ソーグッドな気分だ
第十八話です。
この話で、いったん完結します。
しばらく他の話を書いたら、また連載する予定です。
予定は未定(´・ω・`)
「逃がさないよ」
つぶやいたのと、ケンイチが悲鳴を上げるのはほぼ同時だった。
ガッカリスがすかさず精神攻撃を止めたとき、すでにレイナスは走り出していた。
先ほどまでの子供の身体ではなく、女とは言え鍛えられた高柳の身体だ。
しなやかに駆け出したその速度は、ガッカリスを一瞬、置き去りにする。
そして、それは一瞬で充分だった。
倒れたケンイチからソフィアを奪い取り、ガッカリスに向かって叫ぶ。
「見ていろよ、ガッカリス!」
ソフィアは金切り声を上げた。
恐怖に我を忘れ、捕獲された野生動物のように暴れる。
完全なパニックになったソフィアは、本能だけで暴れていた。
動物と同じだった。
そしてそれは……『移る』のに充分な条件だ。
高柳の顔をしたレイナスは、ソフィアの顔を無理やり自分の方へ向けると。
最後にガッカリスへウインクして見せる。
そして血を吐いた唇が、今、まさにソフィアの唇へ触れようという。
ちょうどそのとき。
立ち上がったケンイチが、レイナスにつかみ掛かる。
後からレイナスの顔をガッチリとつかんだケンイチは。
強引に振り向かせ、次の瞬間、その唇を奪った。
レイナスの霊体は、移りをやめるまもなく、ケンイチの身体へ移動してしまう。
同時に高柳の遺体から力が抜け、その場に崩れ落ちる。
ソフィアは動物のようにその腕から逃れ出ると、悲鳴を上げて転がった。
ケンイチはビクンと一度震えると、その場に倒れこむ。
走りこんできたガッカリスが、ケンイチの体を抱きとめた。
やがて、ケンイチの目が開かれる。
「ガッカリス、もう大丈夫だ。離してよ」
だが、ガッカリスはいっそう腕に力をこめた。
「レイナス、俺に芝居は通用しない。ユーはこのまま、ケンイチの中で最後の時を迎えるんだ」
ガッカリスは哀しそうな、あるいは苦しそうな表情で低くつぶやく。
「わかってるだろうが、妖精郷にそのまま戻れるとは思わないほうが良いぞ。ユーは最大の禁忌を、それも何度も犯したんだ。もう二度と、人の世界に戻ることは出来ないし、妖精郷で暮らすことも出来ない」
ケンイチの、いや、レイナスの顔が恐怖にゆがむ。
「離せガッカリス! 離してくれ! 離してください! お前と僕が組めば、何だって出来るじゃないか! この世界を統べることだって可能なんだぞ!」
「シャラップ、クソボーイ。世界なんかどうでも良いんだよ」
ガッカリスはニヤリと唇をゆがませる。
「俺の相棒はケンイチなんだ。俺はケンイチが死ぬまで、一緒に暮らすんだ。そしてケンイチの死因は、俺が老衰って決めてるんだよ」
「まて、やめろ! おい、ダメだ!」
「生きた強い意志を持つ人間の中では、霊体は生きられない。移りをやるような心の弱いヤツと組むなんて、真っ平ごめんだね」
ケンイチの強い意志に支配された身体の中で、レイナスは見る見る弱ってゆく。
「いいか、レイナス。妖精は長く生きる。人間の何百倍も長く生きる」
「助けてくれガッカリス……助けてくださ……いやだ……」
「だけど妖精は孤独だ。だから俺たちは、人間に憑くんだ」
ガッカリスは、疲れた顔でつぶやいている。
「いいか? 人間に憑いて力を与えるんじゃない。俺たちは自分の孤独を埋めるために、人間に『憑かせてもらって』、その代わりに少しだけ役に立つんだ」
「あああぁぁぁ……いや……だ……」
「誰も何も教えてくれないけど、俺は人とかかわるうちに、そう思うようになった。人間がいなくちゃ、世界はひどく味気ない」
レイナスの霊体は、もうほとんど感じられない。
「あばよ、弱虫。お前の罪を、無限地獄で永遠に償え」
ケンイチの身体から、がっくりと力が抜ける。
すると、いつの間にか恐慌から脱出し、ぽつんとそばにやってきたソフィアが、ケンイチの顔を覗き込みながら、ガッカリスにたずねた。
「ケンイチ、死んじゃったの?」
「ノーだ、ソフィアガール。今のを見ただろう? ケンイチは強い男だから、このくらいのことでは参らない。ケンイチの強い魂が、レイナスの根性なしを拭き飛ばして、 妖精郷へ送り返したんだ」
「帰しちゃったの?」
「奴はそこで裁きを受け、おそらく無限地獄って言う何もない真っ暗な空間に送られる。そこではどんな荒くれ者だって、一日もしないうちに死にたくなる。だけど、死ぬことも狂うことも出来ず、ヤツラは永遠にさまようんだ」
ガッカリスの言葉の意味は半分しか理解できなかった。
が、それはとても恐ろしいことだと直感的に理解したソフィアは、思わずぶるっと身体を震わせる。
すると筋肉の妖精は穏やかに微笑んで、ソフィアの頭を優しくなでながら言った。
「大丈夫、少なくともそこは、ソフィアガールやケンイチの行くところじゃない」
それから、独り言のように小さくつぶやく。
「俺は、行くことになるかもしれないけど」
逃げ出したメイドたちの証言で、ガッカリスが逮捕された。
そこで素直に事情を説明すれば良いものを、いつもの尊大な口調で
「説明がめんどくさい」
などと言ったものだから、当然のごとく、そのまま留置される。
結局、ケンイチから話を聞いたシッカリスが、国の妖精管理委員のお偉方とともに警察に事情を説明するまで、20日間も拘留されていたのだった。
幸い、レイナスの館から、養子にした子供を殺した証拠が見つかった。
また、ケンイチが携帯で録音したり撮影していた音声や動画も役立った。
そのおかげで、レイナスが『移りの妖精』だということが証明され。
ガッカリスは拘留21日目にようやく、無罪放免となった。
もちろんガッカリスのことだ。
そのあいだにトレーニングと称して鉄格子を曲げたり、妖精用の留置場で筋トレを流行らせたり。
相変わらす余計なことをしていたのだが。
ふたりは並んで歩きながら、家路についた。
「ソフィアガールはどうした?」
「ウチで預かってるよ。孤児院に帰すのもかわいそうだし、何より母さんが喜んじゃってね。父さんやサッパリスがいない寂しさを、ソフィアの面倒を見ることで紛らわせてるみたいだ」
ケンイチは母の笑顔を思い出して、表情を緩める。
「むしろこっちのほうが頼み込んででも、いてもらいたいくらいだよ」
「グレイト、そいつはよかった。マザーは今まで女ひとりだったから、余計に嬉しいのだろうな」
「災難なのはソフィアさ。着せ替え人形みたいに、毎日色んな服を着せられてるよ」
「ふふん、マザーのやりそうなことだな」
ガッカリスは、ケンイチの母の顔を思い浮かべて、小さく笑う。
「もっとも、ソフィアも母さんが気に入ったみたいで、一緒になってきゃあきゃあ騒ぎながら、楽しくやってるけど。ソフィアは父さんの部屋へ住むことになったよ」
「ファーザーやサッパリスの部屋で? いいのか?」
「うん、ボクも最初は戸惑ったけど、いつまでもメソメソしてられないからね。ちょうど良いタイミングだった」
そう言ってケンイチはにっこりと笑った。
それから遠くを見るような表情になり、ぶるっと身体を震わせる。
「それにしても怖い体験だったなぁ。土手の上を歩いてたときは、なんでもない日常だったのに。父さんが死んで、死ぬってことを考え始めた矢先に、あんな事態に巻き込まれて」
「まあな」
「目の前で人がどんどん死んでいくんだから、すごく恐ろしかったよ」
「それにしては、最後はいいガッツだったぞ?」
「ソフィアを助けるために夢中だったからね。今思い返して、ようやく怖さを実感してるところさ。情けない話だけど、思い出すと震えがくるんだよ」
「無理もないさ。ユーはチキンだからな」
「心臓がドキーンってなるレイナスの攻撃とか、川上さんの形相とか、高柳さんがナイフに飛び込んだときのこととか」
少し青ざめた顔で、ケンイチがつぶやく。
「しかし、思い切ったことをしたな。レイナスを自分に乗り移させるなんて」
「あぁ……まぁね……」
力なく笑ったケンイチの顔を、ガッカリスは不思議そうに見つめる。
浮かぶ表情が……なんだろう、恐怖ではないようだ。
しばらく考え、やがて「あっ」っと声を上げると、驚愕の顔でケンイチを見た。
「ケンイチ、ユーもしかして……」
「ほら、ガッカリス! 母さんとソフィアだ。シッカリスもいる」
そういって元気よく手を振りながら、ケンイチは駆け出した。
その背中にガッカリスは、一瞬だけ、気の毒そうな顔をしたあと。
おもむろに意地の悪い表情をうかべ、大声で話しかける。
「ケンイチ! もしかして、あれがファーストキスだったのか?」
ケンイチは立ち止まると、ゆっくりとガッカリスを振り向いた。
その顔は、『ひとがこれほど複雑な表情をできるのか』といういい見本だ。
それをあえて一言で表現するなら……『思い出したくない』である。
「うるさい! 早く行くぞ!」
叫んで家族の元へ駆け出したケンイチの、少し大きくなったような背中に。
優しい視線を送ってから、あらためて息を大きく吸い込み。
ガッカリスはゲラゲラと、遠慮のない笑い声を浴びせた。
それから、ケンイチの駆けていった先、笑顔で手を振っている三人を見る。
母、シッカリス、ソフィアの姿を見て、満足そうにうなづくと。
珍しく照れたような顔でつぶやいた。
「ふん、悪くない……いや、ソーグッドな気分だ」
巨漢の妖精は、彼の大切な家族の元へ、筋肉を揺らして駆け出す。
それからふと思い出し、「大変だ!」と小さく叫んだあと。
ケンイチへ向かって、今度は大声で叫んだ。
「ヘイ、ケンイチ! そう言えばプロテインを買ってもらってないぞっ!」




