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妖精の住む街  作者: 藤村ひろと
第二章
17/18

それは自殺ではなく、頂礼だった

第十七話です。

次で第二章の完結です。

 

 レイナスは完全に沈黙した。


 大きく息を吐きながらレイナスを見つめていたガッカリスは、視線を上げると玄関に向かって走り出す。


 もっとも、それほど心配していなかった。


 高柳と言う女は川上に比べれば、精神的なバランスがずっと安定しているように見えたから、イキナリふたりが殺されたりすることはないはずだ。


 まずは様子を見るだろう。



 玄関を出ると思ったとおり、高柳はソフィアを抱えたままケンイチと話をしていた。


 友好的とは言えないが、一触即発と言うわけでもなさそうだ。


 安心して息を吐き出す。



 すると、顔を出したガッカリスの姿を見て、高柳は肩をすくめ、ケンイチは破顔した。



「ガッカリス! 大丈夫か?」


「あたりまえだ、ケンイチ。俺を誰だと思っている。それよりソフィアガールは?」


「大丈夫よ。見た目は派手だけど、傷は治療しておいたから」



 ガッカリスの質問を、高柳が受け取る。



「ムチで殴られてアチコチ腫れてるから、熱を出してはいるけど、命には別状ないと思うわ。今も私がこれをやったなんてとんでもない濡れ衣を着せられて、ケンイチ君に責められてたのよ。ほんと女を見る目がないわよね」


「ふん、そんなことよりユー、どうする気だ? レイナスは終わりだぞ?」



 無言で肩をすくめるのに高柳は構わずに、ケンイチが恐る恐る聞いた。



「ガッカリス、あの男を殺したの?」


「今はまだ死んでない。だが、身体の方は徹底的に破壊したから、今すぐどうこうすることは出来ないだろう……いや、まてよ? あの屋敷には他に誰かいたんじゃないか? 少年少女なりメイドなりが! しまった、移られるっ」


「ああ、それは大丈夫」



 高柳ののんびりした返事に、ガッカリスは女へ視線を移す。



「あんたが暴れだした段階でメイドたちは逃げちゃったし、子供はもうソフィアしか残ってなかったから。この屋敷には今、私たちしか残ってないわ。だから私を見逃してくれれば、ソフィアにもケンイチ君にもなにもしないよ」



 ソフィアを抱えた高柳は、ガッカリスよりもケンイチに近い。


 何が出来るのかはわからないが、底の知れない女だから、無理をして危険をおかす必要もあるまい。


 そう考えて、ガッカリスはゆっくりとうなずいた。



 ソフィアさえ無事で帰ってくれば、高柳などどうでもいいのだ。



「オーケイだレイディ。ソフィアガールをケンイチに渡して、ドコへなりとも……どうした?」



 高柳が、凍り付いていた。



 目を見開いて固まったその視線を追って振り返ったガッカリスは、「シット!」と叫んで走り出す。


 屋敷の中、玄関ホールで倒れていたはずのレイナスが、ずるずると身体を引きずって動いていたのだ。


 レイナスはボロボロのまま、川上の死体へ近づいてゆく。



「クソボーイ! ユー!」



 叫んだガッカリスより一瞬早く、レイナスは川上の死体にたどりつく。


 それから死体の上でナニゴトかもぞもぞ動いたあと。


 驚くべきことに死体と唇を重ねた。



 血だらけの真っ赤な唇が、色のない川上の唇と重なる。


 少年が老人に口づけているような、おぞましい、奇妙な光景に。


 玄関ホールに入ってきたケンイチと高柳は息を呑んだ。



「シット! 移られた!」



 ガッカリスはレイナスの身体を押しのけて、そのまま川上の死体の上にのしかかる。


 次の瞬間、川上の死体が起き上がって……はこなかった。



 「ワッツ?」



 つぶやいたガッカリスに、移ったと見せかけたレイナスが飛びついてきた。


 両腕が折れているので他に攻撃の方法もなく、死に際の川上と同じように、レイナスは首筋に噛み付いてくる。


 ガッカリスは反射的に長い銀髪をつかんだ。



 と、急激に手応えがなくなる。


 ガッカリスは息を呑む。


 しかし、それをガッカリスの落ち度とするのは、この場合、少々こくだろう。




 レイナスの身体から、首が消失していたのだから。




 そしてその首は、ガッカリス自身が銀髪をつかんで、ぶら下げていたのだから。


 あの時レイナスは、力を振りぼって川上の死体へ覆いかぶさると、死んでまでも強く握られていたナイフの上に、自らの首を勢いよく落としたのだ。


 ガッカリスが、その強烈な膂力りょりょくで引っ張ったことが最後の一押しとなり。


 レイナスの首は引きちぎれたのだ。




 突然。


 高柳が魂消たまげるような悲鳴をあげて、こちらに走ってくる。


 必死の形相は、ほとんどパニックだ。



「ノー! レイディ! こっちへ来ては……」



 ガッカリスが立ち上がったので、 レイナスの首は完全に胴体と引き離された。



「ああああぁぁぁっ!」



 高柳は狂ったようにガッカリスへ向かって走っている。





 レイナスがめちゃめちゃに殴り倒されていても、高柳は鉄の冷静さで平静を装っていた。


 今、動いてはいけない。


 この厄介な妖精どもをこの場から去らせて、それからレイナスの救助に向かえばいい。



 死んでさえいなければ、レイナスは復活できる。


 唇を寄せる死体か廃人がいれば、レイナスはいつでも新しい身体を得られるのだ。


 そう思って叫びだしたいのを堪えていた。



 しかし、首を落とされてしまっては、レイナスの命もそう長くは持たない。



 いや、レイナスは妖精だから死ぬワケではない。


 が、少なくとも高柳の生きてるうちに、二度と会うことはできない。


 暴漢に襲われ、大勢の男に乱暴されていた自分を助けてくれた、あのレイナスに会えなくなる。


 暴漢どもを一瞬にして血と脳漿のうしょうの海へ葬り去った、あの救世主と会えなくなる。






 何もない自分に自己嫌悪を感じながら、自堕落で享楽的な生活を送ってきた。


 刹那の快楽を求め、色香で惑わせた男の力で、人を恐怖で縛る。


 男への恐怖で自分にひざまずく連中を見て、薄暗い喜びを感じていた。



 結果、生意気だと言われ、面白半分に集団暴行を受けた。



 その首謀者が、高柳の身体に飽きた「自分の男」だと知ったとき。


 必死に逃げ、必死に助けを求めながらも、心のどこかで



「自業自得なのかも知れない」



 と、あきらめた。


 どうせくだらない人生なら、こんな風に終わってしまうのも良いかと。


 悲しい諦めとともに、身体の力を抜いた。



 まさにその時。



 突然、現れたレイナスが、大勢の暴漢をあっという間に鏖殺おうさつしてしまった。


 返り血を浴びながら笑っているレイナスを見て、高柳は心の底から震えた。


 ほとんど性的絶頂感に似た圧倒的な感情のほとばしりに、気が遠くなるほどの開放感に。



 高柳は、全身を震わせて崩れ落ちた。


 恐怖ではなく、歓喜で崩れ落ちた。


 高柳は、レイナスの前にひざまずいた。



 それは、レイナスの気まぐれだったのかも知れない。


 だが、あの時自分を救った線の細い銀髪の男は、その瞬間、高柳の神になった。


 血だらけの笑顔で「僕のために働きなさい」と決め付けられたときの安心感は、高柳がずっと求めていた癒しだった。



 レイナスこそが、高柳の世界を救う救世主だった。


 彼の身体が本物ではなく、数年で朽ち果てると聞かされたときも、その崇拝には一点の曇りも生じなかった。


 死体を使うことで、色素が抜けて銀髪のように見えてしまうことも、彼女の強烈な忠誠心をぐものではなかった。



 妖しい光をまとった銀髪を、彼女は美しいと思った。




 そのレイナスの首が今、切り落とされている。



 高柳は半狂乱で駆け寄ると、気を呑まれて唖然としているガッカリスから、レイナスの首をもぎ取って自分の胸に抱きかかえた。


 焦点の定まらぬ瞳で必死にレイナスを見つめ、あぁあぁと意味を成さない声を上げている。


 それから川上の死体へ駆け寄ると。



 天を向いたナイフの上に、自らの身体を投げ出した。



 それは自殺ではなく、頂礼ちょうらいだった。


 聖職者が信仰のために身体を床に投げ出す、聖なる行いだった。


 高柳の身体は、まっすぐにナイフの切っ先へ向かって吸い込まれてゆく。



 ガッカリスが何事か叫んでいたが、もう、高柳の耳には入らなかった。


 入っても意味を成さなかった。


 ナイフは高柳の心臓を貫いた。



 血を吐いた高柳は、首だけになった主に、ゆっくりとおごそかにくちづける。


 そしてそのまま目を閉じた。


 唇には、満足げな笑みが浮かんでいた。




 ガッカリスとケンイチ、ケンイチに抱きかかえられたソフィアは。


 その一部始終を動くことも出来ないで、ただ、見ているしかなかった。


 それほどまでに高柳の行動はすばやく、正確で、自信と誇りに満ちていた。



 ある種、崇高でさえあった。



 三人は、高柳の死に顔を見つめていた。


 が、イチバン早く事態に気づいたのは、やはりガッカリスだった。



「ケンイチ! ソフィアガールを連れて逃げろ!」



 ケンイチはうなずいて、ソフィアを抱き上げると全速力で駆け出した。



 同時に、高柳の唇がゆっくりとゆがむ。


 そこに浮かんだ嘲笑は、断じて高柳のものではなかった。


 あるいは危うく消滅しかけた自分への嘲笑だったかもしれない。



 高柳の身体で復活したレイナスは、薄い笑みを浮かべながら、ゆっくりと立ち上がった。



 くっくっくと肩を揺らしている。



「逃がさないよ?」




 

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