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妖精の住む街  作者: 藤村ひろと
第二章
7/18

ならば、ユーはバカじゃない

第七話です。

少し話がシリアスになっていきます。

 

 母とシッカリスをタクシーに乗せ、先に自宅へ帰すと、ケンイチはのんびりと歩き出した。


 風が、はっきりと冷たい。


 土手沿いのサイクリングコースの両脇に植えられた花々も、すでに枯れている。



(そう言えばよく、父さんやサッパリスと一緒に自転車で走ったっけ)



 と、ほんの数ヶ月前の記憶を思い出して立ち止まったケンイチは、黙ったまま空を見上げた。


 抜けるような秋の空は、遠くに小さな雲をぽっかりと浮かべている。



「ケンイチ、帰りにプロテインを買ってくれ」



 声をかけられ、ケンイチは見上げた空から視線を落とす。


 秋風の中、タンクトップに軍用パンツと言う『季節感を完全に無視した格好』をした筋肉の塊を見て、ケンイチは薄く笑った。


 いつまでもこんな調子で居るつもりはないが、今はもう少しだけ、哀しみに浸っていたい。父やサッパリスとの思い出に浸って、充分に哀しみたい。



「ま、それが人間ってモノらしいからな。俺は構わないぞ、プロテインさえ買ってくれるなら」



 肩をすくめて歩き出したケンイチは、少し歩いてまた、足を止めた。


 しかし、今度は思い出に浸ったわけではない。


 ケンイチの視線の先を追ったガッカリスの瞳は、川のほとりでうずくまる、小さな黒いものを捕らえる。


 それはうずくまったまま、にごにごと動いていた。


 悲しみを忘れてしばらくそれを眺めているケンイチの後ろで、ガッカリスが叫ぶ。



「なんだ、アレは? 犬か?」


「だとしたらかなりの大型犬だね。でも、残念ながら違うようだよ、ガッカリス」



 ケンイチは黒いものの正体に見当をつけると、土手を降りながら口にした。



「アレは子供だね。黒い服を着てしゃがんでるんだ」


「オゥ、本当だ。あのリトルガールは、あんなところで何をしてるんだろう?」



 二人はのんびりとそんな話をしながら、近づいていった。


 すると突然、彼らの目の前でその少女が川に入り、そのまま深みに向かって歩き出した。


 ケンイチはビックリして駆け出すと、ばしゃばしゃと水を蹴立てて駆けつけ、小さな身体を抱きすくめる。



「いやっ! 離して!」


「そうは行かないよ!」



 叫びながら少女を抱き上げると、川岸に向かって歩いてゆく。


 ひとつ間違えば、事案である。


 川岸にたどり着くと、気が利くと言っていいのだろうか、ガッカリスが焚き火を起こしているところだった。


 この短時間に落ちている木を拾ったのかと思いきや、ガッカリスが燃やしているのは木製の看板だった。


 『焚火禁止』と書いてある看板を、太い腕で叩き折って砕き、燃やしているのである。


 呆れたケンイチが少女を背負って近づいてゆくと



「どうだケンイチ、一石二鳥だろう?」


「禁止の看板を燃やしたって、焚き火しちゃいけない事には変わりないよ」



 それでも濡れた服を乾かすにはありがたい。


 少女はそれほど深いところまで行ってたわけではないので、濡れたのは履いているスカートのすそ、長いブーツ、それに靴下くらいのものだ。


 ケンイチもジーンズとスニーカーと靴下くらいのものなので、三十分もあればすべて乾くだろう。


 ここでようやく、ケンイチとガッカリスは、少女をしげしげと眺めた。



 色素が欠落したかのような恐ろしく白い肌に、真っ黒なツヤのある長い髪。その髪には白いレースの髪飾り。


 襟元に、袖口に、ところ構わずひらひらのついた、丈の短い黒のワンピース。


 膝上までの黒いストッキングに、底の厚い編み上げブーツを履いた足は、折れそうに細い。


 しかし、河原でしゃがんでいるのはそぐわないその派手な格好も、少女が顔を上げた瞬間、すべてかすんだ。



 黒く大きな濡れた瞳。


 軽くすぼめられた、ぽてっとした唇。


 小さな顔は流れ落ちるサラサラの黒髪に半分隠れているが、そのあどけなさと美しさの見事なバランスは隠せない。



「なんてガールだ。パーフェクトじゃないか!」



小さく叫んだのは、ガッカリスだ。



「おいおい、ガッカリス。おまえ、そう言う趣味があったのか?」


「何の話だ? 俺は美しいものが好きなだけだ」



 ガッカリスが口を尖らせてそう叫ぶのと、「美しいものが好き」と言う言葉を聞いた少女が「ひっ」っと悲鳴をあげてあとずさるのは、ほぼ同時だった。


 それを見てケンイチは、あわてて微笑むと、優しい声で話しかける。



「ごめん、ビックリしちゃったね。このおじさんは、見た目ほど怖くないから心配しないで」


「ケンイチ、俺はおじさんじゃないぞ?」


「いいから黙っててくれ。おびえてるじゃないか。大丈夫だよ、お嬢ちゃん。お名前は?」


「……」



 警戒するように見つめられて、ケンイチは笑顔を崩さずに続ける。



「お兄ちゃんはケンイチって言うんだ。お名前、教えてくれないかなぁ。ダメ?」


「おいケンイチ、俺がおじさんで、ユーがお兄さんなのか?」


「……ソ、ソフィア」


「ソフィアちゃんか。かわいいね。でもどうして川に入ったの? 泳ぐには寒いと思うんだけど」


「ケンイチ、フルシカト(完全無視)とはどういう了見だ?」


「わからない」


「ふぅ~ん、わからないかぁ。ソフィアちゃんは川が好きなの?」


「ふん、まぁいい。その代わりプロテインは一番高いやつを買ってもらうからな?」


「……わからない」


「おうちはドコなの?」


「……」


「帰らないの? おうちまで送ってあげようか?」


「イヤっ!」



 大声で叫んだソフィアは、ケンイチをにらみながら、じりじりとあとずさった。


 その声の勢いと親の敵を見るような視線の強さに、ケンイチは一瞬、気圧けおされる。


 しかし、無理に自宅を知ろうとするのは良くないと瞬時に悟って、穏やかな微笑のまま話題を変えた。



「ステキなお洋服だね。お母さんが選んでくれたのかな?」


「こんなの嫌いっ!」



 機嫌をとろうとした話題が、どうやら裏目に出たようだ。


 どうにも、うまくいかない。


 ケンイチが途方にくれていると、しばらく静観していたガッカリスが、自分の番だとばかりにしゃしゃり出てきた。


 もともと、黙ってられる性格ではないのだ。



「ガ~ル! ユーは細すぎるな。もう少し筋肉をつけなくちゃダメだ」


「……?」



どういう意味だ? とばかりに大きな瞳を見開いて、小首をかしげる少女。


 その無言の返事に力を得たガッカリスは、嬉々として話を始める。


 少女と話すにはあまりにあまりな話題に、ケンイチは思わず額に手を当てて、天を仰いだ。



「よくいるだろう、『筋肉がついちゃうから、あんまりハードなトレーニングはしない』とか言い出すバカが。あいつらは、ビルダー達がどんなに苦労して筋肉をつけているかも知らなけりゃ、筋肉の重要性さえ、ちっとも理解しちゃいないんだ」


「おいおい、ガッカリス。女の子にそんな話をしたって……」


「きんにく、大切なの?」



 驚いたことに少女が興味を示したから、さあ大変。ガッカリスは力強くうなずいた。



「もちろんだ。筋肉こそすべてだ」



 ビックリして黙り込むケンイチに、それ見たことかと勝ち誇って続けざまにポーズをピシピシと決めて見せると、


 ガッカリスはさらに勢いを増して、少女相手に筋肉話を聞かせる。



「筋肉をつけたからって、背が伸びなくなったりはしない。常識を超えた負荷をかければその限りではないが、やりすぎが毒なのは、何だって同じだ。それよりも成長期の今のうちに筋肉を増やし、脂肪細胞がつかないようにコントロールしておけば、成長してから太らないぞ」


「強くなれる?」



 思わぬ返事に、ガッカリスはにやりとする。



「そうだ、それこそが一番大事だ。だが、強さの定義によって、その答えは変わる。話の流れから肉体的な強さだとして話すが、もちろん、答えはイエスだ。筋肉を鍛えれば健康になって身体が強くなる」


 すると少女は、ぶんぶんと頭を振った。



「ちがう。悪いやつをやっつけるの」



 ガッカリスは一瞬、目を大きく見開いてから、おもむろに相好を崩した。



「グレイト! ガール……ソフィアと言ったな? ユーはなんてアメイジングなんだ。キュートなルックスに、黄金の魂を併せ持つとは、まさに得がたい資質だ」



筋肉のカタマリは、キラキラと瞳を輝かせている。



「その幼さで、求めるモノが容姿や健康ではなく、正義だとは。ファンタスティック! 俺は今、すばらしく感動しているぞ、ケンイチっ!」


「ああ、そう」


「リッスンだソフィア。強くなるために一番大切なのは、強くなりたいと願うことなんだ。もちろん願ってるだけじゃダメだぞ? かと言って日々のトレーニングだけでも足りない。要は意識、そして意志だな」


「……?」


「それに、強くなるためには、頭もよくなくちゃいけないんだ」


「アタマも?」


「イエス! バカじゃ強くなれないし、バカじゃ何が正義かもわからないだろう?」


「じゃあ、おまえは最弱で、しかも極悪じゃないか」



 ケンイチがまぜっかえすのも気にせず、少女は少し考え込んでから、小さな声で反論した。



「ソフィアはおりこうさんじゃないの。悪い子なの。でも、もっと悪いことはわかるよ」


「それはつまり、ユーがバカじゃないってことだ。おりこうさんになど、ならなくていい。ユーが悪い子なのは、言いつけを守らなかったり、言うことを聞かないからだろう? でも、『そんなことより、ずっと悪いことがある』って言うのはわかるんだろう?」



 少女は、我が意を得たりとばかりに、ぶんぶんとうなずいた。その反応にガッカリスは、満足げな表情で微笑む。


 それからくるりと後ろを向きざま、背中の筋肉を盛り上げてピタっとポーズを決め。


 太く低い声で、しかし、優しく優しく語り掛ける。



「ならば、ユーはバカじゃない。だから、ユーの心が正しいと思うように生きればいい」



 少女はまた、強くうなずいた。




 その時、土手の上から女の声がかかる。



「ソフィアっ!」



 呼ばれたソフィアは、ビクっとして声の方に視線を向け、「だ、大丈夫? ソフィアちゃん」とケンイチが声をかけたくなるほど、絶望的な表情を浮かべた。


 この世のすべての不幸を背負ったその表情に。


 しかし、ガッカリスは腕を組んでしかめっ面をしたまま、黙って視線を送っている。


 そして少女がこちらを見た瞬間、うむと、力強くうなずいた。



「ユーの心を信じろ」


「でも……」


「どうしてもダメなら俺を訪ねて来い。マッチョ・ガッカリスは、この街の誰でも知っているから」


「まぁ、確かに」



 ケンイチが、大きなため息をつきながら同意する。


 その言葉通り、ガッカリスのことは街中の人間が知っている。


 ガッカリスは天才的なトラブルメーカーであり、マイナス方向に有名人なのである。


 もちろんそれは、巻き添えを食ったケンイチも、マイナス方向に有名であることを意味するのだが。


 

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