根のツマも一緒に用意するから……」
「じゃあマグロは僕が刺身にするよ」
勇者と魔王の晩酌は今日も平和でした。
今日はここまで。