あまり気分のいいものではないなぁ
三話目です。
追記:サブタイトルを、本文中の文章に統一しました。
「結局さ、マイナスを減らすだけってことだよね?」
翌日の休み。
約束どおりサッパリスと出かけようとしていたケンイチに、「ヘイ! 俺も行くぜ。ガッカリが転がってるかもしれないからな」と言い出した妖精としばらく押し問答になり、結局、連れて行くことになってしまった。
サッパリスが喜んだのが一番大きな原因だが、ケンイチも昨日一晩考えて、ガッカリスと生きてゆく決心をした。
そのために、少しガッカリスと話し合っておきたかったのである。
「イエス。もっとも俺は、ガッカリをマイナスだとは思ってないがな」
言いながらも、ポーズは忘れない。
「どうしてそんなにガッカリが好きなんだい? サッパリスはさわやかなものが好きで、さわやかさから元気をもらう。じいさんはシッカリ、カッチリしたものを好み、そう言うものから元気をもらう。その辺はなんとなく知ってるんだけど」
おおはしゃぎのサッパリスを肩車して、ガッカリスはにやりと笑った。
「別に、ヒトの不幸は蜜の味ってな話じゃねえし、好き嫌いの問題でもないんだ」
「どういうこと?」
「世の中ってのはなんでもバランスなんだよ。簡単に言えば、おまえらの呼吸と植物の呼吸が対応しているように、サッパリスたちと俺たちはバランスしてるんだ」
つまり、意地悪や悪意じゃなく、ガッカリスは生きるためにガッカリを求めているということか。
僕らが呼吸するのと同じように、彼はガッカリがないと生きられない。ならば、仕方ないことなんだろうと、ケンイチはため息をつく。
その顔を見て、ガッカリスは満足そうに笑った。
ガッカリスのそんな笑顔を見て、生きていくためだから仕方ないとしても、ヒトの不幸を見て笑うやつと生きていくのは、あまり気分のいいものではないなぁと、ケンイチは悲しくなった。
もちろん、ガッカリスはますますご機嫌になる。
と。
「あ、見て見て!」
サッパリスが指差す方を見ると、なにやら数人がもめている。
「なんだか、揉め事みたいだね。係わり合いにならない方が良いよ」
ケンイチがそう言うと、ガッカリスは軽蔑したような目で言った。
「おまえ、ソーバッドだなぁ。俺と組んだ以上、そんな事なかれ主義は許さないぜ? もっと熱く生きるんだ。黄金の魂とタフな身体を持った、本当の男にならなくちゃな?」
「おいおい。どっちかが悪いって種類の揉め事とは限らないだろう? どっちも悪いとか、単なる事故かもしれない。むしろその方が、現実には多いんだから……ってこら、サッパリス。そんなに目を輝かしちゃダメだって」
ケンイチが止めるのも聞かず、ふたりの妖精は、ヒトのいる方に歩き出していた。
大きくため息をつくと、ケンイチは肩を落として歩き出す。
ガッカリスが振り返って、にやりと笑った。
近づいてゆくと、もめている人々の声が聞こえてきた。
どうやら交通事故のようだ。
若い、ちょっと関わりたくない感じの男が三人、老夫婦らしきふたりを囲んで、やいやいと何事かわめいている。見てみれば老夫婦の車だろう白いセダンが、若者たちの車らしき派手な四駆に追突したようだ。
とは言え、特に車が壊れている風にも見えないから、ちょこっと当たったくらいだろう。しかし、若者たちは盛大に騒ぎ立てている。
首の後ろを抑えながら、ひとりが大声で叫んでいた。
「あー痛てぇ。ムチウチになっちまったよ。どうしてくれるんだ、爺さん」
「そんな……ほとんどぶつかってないのに」
「ほとんどってコトは、少しはぶつかったんだよ。いいか、爺さん? 車って言うのはな、ぶつかった方はちょっとのつもりでも、ぶつけられた方にはすごく衝撃が来るんだ。それとも何か? 俺が痛くもないのに、痛い振りをしてるって言うのか?」
「いや、そんなつもりじゃ……」
これでおおよその見当がついたのだろう。
もめている連中に向かって、ガッカリスが大声を上げた。
「ジャスト、そこまでだ。老人をいじめるな、この悪党め」
なにぃと振り返って、男たちは思わず鼻白んだ。
そろそろ長袖が必要なこの時期に、タンクトップで奇妙なポーズを決めながらこちらを睨む、ものすごい筋肉のカタマリを見つけたからだ。
ガッカリスはポーズを決め、肩と胸の筋肉をぴくぴくと動かしながら、にやりと笑う。
「老人に絡むのはやめろ。お年寄りは大切にするものだ」
男たちはしばらくガッカリス睨んでいたが、その圧倒的な筋肉の前に、少々気を呑まれたようだ。
モゴモゴと何事かイイワケじみたつぶやきをもらすと、そそくさと退散してゆく。
そんな連中は無視したまま、ガッカリスは夫婦に近づいた。
「老人、大丈夫か? ああいった連中も多いから、運転には気をつけなくてはいけないな」
おじいさんは、なにやら悲しそうな顔で、ガッカリスに頭を下げた。それからおばあさんと一緒に、車に乗り込む。
乗り込み際、おばあさんは連れ合いに向かって『だから、運転なんてやめろって言ったのよ』とたしなめていた。
サッパリスはうれしそうにキャッキャと笑いながら、ガッカリスの周りを飛び跳ねている。
しかし、ケンイチは不満げな顔で近づいてくると、ガッカリスに向かって言った。
「まったく、なんてやつだ」
「何のことだ?」
ガッカリスは平然とした顔で、ぴしりぴしりとポーズを決めながらとぼける。
「気づかないと思ったのかい? ああやって、逃げていった若い男たちからガッカリを吸い取るだけじゃ足りなくて、おじいさんに向かってことさら『老人』を強調してガッカリさせた上に、それを聞いてたおばあさんに叱らせて、おばあさんまでガッカリさせたじゃないか」
「ノー! 誤解だよ、ケンイチ」
と否定するガッカリスの顔は、しかし、意地悪く笑っていた。
ケンイチはあきれてその顔を見つめたが、やがて大きく息を吐くと、肩をすくめた。
そのガッカリに、もちろん、妖精は機嫌がいい。
それから三人で遊園地に行き、サッパリスを遊ばせる。
サッパリスと同じ遊具に乗った子供たちは、遊具を降りた後、サワヤカな顔で母親の元に駆け寄っていった。その姿に、ケンイチの心も温かくなる。
それからふと気づき、あいつはどこに行ったのだろうと首をめぐらせる。
すると。
子供たちに引きずりまわされ、疲れ果てたお父さんたちが、ぐったりと休んでいるベンチのそばで。
ガッカリスは、そのガッカリを吸い取りながら、ビシビシと、上機嫌にポーズを決めていた。




