ミステリーだぜ
二話目です。
追記:サブタイトルを、本文中の文章に統一しました。
ケンイチは呆然としたまま、妖精の祠の前で立ち尽くしていた。
「さて、それじゃあ、お互い自己紹介と行こうじゃないか」
傲慢な口調でそう叫んだ妖精を見つめ、ケンイチは完全に抜け殻と化している。
しかし、それも無理はないだろう。
まあ、女の子じゃないのは仕方ない。
そう旨い話はないと、諦めて心に保険をかけておいたから。
それに、おせっかいなおばさんなどよりは、歳の近い男の方が、まだ何とかやっていける。
だが……
「バット。それにしても、おまえ。もう少し鍛えた方が良いな」
(よりによって、なんでこんなマッチョマンなんだ!)
ケンイチは目の前の、筋肉のカタマリを眺めながら、絶望的な気分になっていた。
しかし、当の妖精(妖精と言うのははばかられるような、たくましい姿だが、彼は間違いなく妖精だった)は、ニッコリと笑って口を開いた。
ボディビルダーのような笑顔で。
「俺の名はマッチョ。マッチョ・ガッカリスだ」
秋も深まったちょっと肌寒いくらいの季節に、タンクトップに軍用パンツと言う、ちょっとアレないでたちで、この素っ頓狂な妖精は親指を立てた。
なにやら満足げに微笑んでさえいる。
ケンイチは気が遠くなった。
「マッチョってそのまんまかよ! 少しはひね……って、えぇ? ガ、ガッカリス?」
「イエス! 早速、ガッカリしてくれたようで、うれしいぜ」
よりによって負の眷属か、と、ケンイチは途方にくれる。
妖精は大別して、正の眷属と負の眷族がいる。 多くを説明する必要はないだろう。ニッコリス、シッカリス、サッパリスらは、みな正の眷属だ。
もっとも、負の眷属がすなわち、本人や家族の不幸だと言うわけではない。
その妖精の能力のベクトルが、「一般的に正か負か」というだけの話。
カテゴリー分けするための見出しみたいなものだ。
便宜上、正や負と呼んでいるだけなのである。
例えば極端な話、負の眷属であるブッコロスの一族などが憑けば、すぐに巨万の富を得ることができる。理由は言わなくてもわかるだろう。
ブッコロスなんてスーパーレアな眷属ではなくても、負の眷属だってそう悪いものではない。
ケンイチもすぐそれに思い当たり、気を取り直してガッカリスを見つめ。
すぐにまた、新たなため息を漏らす。
(しかし、それならそれで、もう少しまともな姿の妖精でも良いじゃないか)
そう心の中で叫ぶケンイチをニヤニヤ眺めて、マッチョ・ガッカリスは言った。
「ヤーヤーヤー! おまえの考えていることはわかる。でもな、別に俺は役立ちたいとも思ってないし、要は誰でも良いんだ。ガッカリさえしてくれればな」
やけに屈託ない笑顔で、しかも無意味にボディビルのポーズまでとりながらそう言われては、返す言葉が見当たらない。
ものすごく重い足取りで、ケンイチは自宅へ向かって歩き出した。
もちろん、その後ろにはガッカリスが、バスケットボールのように盛り上がった筋肉隆々の肩で風を切りながら、鼻歌交じりで続く。
町を行く人波が、彼らの行く手でモーゼの十戒のごとく割れる。
(きっと、ガッカリスの方を本体だと思ってるヒトもいるんだろうな)
などと情けない気分で、とぼとぼと歩く。
その気落ちぶりに気を良くしたのか、ガッカリスの方はご機嫌だ。
「俺のパワーは岩をも砕く~♪ イエス! マッスル! 筋肉の歌声ぇー♪」
「その、ものすご暑苦しくて滅入る歌、できればやめてくれないか? くれないんだろうね。君はボクがガッカリすれば、うれしいんだろうから」
「ヘイ! まあ、そう言うな。たしかにおまえのガッカリでも良いが、ヒトのガッカリでも良いんだ。あとな、俺は何もガッカリを欲しがるばかりじゃない。コントロールもできるんだぜ?」
ケンイチは答えずに、家の扉を開ける。
待ち構えていた母親に、事の次第を説明する。
と、彼女はあからさまにガッカリした。とたんにガッカリスが、うれしそうな顔でポーズを決める。
もっとも母親はこれまでの人生で、いろんな妖精を見てきているから、ガッカリスが使えないといった意味でガッカリしたんじゃない。
どんな妖精でも、何かしらの恩恵はあるのだ。
彼女がガッカリしたのは、ガッカリスがあまりにもたくましいからだ。
(きっとこの妖精は、たくさん食べるんでしょうね。ああ、食費がかさむわ)
一方、別に誰が来てもどうってことないシッカリスは置いておくとして、喜んだのはサッパリスだ。
なんと言ってもこの筋肉。
子供にとっては単純にかっこよく見えるし、肩車や高い高いなど、マッチョマンは子供にとって、歩く遊園地だ。
「ねえ、ガッカリス。高い高いしてよ」
「オーケー。妖精はガッカリさせても仕方ないからな。ほうら、高い高いっ!」
のんきなものである。
やがて夜遅くなって帰ってきた父親に、ガッカリスを紹介する。
「そうか、ガッカリスの眷属ならよかった。これからよろしくな」
そう言って穏やかに微笑む父親の前で、ガッカリスは少々居心地悪そうだ。決めポーズも忘れて、下唇を突き出し、しょぼんとしている。
その様子を見て、賢者シッカリスが薄く笑った。
「主は良くできた男だ。冷静で、思慮深い。もっとも、そう言う男だからこそ、わしは彼女に結婚を勧めたのだがな。つまり、ガッカリスよ。彼はおまえの能力の使い方を心得ていると言うことだ。そしてもちろん、わしもな」
「どういうこと?」
その言葉に、ケンイチが反応する。するとガッカリスが答える。
「さっき言っただろう? 俺はガッカリを操れるんだ。例えば、この家が燃えてしまったとする。そりゃあ、ユーたちの落胆はひどいものだろう。だけど、俺の能力で、それを財布を落とした程度のガッカリにすることができるんだ」
「なるほどなぁ……いや、でもそれならサッパリスがいるじゃないか」
ケンイチの反論に、シッカリスが答える。
「軽い衝撃ならともかく、本当にガッカリしたときは、ほかの部分でいくらイイコトがあっても、心底喜べるものではない。例えば可愛がっていた犬が死んだ後すぐ、宝くじが当たったとして、それは相殺されるかな?」
なるほど、と、こんどこそケンイチは納得した。
思慮深いシッカリスはあえて犬にたとえたが、大切なヒトを失ったときの悲しみは、どんな幸運でも補いきれるものではないだろう。
そんな時、ガッカリスの力は、とても重要なものになるのかもしれない。
「もっとも、人間ってのは不思議なもんで、本当に悲しいときは、しばらくの間、それが癒されるのを拒むことがあるんだよな。悲しみにおぼれ、大声で泣き続けるのが意外と好きなんだよ、人間って。ミステリーだぜ」
ガッカリスは、胸の筋肉を動かしながら、皮肉な口調で言う。
いずれは、愛する家族とも、死別するときが来る。
当たり前のことだが、日常考えないようにしてることでもある。そんな話になってしまい、みんな、なんとなく沈んだ気持ちで、それぞれの寝床に戻った。
もちろん、ガッカリスだけは少し機嫌が良かったのだが。




