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妖精の住む街  作者: 藤村ひろと
第二章
6/18

忘れないよ

第六話です。


 ケンイチは涙をこらえて、マイクの前に立った。


 今はしっかりと気を張って、黒尽くめの人々の前で挨拶をしなくてはならない。


 本当ならこれは母の役目なのだが、彼女は長く連れ添った愛する夫を亡くし、傷心のあまり何も出来ない。


 今も別室で妖精たちに慰められながら、止まらない涙を流し続けているだろう。



 その母の代わりに喪主としての挨拶をするのが、今のケンイチの使命だ。


 自分を見守る、喪服に身を包んだ生前の父の友人や親戚、そしてその『妖精』たち。


 彼らの視線の先で、ケンイチは唇をかみ締めると、決心したように顔を上げ、ぐっと胸を張って挨拶を始めた。




 「妖精」と言う正体不明の生き物と「人生を共にする」のが、この世界の「りつ」だ。


 成人すると行なわれる「成人の儀」によって、誰でもひとりにひとり、妖精がく。


 妖精たちは肉体を持ち、食事も排泄もするが、成長はしない。


 最初の姿のまま、憑いた人間が死ぬまで共に生きる。



 それがなぜなのか、妖精自身にもわかっていない。



 彼らは彼らの世界、「妖精郷ようせいきょう」にて幽体のような状態で存在しつつ、「順番」が来るのを待つ。


 やがて順番どおり肉体を得て、順番どおり人間に憑く。


 乱暴に言ってしまえば「それだけ」だ。


 憑いたあと何をするという目的もなければ、憑いた人間に協力する義務もない。



 妖精の能力はただひとつ。



 人の精神に作用し、活動のエネルギーを貰ったり、逆にある程度コントロールすることができる。


 大雑把に言うと、「食事で肉体を維持し、精神エネルギーで幽体を維持する」といったところだろうか。


 もちろん人間にも彼ら自身にも、その具体的なメカニズムは一切わからない。



 人の心を楽しくさせるニッコリス、さわやかな気分にさせるサッパリス、やる気を起こさせるシッカリスなど、妖精の能力は自身のファミリーネームとなっている。


 が、エネルギーを貰ったりコントロールできる精神の種類が、妖精によってかたよっているだけで、基本的にはどれも「同じチカラ」だ。


 正の眷属、負の眷属と分けられたりもするが、これは完全に人間の都合である。



 人間は妖精と人間を姿だけでは見分けられないが、妖精は「お互いを見極める」ことが出来る。


 妖精にも喜怒哀楽はあるが、それが他の妖精のエネルギーになることはない。


 あくまで 、人間の喜怒哀楽だけが、彼らの(幽体の)エネルギー源なのである。




「皆様、本日は亡き父の葬儀にお集まりいただき……」



 最後まで涙を見せず、ケンイチは大役を勤め上げる。


 一礼してマイクの前を離れると、大きく息を吐いてゆっくり歩き出した。


 集まった100人近い人々の間から、拍手とすすり泣きが聞こえる。


 早すぎた故人への涙、あるいは健気なケンイチへの涙だ。



 遺族の控え室へ入ると、泣きはらして眠ってしまった母の横に、母の妖精シッカリス、ケンイチの妖精ガッカリス、そして亡き父の妖精サッパリスが立っていた。


 白いひげを蓄えた老人姿のシッカリスは、子供のような表情で眠っている母の頭をなでながら言った。



「ケンイチ、よく頑張ったな。立派だったぞ。あるじもきっと安心しているに違いない」



 ケンイチは肩をすくめて、穏やかに笑った。


 するとガッカリスがにやりと笑う。



「ケンイチ、ヤルじゃぁないか」


「ガッカリス、ありがとう。母さんの心の傷を軽くしてくれて」


「マザーのガッカリ、完全に無くしてやってもよかったんだが、人間ってのは不可解だ」



 ガッカリスは珍しく静かな声で話を続ける。



「マザーの心の中に、『つらくて苦しい』のと同じくらい強く、『悲しみたい』って気持ちがあったから、とりあえず死なないくらいに弱めるだけにしておいた。あとは何もしてないぞ」


「ありがとう。それでいいんだ」



 父を失ったことは、母には耐えがたい悲しみだろう。


 だが、だからこそ。


 母はこの哀しみを失いたくないのだ。


 先に逝く父の無念を、その万分の一でも感じていたいのだ。


 おそらくそれを理解した上で、あえて哀しみを残してくれたのだろうガッカリスに、ケンイチは頭を下げた。



 そして最後に、サッパリスを見る。


 父親が成人してからずっと傍らに居続けた、歳を取ることのない永遠の子供は、泣き腫らした瞳でケンイチを見上げた。


 ケンイチの父親が逝ってしまった以上、その妖精であるサッパリスも、ほどなく姿を消すことになる。



「妖精は死なないよ、ケンイチ。一緒に居た人間が亡くなってしまったり、自分の宿った肉体が修復不能なほど壊れてしまったら、幽体の姿にもどって妖精郷へ帰るのだ。そこで次の順番が来るまで、肉体を持たずに暮らすのだよ」



 葬儀の準備をしている合間、サッパリスの今後を聞いたケンイチに対して、賢者シッカリスは、そんな風に話してくれた。


 そしてもうひとつ。


 サッパリスは、ずっと子供のままの感性と記憶を持ち続けるから、こうして一緒に居たヒトが亡くなるたびに、子供の純粋さで苦しみ、哀しみ、泣くのだ、という事も。


 それを聞いたとき、ケンイチは戦慄せんりつした。


 永遠に子供の、無垢で純粋な心のまま、何度も何度も『大切な者との別れ』を経験し、そのたびに苦しみ、悲しまなくてはならないとは。


 サッパリスには何の罪も無いのに、なんというすさまじい運命なのだろう。


 そしてそんな思いをしてまで、妖精はなぜ人のそばにくるのだろう。



「その分、喜びや幸せ、思い出の暖かさも、より純粋で大きいのだろう。それで哀しみが相殺されるわけではないが、少なくともわずかの救いはある。もっとも、それは我々がそう思いたいだけ、サッパリスへの救いと言うよりも、そばにいる我々への救いでしかないのかも知れないが」



 そうつぶやいたシッカリスの、なんともいえない複雑な顔を思い出しながら。


 ケンイチは、サッパリスの顔を見つめる。


 長く憑いていた友人を失ったサッパリスは、いくたび経験しても慣れることのない哀しみに心を引き裂かれながら。


 それでも、ケンイチの母の泣きじゃくる姿に冷静さを取り戻し、集まったみんなへ向かってさびしそうに笑った。


 一番悲しいのは自分じゃない。


 そんなことを子供ながらに(何百年も生きてるとは言え彼は間違いなく子供だった)思ったのかもしれない。



 やがて……



「お母さん、ケンイチ兄ちゃん、おじい、ガッカリス兄ちゃん……そろそろみたい」


「…………」


「……さよなら」



 ケンイチは、ゆっくりとうなずく。


 母は泣きつかれて眠っているが、その方がいいかも知れない。


 息子のように可愛がってきたサッパリスがいなくなると言うのは、最愛の夫を失った今の彼女にとっては、耐えられないことだろう。


 だからと言って、彼女がガッカリスの力を借りて、別れのつらさを忘れようとするとも思えない。



(目の前で居なくなるサッパリスの姿は、母の代わりに自分が記憶に刻もう)



 ケンイチは心を奮い立たせて、サッパリスの姿を見つめる。


 そして、その時は来た。



「ボク、忘れないよ」



 サッパリスはそれだけ言うと、にっこりと笑い。


 次の瞬間、崩れ落ちるように倒れる。


 ケンイチが手を伸ばすより先に、ガッカリスがその身体を支え、抱き上げた。



 それから外で待機している係の人間を呼ぶ。


 ヒトが亡くなると、その妖精もかりそめの肉体から離れて、妖精郷へ帰る。


 残された肉体は、ヒトと一緒に棺桶へ入れられ、荼毘だびに付される。




 運ばれてゆく、もはや「サッパリスではなくなった身体」を見送り。


 ここでようやく。


 ケンイチの瞳から、大粒の涙がこぼれた。



「さよなら、サッパリス。さよなら、父さん……」


「ヘイヘイヘイ! サッパリスは死んだわけじゃないんだぜ、ボ~イ?」



 殊更ことさらおどけたように言うガッカリスへ、ケンイチは無理やり笑みを作って応えた。



「わかってるよ。妖精郷に帰ったんだろう? きっと向こうで楽しくやってるんだね」


「さぁ、それはどうかな。あそこは何の刺激も無いし、肉体が無いから物も食えないし、もちろんトレーニングもコンテストもないから、ひどくつまらないんだ。しかも順番が回ってくるまで何十年も待たされるんだからな。たまったもんじゃないぞ、ホント」



 いつものように、ピシリピシリとポーズを決めながら、ガッカリスが叫ぶ。



(この明るさには、救われるなぁ)



そんな風に考え、涙をぬぐって苦笑するケンイチには頓着とんちゃくせず、ガッカリスはうれしそうに叫んだ。



「しかし、葬儀場って言うのはステキだな。この世で一番ガッカリの集まる最高の場所だぜ。全身の筋肉にパワーがあふれてくるったらないね。ヘイ、ケンイチ! 見ろよ、この上腕二頭筋っ! キレが違うだろ? まったく、世界中が葬式であふれればいいのに」



 傍若無人な言い草に、しかし、ケンイチはにっこりと笑った。


 ガッカリスが、その吐き出す言葉ほどひどい男、いや、妖精ではない事をよくわかっているのだ。


 もちろん、言葉に出してそう指摘すれば、彼は照れ隠しに「もっとひどいこと」を大声で口走るだろう。


 その言葉は、自分はともかく、他の参列者や別の葬儀で来てる人々にとっては、ひどく不愉快に違いない。


 だから、あえて彼を刺激するようなことは言わない。



 ガッカリスの扱いには、すっかり慣れてきているケンイチだった。



 

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