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妖精の住む街  作者: 藤村ひろと
第二章
16/18

バイバイ、ボーイ

第十六話です。

全編、完全にバトル回です。

 

「この代償は高くつくぞ、レディ」



 まるでガッカリスのようなセリフを吐いて。


 自分を鼓舞したケンイチは、そのまま高柳に向かって飛び掛る。


 それを充分に予測していた高柳は、自分からすばやく間合いを詰めてケンイチに体当たりする。



 と。



 バランスを崩したのか、抱えたソフィアやケンイチの身体と一緒に、もんどりうって玄関の扉に突っ込んだ。


 ステンドグラスのはまったガラス製の扉は、一瞬にして粉々になる。


 ケンイチ、高柳、ソフィアの三人は、そのまま絡み合うようにして、玄関の向こうへ転がってゆく。




 ケンイチの姿がレイナスから見えなくなった、その一瞬。


 ガッカリスは風をまいて襲い掛かった。


 しかしレイナスもそれを予期していた。



 細い銀髪をひらりとなびかせながら、まるで闘牛士のようにガッカリスの巨体をひらりとかわし、すれ違いざまにムチの一撃を放つ。


 わき腹を激しく打たれて、ガッカリスは思わず「うぐっ」っと声を上げた。


 しかし今は千載一遇のチャンスだ。



 怒りを鎮痛剤に代えて歯を食いしばる。


 両手を広げて逃げ場をなくしながら、もう一度レイナスに近寄ってゆく。


 レイナスはだらりと下げた手にムチを揺らしながら、ガッカリスの動きを真剣ににらんでいた。



 彼もガッカリスとやるのは、命がけなのだ。


 軽くさばいているように見えるが、内心は冷や汗と脂汗である。


 体格も筋力もガッカリスに劣るレイナスは、ムチのリーチと速度だけが相手に勝っている武器だ。



 一度でも捕まったら勝ち目はない。


 細心の注意を払って攻撃をかわし、ムチを喰らわせ続ける。


 ムチの攻撃に一撃の威力はないから、相手が倒れるまで攻撃を加え続けるしかない。



 そして、それはガッカリスもよくわかっている。


 捕まえさえすれば、攻守は一瞬にして交代する。


 気をつけなければならないのは、目をつぶされることだ。



 目をやられれば、そこで戦いは終わる。


 そして、ガッカリスを『廃人製造機はいじんせいぞうき』として使おうと考えているレイナスにとって、彼が光を失ってくれることこそ、最高の結末だ。


 遠慮はしないだろう。



 いや、確実に目を狙ってくるだろう。




「どうやらクライマックスだな、シルバーヘッド」


「の、ようだね。マッスルマニア」


「ソフィアガールをあんな風にしたのは、おまえだな?」


「聞き分けのない子供は、ああしてしつけるものだろう?」



 自身もほとんど変わらないティーンの姿のまま、銀髪の妖精は毒々しい笑みを浮かべた。


 ふたりはそのままにらみ合いつつ、じりじりと間合いを詰めてゆく。


 やがて、間合いに入った。



 しかしそれはムチの間合いであり、ガッカリスの手足の届く距離ではない。



 ガッカリスが目をかばったまま距離を詰めてくれば、こちらの姿が見えなくなる。


 もちろん、それは向こうもわかっているだろうから、こちらが移動する先を読むつもりのはずだ。


 おそらく片手で顔をかばいながら視線を下げ、足の動きで先を読むに違いない。



 音速を超えるムチを捕らえることは、例えガッカリスにも不可能だ。


 ヤツは身体を押さえに来る。



 だからその裏をかいて後上方に跳べば、視線が下に集中しているから、こちらを見失う。


 そこで手を外してこちらを目視しようとするはずだ。例え後ろに飛んだとしても、自分も間合いを詰めながらなら、彼我の距離が近すぎてムチの間合いにはならないのだから。



 だが、ガッカリスは知らない。


 自分が眼前10センチにある的を、ムチで射抜けることを。




ひゅん、ひゅん、ひゅん



 勝利を確信したムチ先が、薄気味悪い唸りを上げて、ヘビのように動き始めた。


 ムチの間合いのままじっと動きを待ち、ガッカリスが動いた瞬間。


 レイナスは踊るように滑らかに動いた。


 ムチを繰り出しつつ、ガッカリスが予想通り手で顔をかばったのを見て、左右のフェイントを入れててから、思いっきり後上方に跳躍する。



 ガッカリスからは消えたように思えるだろう。


 あわてて手を外した瞬間、ムチの先を目に叩き込んでやる。



 そう思いながら宙を舞ったレイナスは、チッと舌打ちした。


 ガッカリスはかばった手を外さないまま、前方低空に思いっきりダイブしたのだ。


 ヘッドスライディングのように飛んでゆくガッカリスの背中を見ながら、レイナスは瞬時に対応し、畳んだ足を思いっきり伸ばして後頭部を踏みつける。



ごん!



 鈍い音がして、ガッカリスの頭がレイナスのカカトと床に挟まれた。


 だがレイナスの身体は軽い。


 普通の相手なら致命傷になるだろうが、踏み抜いた足先の感触は相手がまだ動けることを示していた。



 いったん間合いを取ろうと、レイナスはガッカリスを踏みつけた反動で、そのまま横っ飛びし。


 次の瞬間、驚愕に色を失った。



「なっ!」



 踏みつけられて立ち上がったガッカリスの手には。


 ムチの先が握られていた。


 ガッカリスの後頭部を蹴りつける瞬間、ムチの先を止めてしまったのだ。



 そしてガッカリスは、最初からこれを狙って、自分の後頭部をおとりに差し出したのである。


 ひとつ間違えれば、そこで絶命していてもおかしくない。


 いや、妖精は死なないから、絶命ではなく妖精郷ようせいきょうへの強制送還だ。



「自分のドッキリじゃぁ、自分のエネルギーにはならないよな、クソボーイ」



 ガッカリスは、 鼻血で真っ赤になった顔面をにやりとゆがませた。


 そして次の瞬間、レイナスが反応するより早く、ムチを全力で引っ張った。


 ムチを離してはガッカリスとは戦えないと言う思いが、レイナスの判断を鈍らせる。



 ムチを取られた驚きと、一瞬の判断の遅れ。


 ガッカリスが反撃するには、充分な時間だった。


 強く引っ張られてバランスを崩したレイナスは、仕方なくムチを離す。



「離すならバランスを崩す前だったぜ!」



 ガッカリスの叫んだとおり、タイミングが少し遅すぎた。


 引っ張られて、バランスはガッカリス側に崩れている。


 踏みとどまって反対側に飛ぼうとしたときには、振りかぶったガッカリスの腕が、ものすごい勢いで近づいている。



 次の瞬間、丸太のような腕がレイナスのアタマをなぎ払った。


 全身のバネと体重を乗せた右腕全体がぶつかって、レイナスの身体が縦に一回転する。


 天才的な反射神経で片手を上げたその手ごと、首の骨が折れそうな勢いで太い腕を叩きつけられたのだ。



 プロレスで言うラリアットである。



 レイナスは棒切れのように縦に回転し。


 糸の切れた操り人形のように、不自然な姿勢で床に叩きつけられた。


 ガッカリスは腕を叩きつけた勢いでそのまま、転がったレイナスの身体に飛び掛る。



 衝撃に一瞬気を失ったレイナスが気づいたときには。


 ガッカリスの巨体が、彼の身体へ馬乗りになっていた。


 下から相手のゆがんだ笑いを見て、レイナスは反射的に両手を上げて頭を守る。



 ガッカリスはそんな様子には頓着せず、そのまま腕を振り上げ。



 底冷えのする低い声で言った。



「バイバイ、ボーイ」



ぶん!



 ガッカリスの拳が唸りをあげてレイナスの腕に叩き込まれた。


 かばった腕を叩き折られて、レイナスは自分の腕ごと鼻をつぶされる。


 端正な顔に血しぶきが飛び、食いしばった歯の間から悲鳴が漏れそうになる。



 次の瞬間には、反対側の拳が反対側の腕を折りながら叩き込まれる。



がごんっ!



 レイナスの前歯が、一瞬でなくなった。


 それでも強烈な意思の力で悲鳴を堪えたレイナスは、折れた前歯をガッカリスの顔面に吹きつけた。


 ガッカリスは一瞬目をつぶったが、しかし、気が狂いそうなほど激怒している彼は、驚いて頭を引こうとはしなかった。



 逆にそのまま前に出て、自分のアタマをレイナスの顔に叩き込む。



 かなり身体の軽い者でも、体重を乗せた頭突きと言うのは威力がある。


 ましてガッカリスの巨体と太い首から繰り出される頭突きだ。


 間に挟んだボロボロの両腕がなければ、レイナスの頭蓋骨が砕かれていただろう。



 真っ赤に染まった顔面のまま、レイナスは意識を失った。



 ガッカリスはしかし、容赦しない。


 立ち上がると振りあげた拳を、今度はレイナスのみぞおちに全力で叩き込む。



ぼす!



「ほげっ!」



 悲鳴と言うより、『つぶされて肺から空気が漏れた』というような声を上げて、レイナスは気絶から覚めた。


 それが地獄の始まりだった。


 ほとんど抵抗できない状態のまま体中に拳を叩き込まれ、レイナスは痛みと苦しみに涙を流す。


 しかし、助命の言葉さえ言わせてもらえない。



ぼす、ぼす、がん、がん。



 ガッカリスの拳は、その威力や怒りの度合いとかけ離れた冷酷さで、淡々と、ただ淡々とレイナスの身体を破壊してゆく。


 そのたびに、もはや抵抗の気力を根こそぎ引っこ抜かれたかのような、レイナスのか細い悲鳴が玄関ホールに響く。


 血しぶきが飛び、悲鳴と打撲音が入り混じり。



 やがて。



 ダース単位で拳を叩き込まれ、レイナスは完全に沈黙した。




 

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